姫殿下のキャパシタンス
正装じゃなくて良いって言ったのに……
王族はいないって言ったのに……
豪華絢爛な白を基調とした内装。
恐らくダイヤをあしらっているのではないだろうか、目に眩しい位に光り輝くシャンデリア。床にはフカフカなカーペット。
左右に居並ぶメイドと執事。
そして、その中央にはそれら全てを従えて立つ姫殿下。
第三王女のスーセリア殿下だ。
俺は話が違うとブルを見るが、ブルの顔も引きつっている。
……まぁ、そりゃあそうだろう。
はじめはブルの言う通り、城の端にある事務所のような所に通されたのだ。そこの応接のような場所で、なんか偉そうなおっさんが、俺たちの功績をうんたらかんたら言っていた所に、青い顔した兵隊さんが飛び込んできた。そして、兵隊さんが偉そうなおっさんに耳打ちすると、青い顔がおっさんにも伝染した。
そして、突如おっさんの口調も態度も豹変した後、ここに通されたと言うわけだ。
正直、俺は事務所でいい、このおっさんから報奨金貰えりゃ満足だからっ……と、叫びたかったが、それは出来なかった。
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「よく来たな。ウィル・ハーモニクスとブライア・バセテールだったか。」
第三王女スーセリアは良く通る声で俺たちに歓迎の意を伝えた。確か年は16才になると聞いていたが、とてもそうは思えないオーラがある。
これが王族というやつか……。
平伏してしまいそうになるのが、この世界の礼法が分からないのでそれすら出来ない。仕方なく、俺は直立不動で固まっていた。
「あー、その、……なんだ。姫殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」
とブルが頭を下げる。
お、おお、さすが歴戦の勇士ブル。こんな場でのやり取りも完璧か⁈
と、思ったが、よく見ると執事とメイドが苦笑いしている。……な、なんかマズかったか⁈
……が、よく考えれば、そもそも俺らの格好からして問題外なのだ。ブルは完全に普段の旅装束。俺は一応商談用の一張羅を着ているが、それだって王族との謁見に使えるものではない。
「ふむ、そう固くなるな。此度の謁見は私が急に臨んだもの。多少の無礼は許す。」
「は、恐縮であります。田舎者ゆえこの様な場での作法を存じません。粗相もあるかと思いますが何卒お許し下さいませ。」
「……ふん、そんな言い回しを田舎の駆け出し商人が知っているとも思えんがな。」
……王女がなにかを狙う様な目で俺を見る。
と、取り敢えず取引先の社長に会うときのモードでいこう。
「さて、お前たちは……なんだったか?」
と王女が執事を見ると、なにやら金ピカのお盆に乗せた紙を王女の前に差し出した。
王女はソレをフンフンと読む。
「ほぉ、キマイラ退治とな。キマイラといえば出れば城から討伐隊を出すほどの魔物。それを2人で退治したのか?」
「あ、いえ、2人では……っ!」
と、言いかけた所でブルから足を踏まれる。
「……2人で退治しました。」
そ、そうか……、盗賊のロロの事は言えないよな……。
でも、もう少し手加減して踏めよっ。
「ふむ、大した者だな。いや、あそこのキマイラは国でもなんとかせねばと思っていた所でな。助かった。カント王国の王女として礼を言うぞ。」
「は、はいっ!」
「さて……」
そう言葉を切った王女の目が怪しく光る。
「ウィルよ、そなたは中々面白い者を作ったそうだな。」
……俺の背中に嫌なものが走る。
「これじゃ。イバリークでは大人気だそうじゃな。」
それはマッサージ玉だった。
「最近はこのチヨルドでも広まりつつあるらしい。全く恐ろしいものよな。」
何が恐ろしいのかわからないが、王女は指に持ったマッサージ玉をブーンブーンた揺らしてみせる。その様は何処か蠱惑的だ。
「それに、魔導計算器なる物も開発したとか。ウチの魔法部の奴らが目を白黒させていたぞ?」
「は、はい。恐縮です。非才の身ゆえ、目先に派手なだけの小手先の技術にございます。」
「謙遜するな。貴様が非才なら、ウチの魔法部はボンクラだ。連中が作る者は詰まらなくていかん。それに比べてお主の発明は独創性に溢れておる。魔法部の連中に技術供与に来て貰いたいくらいだ。」
「は……はぁ」
「どうだ、ウィル。他にも新しい発明はあるのではないか?」
そう言って王女は俺の顔色を覗き込んでくる。
俺は目線を逸らしてしまう。悪手だと分かっているが、そうせざるをえない。
ヤバいパターンかもしれない。やっぱ、報奨金なんて無視すればよかったのだ。ちょっとお城に行ってみたいとか、お金貰えるなら…なんて気持ちが判断を甘くした,
と、後悔しても後の祭りだな。こう言う時は開き直るしかない。
「いえ、最近は行商の旅を続けておりますれば、なかなか新しい開発には手が出せず、私も歯がゆい思いをしておりました所でございます。」
「そうかそうか、行商人だあったな。店舗を持たず旅暮らしと言うのも中々大変よな?」
「は、はい。まぁ……」
と、ここまで聞いて、王女がポンと手をたたく。
「おお、良いことを思いついた。ウィルにはキマイラ討伐の報奨として、王都チヨルドに店を出す事を許可しよう。たしか空いてる店舗がおったな。ローランド?」
と、ローランドと呼ばれた老執事がまたお盆に乗せた紙をスッと出してきた。なんだ、この手際の良さ……。
「ふむ、センター街では無いが、中々栄えている場所だぞ。なに、お主なら直ぐにセンター街にも店を出せよう。」
あ、あれ?なんか話がどんどん進んでいくぞ?
