フライングチェッカーに気をつけて
「たくよ〜、情けねぇ話だなオイ。」
面目次第も御座いません。
俺はドーハンの背負子に括り付けられて運ばれていた。
因みに俺の荷物とドーハンの荷物の半分ははルメリアとユリスが持ってくれている。
ユリスから熱さましをもらって寝た俺だったが、結局足の痛みは朝になってもひき切らなかった。そこに、足跡を追跡してきたルメリアが洞窟を発見、確保の流れとなった。
ルメリアに診て貰ったところ、どうも骨にヒビくらいは入っているようだ。捻挫くらいだと思ったのは、大丈夫だと思いたいという心からくる希望的観測だったらしい。
当然の事だが、こうなった経緯を話した俺たちに待っていたのは駄目出しタイムだ。
状況確認が甘い。
安全確認が甘い。
実戦でぶっつけ本番なんてもってのほか。
等など…
今回に関してはドーハンよりもむしろルメリアの方が駄目出しが多かったように感じる。
「まったく…死ぬための訓練を私達は請け負ったわけじゃないんだよ⁈」
珍しくルメリアが感情的になっていた。
後で聞いた話談だがだが、この最後の課題の結果については、夫婦喧嘩に発展したらしい。…なんだか、申し訳ない。
こうして、俺たちはなんとかイバリークの街に戻る事が出来た。面倒をかけてしまったドーハン、ルメリアには当初の依頼金に多少の色をつけさせてもらった。まぁ、大変だったけど、非常に勉強になったと思う。
そんな俺が久しぶりにバッカスの宿に戻ると、旅支度を解く間もなく来客があった。
「ラッセンさん⁈」
部屋に入ってきた商人ギルド長に思わず驚きの声を上げてしまう。
「どうも、ウィルさん。怪我をなされたと聞いて飛んできてしまいました。お加減はいかがです?」
な、なんていう耳の速さだ。
ドーハンに担がれてこの宿について、まだ三時間もたっていないというのに…。
「あはは、恥ずかしい話です。大した事はないんですけど、ちょっと足を…」
「それはいけませんね。足だと何かとご不便でしょう。」
「いや、ユリスが色々助けてくれますから、大丈夫ですよ。それに歩けないって訳でもないですから。」
「そうですか。ですが足は無理してはいけませんよ。後々響きますから。」
やたらラッセンさんが優しいな。しかも商談用のニコニコフェイスだ。
「そうだ、もしよければウチのメイドの一人をお貸ししますよ。」
…は?
という反応を返す前に、ラッセンは手を鳴らす。
すると扉が開き、一人の女性が入ってきた。
長い黒髪が流れるようにゆらめき、思わず見とれてしまう。背中に棒でも入っているかのようにまっすぐにたち、揺らぎなく歩く姿は能の演者を思わせる。
「うちのメイドのリジットです。どうか、怪我が治るまで自由にお使い下さい。」
「ウィル様、リジット=フランカーで御座います。何卒、お見知りおき下さい。」
そう言ってリジットは優雅な動きでスカートをつまみ、頭下げる。
…て、見とれてる場合じゃないっ!
「ご、ご主人様のお世話は私がやりますから大丈夫です!」
ユリスがおれとリジットの間に割り込むように立つ。
「いえいえ、足のご不便なウィル様を一人でお世話するのは大変でしょう?」
するりとユリスを避けてリジットが俺の側にくると、片膝をつき、俺の左手を両手で包むように握る。
「な、ななな、何をやってるんですかっ!」
あ、あかん。ユリスがキーッてなってる。
「あ、あの…ラッセンさん。これは?」
「ですので、うちのメイドです。中々優秀な者ですのでご迷惑にはならないかと。」
「いや、だからなんでラッセンさんのメイドをうちにって事になるんですか」
「ウィルさんの足の怪我が治るまで身の回りのことをと。」
ニコニコと笑うラッセンさん。
リジットに握られた左手が暖かい。
……
い、いかん。ここで安易に流されるなっ。
俺はそっとリジットの手を外した。
「ラッセンさん…その、ご厚意は嬉しいのですが、そこまでしていただく訳にはいきません。」
俺が断るとリジットがこの世の終わりのような顔をして崩れ落ちる。
「そ、そんな…私は要らないと仰るんですか?」
俺の足元にワザとらしくすがるリジット。
「…ていうか、何が狙いなんですか?ココまでワザとらしくやるくらいなら、もう狙いを言ってくださいよ。」
「ハハハッ、まぁ狙いと言うほどでは無いんですがね。貴方の作ったモールス君。あれにとても興味がありましてね。その情報をすこし探れればと。」
「そうです。私、決してご迷惑にはならないように探りますから、何卒お側に置いて下さいませ。」
…産業スパイだろ、それって。
この世界の産業スパイってのはこんなに堂々としてるものなのか?
「それで、それを聞いた俺が彼女を側に置くことを許すと?」
「駄目ですか?」
「駄目ですっ!」
スパイをワザワザそばに置く訳無いではないか。
一体ラッセンは何を考えているんだ。
俺が憮然というと、演技くさい残念そうな顔をラッセンがする。
「仕方有りませんね。ではリジット。ココは一旦引くとしましょう。」
「はい、ラッセン様。」
先ほどまで足に縋ってヨヨヨと泣いていたリジットは何事もなかったかのようにスッと立ち上がり、ラッセンの後ろに回る。
「では、今日はこれでお暇しましょう。どうぞお怪我はお大事にして下さい。」
「は、はぁ…」
ラッセンはそう挨拶すると、リジットを連れて出て行った。
思わずユリスと顔を見合わせる。
「なんだったんでしょう、まったく」
ユリスはご立腹のようだ。
なんだったのかは俺だって分からない。
まぁ、取り敢えずは帰ったんだし問題は…
…いや、怪しい。怪しすぎる。
突飛な提案をした割にはあっさりと引きすぎだ。
しかも、ターゲットはモールス君、つまり無線通信魔法だと明言までしていた。これから、あの手この手で情報を探りに来るといい戦線布告?でもそんな事をする意味がない。スパイならスパイらしくもっとコッソリやったら良さそうな物だ。
……
考えてもわからない。
とりあえず、今までの試作も含め、モールス君の管理はしっかりとした方がいいかな。
グギュルルル〜
と、腹が鳴った。
そう言えばもう夕飯の時間だな。
俺はユリスの肩を借りて食堂に降りる。
いつも座っている席に着くと、黒髪のメイドが注文を取りに来る。
…ん?
…黒髪のメイド?
「ご注文は何になさいますか?ウィル様」
「な、なな、なんであんたがここに⁈」
思わず俺の声が上ずる。
と、俺の声に奥からルーシアが出てきた。
「ああ、今日から住み込みで働いてくれるリジットだよ。ラッセンさんからの紹介でね。宿屋の修行がしたいから無償でいいから働かせてやってくれってね。いやぁ、人手が足りなかったから助かったよ。」
そう言ってルーシアが笑う。
……
…そうか。
ラッセンは商人ギルドのギルド長。
この宿に人を送り込むくらい造作もないことだ。つまり、さっき俺がリジットを受け入れようと断ろうと関係ないという事らしい。
「よろしくお願いします。ウィル様!」
リジットがニコニコと微笑んだ。