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9.下準備と気になっていた店

 水野への連絡後、一眠りしていた御荘は昼過ぎには目を覚まし、スーパーや郵便局などいくつかの寄り道をしながら買い物をして回っていた。

 食料品を買い込み、大きな袋を二つ抱えたまま郵便局へと入って用事を済ませた時には、発送に使う箱が折り畳まれた状態で小脇に抱えられている。

「重い……」


 徒歩ではなくバイクにすれば良かったと思いながら帰宅した彼は、やはり尾行されているような気配がないことを気にしながらも、その日は夕方までのんびりと過ごした。

 実は、この時点で御荘は既に『緑目の男』を嵌めるための“罠”の切っ掛けを仕掛け終わっている。あとは“本番”を待つばかりだが、その時はまだ翌日まで待たねばならない。

 自分を虚仮にした相手を逆に陥れる罠のために、もう一仕事、爆弾の仕上げが残っていた。


 郵送用の箱に毒をまき散らす爆弾を設置する。

 爆弾そのものはかなり安定しているタイプとなる。

 筒状の容器の中にはリモコン式で起動する撃針と、それによって発射される特殊弾。弾丸が通る銃身と毒の粉が含まれた容器で構成されており、全てしっかりと固定されている。

 衝撃や熱で誤爆するような造りではないし、傾けても逆さにしても問題無い。


 同じものを三つ用意した御荘は、それぞれの起爆用に用意したリモコンへ間違えないように印をつけた。

 それらにダミーの伝票を貼り付けると、仕事は終わりだ。今回も現地へ行って設置することになっているので、明日の決行までは余裕がある。

 時間があるとなれば、御荘は決まって食事に出かけるのだ。


「さて、どこへ行くかだが」

 尾行されている可能性があるとなると、行きつけやお気に入りの店に行きたくはない。新規開拓に挑戦し、それが大当たりだとそれを相手に知られるのもまた癪に障る。

 とはいえここで家に籠って食事を作るのを選択するのもまた負けた気分になる、などと考えてしまうのが、彼の天邪鬼なところだ。


 バイクにまたがり、目を付けていたバーガースタンドへと向かう。

 夜はまだ始まったばかりであり、通りには帰宅する車が忙しなく走り回っている中を走っている間、御荘は明日のことを考えていた。

「緑目の男は、おそらく俺のやることを模倣して、俺と取り替わろうとしている」

 荻たちのアジトを破壊した発火装置を見る限り、技術的にはかなりの器用さは認められる。


 知識もあるだろう。炎の広がり方を計算した油の撒き方は確かなものだったし、荻の仲間たちを殺害した手際も良く、躊躇いが無い。

「殺しに慣れている」

 その割には、御荘を直接狙ってこないのは何故か。

 三崎と共に巻き込まれた爆発の際も、自分を狙ったものかとも考えた御荘だが、その可能性は薄い。


 爆弾の中身まで知っていたかは不明だが、確実に殺害しようと思うなら三崎のベーグル店に直接仕掛けて来るだろう。一般の客が出入りする店舗ほど設置が容易な場所は無い。

 さらに言えば、あの時御荘は三崎と共に怪我を負っており、病院で目を覚ますまで無防備な状態だった。殺害を考えるなら、いくらでも機会はあったはずだ。

 そこから「御荘の評判を落とし、とってかわる」ことを狙っているのではないかと考えたのだ。


 この国の裏社会で、御荘以上に爆弾製造で名が売れている者はいない。

 近年、この国が他国との武力衝突に備えた動きを表面化し、自衛軍の強化がなされ始めた頃から、大小様々なテロ事件が発生し、爆破テロも多く発生している。

 その多くは小規模な反社会組織や個人が作成して設置したもので、未遂に終わったり、技術的に未熟で自爆に終わったりという事件も多発していた。


 そんな中で、警察や消防から未然に発見されてしまった件を除いてほとんどの爆破を成功させている御荘は異色とも言える。

 発見されたのも、全て依頼者が別件で逮捕されて自供した内容から捜査の手が伸びて発覚したもので、御荘に落ち度はない。

 依頼者が逮捕され、御荘のことを話してしまうと、契約の半金を得ることもできずに終わるのだが、それ以上に打ち合わせに使った店もしばらく行けなくなるのが何よりも苦痛だった。


 もちろん、情報を渡した連中を御荘が許すわけもなく、執行猶予となって出て来たならその時に、実刑となるのであれば、収監される前に“始末”している。

「ここか」

 バイクを止めたのは、とある自然公園の出入り口に止められたキッチントラックの前だった。


『ベジタブルバーガー』と書かれた看板が電飾できらびやかに飾り立てられている以外は、トラックそのものも地味な配色で、夜で電飾が目立たなければうっかり通り過ぎてしまうかも知れないほどだ。

