除算の進む方向は
う〜…
頭痛い…
気持ち悪い…
昨夜は飲み過ぎた〜。
昨日の最後は良く覚えていない。
ただ、起きたのは自分の借りてる部屋だったので、おそらくちゃんと帰ったのだと思われる。
「大丈夫ですか?ご主人様。」
声のする方を見ると、ユリスがお盆を持っていた。
「ブルーテスさんが、二日酔いにはコレだって。」
お盆の上にはコップが一杯。
口を付けるとそれは…よく冷えた「ただの水」だった。
……流石、ブルーテスは分かっている。
二日酔いで飲む水こそ正に甘露だ。
本当になんでこんなにうまいんだろう。五臓六腑に染み渡る〜,
……気持ち悪い〜。
「朝食は…食べられそうにありませんね。」
「あ、あぁ。そうだな。そう言えばリジットは?あいつも相当呑んでたけど。」
「ココにおります」
振り返ると扉の横にリジットが待機していた。
流石、あれだけ飲んでもちゃんとしてい…る?
でも、なんか顔色が悪いような。
「リジット、無理しなくていいぞ?」
「む、無理なんてしてません。」
…
…
…
「リジット、そこでジャンプしてみて。」
「お断りします」
……
うん、リジットの目が座ってる。
これ以上からかうのは止めよう。こっちも余裕はないのだ。
「今日は昼過ぎまで寝るから起こさないで。」
そう言って俺は布団を被った。
「「かしこまりました」」
部屋を出て行くリジットはフラフラだった。
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午後になると体調が回復してきた。
もう2度と酒なんか飲むもんかと思うのになぉ…。
何故かまた繰り返してしまう。
多分酒と俺の間には、切っても切れぬ因縁が…あるわけないか。
ま、馬鹿な事を考えていてもしょうがない。
仕事を始めよう。
てか、二日酔いだから午後から仕事、なんて不良社会人だろうか…。
うん、考えないようにしよう。
-----ちょっぴり回路の話----
さて、電卓だ。
俺は昨夜、とんだ考え違いをしていた事に気付いた。
俺は電卓と聞いて、少数計算しなきゃいけないと思い込んでいたのだ。だが、使うのは商人だ。だったら整数に割り切れない時は「余り」を表示した方が使いやすいはずだ。
まったく、「技術に執着するな、顧客要望を汲み取れ」と散々言われてきたのにまだまだだと思い知る。
「余り」を求めるならば回路は簡単だ。
A÷Bを求めるならばAからBを何回引けるかをカウントしてやればいいのだ。引いた結果値が負になるようなら、カウントをもどし、残った値を「余り」として表示する。
実際の表示は「=」を押すたびに「商」と「余」を切り替えて表示する。今どちらを表示しているかは、ステータスLED…じゃなくてウィスプを追加して見て分かるようにしよう。
こんな感じで概略設計を終え、おれは電卓魔法のアップデートを行った。
これで四則演算加減乗除が可能な計算ユニットが完成したわけだ。因みにこの四則演算、論理演算を行うユニットを「ALU〈Arithmetic and Logic Unit〉」と言う。CPUの核になるユニットだ。まぁ、これだけでCPUが作れる訳じゃ無いけどね。
-----ここまで回路の話----
完成した電卓魔法をおれは早速ユリス、ルーシア、ブルーテス、リジットにお披露目する。
「あ、掛け算も出来るようになったんだ。良かった、わたし掛け算とか割り算苦手なんだよね」
と、ルーシア。
「ふーん、また便利なものだな。」
と、ブルーテス。
「流石です。ご主人様…ウップ」
と、まだ回復してしてないリジット。
…思ったより反応薄いな…。
みんな、魔法で計算出来る!という最初程のインパクトはないようだ。
足し算引き算出来るなら、掛け算だって割り算だって出来るでしょう…くらいの認識して何だろう。
く、クソウ。大変なんだぞっ、この回路作るのっ!
