ゼロオーム ネゴシエーション
「イテテ…」
「はい、じっとしていてくださいねぇ。
そう言ってトルテさんが薬を付けてくれる。
今はギルドの応接室だ。疲れただろうということで、休ませて貰っている。
「しかし、災難でしたね。まさかベルーナが…」
ラッセンさんが向かいに座りながらお茶を飲んだいる。
「はい、仕入れで最近は毎日会っていましたし、ちょっとショックです。」
「まぁ、彼も自分のところで銅貨1,2枚で売ったガラス玉が、目の前で銀貨1枚で売れていくのを見て嫉妬したのかもしれないですね。同じ魔法屋として。」
「そういうものでしょうか。」
治療も終わり、俺も出して貰ったお茶に口をつける。ふぅ〜。落ち着く。
まぁ、言われればそうかもしれなが、商売である以上仕方がないじゃないか。
あ、そういえば…
「ラッセンさん。そう言えば私の…」
「出身地の事ですか?」
「え、ええ、気づいていたのですか?」
「ええ、もちろん。まぁ、9割嘘だろうと初めから考えてました。」
「それは…どうしてでしょう?」
「簡単ですよ。みんな言うんです。出自を明かせない人はグルダ出身とね。あなただけではなかった、という事です。ですからウチではグルダ出身者の出身地はいつも空欄にしてるんですよ。先ほどはトルテが急遽書き足しました。しかしあの村は…」
ちょっと咎めるような視線をラッセンさんはトルテさんに向ける。なにか不味い所なのだろうか。
「ごめんなさい。咄嗟に思いつかなくて、ラッセンさんの故郷書いちゃいました。」
トルテがぺろっとら舌を出す。
かわいい…
そして、あざとい…
「まったく…これで私とウィル君は同郷という事になってしまいましたね。」
「で、でも、どうして助けて…、いや、そもそも入会を許可して貰えたんですか?」
「はは、出身地だけで決めるならワザワザ面接なんてしませんよ。商人にとって大切なのは稼げそうかどうかです。もちろん、すぐバレる嘘の出身地を語るあたりはマイナス評価でしたが…」
「で、ですよねぇ」
もう赤面の至りというやつだ。
「ですが、私はあなたに見せてもらったマッサージ玉に感動したんですよ。機能もですが、なによりあの回路にね。バランスを敢えてくずし、トラン二つがせめぎ合うように魔素のやりとりをするあの動きは本当に美しかった。私はね、あなたはこのギルドに、そしてこの街に利益をもたらしてくれると思ったから入会を許可し、私と同郷になってもらったんですよ。」
「そうだったんですか。恥ずかしいかぎりです。ご迷惑をおかけしてばかりでギルドにも街にもなにも利益を還元出来てない…。」
なんだか、落ち込んだ。迷惑ばかりかけて、助けてもらってばっかりで…。
すると、ラッセンが珍しく声を上げて笑った。ヒヨッコが生意気言うなとか言われるかと思ったがそうではなかった。
「それこそ何を言っているんです。あなたは目覚ましい貢献をすでにしたではないですか。」
貢献?
なんの事だ?ベルーナの逮捕?
不思議そうな顔をする俺にラッセンが見せる。
マッサージ玉だ。
「コレですよ。すごい売れ行きじゃないですか。」
「で、ですがそれは、あくまで私が生活費を稼ぐために作った…。」
「だったら、私たちを騙してこれを売ったんですか?」
トルテが頬をふくらませながら言う。
ほんとあざとカワイイ人妻だ。
「い、いえ、騙してなんていないです。」
「だったらいいじゃないですか。私たちはこれを買って良かった。得した、いい買い物した〜って思ってます。きっとこれを買った人みんなそうだと思いますよ。」
「そういう事です。それが大事なんですよ。商人というと油断ならなく思われます。いつも客を騙して利益を掠め取ろうとしてるとね。でも、基本的にお客様との売り買いでは、いつもお客様の勝ちなんです。私たちの仕事はお客様に必要な物を、欲しい物を、お客様を豊かにするものを適正な価格でお渡しすることです。商人が勝ってはいけません。それは商人ではなく詐欺師です。そういう意味で、貴方はこの素晴らしい魔法具をこの街に広めてくれた。稼いだお金はその当然の対価ですよ。もちろん、これだけではなく、もっと様々な利益を私たちにもたらしてくれると信じてますけどね。」
「私も…信じてますっ!」
ありがとう。ラッセンさん、トルテさん。
「ありがとうございます。私にはもったいないお言葉です。これからも誠心誠意努めます。」
「ええ、頑張ってください。あ、別にこの街から出るなという意味ではないですよ。行商人として、各地で活躍してもらいたいと思っています。」
「はいっ、ありがとうございます。」
う〜、ラッセンさん。本気でいい人だ。
さすが、ギルドマスターになる人はちがうなぁ。
「ところで話はかわりますが…、他は大丈夫なのですか?」
急な話題転換にちょっとついていけない俺。
「他に…と、言いますと?」
「いえ、眠らされて連れて行かれて、お金とかは大丈夫だったのかなと。」
えっと…お金…お金…お金っ!
