お刺身のリアクタンス
眠ったままユーリッドを馬車に乗せてのギグリアの村を出た。運転はユーリッドに代わってブルが行っている。途中わざとらしいくらいは花が咲き乱れ、虹がかかり、鳥がさえずっていたが俺はガン無視してやった。まぁ、事情を知らないユリス達は単純に驚いていたがな。
そんなこんなで森をぬけて1日。馬車の中ではあったがユーリッドはみるみる回復していった。この調子ならそれほど旅のペースを落とす必要はなさそうだった。
途中意識を取り戻したユーリッドが
「師匠……男ってバカですよね……」
とか言うので、アタマを小突いておいた。ま、この年頃は仕方ないんだけどな。あー、自分の黒歴史が思い出されて……あー、イタイ。
そして夕刻、茜色の太陽に照らされて巨大な街が見えてきた。真ん中には巨大な城壁が見える。ブルの話ではあれがチヨルドの中心街。元々チヨルドとはあの城壁内の事を言っていたらしいが、今は発展し城壁外にも街が作られている。よって今は城壁内のを「センター」とか「中央区」と呼ぶことが多いらしい。センターには貴族や特別な許可を得た人間しか入れないとの事で、一般の人間は城壁外の街で暮らしている。
「大きな街ですねえ〜」
ユリスが実に素直な感想を言う。
「チヨルドはカント王国の中心部です。行政の中心部であるだけではなく、東にあるフト港から海を介して世界中と交易をおこなっている商業の中心部でもありますね。漁業も盛んでチヨルドの海鮮料理は世界的に有名なんですよ。」
リジットの解説に思わず腹がなるな。そう言えば寿司も刺身も随分食べていない。寿司は無理にしても新鮮な生魚を食べられたりしないだろうか。
「なぁ、生の魚を食べる料理とかないかな?」
「だ、ダメですよ。そんな事したらお腹こわしちゃいますよ、ご主人様。私も昔、どうしても我慢できなくて、川で魚を捕まえて生で食べたら大変な事にっ……」
そういってユリスが当時を思い出したのかお腹を抑える。まぁ、川魚はなぁ…。
「私もその様な野蛮な食べ方はオススメできません。」
リジットも渋い顔だ。この世界には生食の文化はないのかな?いや、よく考えてみるとろくに保存技術もないくせに刺身が広まった日本が変態的なのかもしれん。
「いや、あるぜ生で食べられるところ。」
ブルが手綱を握りながら振り返って言った。
「本当か⁈」
「あぁ、港側の漁師向けの食堂なんだけどな。初めは俺も引いてたんだが、慣れるとこれが病みつきでな。」
おー、やっぱり地元漁師は美味しいものがわかってるね。
こりゃ、チヨルドに行くのが楽しみだ。
「よし、チヨルド行ったらそこに食いに行こう。」
「えっと……私はちょっと……」
「ご主人様、そんな食事は野蛮です。」
「私は……ブライア様が食べろっていうなら……」
……なんか女性陣には不評だ。ちなみにユーリッドは寝た振りをしてる。仕方ない、ブルと二人で刺身を肴に酒でも飲もう。
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チヨルドの外街に入った俺たち。
ブルにココまでの護衛料を金貨1枚支払う。
その後、宿を取ると早速夕飯を食べに漁師食堂へと向かった。ちなみにユーリッドはそのまま宿で療養、リジットは荷物の整理をするといってこちらも宿に残った。ユーリッドは殆ど体調は治っていたが。「念のためですっ!」と言って聞かなかった。
……そんなに体調気にするなら、あんなに無理してドライアドに会いに行くなよ……。
と、いうわけで、生魚ツアーは俺、ブル、ユリス、ジーナが付いて来た。
「……無理に付き合わなくていいぞ?」
「……いえっ、ご主人様がおいしいって言ったものが危険な訳ありません!」
……いや、現代日本ならともかく、この世界の生魚がどれ位安心かなんて俺も分からない。
「ジーナも無理するなよ。」
と、ブルの腕にぶら下がるジーナにも声をかける。
……ジーナの身長が縮んで二頭身キャラに見える。気のせいだろうか……。
「ブライア様が食べろっていうなら食べますっ。」
「……食べろなんていってねぇよ。」
やれやれと言った感じで頭をペタペタやるブル。でも、ココまでの旅でジーナに大分慣れたようだな。
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やってきた食堂は海風に晒された年季の入った建物だった。中は結構客が入っている。みんな日焼けした筋骨隆々、たしかに漁師の食堂って感じだな?
