部内秘情報は突然に
馬車の振動に揺られながら、海沿いの街道をすすむ。
茹だるような真夏の陽気だが、風があるためかろうじて耐えられるな。
コスカの街までは馬車で片道3日ほどの道程だ。往復では1週間。
その間、店はユーリッドとジーナに任せ、俺、ユリス、リジットでの旅となった。馬車にはスーセリア王女より託された手紙と、幾ばくかの冷蔵バックとヒンヤリ服を積んでいる。
危険な旅になる事も予測された為、本当ならば護衛を雇いたかったのだが、スーセリア王女より護衛を雇うのは禁じられてしまった。曰く、
「何のためにキマイラ殺しの貴様に頼んでいると思うのじゃ。」
だそうだ。
まぁつまり、余計な人間を増やせば、それだけその人物にも警戒をしなくてはならない。出来るだけ信頼の出来る少人数で行動して欲しいという事らしい。
それなら、せめてブルをと思ったが、すでにブルはすでに別件の仕事を依頼しているとのことだ。
「ご主人様!海がスゴイです!」
ユリスが隣ではしゃいでいる。
基本山間部の街で育ったユリスは海が珍しいのだろう。チヨルドから見える海とはまた違った景観に、新鮮な驚きを口にする。
リジットは馬車の中でなにやら手紙を書いていた。おそらくラッセンへの報告書だろう。まぁ、今更咎める事もない。むしろ、いつもメイド服を姿しか見ないので、久しぶりの旅装束姿はなんか新鮮に感じてしまい、そちらに注目してしまう。
そんな事を考えなら馬車を進めていると、ギユルルル〜と腹の虫が鳴り出した。
「そろそろ昼食になさいますか?」
と、中からリジットが声をかけてきた。
……腹の虫の音が聞こえたのだろうか
「そうだな。適当な所で昼飯にしよう。」
俺はそう答えて、昼食に良さげな場所を探す。
ちょうど、もう少し進むと丘の上に何本か木が生えている場所が見つかる。あそこなら、木陰で食べられそうだ。この時期、炎天下で食事はちとつらいからな。
馬車を目的の木に寄せて停めると、中からユリスとリジットが出てきてテキパト食事の支度を始めた。俺は馬に飼い葉を食べさせながら、ぼーっと2人の仕事ぶりを眺めている。
2人とも随分と連携が効くようになったもんだ。
しっかりと役割分担をして食事の支度をしている2人を見ていると、2人して競うように朝食を作って、食べきれなかった事などが懐かしく思えるな。
……そういえばユリスもリジットも働き詰めなんだよな。
2人には休日という休日がないのだ。
リジットはまだ、たまに「本日お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」と言われる事があるが、ユリスはそれもない。一度、お休みはいらないのかとユリスに聞いたところ、キョトンと不思議そうな顔をされてしまった。
だが、魔道具屋オームズ・ロウはブラック企業ではないのだ。これは帰ったら一度みんなのワークシフトを考えなくてはいけないかもしれないな。
そんな風に2人の仕事ぶりを、感心しながらみていた所に、馬の蹄の音が聞こえてきた。視線をそちらに向けると、衛兵と思しき一団がこちらに向かっているのが見えた。
白く輝く鎧の色からして、チヨルドの衛兵だな。徒歩の人間もいるらしく、馬の歩みはゆっくりだ。しかし、この暑い中、よく金属の鎧など付けられるものだ。
近づいてくると、徒歩の人間は衛兵ではないことに気づいた。そいつだけは何やら黒っぽい服を着ている。
どうも、手を縛られて、馬上の衛兵に引っ張られている様だな。犯罪者がなにかだろうか?
黒っぽい服。とうも女の様だ。俯いていて顔は見えないな。
……ん?よく見ると修道服か……?
って……まさか……
衛兵の一団が俺たちを一瞥しながら通り過ぎようとする。
その時、繋がれた女の横顔が確認出来た。
「ロロ⁈」
予想外の人物に思わず声に出してしまった
。
そ、そうか。悪運のロロとか言われていたがとうとう捕まったのか……。
……ま、あれだけ派手に道行く馬車を襲えばなぁ……。
と、衛兵の視線がこちらにむく。
……しまった。さっき思わず声を上げてしまったから……。
自らを連れていた衛兵の動きにつられ、俯いていたロロも顔を上げる。そして、俺と目があってしまう……。
「お、お前……ウィル・ハーモニクスじゃないか!」
……ロロが俺の名前を読み上げてしまう。
やばいかなぁ〜と警戒しなかまらそろりと衛兵のかおを見ると、なんだか怖い顔をなさっているような?
そして、その中の1人が腰の剣に手をかけながら、近づいてくる。
「貴様ら……こいつの仲間か?」
「め、滅相もないっ。違います!」
……と、そこでロロの目がキランと光ったような気がした。
「…なに言ってるんだウィル。私たち一緒に戦った『なか〜ま』、じゃないか!」
この野郎……。
ロロが今まで聞いたことのない友好的な声で、いらん事をのたまってきやがる。
「ざけんなテメェ。後で殺すとか言ってたじゃねぇかっ!」
「そんなの、仲間内の軽いジョークにきまってるじゃなーい。」
こ、こいつはあくまで俺を巻き込む気かっ!
「ふん、あやしいな。チヨルド外出警護部だ。少し改めさせてもらいたい。屯所までご同行願おう聞こう。なに、無実ならすぐに解放してやる。変な気は起こすなよ?」
この男がリーダーなのだろう。
男の言葉に合わせて、他の衛兵が俺たちをグルリと取り囲む。
こ、これはさりげなくピンチなのでは……。
「ご、ご主人様…?」
ユリスが不安げに俺の服をつかむ。
「ククク….…」
見ればロロが声を殺して笑っている。
……壊したい、あの笑顔……。
「お待ちください!」
これは尋問不可避かと思ったとき、リジットが声を上げた。
「我々は恐れ多くも第三王女スーセリア様の勅命を受けております。」
ドーン!!
まるで水戸黄門の印籠のようにスーセリア王女の書簡を掲げるリジット。
「そ、それは確かにスーセリア王女の封蝋印!」
「そうです!これでもあなたは私たちを連れていきますか!?その権限があなたにあるんですか!?」
リジットがどや顔で隊長格の男にウリウリと手紙を近づける。衛兵のリーダーがそれに押されるようにあとずさる。
さ、流石王女の印。効果は覿面だ。
覿面なのだが
あの手紙って密命なんだけど、そんなに簡単に見せたら……。
「そ、それは………ッガ!!」
リジットに押されていた隊長格の男の体がビクンとはねた。
「……え?」
リジットが呆けた顔で見ている目の前で、隊長格の男はゆっくりと倒れる。
背中に刺さる一本の剣。
顔を見合わせる俺とリジット……。
「ククク……まさか王女の密書がこんな所にあるとはねぇ。王都潜入の、くだらない仕事かと思っていましたが。」
何処からかそんな声が聞こえる。
「……リジット……」
「え、え?わたし?わたしのせいですかぁ⁈」
……ほんと、こいつはメイド業以外はポンコツだな。
秘密と言われると見せたくなる。
今、何開発してるとか言いたくなる。
でも、社外でそう言う会話はご法度なのです。
さて、ココまでお読みくださりありがとうございます。
引き続き、お付き合いいただければ、嬉しいなぁ。