感電警告
十六夜の月に照らされて、ユーリッドは一人立っていた。
自分の体調が悪いことはわかっていた。そして、多分その原因の事も。
「今日も月が綺麗だね。」
ユーリッドがそう挨拶をすると、彼女は昨日と同じように微笑んだ。そして、ユーリッドに向かって手を差し伸べる。
ユーリッドも自然にその手を取る。
「待って!!」
突然の予期せぬ声に振り返るとそこかにはジーナが立っていた。
「お前……なんでここには?」
「お兄ちゃんが一人で出てくから後をつけたんだよ。お兄ちゃん、目を覚まして!そいつは人間じゃない、レイスなんだよ⁈」
「……レイス? ハハハ、何をいっているんだ。」
俺は彼女の手を取るといつものように彼女の横に腰掛けた。
「待って!」
ジーナが近づこうとするが、周りの草木が伸びてジーナが進むのを邪魔をする。
「おい、妹なんだ。酷いことはしないでくれ。」
そう言うと、彼女はひとつ頷いた。
「ジーナ!朝までには帰るから心配しないでくれ。」
「駄目! 駄目だよ!そいつについて行っちゃ駄目!」
絡まる蔦を払いながらなんとか進もうとするが、なぜか兄との距離はどんどん広がっていく。まるで空間が引き伸ばされているようだ。
「返してっ! お兄ちゃんを返してよっ!!」
そう叫んだ時は、兄の姿は見えなくなり。ジーナは村の入り口に立っていた。
「お兄ちゃんを……返してよ……お願いだから……」
ジーナは膝を着いて泣いた。
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「まさかな……」
ジーナの話を聞いたブルが己の額をペタリと叩く。
ジーナの話は信じられないものだった。守りの木に座る女。ユーリッドはそれに会いに行っていたという。
「ドライアド…ですね。」
リジットが深刻な面持ちで告げた。
「ドライアド?レイスじゃないの?」
「ええ、木の上位精霊です。気に入った男がいると魅了し取り込んで精気を吸い取ると言われています。」
「え……それじゃユーリッドは……。」
リジットの話を聞いてユリスが青ざめる。
「まったく、守りの木なんていうからなんかあんだろうとは思っていたが、まさかA級討伐対象が住み着いてるとはな。」
A級というと、発見された場合、速やかに国が討伐対象を組織するレベルだ。ちなみに前回倒したキマイラでもB級だ。
「でも、ドライアドってそんなに危険なのか?」
なんだか、ゲームでは割と可愛いイメージなのだが…と、思い質問すると、ブルが苦笑いをした。
「危険もなにもな、あいつら森を丸ごと支配出来るんだ。やろうと思えば国の軍隊丸ごと相手にできるぜ?」
「軍隊丸ごと……」
「ま、そんなに好戦的じゃないのが救いだけどな。」
「で、でもそしたらお兄ちゃんは?」
ジーナの言葉に、咄嗟に答えを返せない。
でも選択肢なんてそうは多くない。ユーリッドはもうフラフラだった。そして、今の話からここはもうドライアドの腹のなかと同じ、逃げることだって出来ない。
「ま、行くしかないな。」
俺は立ち上がった。
みんなの視線が集まる。
「とにかくドライアドに会いに行く。そしてユーリッドを取り返すんだ。」
「し、ししょ〜……」
「なんだよ、泣くなよジーナ。大丈夫だ、ちゃんとお前の兄ちゃんは連れて帰るさ。なんてたって優秀な護衛がいるんだ、なんとかなるさ。」
「……A級ハンティングする給料なんざ貰ってたっけか?」
「じゃぁ、降りるのか?」
「ブライア様……」
ジーナのウルウルした瞳攻撃にたじろぐブル。
「まったく……、キマイラの次はドライアド。どうなってんだお前との仕事は。」
そう言いながらもブルは立ち上がり、ハルバートを肩に担いだ。
「じゃぁ、ユリスとリジットはここに……」
「何処に居ようとここはドライアドのお腹の中。変わりません。」
立ち上がるユリス。
「やっとメイド流交殺法を披露できますわ。」
スカートの裾からナイフを取り出すリジット。
てか、そんな所にナイフを常備してたのか……。
「昔っから、女の趣味がわるいんだから、お兄ちゃんは。」
そしてジーナ。
……ま、ユリスじゃないが、今更ここで留守番させても危険度は変わらない…かな。
「よし、みんなでユーリッド迎えにいくか」
「「はいっ!」」
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だがしかし、ユーリッド救出のために森の奥に進もうとする俺たちの前に、村人達が立ちふさがった。
そして、先頭に立つ宿のおじちゃんが代表するように話しかけてくる。
「すまねえ、おめたちを行かずわけにはいかねんだ。大人しく宿にけえってけろ?な?」
