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剣と魔法とオームの法則  作者: なまぐさぼーず
第一章 異世界に来た!
3/66

マルチバイブレーションは止まらない

剣と魔法とオームの法則3


イリーのところに世話になり、半月が過ぎたころ、俺はイリーの所を出る事をつげた。もう十分すぎるほど世話になった。そろそろ自力で生きる方法を探さなくてはいけない。

彼女は此方に背中を向けたままマッサージ魔法で振動する水晶玉を肩に当てている。


「…そうかい、まぁ、勝手にするがいいさ。」


イリーは振り返らなかった。まぁ、らしいなと思う。

と、イリーが立ち上り、棚から大きなカバンをだすと、此方に放り投げた。


「持ってきな、路銀として銀貨5枚。あと食料と最低限必要な旅道具が入ってる。あとコレだ。」


そう言って皮袋をわたしてくれる。

そこには3センチくらいのガラス玉が10個入っていた。ガラス玉も魔力を込められる宝石の一種として扱われるが、人工的に作れるのでそこまで高いものではない。とはいえ…だ。


「そんな、こんなにもらえませんよ。」


と、遠慮するが、イリーは受け取らず冷たいくて暖かい視線をこちらに向ける。


「帰る方法をさがすんだかなんだかしらないが、生計はどうするんだい。そのガラス玉にこのマッサージ魔法を入れて売れば銀貨1枚はいくだろう。そうすりゃ、なんとか魔法具の行商人として食っていけるんじゃないかい?」


ごもっともだ。俺もマッサージ魔法で稼ごうとは思っていたのだが、最初の資金だけはどうしようかと思っていたのだ。


「だいたいタダでやる訳じゃないよ。ここまでの授業料含めて金貨100枚だ。アタシが死ぬ前に持ってきな。」


そう言って悪い顔で笑う。優しい悪い顔だ。

ちょっと目から汗が出そうになったが、グッと我慢して


「はいっ」


と答えた。この人から受けた恩は金貨100枚でも足りないとおもうけれど。



---------

イリーの家を出て、俺は街道沿いを南向かって歩いた。余り運動していた方でもないので歩くだけでも結構きつい。1日半も歩けば商業都市イバリークに着くとイリーに言われたが、俺の足だと2日くらいかかるかもしれないな。

幸い天気に恵まれ、暑すぎず寒すぎずというところだ。今は春だというから、季節感は日本に近いのかもしれない。

道端に生える草を見ると、日本で見たものもあれば無いものもある。まぁ、あんまり草木には詳しく無いが。

…と。赤い身が群生している藪をみつけた。

これは食べられるのだろうか?


……えいっ


1つ摘んで、思い切って食べてみた。

…うまいなこれ。

種の小さなサクランボみたいな味がする。

疲れた体に甘酸っぱさが染み入った。

ああ、なんか旅してる〜って感じだ。



結局イバリークにたどりついたのは3日目の昼だった。慣れぬ野宿に体はバキバキに痛い。地面で寝るっていうのは想像以上に体に負担がかかる。布団のありがたさを痛感する。用意して貰っていた食料も食べきってしまっていた。

今更だが、これで道に迷いでもしていたら、完全に野たれ死んでいたな。


イバリークは高さ2mくらいの石壁に囲まれた都市だ。門では鎧を着た兵士が街に入る人をチェックしている。

少しドキドキしながらチェックを受ける列に並んだ。

名前と顔の確認と持ち込む荷物の確認みたいだな。

衛兵からすれば、おそらく今日1日だけでも100回はやっているであろうやりとりであるにも関わらず、その動きはキビキビしていた。サイドにいる荷物係りにカバンをあずける。


「名前と職業は?」


「ウィルと申します 。魔法具の行商になろうと思いこの街にきました。」


俺は予め決めておいたこの世界の名前と経歴を伝えた。俺はウィル。ウィル・ハーモニクスだ。因みによくゲームで付けてた名前だ。


「なろうと?では、まだ商人ギルドに登録してないのか?」


「はい、今まで北の魔女イリーの元で修行しておりました。」


「北の魔女、おお、あの変人の。なるほどな。とすると出身はどこだ?」


…変人なのか〜。まぁ、それ程悪意のある言い方でもないのでスルーしておこう。


「はい、今は亡き、グルダでございます。」


自分設定を伝えていくが、想定していない事を聞かれないかヒヤヒヤだ。ちなみにグルダの街は5年前に魔物の群れに襲われて滅びた街だそうだ。そこの住人の記録はのこっていないので、偽装の住所としてはうってつけなのだそうだ。


「そうか、取り敢えず仮入門許可をだしてやるから、3日以内にギルドに身元保証してもらえ。身元保証書をもらったらまたここに来るんだ。」


そう言って、仮入門許可の申請書をだしてきた。


「あと、これを腕につけるんだ。これはお前が仮入門である事を示している。滞在期間が超えていないか中の衛兵にちょくちょく確認され、多少鬱陶しいかもしれないが、それは我慢してくれ。正式な入門許可がでたら取ってやる。」


