ファストトランジェントバースト
馬車に揺られてゴトゴト進む。
ドナドナドーナードーナー
売られていーくーのー
なぁんて思わず歌いたくなるな。
俺たちは東に向かって馬車を進めていた。
目的地はカナン王国首都チヨルドに向かっている。これと言った目的があるわけではないが、人があつまるなら情報も豊富だろうし、ユーリッド達の修行の為にも大都市を見ておくことは重要だろう。順調にいけば一週間くらいで辿り着けるはずだが、途中の街にも立ち寄るので、実際には半月以上かかるものと思われる。
日差しは夏のそれであり、馬車のホロの中は少々蒸し暑い。結構俺はやられているのだが、他のみんなは慣れているようで、思い思いに過ごしている。
ユリスはただ今勉強中。小中学レベルの幾何を勉強中だ。合同、相似、等積変形、錯角、などなどだな。図形問題はユリスのお気に入りになったようだが、ユリスは図形問題を補助線一つ引かないで答えてしまうので、正しく求めているのかが分からない…。
リジットとジーナは最新お洒落コーデで盛り上がっている。襟ぐりがどうのとか、服の着崩し方だのの話しだ。日本のように物が溢れるほど流通してるわけではないので、基本的には既存の服を如何に着こなすかが話題の中心だ。
ユーリッドは馬車の運転。これは、俺も教わらなくてはいけないな。
俺は手持ち無沙汰だったので、御者台に上がり、ユーリッドに声をかける。
「よっ」
「あ、ウィルさん。どうしたんですか?」
「いや、暇なんでね。馬車の調子はどう?」
「大丈夫ですよ。荷物もあまり積んでませんし、このサイズで二頭引きですから、馬の負担も少ないと思います。」
「そうか。後で俺にも馬車の運転教えてくれ。」
「え?ウィルさんが運転するんですか?」
「……なんか意外?」
「いえ、普通貴族様とかは馬車の運転なんてしませんから。」
「いや、何を勘違いしてるか知らないが俺は貴族じゃないから。」
まったく…。なんでそんな事を思ったのかと思う。
…そういえば、マッサージ玉を販売して以降、まったく商売をしていなかったな。真面目に魔法の研究をしてたつもりだったが、人から見れば宿で延々食っちゃ寝してるだけか。
「俺はただの新米魔法商人だよ。っていうか、俺のところで修行って言っても教えられることなんてないぞ?」
むしろ、商売のやり方なんて俺が教わりたいくらいだ。
「いえ、ラッセンさんはウィルさんは色んな事を知ってる人だって言ってました。現にウィルさんの奴隷のユリスだって……。」
そう言ってユーリッドはユリスを見る。そういえば、昨日、ユリスの計算能力に驚愕してたな。
「いや、あれはユリスが特別なんだよ。正直あの頭の回転はかなわない。」
「でも、知識はウィルさんのものですよね。」
「まぁ…まぁねえ。」
「お願いします。僕にもその知識を教えて下さい。」
…ま、ユリス、リジットには教えてるんだし簡単な数学くらいなら教えてやれるだろう。この世界の平均的な勉強は大体小学校レベルだ。方程式や確率の計算を教えてあげれば、商売の損にはならないはずだ。
「ま、今ユリスに教えてるようなことならいいぞ?」
「え……あれですか?」
あ、あれ?なんか引いてしまった。
「い、いえ、あれはちょっとレベル高いかな〜って……。」
そう言ってユーリッドがチラリとユリスを見る。
ユリスの最近の趣味は任意の数字の平方根を求める事らしい。
暗算で……。
今もバリバリと俺の用意した問題を解いているところだ。
暗算で……。
「いや、あんなの俺だって出来ないからな。あれは特別。」
「よ、よかった……」
俺としては、ユリスの計算力がこの世界の平均じゃなくて良かったよ。
そのまま、俺は他愛ない会話をしながら御者台で過ごす。
考えてみれば、馬車の旅をなんて、某国民的RPGみたいだな。ドラゴンだのゴーレムだのを満載した馬車をたった一頭で引くパトリシアこそ最強ではないのかと思ったものだ。
…そう考えると俺のパーティーってさ…
奴隷
メイド
革職人
服職人
あれ?なんかおかしくね?