「……て言うことは、あの木にドライアドが住んでるって事は周知の事だったってことか……。」
俺の言葉におじちゃんが苦々しくうなずく。
「んだ。だから木には近づくくな言うたんじゃがなぁ。」
「思春期の男の子じゃあの距離でも駄目だったってことですか。」
リジットがやれやれと呟く。
……ま、仕方ないかもな。あの年頃は何かと反応しやすいからなぁ。イロイロと……。
「その……私たちはお兄ちゃんを助けたいだけなんです。通して下さい!」
「……悪いなぁ。あの兄ちゃんが今日自力で帰ってきたら、この森を抜けることには協力する。でも、ドライアド様を傷つけることはゆるさね。」
「そんな……私たち傷つけたりするつもりじゃありません。お兄ちゃんを、返してっていうだけです!」
「んだども、それで返してもらえなきゃ、攻撃するんだべ?そうじゃなきゃ、そったら武器必要ねぇはずだ。」
……確かにそれはその通りだった。
俺たちはユーリッドを取り返すために全力で攻撃にするだろう。
「オラ達はドライアド様と約束してんだ。オラ達がドライアド様を守る代わりに、ドライアド様はこの森を守ってくれる。」
「人の命がかかってるんですよ⁈」
「分かってる……、だかな、オラ達だって人だ。ドライアド様に見捨てられたらオラ達は生きていけね。それに、今まで守ってきてもらった義理もある。申し訳ねぇが、オラ達がどちらを守るかなんて、自明だろ?」
く……
村人達の目に迷いはない。
この人達は行きずりの我々よりもドライアドを守る。
「……どうする?この位なら突破は可能だが……」
ブルが小声で聞いてくる。
……それしかないのか?
……と、村人集団の森側からなにやら声が聞こえてきた。
「おい、あれって……」
「え?嘘だろ??」
その声につられてそっちをみると、森の方から一人の女の子が走ってきた。緑の髪の可愛い女の子だ。村人だろうか?
「ドライアド様っ!」
おじちゃんがその姿を確認し驚きの声をあげる。
……って、え? 今まさに会うの会わせないの言っていた?
向こうから来ちゃったって事か?
ドライアドは人ごみの中を誰かを探すように走ってくる。
と、俺らの前にくると一人一人の顔を確認する。なんだか慌てているようだ。先制攻撃をしにきたようにも見えないが……。
と、ドライアドがジーナの顔を確認すると、おもむろに手を取った。
「え? え? 私?」
そうすると、ドライアドはジーナを引っ張って森の奥に行こうとする。
「ど、どうなってんだこりゃ?」
ブルも困惑気味だ。
「なんか私たちを奥に連れて行きたいみたい……、ご主人様っ、ひょっとしてユーリッドの元に?」
いやまさか……とも思うが、それ以外に考えられないのも事実だ。
「よし、ついて行こう。」
俺たちはドライアドについていくことにした。今度は村人も邪魔をしなかった。
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「お兄ちゃん!」
願いの木の根元に横たわるユーリッドを確認すると、ジーナはかけだした。
「お兄ちゃんっ!大丈夫⁈」
ジーナの呼びかけにも答えはない。昼に見たときよりも更に弱っており、顔は土気色になっていた。
ドライアドはユーリッドと俺たちの顔を何度も交互にみる。とても不安そうな顔をしており、とてもA級討伐対象の大精霊には見えない。
このドライアド……もしかして……。
俺は剣を地面に置きドライアドに近づく。
「もしかして、ユーリッドを治したいのか?」
そう言うと、ドライアドはコクコクと頷く。
「ドライアド。そのためには…頼む。ユーリッドを、返してくれ。」
ドライアドは不安そうな顔のまま、しかし首を横に振った。
「ドライアド。ユーリッドは人間なんだ。このままお前のそばにいたら死んでしまう。」
「…………」
「この森を離れればユーリッドは助かる。だから頼む、ユーリッドを殺さないでくれ。」
「お願い、ドライアド。お兄ちゃんを…お兄ちゃん返して?……ね?」
「…………」
ジーナの言葉にドライアドは答えなかったが、俯いたまま一歩下がった。そして、何かと言いたげにユーリッドの方に一度振り向き……、そして消えた。
「……ありがとう、ドライアド」
俺は守りの木に向かって言った。
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結局、ドライアドは別にユーリッドを憑き殺そうなんてしていなかったのだ。ただ、仲良くしたかっただけなのだろう。だが、人間から精気を吸いってしまうのは彼女達の性質なのだ。だから、近くにいたユーリッドはドンドン精気を吸われてこのザマになったというわけだ。