それは無骨な鉄の腕輪だった。滞在可能期間が記載されている。


因みに小さな鍵があり、一度ロックするとはずせない。まぁ、あたりまえだよな。


--------

イバリークの街はいわゆる交易都市だ。南北に伸びる主要街道ヘルム大路と、東西に伸びる主要街道アーム大路との交差する位置にあり北の帝都、南の王都、東のユーゲル港、西の大森林に対する中間地点として、多くの行商人や旅人で賑わっている。

この世界の街の標準サイズはわからないが、1日もあるけば外周を回り切るとこ出来るくらいなので、そこまで大きな街ではないと思う。

北西から南東に向けて街の中を川が流れており、人々の生活用水となっている。

一番上流に領主の館があり、その周囲には貴族や豪商の館が立ち並ぶ。街の真ん中辺りが商業地区になり下流は工場やスラムがあるようだ。


イリーから借りたお金は銀貨5枚、これは商業ギルドの登録費用だ。早めに登録して稼ぐ手段を作らないと食事もままならない。

商業ギルドは街の真ん中にある広場に面した所にあった。

流石に商業都市の商業ギルドだけあって、回りの建物とは明らかに違う煉瓦作りの立派なたてものだった。

チョット緊張しながら扉を開ける。

真ん中にカウンターがあり、何人かがそこに列を作っている。


右手には物が雑然とつまれており、左手は歓談スペースのようになっている。歓談スペースの壁に掲示板があり旅商人らしきひとが熱心に見ている。

取り敢えず自分もカウンターに並んでみる。

前の会話を聞いてると、買付依頼がどうとか話しているみたいだ。


しばらく待っていると、前の人が終わったようで自分の番になる。


「いらっしゃいませー、イバリーク商業ギルドにようこそ〜。ご用件は買付依頼ですか〜?それとも依頼品の持ち込みですか〜?」


さすが商人ギルドの受付。見事な営業スマイルだ。


「いえ、商人ギルドに入りたいんですけどどうすればいいでしょう?」


担当直入に要件だを言う。

これが正しい入会の手順なのか分からないが正面突破だ。

…不思議そうな顔をされたらどうしよう…。

会社の出張でもそうだが、自分の知らない分野の現場に行くと緊張する。特に、客先だとなおさらだ。知らなかった…の、ミス一回で会社の信用を失う事もあるのだ。とはいえ、出張なら事前の下調べなんぞしてある程度準備出来るが、今回は時間もないし調べようもない。それに、当たって砕けても失うものもないしな。

と、考えながら少しドキドキしていたのだが、受付さんはごく普通に応対してくれた。


「入会希望者ですね。では、ギルド長と面接していただきます。主な販売品目の確認と、過去の経歴についてお伺いします。そちらのお部屋でお待ちいただけますか?」


と、受付嬢が奥の扉をさした。

過去の経歴…

どうしよう、あまり突っ込まれるとボロがでそうだ。


部屋に入るとそこは応接室だった。壁際の棚の上にチョット高そうな花瓶に花がそえてある。細い茎に白い小さな花が沢山付いていて、雪をかぶっているようだ。日本にもある花だろうか?こういう花を飾る感覚は元の世界とかわらないんだなということに少し感動を覚える。

やはり元の世界となんらかの文化的つながりがあるのだろうか。それとも人間どこでも考えることは同じってことなのかな?

部屋の真ん中に膝くらいの高さの長机があり、それを挟むように三脚ずつソファーがある。一応ビジネスマナーに則って下座側の真ん中のソファーに座るが、はたして、こちらの世界で意味あることなのだろうか。

なんだか就職面接みたいで緊張するな…。


自分が入ってきた扉が開き、壮年の男性が入ってきた。170センチでやや細めだろうか。髪はぴっしりとまとまっており、身だしなみも華美すぎない程度にオシャレだ。ただ、少しこけた頬と、やや吊り目状のメガネが若干の胡散臭さをかもしている。などと思いながら自分も立ちあがり、その男を迎えた。


