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剣と魔法とオームの法則  作者: なまぐさぼーず
第六章 初めてのおつかいに行ってみた
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安全マージンの取り方

朝から晴れるでも雨の降るでもない、どんよりとした曇り空の下を馬車を進める。

ただでさえ昨日の雨で道がぬかるんでいるのだ。

これで雨が降ってこられたら、さらに道程が遅れてしまう。

祈るような気持ちで空を見上げるが、今の所なんとか持ってかれているようだ。


「今日の衛兵の披露会というのは、この天気でもやるんでしょうか?」


リジットも空を見ながら訪ねてくる。


「やるんじゃないか?それなりに大きな会みたいだし、そうそう中止や延期には出来ないだろう。」


こういう時、イベント開催者はやきもきする。降るか振らないかわからないのが一番困るのだ。雨と思って中止や規模の縮小を行なって、降らなかったら顰蹙を買うし、降らないと踏んで降られたらもっと悲惨だ。


などと、会社でイベントを行う係だった時のことを思い出して、思わず苦笑してしまった。


その後、不気味なほど順調に馬車は進み、やがて眼下には海岸線に沿うように発展した巨大で貿易都市、コスカの街並みが見えてきた。

そして、おそらく主門であろう巨大な門の前に人だかりが出来ているのが見える。

それだけではなく、出店なんかも出ているようだな。

元の世界でも自衛隊が公開演習なんかをやっていたが、多分ノリはおなじような感じなのだろう。

メイン会場と思しき場所には観客席がもうけられており、その前では二手に分かれて騎士団が隊列を組んでいた。模擬戦闘でもするんだろうか。


なにはともあれと、俺たちは一息ついた。あの中に入ってしまえば一安心だ。らいからなんでも領主の側で襲ってくることは考えにくい。あいつの性格からして、こっそり襲うような地味なやり方を好むとも思えない。



その時俺は、早く安心したかったのだと思う。あの狂気の塊に、そんな常識など当てはまるはずがないのに……。



------

会場の中に入るとそこは曇った空を吹き飛ばそうとするかの如く活気に満ちていた。少し空いたスペースでは大道芸人や、吟遊詩人が道行く人々を楽しませている。


人混みの中を俺たちは離れないようにひっついて進む。ここで、攫われでもしたら洒落にならないこらな。

そして、ほどなく、領主が滞在していると思われるてんとを見つけ衛兵に話しかけた。


初めは胡散臭げにしていた衛兵だったが、スーセリア王女の手紙の封蝋を見ると、途端に態度を入れ替えられ、すぐに領主への謁見とあいなった。


謁見をするのは俺一人、リジットとユリスは控えのテントで待機だ。若干ユリス達と別れることに不安を感じたが、まぁここは衛兵隊のど真ん中、領主のテントのすぐ脇だし大丈夫だろう。


「よく来たな、スーセリア姫の使者殿よ。今は式典の最中ゆえ、このようなも場所での謁見となる事を許してほしい。」


人柄の良さそうな目をした40代くらいのナイスミドルがそう挨拶する。口ひげを蓄えているため大分年上に見えるが、目元はまだ若々しい。本当はもう少し若いかもしれないな。

この男がコスカ領主のヴェルニクス卿だ。


ヴェルニクス卿がこんな場所というのはテントの中の事を言っているのだろう。決して汚れてるわけでもなく、座り心地のよいソファーも用意されているが、まぁ、城の中と同じとは言えないな。もちろん、そんな所はまったく気にならないが。


「お初にお目にかかります。チヨルドの街で魔法具店を営んでおります、ウィル・ハーモニクスと申します、!本日は急な来訪にも関わらず御目通りを頂きましてありがとうございます。」


「なんの、遠路はるばるスーセリア姫の書状を携えて来てくださった使者殿をどうして無碍にあつかえようか?道中は問題なったかね?」


瞬間俺は考える。

ロットンの事は話すか?