あれから世が明けるまで、ユーリッドは宿のベットで眠り続けた。朝日が昇る頃になると、土気色だった顔色に少し朱が差し出した。
…まったく、思わぬ徹夜作業だ。
ユリスもリジットもジーナも寝てしまっている。
ブルはおそらく起きているが、見張りということで部屋の外だ。
と、ベットで少し動く気配がした。
「……元気か?」
俺はユーリッドの顔を覗き込む。
「師匠……絶好調です。」
「そりゃ、よかった。すぐに街を出るからな。ちょっとみんなを起こす……。」
と、ユーリッドがベットから腕をのばし、俺の腕を掴んで止めた。
「師匠、何があったのかは大体わかっています。お願いです。僕をもう一度守りの木まで連れて行ってくれませんか?」
「……お前、まだ魅了から解けてないのか?」
「そうじゃないです。……いや、もしかしたらそうなのかな?でも、師匠……僕、まだ彼女の名前……聞けてないんです。」
そう言ってユーリッドはまっすぐに俺を見る。
……まったく、男ってやつは馬鹿だね……
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ユーリッドはフラつく足をウィルに支えられながら、また守りの木の下までやって来た。そこには何時ものように彼女がいた。
彼女はただ寂しがりやな女の子だった。ずっと一人で彼女は木の枝に座り、空に昇る光の玉を月に返していた。森の木々は誰も彼女に近づかなかった。それは敬意とも言えたし、畏れと言えた。村人だっていつも供物を捧げてはくれた。でも誰も友達にはなってくれなかった。
だからユーリッドは彼女の横に座り、出来るだけのお話しをしてあげたかった。それだけだったんだ。
彼女はユーリッドの姿を見ると慌てた。
ユーリッドが自分に近づいて、また傷つけてしまう事が怖かった。だから、彼女は別れを決意したのに……。だからもう来ないでって必死にアピールした。
ユーリッドはもう木に昇る力はない。だから幹に寄りかかり、彼女の方に手を伸ばした。まるで怖いものを見るかのように彼女は後ずさる。
「ゴメン、大丈夫だから怖がらないで。」
その言葉にも彼女は不安は拭えない。でもユーリッドは続ける。
「僕はもう行くよ。旅をつづける。これから、いろんな所を回ってくる。」
ユーリッドは伸ばした手を降ろさない。
「そしたら、もっと色んな話をできるよ。…だから…待って……て……欲しいんだ……」
朦朧とする意識の中で手を伸ばす。
たまらずに彼女は枝を飛び降りると、ユーリッドの手をとる。ユーリッドはその手に少し力を入れて彼女を引き寄せた。
「……僕はユーリッド・エスターナ……。」
「……私はエウリュディケ……。」
そして、ユーリッドは意識を失った。
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……で、俺は一体何を見せつけられたんだ……?
俺は弟子の恋愛劇を見させられて立ち尽くしていた。
さっきやっと目を覚ましたと思ったら、また気絶したユーリッド。その傍らでウルウルと頬を染めながらも心配そうなドライアド。なんとなく部外者的に立ち尽くす俺。
まぁ、なんとなくノリで連れてきてしまった俺が悪いのだが……。多分徹夜明けで変なスイッチ入ってたな……。
ほら、なんかドライアドも早く連れて行きなさいよ見たいな目で俺をジトっと見てるよ。ガン見だよ。てか、お前もユーリッド見るときと俺を見るときで随分視線が違うなオイッ。それにおめぇ、喋れるんならもっと早く喋れよっ。
……まぁ、とはいえほっとくとユーリッド(バカ)が死ぬので仕方がない。
「ほら、どきなよ……」
俺はドライアドをよけさせるとユーリッド(バカ)を背負う。さっきは気づかなかったが、確かにドライアドのそばにいると、体からエネルギーみたいなのがゴッソリ抜けてく感じがするな。お陰でユーリッドを背負うがめっちゃ重く感じるぞ。そういや徹夜明けだったし、それもあるかなあ…。
はあ〜…
だいたいよ、異世界転移って言ったらチートでハーレムじゃねえのかよ、チーレムじゃねえのかよ。なんで俺じゃなくて弟子がモテてんだよっ。俺にはなーんにもチート能力はないし、戦ってもいつもギリギリだし、今のパーティーは女の子率は高いが、ハーレム感は……ないしなぁ……。
俺は振り返る。すると、そこには両手を組んでウルウルした瞳でこちらを見送るドライアドの姿。
……パーティーで一番問題児になりそうなの、実はコイツだ……。俺はそう確信した。
自分には「らぶろまんす」は書けないことが良く分かりました。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
引き続き、お付き合い頂けたら嬉しいなぁ。