「待たせましたか?イバリーク商人ギルドのギルド長。ラッセン・クロードです。」


そう言うと、キビキビした動きで自分の向かいソファの前に立ち、手を差しのばしてきた。自分もその手をにぎり握手をする。


「ウィル・ハーモニクスです。本日はよろしくお願いします。」


自己紹介を終えると、ラッセンが座るようにゼスチャーをする。


「さてさて、私の顔は若干胡散臭いかもしれないが、まぁ緊張せず楽にしてください。」



…うん、その流れは余計に緊張するよね。



いきなりのジャブに、少し背筋をのばしなおす。

対してラッセンは少し猫背気味に体を少しこちらに乗り出すように座っている。

初めは自分の略歴からだった。予め考えていたストーリーを聞かせる。曰くグルダの街が滅びて以降、イリーの所で修行していたというストーリーだ。

特に厳しい追及もなく面談はすすんでいく。喋った内容はラッセンが帳面に記載していく。

事務的な話を聞き終わると、ラッセンは一度ペンを置いた。そして、顔の前で手を組むと、改めて俺に質問した。


「さて、ウィル君。君はこの商人ギルドがどういう組織は知っていますか?」


「はい、商人たちの活動をサポートする組織だと聞いています。」


「そうですね。具体的には商人同士が過度な競争を行って自滅するのを防いだり、不正な取引が行われないよう監視したりしています。また、スムーズな商売が行えるようサポート体制も整えていますね。

まぁそこで君の話になるわけですが…。」


そとでラッセンはメガネをクイッとあげて間をあけた。


「難しいのは、君のようにコネもなく突然ギルドに加入したいと来るものの扱いなのですよ。」


取り敢えず一つ頷いて様子をみる。なんか雲行きあやしいか?


「と、いうのもです。既に販路が確定している所に…例えば麦や野菜といった食料ですね…こういう所に割って入られる商売は非常に困るのです。まぁ小銭稼ぎくらいならば構いませんが、市場を荒らされると泣くのはその販路を担っていた商人だけではなくその仕入先の村、果ては最も大切にすべき顧客にまで迷惑がかかるかもしれません。分かりますね?」


「はい…」


元の世界ならある意味カルテルともとられそうだが、この世界の文明レベルだと仕方がないのかもしれない。流通に限界があるのだ。麦一つも確実な流通を作るには金と時間がかかる。そこにポッと出の商人が格安で麦を売ればどうなるか。顧客は格安麦を買うだろう。商人は売れなくて困る。

売れないので、次の麦を仕入れられなくなる。

つまり仕入先の農家も困る。そうなると、農家は別の販路を求めるだろう。そして新たな販路が開けば元の商人にはもう麦を下ろして貰えなくなるかもしれないのだ。そして、その次の年、ぽっと出の商人が変わらずに安く麦を売ればいいが、売らないかもしれない。あるいは、高くするかもしれない。そうなると今度困るのは顧客だ。元の商人はもう麦を仕入れられていないのだから、高くてもその麦を買うしか無いのだ。まぁ、極端な流れだが、ラッセンの言いたいことはこんなところだろう。


「とはいえです。」


ラッセンは言葉を続ける。


「経験の浅い、資金力もない駆け出しが、高級品や嗜好品といった固定販路のない物で行商しようとしたところで、途中で資金が尽きて魔物の餌になる事は目に見えてます。

未来ある若者をそんな風に失う訳にはいきません。」


ん〜。自分はまだ若者なのだろうか。と、余計なことを考えてしまう。


「そこで質問なのですが、あなたはどの様な商売をしていくおつもりですか?」


俺はその質問の答えとして、袋からガラス玉をとりだした。イリーから貰ったガラス玉だ。


「これです」


「これは…ガラスですね。魔法が込められてますか?」


「ええ、ところでラッセンさん。肩は凝る方ですか?」


「肩…ですか?」


予想してない質問だったのだろう。今まで隙のない表情をうかべていたラッセンがキョトンとした顔をしている。


「もしよければ凝っている場所にその玉をおしあてて、込めてある魔法を起動してみてください。」


ラッセンは不思議そうな顔をしつつ、肩に玉をおしあてる。そして、魔法を起動させると一瞬驚いたような顔になり、少し表情ゆるむ。


「お、おぉ…こ、これは…」


「マッサージ魔法です。まずはコレを販売しようと思っています。後々、こういう感じの魔法道具を、色々開発しながら売って歩こうかと思います。」


「特に固定の販路は持たずに…という事ですか。因みにコレはどういう原理なのですか?」


「それは…」


ちょっと悩む。内部の魔法回路がわかれば模倣は簡単だからだ。


…でもまぁいいか。正直大した回路ではないのだ。


「駆動に使っているのはフォスのスペルです。駆動にはマルチバイブレーション回路というものを使っています。」


俺はラッセンさんに紙とペンを借りて、回路図を書き出した。記号は電気回路のものをつかい、横にこの世界でのスペル名を追記する。


…と、説明をしてるうちにラッセンの表情が変わった。


「トランのスペルにそんな使い方があったとは…。いや、自分の知識の無さを恥じるばかりですよ。しかし、こんな秘密の技術をあっさりと教えて頂いけるとは…」


いや、たいした回路じゃ…と言いかけてやめる。折角褒めてくれてるのを否定しても仕方ない。


「分かりました。ギルドへの入会を許可しましょう。」

そう言って、再びラッセンが右手を差し出したので握り返した。


なんとか無事にギルドに入れたようだ。






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