「ふむ、これで我がチヨルドも優秀な魔道具店を持つことができる。誠にめでたいな。」
「は、はぁ……ですが……」
「なんじゃ、不服か?」
「い、いえ。そう言う訳ではないのですが……。もう暫くは行商を続け、見聞を広めようと思っておりましたので……。」
「なんじゃ、そんな事か。別に行商には自由に行けばよかろう。店は人を雇えばよいのだ。それに行商にいくにしろ、拠点はあったほうがよかろ?」
……それはそうだ。此処は交易の中心部でもある。情報も入るし、船を使えば世界各国との交易も出来る。此処に店を持つなど、この国の商人からすれば垂涎ものの事に違いない。
「なんじゃ?まだ不満があるのか?なんなら、奴隷も何人かつけるぞ?」
「あ、い、いえ。大丈夫です。ありがたく頂戴いたします。」
と、俺は慌てて言った。これ以上ゴネると不敬罪をとられかねない。
王女は満足気に頷くと、謁見の終了を宣言した。
「うむ。大儀であった。その方はこれからも王国の為に励むがよい。期待しておるぞっ!」
「は、はい。」
俺が慌てて頭を下げる。
そして、ブルがこう言ったのだ。
「……で、俺の報奨は?」
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ウィルとブルが出て行った部屋で、第3王女はスーセリアは満足気な笑みをうかべた。
老執事のローランドは自らの主に、優美な動きで紅茶を入れる。西国からしいれた最高級茶葉のセカンドフラッシュだ。
「随分と奮発なさりましたな。」
紅茶を差し出しながらローランドは言った。
「ふん、あのラッセンが推挙してくるほどのやつだ。姉上達に感づかれる前に抑えておくに越した事はない。もしボンクラならラッセンへの貸しにすればよいのだ、そう高い買い物でもあるまいよ。それにな……」
王女はマッサージ玉に魔力を通し肩に当てる。
「お、おぉぉ……、こ、これは中々よいものだぞ。市井の人間が夢中になるのも分かる」
普段は滅多に見せない蕩けるような顔をするスーセリア。
この歳でそれ程のコリをみせるスーセリアの肩に、どれだけの重荷が乗っているのかと思うと、ローランドは痛ましく思う。
と、メイド長のステージアがお茶請けのクッキーをサイドテーブルに置く。
と、
「姫様、それには市井の民が夢中になるもう一つの使い方があるんですよ?」
「なに、もう一つの使い方? ほう、それはどのようなものだ?」
「はい、実は……」
……ゴニョゴニョゴニョ……
聞いていくうちに、スーセリアの顔が熟れたトマトのように真っ赤になっていく。
「なっ!は、破廉恥なっ!!」
マッサージ玉を握りしめて立ち上がる姫。
「あ、あんな奴に店舗を与えたのは失敗だったかもしれん!お、おのれ〜っ!」
そう言って姫は自室に戻って行った。
「……『ソレ』はお伝えする必要があったのでしょうか?」
ローランドが呆れ顔にステージアに問う。
「あら、姫様にもリラックスは必要ですわ?」
そう言ってステージアは出されただけで、一つも手を出されなかったクッキーを一つ摘む。
……ま、女性の事は女性に任せよう。ローランドは努めて気にしないことにした。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
引き続きお付き合いいただけたら、嬉しいなぁ。