もちろん話す。そして、我々をできれば保護下に置いてもらいたい。


では、どこまで話す?

ユリスの事も話すか?


いや、ユリスの事は言うまい。言えばユリスの立場が疑われる。いや、本来であれば一方的被害者であるが、あのロットンがユリスに懸想していると言ったら、俺らの背後関係を疑われかねない。ユリスは犯罪奴隷という立場だし、俺に至っては完全に偽造戸籍だ。あまり疑われるような立ち位置になるのは得策ではない。


「実は道中、『贄』を名乗る盗賊団になどに渡り襲われました。首魁のロットンなる物もおりまして。辛くも逃げ切る事は出来ましたが……」


「なんだと⁈ あの贄がっ?」


「こちらが贄の追撃を振り切ってなんとか運び入れました、スーセリア王女からの書簡になります。」


大分恩に着せた言い方をしなごら、書簡を差し出す。あれだけの思いをしたのだから、そのくらいの恩は着せてもバチは当たるまい。」


「ふむ……そうか、それは心して読まねばな。」


そう言ってヴェルニクス卿は封を確認してから解き、中の手紙を取り出す。

当然だが、俺たちは中身を知らない。


卿は最初まじまじと手紙を見ていた。

それから難しい顔をして手紙を見つめる。

やがて、ため息をつくと苦笑いをし、

手紙を机を置いた。


……一体何が書かれていたのかまったく想像できないぞ。


……なんだろう。卿の目が少し哀れみを帯びているような。


「まったく、ケレンが好きなお姫様だ。」


そう言ってヴェルニクス卿は俺に笑いかけた。


「……それはどういう?」


俺が尋ねると、卿は手紙を俺に差し出した。


「構わないから見てみなさい。」


「はい。では失礼します。」


そう言って手紙を俺は受け取り、目を通す。そこには


『親愛なるヴェルニクス卿。

毎日暑い日が続く中、体調などは崩されておりませんでしょうか。

次の晩餐会でお会いできることを楽しみにしております。

それまで、何卒ご自愛ください。

ゆくふぬぷ213』


……なんだこれ?


基本は本当に簡単な挨拶分だ。最後に意味不明な文字列が書いてある。


「暗号ですか。たしかにケレンですね。」


「いや、それは暗号じゃないんだ。」


「……違うんですか?」


「違うとも。何故なら、僕にも意味が分からないんだから。受け取り側が解けない暗号なんて意味がないだろう?」


…………解けない暗号?


俺が顔に『?』を浮かべていると卿が苦笑いをする。


「ま、その手紙の本当の目的は君だという事だな。」


「……俺が目的ってどういう事ですか?」


「つまり…その手紙が伝えてくれてることをあえて言葉にするならこうだ。まずスーセリア姫が私と連絡を取りたいという事。そして、それをよく思わない奴らがいる事。そして、連絡役として君は信頼できるという事だ。」


「……えっと……。」


ちょっとついていけなくて言葉に詰まってしまう。


「私と姫はもともと国のある政策について、今根回しを行っているところなんだ。といっても、これは直接お会いした時に少し話をしただけの事で、まだ具体的なものではないがね。そして、姫はそれをよく思わない勢力がいることもおそらく想定されていた。そこで、姫は私にあえて手紙を出したのさ。それも、おそらく宮廷内に手紙を出した事を流布したうえでね。」


そう言って卿は言葉を区切る。

あえて手紙を送る…手紙。それは確実な手段ではない。盗まれることもあるし、運ぶものが裏切る事も考えられる。それをよく思わない勢力がいるならなおさらだ。


「そして、君は来てくれた。そして、道中襲われたという情報付きでね。これはつまり、我々の連携をよく思わない勢力がほぼ確定出来たという事さ。ちなみに、おそらく手紙は複数出されたと思うが、たどり着いたのは君だけみたいだな。まぁ、あとから来るかもしれないがね。」