 それでも、夜間だというのに並べられたテーブルに客がいる。

「いらっしゃいませ」


 一般的なファストフード店のような元気な挨拶ではなく、軽い会釈に添えられた静かな歓迎は、傷の痛みもあって少々疲れていた御荘にはありがたかった。

「蓮根バーガーとチキンステーキサンドを。ドリンクはいらない」

 そっけない素振りで注文しているが、御荘は厨房の中をさりげなく観察していた。

 以前に何かの雑誌で取材されていたのを見て以来、気にはなっていた店なのだ。


 しかし、ファストフード店のハズレの多さにうんざりしていて避けていた。バイクで十数分の距離で、妙に近い場所であるのも「また今度」と後回しにしやすかった。

 先日、三崎の店で少し勇気づけられ、この際だから食べておこうと思ったのだ。

「俺自身を狙ってこないと考えれば、まあ問題はないだろう」

 それくらい悠然と構えておこうという気分での選択だった。


「さて、まずは蓮根だな」

 自宅へ持ち帰り、まだ温かい蓮根バーガーとホットドッグタイプのチキンステーキサンドをテーブルに並べ、常備しているコーヒーをマグカップに注ぐ。

 しばし、マグを傾けながら観察。

 蓮根バーガーは、ミートパティの代わりに円盤状のフライが挟まっており、事前情報通りならば刻んだ蓮根と魚のすり身で作ったつくねをスライスした蓮根に貼り付けたものが揚げられているはずだ。


 ざっくりと刻んだキャベツとソースがパティの上下に挟まり、バンズもふかふかとした柔らかさを感じさせる“高さ”がある。

 バンズの切り口は鉄板でサッと焼かれているのは店で確認した。

「さあ、どうかな?」

 揚げ物バーガーは時折見るが、味が濃くて油がキツイものが多いのが心配だった。


「ほふっ、ふふ……」

 柔らかいパンからカリッと焼けた表面を通り、シャキシャキとしたキャベツに塩だれ系のさっぱりしたソースを味わう。

 そして香ばしいフライドパティ。

 表面はパン粉のようだが、油臭さは全くない。柔らかな上部は白身のあっさりとした味わいに煮つけにしたような、味をしっかりと感じる刻み蓮根。


 そしてスライス蓮根のさっくりほろっとした、繊維を噛み切る食感と共に野性味のある蓮根そのものの味がしっかりと伝わってくる。

「手間がかかっているなぁ」

 というのが、御荘の最初の感想だった。

 刻んですり身に混ぜた蓮根と、スライスした蓮根は味付けが違うのだ。


 塩だれに爽やかな酸味を感じる。レモンではなく、すだちだ。

 そこそこ大きなサイズのバーガーだったが、一口食べるごとに発見があり、あっという間に食べてしまった。

「中身のフライだけでも、再現したらごはんのおかずにもなるな」

 気付いたことをメモしていく。


「おそらく、ソースがフライに直接染みこみ過ぎないようにキャベツを挟んでいるんだな。かかっているというより軽く和えたような感じだった」

 酸味のあるソースが一か所に固まると味がとげとげしくなるのを嫌ったのだろう。同時に、バンズが水っぽくなり過ぎないように工夫しているのかも知れない。

「美味かった。もっと早く行けば良かった」


 後悔しつつも、コーヒーで口の中をリセットした御荘は、次のチキンステーキサンドへと手を伸ばしている。

 スライスされて並べられたチキンの香ばしい香りが鼻腔をくすぐるそれは、見た目はごくシンプルなホットドッグだ。

 こちらも塩だれがかかっているようだが、別にケチャップとマスタードの小袋もついている。


 まずはそのまま、端から齧る。

「そのままで充分美味い」

 パンは切れ目を入れてからオーブンでカリッと仕上げられており、その間に挟まっているチキンステーキのスライスも、パリパリとした皮目が香ばしい。

 片栗粉か何かを振ってから焼いているのだろうか。少々時間が経っていても皮の食感は残っている。


「塩ダレだが、こちらはカボスが入っていないな。純粋に肉の味を引き立てるための塩コショウ味だ。肉に合う。というより、肉が美味くなる」

 チキンステーキの下は卵だった。

 スクランブルエッグではなく、ゆで卵を粗潰しにしたものだ。ほろほろとした黄身に塩ダレと混ざり合った肉汁が染みこみ、白身の食感をアクセントにしてパンとの相性が最高に良い。


 結局、最後までケチャップの出番は無かった。

 ガツガツと噛り付いて、味わいながらもファストフードの食べ方として豪快に、遠慮などみじんも無く頬張っていく。

「満腹だ、満足だ」

 残ったコーヒーを飲み干し、手早く洗い物を済ませた御荘は、しばらくの間ソファに横になってぼんやりと天井を見ていた。


 食べたものを思い出していた思考は、いつの間にか緑目の男のことへと移っていく。

「明日、お前がどうやって俺を追っているかがわかる。待っていろ、必ず後悔させてやる」

 主導権は自分にあると実感しながら、御荘はゆったりと決行のときを待っていた。

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