「あ、あーっ‼︎」
思わず本気で声ををあげてしまった。
そうだ持ってかれたんだ。
全財産
全・財・産!
「…大丈夫じゃ、ないみたいですね。」
はい、大丈夫じゃないです。
俺は俺を眠らせた男が全ての財産を持って行ったことを伝え、取り戻す方法があるか尋ねた。だが…
「名前もわからず、顔も曖昧…となると。その手の仕事を引き受けるのはおそらくは流れ者でしょうし。ベルーナが喋ったとしても、捜査が入る頃にこのあたりにはいないでしょう。」
そ、そうだよなぁ。マッサージ玉の在庫も捕まった時に持ってかれて…それはあそこの納屋のどこかにあるかもだけど、捜査が終わる前に持ち出せるのだろうか。
てか、まず、今晩の宿代もない。
うう、ラッセンさんに借りるしかないか。まぁ、マッサージ玉売れ行きは知ってるから貸してくれるはくれるだろうけど…
と、ラッセンさんがニコニコしてる。
あれ、なんだろう。
この違和感。
「あ、あのラッセンさん」
お金を…と、言いかけた所でラッセンさんこちらの話を止めた。
「こんな時なのですが、商売のお話をさせてください。」
「…え?」
「貴方の持つこのマッサージ玉の独占販売権を私にお譲りいただきたいのです。金貨200枚で。そのうち前金で今すぐ金貨10枚をお支払いします」
200枚っ!
すごい、円換算で2000万円くらいか?
それに金貨10枚あれば宿代も当分問題ない。
ニコニコ
…でも、先に商人が値段を言うなんて…
だいたいあの販売権ていくらくらいが妥当なんだ?
俺はなんだかんだで一ヶ月間くらいで金貨20枚以上稼いでいるんだ。となると、金貨200枚は10ヶ月で稼げる計算だ。
…あ、あれ?
ニコニコ
「あ、あの契約を交わしたら、その後私は販売しては…」
「我々を通していただければ構いませんよ?」
ニコニコ
「それはギルド長からの依頼ですか?」
「まさか、こんなところにギルド長としての権限なんて使えませんよ。あくまであなたと『同郷』のラッセン・フィードマンとしての商談です」
ニコニコ
は…、ハハ
…同郷…ですもんね。
そして、いまの俺の立場。
ニコニコ
最初に商品を買ってくれた恩義
商品を広めてもらった恩義
トドメに出身地の偽装
この話を断り、更に当座の資金を借りる?
ニコニコ
出来るわけが…ない。
ニコニコ
「トルテさん…?」
すがるようにトルテさんの顔を見た。
「はいっ、どうかなさいましたか?ウィルさん」
ニコニコ
ニコニコ
トルテさんもラッセンさんと同じ顔でニコニコしていた。
…あぁ、そうか…。
もう全部終わってたからラッセンさんは先に値段を言ったんだネ。
プロノ商人スゴイナァ、アコガレチャウナァ…
ニコニコ
ニコニコ
「…その値段で契約させて下さい。」
呻くような声でそう答えながら、そういえば、ベルーナのお店を最初に紹介したのはラッセンさんだったな、と、思い出した。
……
……ハハッ、まさかね……