「……つまり、囮捜査…ということですか。」


「囮捜査……なるほど、言い得て妙だね。」


「でも、私が信頼できる……というのは?恐れながら私が敵の場合、手紙が偽物の可能性も?」


「だからこそ、最後に意味不明の文字列をつけたんだろう。」


「意味不明の文字列……暗号ではない……。そうか、それが暗号ではないと確実にわかるのはスーセリア姫とヴェルニクス卿だけなのか。」


「そういう事だね。もし君が敵方でこの手紙を盗み見たら、おそらく最後の文字列にこそ重要な意味があるはずだと考えるだろう。先ほど君が言ったとおりに暗号としてね。だが、答えなんてわかるわけない。だって初めから答えなんてないんだ。」


無理やりこじつけたとしても、それは誤情報だ。敵方を混乱させることが出来るという事か。


「それにこの手紙が完全に偽物だとしたら、こんな無意味な文字列をつけるか?もっと意味のあるものをつけるはずだ。」


「姫の性格を読み切った上…というのは?」


「だとしたら、敵を称賛するほかないがね。だが、リスクに対して見返りが少なすぎるな。普通の手紙を送るか、送らない方がマシだ。なんせ、この手紙の意図に僕が気付かなければ、君は投獄されてしまうかもしれないのだからね。」


……あれ?


ひょっとして、知らぬ間にここでも危ない橋を渡らされていた?」


「ま、つまり少なくとも現時点で君は敵方と通じてはおらず、かつ、その妨害をくぐりぬけてこれるほど優秀だという事が証明されるわけさ。あの『贄』の追撃をかわすほどにね。」


……なんとなく姫の意図は理解した。

だが、勝手に試された上に、今置かれたこの状況を考えると納得しがたいものがある。

もちろん、ロットンがユリスを狙うなどそれこそ姫の想定外であることは理解するが……。」


「納得いかない顔をしているね。まぁ、今回の姫のやり方はなかなかケレンだが、我々貴族も信頼できる人間を得ることが難しいということなんだ。少なくとも君は今回の件で姫の信頼をかなり獲得したはずだよ。」


「それは……そうなのかもしれませんが。」


言葉を濁す。だが、俺は姫の配下ではないのだ。勝手に試されるようなことされて、気分が良いわけがない。


「ふむ……そうだな。確かに姫のやりようは強引だ。当事者として私もあやまろう。だが、今、我々が少しでも信頼できる人間を求めていることは確かなのだ。そのことはどうか理解してもらいたい。」


……さっきから思っていたが、この貴族大分実直な正確なようだ。

貴族の立場の人から、こう正面切って言われると……正直断りずらい。


「ヴェルニクス様の思いはわかりました。ですが、それは私が姫から、姫の進める政策……というものについて聞いてから、考えさせていただきたいと思います。」


まぁ、今後もお手伝いするかどうかは内容次第だ。

流石に内容も聞かずにこれ以上手伝う気にはなれない。

そこはヴォルニクス卿も理解しくれたようで、


「うむ、よろしく頼むぞ。」


と、話を占めた。そして、話題は今、まさに始まる騎士団の演習についてに移った。


「そうそう、そろそろ騎士団の模擬戦が始まるはずだ。是非見ていってくれ」


と、丁度ドンドンという太鼓の音と人々の歓声が聞こえてきた。

卿の言葉通りに始まったらしいな。


「うちの模擬演習は実戦さながらだと近隣の諸侯からも評判でな。」


そう言って卿は少し誇らしげだ。


天をつんざくような人の声。

狂ったようにたたかれる太鼓の音。

獣の咆哮。


獣の咆哮?


「魔物かなにかも戦わせているのですか?」


「なにを言っているんだね。あくまで衛兵同士の……。」


再び獣の咆哮のようなものが聞こえてくる。

領主もはっきりと耳にしたようだ。


そして、同時に一人の衛兵が飛び込んでくる。


「緊急事態です!!!」






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