「な、なぁ。普通こういう旅のメンバーって冒険者とか同行するものなのかな?」
俺は隣で手綱を握るユーリッドに尋ねる。
「ええ、よっぽどの近距離でもなければ、護衛として冒険者2〜3人着くと思いますよ。」
ですよね〜。
「でも、師匠がいれば問題ないでしょう?」
…どうやら、俺の呼び方は『師匠』になったらしい。
って、突っ込みどころはそこじゃない。
「なにそれ?」
「ご主人様の魔法で余裕ですっ! …ってユリスが」
……あいつ、あとでデコピンだな。
取り敢えず、メンバーの増強が望まれるな。俺たちだけでは野盗にとっては正にカモがネギと味噌と鍋背負って歩いているようなものだ。ここはやはり異世界らしく、美人女戦士だよな。どMなんて面白属性が付いててもいい。
ま、取り敢えず、それまでは何事もない事を祈るしかないな。
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ま、分かってたよ。
きっとフラグなんだろうなぁって。
でも、こんなにそのまんまじゃなくたっていいんじゃないかな⁈
2日目の午後、山間の道は、両側に壁のように崖がそそりたっていた。逃げ場のない一本道……。
いかにもな場所だよなぁ…と、思いながらソロソロと馬車を進めると、前方に倒れた女性を発見。
女性…だと思う。背中をこちらに向けているために正確には分からない。
よく見ると、時折身動ぎすることから生きてると思われる。
「師匠!人が倒れてますっ。助けましょう。」
と、息巻くユーリッドを抑え込む。
「罠…だよな。」
俺の声にユリスもうなずく。
「間違いないと思います。」
「おそらく、横の茂みに潜んでますわね….あ、ホラあそこに…」
リジットが指差す先、藪の中に弓を持った人影がふせている。
ドーハンから習った危ないシチュエーションパターンにまんま当てはまる。
こういう時の脱出方は…
「いいか、あの女には構わず駆け抜けるんだ。他のみんなは弓をを持って追っ手を威嚇してくれ。」
俺の言葉にみんなが弓を用意する。ユリスは一緒に訓練したこらわかる。ジーナはたどたどしい感じだ。しかし、リジットが手慣れた様なのは少し驚いた。
「メイドですので」
そう言ってリジットは笑う。
そういえば、俺の命狙ってるって話だったんだよな……。
「いくぞっ」
俺の号令にユーリッドは馬にムチを入れる。
馬の嘶きと共に馬車は急加速する。
想像以上の加速に振り落とされそうになるが、馬車の縁に詰まってなんとか耐え、魔法陣を展開する。
俺たちが立ち止まる気が無いことがわかったのだろう。
周りから野党が飛びだしてきた。次々と矢がいかけられる
立ち上がる女、振り返ったその姿は…男じゃねぇか!
ったく、罠だとわかっていながら騙された気分になるのはなぜだ。
「ゆるせない…」
ユーリッドよ、その怒りはわかるぞ。
馬車は女装男を跳ね飛ばす勢いでつっこむ。
だが、そこで事態は急展開。馬車の行く手に巨大な網が立ち上がったのだ。このままでは馬が網に絡め取られて、最悪は馬車が転倒する⁈
「ブレーキだっ! ユーリッド、ブレーキ‼︎」
言われるまでもなくユーリッドは馬の勢いを抑えると同時に馬車のブレーキレバーを目一杯ひきあげる。
その勢いに中の荷物が暴れる。ユリスとジーナの悲鳴が聞こえるが、気にしている余裕はない。
馬車のタイヤがものすごい勢いでスリップしながら、なんとか網の直前で止まる。
あ、あぶなかった…だが、状況は改善していない。
野党が俺たちの馬車をとりかこむ。およそ15人。
まずいな…。5人くらいまでならなんとかなるかと思うが、これは人数が多すぎる。
「ふん、あたしも舐められたもんだね…」
一人の女が近づいてきた。
…修道服?パッと見は分からなかったが、ボロボロの修道服をきている。そして手には巨大な鎌。いや、大鎌と言ったいいのだろうか…を肩に担ぐように持っている。スカートは短くきられ、むき出しの太ももが眩しい。
……いや、ユリスもそんな目で俺を見るなよ。ちょっとだよ、ちょっとしか見てないって……。
「この皆殺シスター、ロウエル・ローゼリアから簡単に逃げられると思ってもらっちゃ困るんだよっ。」
ビシッと決めポーズ。
「ヒューッ! 姉御サイコーですっ!」
「カッケー、マジカッケー」
みなごろしすた〜?
……なんだこいつら……