想いのエイリアシング
宿に戻った俺たちは、早速夕飯をいただく事になった。
今日は獲れたてだという鹿肉のバーベキューだ。
目の前の畑から持って来た野菜と新鮮な鹿肉、なんて贅沢なんだ。肉汁の滴る鹿肉に思うがままかぶりつく。よく鹿肉は独特の臭みがあるというが、あまり気にならないな。
「そりゃ、オメー。この森のウンメ〜木の実ばっかり食ってる鹿だかんな〜。」
と、宿の主人がガハハと笑いながら教えてくれる。この主人が鹿を獲ったらしい。
「そういや、守りの木は見てきただか?」
「ええ、見てきましたよ。なんか不思議な感じの木でした。」
と、俺が答えると「そうか、そうか」と、主人は満面の笑みを返してくれる。と、ついでに気になっていた事を聞いてみる事にする。
「そういえば、一定以上近づかないで欲しいとの事だったんですけど、それって?」
「ん?…あー、あそこはよ。死者の国への通り道っていわれてんのよ。あの木の向こうは黄泉路じゃいうてな。」
「死者の国……」
「んだ。だからよ。あそこは俺らにとっちゃ先祖の墓みたいなもんなんよ。」
「なるほど、それは気軽に近づいて欲しくないですね。」
「ま、そうは言ってもよ。折角の見に来てくれる人もいるわけでよ、そういう人にはチーっと離れた所からお参りしてもらってるんよ。」
死者の国……かぁ。確かにあそこだけ周りには全然ないし、言われてみればそんな雰囲気があるかもしれない。
と、ふとユーリッドが目に付いた。なんだかボンヤリと宙を眺めたいる。
「おいユーリッド、どうした、ボーっとして?」
「……え? あ、いえ。どうもしないですよ?」
「そうか?」
「はいっ、このお肉美味しいですねぇ。」
そう言ってユーリッドが、ガツガツと肉を食べ食べる。まぁ、育ち盛りだからな、しっかり食べたまえよ。
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深夜、宿のベッドの中でユーリッドは昼間の情景を何度も思い出していた。
巨大な樫の木の横に立つ一人の少女。それは遠くを見ていた、悲しげな瞳だった。何故かその情景がユーリッドの脳内に焼きつき。繰り返し再生されていた。
あの子は誰だったんだろう……。
眠れそうになかった。
ユーリッドは隣に寝てるウィルを起こさないよう静かに起き上がると、そっと部屋を出た。
外に出ると、月明かりの明るい夜だった。天頂には満月が輝いている。
ユーリッドは夜の散歩のつもりで村を歩こうと思ったが、その足は自然と守りの木のあった丘に向かう。
月明かりに照らされた守りの木は昼間とは違う神秘性を帯びていた。
そして、そこには昼間に見た女の子がいた。彼女は樫の枝に腰掛けて月を眺めている。なんだか現実感のない光景だった。
どうしようか一瞬迷ったが、ユーリッドは覚悟を決めて一歩木に近づく。
「あの……君は誰?」
初対面の女の子に随分不躾な質問の仕方だなと我ながら思う。ジーナがいたら駄目だし間違いなしだ。
そうすると、彼女はこちらを向いて、そして少し微笑んでくれた。
とても綺麗な女の子だった。透き通るような白い肌に深い緑色の髪が特徴的だった。
その子は答えずに、座る位置を少しズラした。空いた所に座れというらしい。
「い、いや、御神木に座っちゃマズイよ。」
ユーリッドはそういうが、女の子は構わないと言いたげに、枝をポンポンと叩く。
少し迷ったがユーリッドは樫の木に足をかけ木を傷つけないように慎重に登る。思ったより登りやすい。そして、女の子の隣に座った。
「うわぁ〜……」
顔を上げた時に目に入る景色に思わず感嘆の声が漏れる。そこから見える森は夜の闇と月の光が調和して、まるでおとぎ話のように美しかった。
「きれいだなぁ……」
素直にそう口から出た。
ふと、女の子が右手を上げる。すると、小さな光が何処からともなくやってきて、女の子の指に止まる。女の子は愛しげにその光を見ていた。やがて、光は女の子の手を離れ空に昇っていく。まるで月に向かっているようだった。
「今のは?」
ユーリッドはまた問うが、女の子はただ笑うだけだった。
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「あーあ……こりゃひどい。」
俺は思わず空を見上げて嘆息する。
今日は朝から酷い雨だった。
「こりゃぁ、出発を伸ばした方が良さそうだな。」
ブルも並んで空を見上げながら言った。
この雨では道も相当ぬかるんでいるはずだ。ぬかるみに車輪でも取られたら、立往生してしまう。
ま、急ぐ旅でもないし、ノンビリ行こう。
「フフ、雨もロマンチックですね、ブライア様っ」
いつの間にかジーナが現れ、スススとブルの横を陣取る。
「……いや、同意を求められてもな……」
困り顔のブル。キマイラは抑え込めても、ジーナはそうは行かないらしい。
「あれ?そう言えばお兄ちゃんは?」
「ユーリッドか?あいつならまだ寝てたぞ。」
「えーっ、珍しい。いつも、私より絶対早く起きてるのに……」
言われてみれば、確かに今まであいつが寝坊した事なんてなかったな。
と、言われたのが聞こえた訳ではあるまいが、ユーリッドがドタバタと現れた。
「し、師匠、スミマセン。寝過ごしてしまいましたっ。」
相当慌てたらしいな。寝癖もそのままだ。
「慌てるなよユーリッド。今日はこの雨だからな。このまま此処に逗留するよ。」
「そう……そうですかぁ。」
ユーリッドが胸をなでおろす。……あれ?