と、思っても仕方ないのだ。設計者の苦労と、顧客の評価は一致しない。でも設計者が手を抜けば、それは顧客に必ず伝わる。そういうものなのだ。
「すごい、凄いです!割り算なんて、いったいどうやって計算させてるんですか⁈」
だから、こうやってユリスのように、拘った所で喜んでくれると密かにスゲー嬉しかったりするのだ。
と、ユリスの表情が止まった。
「ん?どうしたユリス。」
「いえ…」
ユリスは少し考え込むような仕草だ。
な、何か不具合でも見つけてしまったのだろうか?
ちょっとドキドキするぞ。と、ユリスが顔をあげた。
「ご主人様、これは数字ではなく、例えばA定食B定食みたいなボタンを作って、それを押したら値段が自動に入るようには出来ないんでしょうか。」
「…金額をあらかじめ登録しておくのか?まぁ、そういう事も出来るよ。」
なるほど、流石ユリス。相変わらず良い着眼点だ。
と、思ったがユリスはここで止まらなかった。
「そしたら、注文を受けたらその場で該当メニューの名前をおしていけば勝手に計算出来るようにしたらどうでしょうか。」
「いや、ユリスちゃん。普通の雑貨屋とかと違って私達は客のテーブルで注文取るからねぇ。こんな大きな電卓持って歩けないよ。」
ルーシアが電卓を抱えるようにして言う。
…い、いや。それは表示とボタンの関係と、あと主に俺の工作スキルの為にその大きさなのであって、小さくする事は可能なのだが…まぁ黙っておこう。
「注文はいままで通り紙でとってもらって、最後のお会計の時に………ううん、違う。持ち運び出来る、小さな入力専用の魔法具を作ればいいんじゃないでしょうか。」
「…えっと…ユリス。その入力専用の魔法具と電卓の間でどうやって信号を通信する?」
俺は恐る恐る聞いた。
「何言ってるんですかご主人様。モールス君ですよ。あれを使って通信できないでしょうか?」
うわぁ、予想はしてたが流石自力でシリアル通信を切り開いた女。通信はwifiっすか?bluetoothっすか?ZigBeeなんてのもありますぜ?
「あ、そうだ。ついでにテーブル毎にマークみたいなのを付けておけばお会計の時に楽ですね。そのマークを入れたらそのお客の会計が出るようにするんです。」
「その入力専用の魔法具ってので、注文のボタンを押せば後は勝手に計算してくれるってことかい⁈それはいいねぇ。会計のミスが減りそうだよ。」
「ていうか、お前は会計みすが多すぎるんだっ。」
「まぁまぁ、ブルーテスさん。でもこれならミスは減ると思いますよ。それで、別に日毎の売り上げ集計と月の売り上げ集計とをやっておけば、決算も簡単です。あ、そうだ、同じように仕入れに対しての集計も出来ますね。」
ポ、POSシステムつくれってことですか⁈
POSシステム…コンビニなんかでバーコードをピッとやるあれだ。裏で売り上げの集計や在庫の管理、販売データの集積なんかをやっている。
い、イカンなこれはあれだ…。
客先での仕様打ち合わせでよくある
「要望のインフレーション。」
ユーザーは仕様打ち合わせでは出来るだけ要望を詰め込んでくる。細かい事や、本当にいるかどうかも分からない事でも入れずに後で困るよりはと考えるからだ。しかも、それを聞いた別の人はさらにアイデアを出してくる。これが繰り返されて、最初の話と全く違う仕様になるなんてよくある話しだ。(ちなみに社内の開発会議だと不思議とこれが起こらない。)
「あ、そしたら自動でお釣りを計算させたりも…」
「ストーップ!」
俺はユリスを静止する。
「えっ?」
「それは作らない。」
「え、む、無理でしょうか?」
「…まぁ、技術的にも難しい所は確かにあるけどな…」
…っていうかてんこ盛りだ。
短距離デジタル無線
データベースの構築
営業時間中稼働させ続けるコスト
