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11.歪み

5分遅刻。すみませんでした。

 二つ目の爆破場所に、御荘は屋外を選んだ。

 爆破場所と言うと語弊があるかも知れない。正確には危険な毒薬を散布するのが目的であって、火薬を使った装置を使用しているに過ぎないわけだから。

「爆弾専門としてはちょっとどうかと思うが、まあ依頼なら仕方ない。俺の技術を活かしたものだと思えば悪い気はしない」


 後部座席に置いていた爆弾を一つ取り出し、助手席へと移す。次に使う分だ。

 車を走らせて、コインパーキングへと入る。監視カメラがついていない昔ながらの場所を予め調べておいた。

 シンプルで目立たない鞄に爆弾を詰めて、車内でスーツ姿に着替えた御荘は、バックミラーでネクタイを整え、車を下りた。


「さて、ここでは引っかかってくれるかな」

 鞄を左手に提げ、磨き上げた革靴でアスファルトを鳴らしながら颯爽と歩く。撫でつけた髪はさっぱりとした印象を与えるが、同時に記憶に残りにくい平凡さもある。

 御荘の見た目は整ってはいるが、目を見張るような美形という程でもない。

 整っている分、特徴が少なく印象に残りにくいのだ。


 目を向ける通行人もいるが、意識はされていないだろう。

 平日の日中。周囲には同じようにスーツ姿の人もいれば、家族連れの姿なども見られる。

 この場所は商店街であった場所を再開発して作られたモールの一角であり、広場をぐるりと囲んだファッション関係の店舗が、晴天の時は広場にまで商品を広げている、一風変わった場所だった。


 モールの中心地でもあり、人通りも多いこの場所は、一般の通行者も多い。

 ベンチなどの休憩場所も広場の各所に存在し、大道芸を行う者たちもいる、憩いの場として広く利用されていた。

 ここが第二の標的だった。

「一度目は室内。二度目は屋外で風もそれなりにある状況でどの程度被害が広まるかの確認だ」


 粉末状の毒薬をまき散らすタイプの装置である以上、密閉された空間であれば効果は最大限にある。

 ただ、少量でも効果が強い毒薬であれば、屋外で風に流されることが広範囲へ影響を与える“助け”として働く可能性もあった。

 その実験だ。


 ベンチへと腰かけた御荘は、傍らの植え込みの根元あたりにさりげなく鞄を置く。

 周囲は開けており、爽やかな風が当たる都合のいい場所だ。

「風向きがなぁ」

 問題は、風向きだった。

 この広場からやや離れた場所に飲食店街とフードコートがあるのだが、そちらに毒が流れるのを嫌ったのだ。


「別に好みの店があると言うわけでは無いが、流石にちょっと気にはなる」

 飲食店街はさておき、ここと同様に広場を囲むような構造になっているフードコートは、一部がいわゆる『チャレンジショップ』扱いになっており、新規で店を持ちたいと考えている者たちが格安で出店できるエリアになっていた。