「ユーリッド、お前少し顔色悪いか?」
なんとなく、血の気が薄いような気がする。
しかし、ユーリッドは笑顔で答える。
「いえ? むしろ絶好調ですよ。」
んー……、表情に陰りはないし、光の加減かな?まぁ、今日は曇ってて薄暗いからそう見えただけかもしれないな。
その日の雨は、夕方にはカラリとあがった。
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その日の夜もユーリッドは守りの木に来ていた。
昨日と同じ場所、同じ時間に彼女は同じように空を見上げていた。
彼女はユーリッドの姿を見つけると優しく微笑んだ。心が溶かされるような笑顔というものはこういうものだろうなってユーリッドは思った。
昨日と同じように彼女の隣にすわる。
ユーリッドは自分のことを話した。両親が死んだこと、やっていたお店が上手く回らなくなったこと、店を閉めて師匠の元で修行の旅をしていること。
彼女はどんな話でもニコニコと聞いてくれたが、旅の話が一番お気に入りのようだった。
夏の夜風が気持ちよかった。
星の明かりがきれいだった。
隣にすわる彼女の温もりが嬉しかった。
多分、ただそれだけだったのだ。
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「今日も雨……か。」
俺は腰に手をあて。やれやれと空を見上げる。
「全く、夜は晴れてたのになぁ。」
一泊しても状況が好転していなかった。また朝から土砂降りの雨だった。
「ししょー。お兄ちゃんは?」
「いや、今日もなんか寝てるみたいだ。なんか疲れてるみたいだから起こしてない。」
と、またドタバタという音がしてユーリッドが走ってきた。
「す、すいません。師匠……今日も寝過ごしてしまって……。」
「いや、それは良いんだがおまえ……」
「お、お兄ちゃん⁉︎ 凄い顔色悪いよ、大丈夫⁈」
ジーナの言うとおりだった。もはや、光の加減などではなく、ハッキリとわかる。
「何言ってんだジーナ。俺は大丈夫さ。」
「で、でも……」
「ユーリッド、今日はおまえは1日布団で寝てろ。リジットに話しておくから面倒みてもらえ。」
「え、でも……」
「いいから、これは命令だ。」
「は、はい……」
ユーリッドは不服そう……というよりは、何でそんな事を言われるのか分かってないみたいだ。おそらく自覚症状がないのであろう。
……どうしよう、何かの病気だろうか。
この大きさの村では医者はいないだろう。
とはいえ、この雨では村を出ることも叶わない。
雨が止むのを待って、近くの医者がいる街までいくしかないだろうな。
「どうかしましたか?」
宿のおばちゃんが声をかけてきてくれた。
「いや、連れの一人が体調を崩してしまいまして……」
「体調を?それはまた……どちらの方が?」
「ユーリッドです。まぁ、単に旅疲れがでたんだと思います。」
「ユーリッド……、あの若い方ですか……。それは大変でしょう。この村には医者はいませんが、よく効く薬草があるのです。後で煎じておもちしましょう。」
「すいません。お世話になります。」
「なに、困った時はお互い様です。きになさらないでください。」
「はい、ありがとうございます。」
おばちゃんはそう言って宿の中に入っていった。
もう一度空を見上げる。
昨夜は雲ひとつなかったったのにな…
ユーリッドは宿のおばちゃんが煎じてくれた薬草を飲み干した後眠り続けた。
外傷もないし、食欲がないわけでもなさそうだ。
だが、体力が回復していない。顔色は悪いままだ。
「リジット、どうだ?」
「はい、今は寝ています。本人は特に体の異常は感じていないようですが……」
そう言ってリジットもため息をつく。
「良くなる気配もない……か。」
「はい……。」
と、横でタバコをふかしていたブルが話に入ってきた。
「なんかよ、あの症状って病気って言うよりアレに似てんだが……」
「アレ?」
「あぁ、たまに古い遺跡なんかに潜ってるとよ、アンデットと戦うこともあるんだが、その中にレイスって奴がいるんだ。」
レイス……高位のゴースト系アンデットだ。殆どの物理攻撃は効かず、神聖魔法でないと有効打が与えられないらしい。
「で、そのレイスに触られると精気をすいとられちまうんだ。」
「そ、そうなったらどうなるんですか?」
ジーナが不安そうに聞く。
「段々顔色が悪くなって、最後はやせ細ってミイラみたいになって……」
「いやっ!」
ジーナが耳を塞いでうずくまってしまった。
「おっと、すまねぇ。無神経だった。」
「大丈夫だよジーナ。そりゃ遺跡の話だ。ここにはレイスなんていないんだから。」
「はい……」
その言葉にジーナがなんとか顔を上げる。
まぁ、兎に角これ以上症状が悪化するようなら、無理矢理にでも医者のいる街にいくしかないな。
俺はそう思いながら窓の外を眺める。
相変わらず雨は止む気配が無かった。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きお付き合いいただけたら、嬉しいなぁ。