今後に対する拡張性
複雑なシーケンスをメンテナンス可能な魔法回路にする方法論。
(現状、魔法は回路図でしか書けないので可読性がとても低い。FPGA等で大規模な論理回路を作成する場合、HDLと呼ばれる言語で設計する事が多い)
しかし、この辺りを理由として出してはいけない。
出せば、それを克服する為にはどうするかと言う話になるからだ。そこで駄々を捏ねようものなら「課題を克服してこその技術者だろ。ガ◯アの夜明けを見てないのか」
と、言われてしまう。だから、こう言うのだ。
「それを作る意味があるのか?って事さ」
「えーっ、便利そうだよ。私は欲しいよ?」
俺の言葉にルーシアが不満そうだ。
「本当にそうでしょうか?例えば値段の登録なんてしたら、メニューを変えるたびに魔法の作り直しになりますよ?それに、それを作るのにどれだけ時間がかかると思います?」
「……?」
「…ぁ」
と、言われてもルーシアはピンとはこないだろう。だが、ユリスは多少感じるものがあったようだ。
「まぁそれだけのシステム、作るだけでも膨大な時間がかかるよな?それに店の一ヶ月分の決算をまとめるんだ。もし魔法にミスがあったらとんでも無いことになる。つまり、チェックにも物凄い時間がかかる。おまけに、これはこの店専用のシステムに成らざるおえないから量産して転売ってのも難しい。」
「そう…ですね。」
「で、でもお…。」
ルーシアが喰い下がる。ま、あれば便利そうだもんな。気持ちは分かる。
だが、それはブルーテスが止めてくれた。
「馬鹿野朗。そんなん作ってる時間があるなら、ウィルはこの今ある電卓を量産してほうがはるかに儲けられるんだ。それともお前はその儲けを補填できる程の代金をウィルに払えるのか?うちにゃそんな金ないぞ?」
「う…無理だと…思う…」
「ま、そう言う事です。私も商売人ですからね。お金が優先なんですよ。」
と、ちょっと悪い顔していってみせる。まぁ、これで諦めてくれるだろう。
と、おもったら今まで黙っていたリジットが声をあげた。
「僭越ながら、それは違うと思います。このお店一つの為に時間を使うよりも、今あるこの電卓魔法を世に広める事の方が社会的意味は大きいはずです。」
俺の言葉は否定されてしまった。
お金の問題は本音のひとつではあったのだが…。
因みにもう一つの本音はメンドクサイ…だ。
と、リジットの言葉にブルーテスも頷いた。
「そうだ。だいたいそんな便利なもの使ってたら、いつまで経ってもマトモに計算が出来るようにならないぞ。」
「…だって、そんな魔法があれば計算なんて出来なくてもいいし…」
ブルーテスの言葉にルーシアがまだブツブツ言ってるが、まぁ諦めてはくれたようだ。
こうして、完成した電卓魔法をスリーピングバッカスで使ってもらうことになった。今まで世話になっていることもあるし、今回はモニターとして使ってもらうということでお金は貰わない事にする。
これからの実売価格は金貨10枚にする予定だ。
日本円で約100万円くらいだな。今時電卓なんて1000円以下だと考えると暴利だなぁ…と思う。
だが、初期のパソコンだって初めは天文学的かかくだったのだ。そう考えれば、まぁ、ありえない数字ではない…と、思いたい。
「ご主人様…魔法の開発って色んな事を考えなくてはいけないんですね。私、全然分かっていませんでした。」
ユリスはそう言ってくれた。
…でも、分かっていない…。
一番の問題はユリスの頭の回転が早すぎるという事なのだ。今はまだベースの知識と経験に差があるからなんとかなっているが、すぐに追いつけなくなりそうだと感じる。
悔しい気もするが、ユリスが何処まで行けるのか楽しみでもあるな。
膨らむ仕様
縮む納期
次回は番外編をお送りする予定です。