店の端に陣取ると店員の恰幅のいいおばちゃんが注文を取りに来てくれた。
「なんにするね?今日は新鮮なカイズが上がってるからね。煮ても焼いても美味しいよ。」
「ここで、生の魚を食べられるって聞いたんだけど?」
ザワッ……
一瞬店の中が静かになり、視線が此方に集中した。
な、何事?
「いいのかい?生で?」
挑戦するようなおばちゃんの目。
「是非!」
店の中にどよめきがおこる。やはり生で食べるというのはそれだけ珍しいのだろうか。
そして、俺たちの前に刺身が並べられた。
なんか店中から注目を浴びて、ちと食べずらい……。
「カイズの生身だよ。このタレをつけて食べるんだ。」
そう言っておばちゃんはタレを置いてくれた。醤油……とは少し違うな。でも、それに近い発酵臭がする。
周りが注目する中、俺は刺身を一切れ箸で摘む。(因みにこの箸はマイ箸だ。)豊かな弾力が魚の新鮮さを表す。白身がはちきれんばかりにぷっくりとしてる。堪らんな……これは。
タレに刺身をつけ、口の中に……。
「……美味いっ!!」
口の中でプリプリの身が踊る。ひと噛み事に魚の味が口に広がる。……このタレも中々あうな。
と、固唾を飲んで見守っていた周りの客が一斉に歓声をあげた!
「やるじゃねえかお前っ!」
「どうだ、俺らが採った魚はうめぇだろ⁈」
口々に賞賛してくれる。
どうやら、ここで生魚を食べるのは度胸試しみたいなものらしい。もちろん、漁師は普通に食べているのだが、それ以外の街の人は中々食べないのだ。なんか、刺身を食べただけで、仲間と認められてしまったようだ。
続いてユリスとジーナも恐る恐る刺身に手を出す。
「……おいしいっ!」
「これは……いけますねぇ。」
そうだろう、そうだろう。こんだけ新鮮な白身が不味い訳がないのだ。周りの客も訳もなく大盛り上がり。
よし、こうなったらアレだろう。
「おばちゃん! エール頂戴っ!」
「あいよ〜っ」
そして、禁断の冷えたエールを喉に流し込む。
……っク〜〜っ……コレですよ、コレっ!
「おお、コリャヤバイなっ!」
ブルも刺身と冷えたエールにハマってくれたらしい。
そして、周りで騒いでいた客も何だなんだと集まってくる。そして、冷えたエールを、飲ませれば宴会の始まりだ。
俺は前回の教訓を生かして、店の樽ごと冷やしてしまう。
これなら、俺も落ち着いて飲めるからね。
そして、大騒ぎで夜が更けて行くのだった。
宴会の席上、色々な街の話を聞くことができた。
まずこの街の国王ヘイロス6世の下には4人の姫がおり。その下には10才になるハロン王子がいるらしい。
世嗣ぎとしては、このハロン王子となる可能性が高いのだが、四人の姫もそれぞれに王位を狙っているらしい。
五里霧中、疑心暗鬼、百鬼夜行な宮廷ドラマというやつか。中々エゲツない話だが、ま、下々の我々には関係のない話だ。
そう言えば、宮廷といえば、明日俺らも報酬を貰いに行くのだが、どんな格好で行けばよいのだろうか……。
「なぁ、明日ってどんな格好でいけばいいんだ?」
「あ?格好なんて普段のでいいだろ。別に王様に会おうってんじゃねぇんだしよ。」
「あれ?そうなの?てっきり、報奨金ってくらいだから、謁見の間みたいな所で王様直々に手渡してくれるのかと思ってた。」
「んな訳あるかっ。城の端っこの部屋で役人の偉い奴から言葉の一つも掛けられて終わりだろ。そんなしゃちほこばって行くことはないさ。」
ま、言われてみれば俺らみたいな平民に報奨金出すのに一々王様が出てくる訳もないか。言われて少しだけ気が楽になる。ま、モールス君の事があるから、決して気は抜けないのだが……。
服装って難しいです。
特に夏のクールビズの時期の客先出張。
半袖ワイシャツでノータイにするか、上着を着て長袖ワイシャツとネクタイをするか…
そういえば、後輩で上着、半袖のワイシャツ、ネクタイというスタイルで客先に来た猛者がいたなぁ……。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
引き続き、お付き合いいただけたら、嬉しいなぁ。