 そこから“新たな味”が生まれるかも知れないと思うと、ちょっと気が引けるのだ。


 彼の視野の狭さはそこにある。

 食べ物に対する愛情はあるが、その周囲を深く考えることはあまりない。保護するべきは料理人とその店舗であり、他はどうでも良いのだ。

 例えば原材料を作る一次産業の人々を標的にすることはほとんどない。反社会組織もそれら一次産業の担い手を狙うことは少ない。


 しかし、今回のようにショッピングモールそのものが崩壊する可能性にまでは考えず、影響がなさそうな部分だけを狙う。

 多少の問題が起きても、美味い店は必ず残るという飲食業を行う商店主に対する信頼の証でもあるのだが、その心にまでは考えが及ばないのだ。

 三崎に対しても、金を出して店を再建さえすれば、問題無くあのベーグルが再び食べられると信じていた。


 はたしてそれは三崎に対する信用として正しいのだろうか。

「おっ、風向きが変わったな」

 立ち上がった御荘は、今回も姿が見えなかった緑目の男を気にしながらも、鞄を置いたまま広場を後にした。

 そして車へと戻ると、躊躇いなくスイッチを押す。


「結果はニュースでわかるだろう」

 その表情は一仕事を終えたそれであり、人の死に対する感慨は見られない。


 御荘は、歪んでいる。



 一般病棟、それも個室に移された三崎はうんざりしていた。

 最初は怪我の痛みがなかなか収まらないことと、退屈な入院生活に対して。

 そして今は、次から次へとやってくる、見知らぬ“捜査員”たちからの質問に対してだ。

「あー、もう。普通に仕事している方がずっと楽なのね。怪我で入院って、痛いのを除けば休日みたいなものだと思っていたけれど」


 保険のお陰でお金の心配は不要であり、捜査の都合ということで個室の利用料は免除となっている。

 しかし、毎日三度も包帯の交換と薬の塗布があり、その間にも次々と警察から偉そうな捜査員がやってきては写真を見せられて、見覚えが無いかと聞かれる。

 他にも、何度も説明したはずの店の間取りや三崎と入場客たちの位置関係などを繰り返し聞かれるのだ。


 捜査が進展しないことに捜査員たちも苛立っているのか、日に日に口調が乱暴になっていくのを感じながら、三崎は「こっちの方が腹を立てていいんじゃない?」とさえ思っている。

 それに加え、“尋問”の合間に度々出てくる「逃げた怪我人」についての話題が、彼女にとって負担となっていた。


「なんにも知らないってば……」

 捜査員が帰り、食事の時間が近づいたことでようやく自由時間を得た三崎は、長い長いため息を吐いてから、そう呟いた。

 御荘について、彼女は本当に何も知らない。

 聞かれても「助けてもらったと人から聞いた」としか答えようが無く、他にはベーグルを褒めてもらったくらいしか話すことがない。


 もっと話ができたなら良かったと思っているくらいなのだが、警察は彼女が何か別の点で関与しているのではないかと疑っているらしい。

 当初はひょっとしたら疑われているかも知れない、くらいの感覚だったのだが、今は確信に変わっていた。それくらい捜査員の態度があからさまになってきたのだ。

「ひょっとして、逮捕とかされちゃうのかなぁ」


 心配ではあるが、彼女が関与した証拠などあるはずも無く、捕まったとしても有罪になるなどありえないのだが、客商売を営む彼女にとって世間の評判が気になる。

「もう一度会ってみたいけど……」

 話題については決まっている。

 ベーグルのフレーバーについてや、新たな具材やセットメニューの考案など、料理に詳しいらしい彼の知識が欲しかった。


 それと、店の再建を約束したかのようなあのセリフについて。

「ああ、もう一つあるねぇ、話題が……」

 看護師が運んできたトレイに盛られた昼食を見て、三崎は苦笑いと共にお礼を言う。

「痛みはありませんか?」

「少し痛いけど、大丈夫です」


 気遣ってくれる看護師には悪いが、病院食と言うものがこれほど美味しくないとは予想外だった。

「じゃあ、食事の後に診察がありますから、また迎えに来ますね」

「わかりました」

 にっこりと笑って看護師が出ていくと、苦笑がまたため息に変わった。


 スプーンを掴んで見下ろした食事は、薄い出汁のお吸い物と麦ごはん。これはどちらもよく冷めている。

 おかずは焼き魚とポテトサラダで、ゼリーがデザートとして添えられていた。

 一切れの鯖は塩気が薄く、脂が無くてパサパサと乾いていて、ポテトサラダはポテトよりも野菜くずのような混ぜ物の存在の方が、力強い生臭さを演出していた。


「ゼリーもか……」

 味が薄い。

「逆に器用なんじゃないかと思うくらいね。入院して愚痴ってた友達の言葉を笑っていたけれど、これ笑い事じゃないね、本当に……」

 もそもそと食事を済ませると、予定通りに看護師が迎えに来た。


「あれ? いつもと違う人ですね」

 女性の入院客である三崎の世話は基本的に女性の看護師が行っており、それが普通だと彼女も思っていたが、車いすを押して迎えに来たのは、男性だった。

「ええ。少し予定が変わりまして」

 にっこりと笑って顔を上げた男性看護師は、片目が緑色に濁っていた。

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