ライセンス契約は慎重に
チヨルド王宮、スーセリア王女の資質に俺は訪れていた。
ユリスの捜索、スーセリア王女にとっては「贄」の捜索の進捗を確認するだめだ。
「……ふむ、残念ながらな。やつらの行方については変わらず手がかりはなしじゃ。」
そう言いながら、スーセリア王女は自らの執務机に資料を広げる。
「ただ……の、あの奴隷。……ユリスといったか?については少しわかったことがある。」
「なんですか!?」
俺は思わず身を乗り出してしまう。
「ロットンのやつが言っていたそうじゃの。ユリス・ファルネウス・シュタイナー……と。」
スーセリア王女がこちらの表情をうかがう。
「はい……そう聞こえました。」
「ふむ……、それで、どのような経緯であの奴隷は手に入れたのじゃ?」
「それは……。」
俺はイバリークで起きた事件のあらましを簡単に説明した。すると、王女は「なるほどの……。」と小さくつぶやいた。
「ユリスは犯罪奴隷とのことです。ただ、彼女自身が罪を犯したのではないと聞いています。」
「彼女……か、ずいぶんと親しく呼ぶのだな?奴隷の事を。」
「……家族ですから。」
「そうか……。」
スーセリア王女は一枚の紙を俺に差し出す。
「それはな、シュタイナー家を廃した時の勅令書じゃ。写しじゃがな。シュタイナー家は14年前に取り潰されておる。その際、当主の場バルハリ・フォルネウス・シュタイナーとその息子夫婦は斬首に処されている。その際、息子夫婦の下に生まれていた兄妹だけはまだ幼かったことを理由に死刑は免れたそうだ。とは言え、犯罪奴隷落ちだ。長くは生きられないと思われたようだな。」
「じゃぁ、それが……。」
「うむ、妹のほうの名前はユリス、ユリス・フォルネウス・シュタイナーじゃよ。」
「なるほど……いえ、多分そういう話があるのだろうとは思っていました。それで、その貴族はなぜ改易されたのでしょうか?」
「邪法に手をそめたようじゃの。」
「邪法?」
「ふむ、禁忌とされており、使用を法律で禁じられている魔法じゃ。その中にある忌神召喚を試みたとある。」
「それはどんな魔法なんですか?」
「知らんー」
そう言って、スーセリアは両手をうえに向ける。
「仕方ないじゃろう、わしが産まれてもない時の話じゃ。わしだって資料の上のことしかしらぬ。」
と、横から執事長のローランドが「恐れながら……」と、声を挟んできた。
「忌神召喚、まぁつまり邪神の召喚ですな。召喚者に莫大な知恵力を与えるとる言われていますが、一度召喚された邪神は術者の支配を離れ、世界に恐怖と混沌を巻き起こすと言われています。」
……恐怖と混沌って…なんか正しくロットンだよな……。
ま、さすがに邪神ってことはないんだろうけど。
「そりゃまた……なんでそんなものを召喚しようとしたんでしょうか?」
「さぁのぅ。」
スーセリアが再び資料をパラパラとめくる。
「資料には国家転覆をもくろんだともあるが、まぁ実際の背景まではわからん。」
「あの時は国も大混乱でした。シュタイナー家以外にもいくつかの貴族が改易されたはずれす。」
ローランドが昔を思い出すように言った。
そうか、この執事のおっさんは当然そのころから宮廷で働いていたんだろうな。
「……と、いうかウィルさん。あなたは覚えていないのですか?」
「え?」
「15年前の事ですし、かなりの騒ぎでした。子供心にも記憶があるのでは?」
「あ、いや、俺、そういう宮廷とかの事件にはとんと疎くて、ですね。なんせ、ほら、田舎の出身だったもんで。」
「なるほど、そうですか……。」
ふぅ……危なかった。
まぁ、しかし、当時なら一般庶民でも知ってるくらいの大事件だったということか。
「さて、話を戻すが。おぬしはどうするつもりじゃ?今回の件はわしも心を痛めておるのじゃ。出来る範囲で手もかしてやろう。」
「ふむ……もしもご不便なようでしたら、別の奴隷を用意することもできますが……。」
何やら台帳のようなものを取り出しパラパラとめくるローランドをスーセリアが手をあげて止める。
「いや、こやつは先ほど家族と言っておった。代わりなど用意もできんじゃろう。」
「これは……失礼しました。」
ローランドはコホンと小さく咳ばらいをして、台帳を閉じた。
「いや……お心遣い感謝します。私のほうは自ら北に向かいユリスの捜索に当たりたいと思います。」
「ほう……北とな? なにか手がかりでもあったのか?」
「いえ、手がかりというほどのものではありません。ただ酒場でそんな噂を耳にいたしましたので。」
……まぁ、嘘だけど。
モールス君の事はしゃべれないので、取り敢えず適当に言っておく。
「そうか……なにか手がかりが見つかるとよいな。ある程度の便宜は図ろうぞ。」
「恐れながら、それでは……。」
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スーセリア王女との謁見の帰り道。俺は頭を抱えていた。
そんな俺の後ろにはスカート丈の短い修道服を着た女。
手には巨大なデスサイズ。
「どうしてこうなった……。」
「どうしてこうなった……ですって」
ぎりぎりと音が聞こえそうなほど歯を食いしばり、視線だけで俺の事を殺せないか試している女。
もちろんロウエル・ローゼリアだ。
その首には奴隷であることを示す首輪が……。
「あ・な・た・が、こぉんな素敵な仕打ちを私にしてくださったんでしょう? なかなか思いつかないよねぇ、こぉんな下種な方法。さぁすがご・しゅ・じ・ん・さ・ま!」
やめてくれ……なんか、背中にささる視線だけで俺の胃に穴が開きそうだ……。
俺はロロの視線を見ないように前だけを向いて歩く。
ち、違う。違うんだ。
別に俺はロロを奴隷にしようとなんてしていないのだ。スーセリア王女に頼んだのはロロの釈放だったのに……。
ロロは先の戦闘のあと、一人衛兵団の中に残される形となった。そして、混乱の極みだったとはいえ、さすがに衛兵団。あんなに目立つ動きをした賞金首の顔を見逃すはずもなく、その場で御用、あえなくロロはチヨルドの牢屋に放りこまれたのだった。
まぁ、当然といえば当然の成り行きだ。
だが、俺は今回の旅でロロにははなんだかんだ助けられたし、さきの戦闘においてこいつのロットンへの不意打ちがなければ俺らだってやられていた可能性は否定できない。
それらに対する感謝の意味もあったし、巻き込まれて村が襲われてしまった事に対する負い目もあった。
そこで、俺は北の旅に護衛として連れていきたいという名目でスーセリア王女にロロの釈放を願い出たのだ。
だが、さすがに盗賊の頭を無罪放免するわけにはいかず、その場で王女が略式に裁判を行い奴隷落ちを宣告。なし崩し的に俺の奴隷へと登録されてしまった。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス………」
な、後ろからロロの物騒なつぶやきが聞こえてくるんですけど!?
しかも、俺に聞こえるか聞こえないかの絶妙なボリュームだし。
「いや、あの俺を殺したらお前も死ぬんだからな!? わかってるよな!?」
奴隷が主人を殺すと首輪の呪いで奴隷自身も死ぬことになる。まあ、ロロは分かっていて俺に精神的圧迫をかけているのだろうが……。
「絶対コロス絶対コロス絶対コロス絶対コロス………」
……いや、ホント分かってる……よね?