発熱効率のおはなし
あ、危なかつた…。
本当に危なかつた…。
もし、あれでゴブリンが帰ってくれなかったら完全に詰んでいた。
俺の両足がビリビリと痺れるような痛みに襲われて、まともに歩けない。
踏み込みに合わせて自分自身の足をフォスのスペルで押し出せばとんでも無い瞬発力を得られるに違いないと思ったのだ。
そうすれば、どこぞの剣客物の戦闘みたいにすり抜け様の一撃が出来るかとおもったのだが、実際には動きが早すぎて殆ど狙えないし、止まれないし、無理な力が掛かって脚は痛いし…。
…ちょっと実践投入には早すぎたようだと反省…。
一応一撃には成功したからあとは練習次第とは思うけどね。
帰りの遅いユリスを心配した俺は、モールス君ver3.3を使ってユリスを探したのだ。
ちなみにこのver3.3ではこちらからPINGを打つと自動的に返信するようにしてある。この返信信号を指向性のアンテナで拾う事でどちらにユリスがいるか、およその方向を確認できるのだ。まぁ、そんな訳でゴブリンに囲まれてるユリスを発見し、事、ここに至る。
さて、とりあえず窮地は脱した我々だったが、ここで神様はおまけとばかりに雨を降らせてきやがった。泣き面に蜂とはこの事だ。
幸い近くに洞穴があった為、俺たちはそこに一時避難する事にした。もっとも俺はまともに歩けないのでユリスに体を支えられて何とか移動する。
ユリスに、雨ざらしになっていた荷物を一通り運び込んで貰った所で俺たちはやっと一息つけた。
「大丈夫ですか?」
「ん?あぁ、大丈夫。折れてはいないみたいだ。少し休めば歩く位は出来ると思う。」
ユリスが外の雨水で布を濡らして、足首にかけてくれる。火照った所が冷やされて気持ちがいい。
「その…すみませんでした…私のせいで」
「何言ってんだ。薪を拾ってた所を襲われたんだろ?仕方無いさ。」
「いえ、でも…」
「それより、昼飯にしようぜ。と言っても火は起こせないから干し肉だけな。取ってくれるか?」
「あ、はいっ」
そう言ってユリスがカバンから干し肉を出してくれる。
粥なんかに一緒に入れて煮込むと柔らかくなるのだが、まぁこれはこれでビーフジャーキーと思えば中々いける。
雨は2時間ほど降った後小降りとなり、そして止んだ。
その頃になると、大分足の痛みも引いてきた。最初は骨折したかと慌てたが、どうやら捻挫位で済んでいたようだ。とはいえ、まだ痛みも残るし時刻も夕刻に入ってしまったため、今日はここで一泊し、明日移動再開する事にした。
明日も行動速度は落ちるだろうから、多分途中でドーハン達に追いつかれてしまうだろう。
まぁ、追いつかれたら駄目だしの一つも貰うだろうが仕方無い。
日は暮れ、夜のとばりが降り辺りは暗闇に包まれる。
洞窟の中で焚き火は危険なので明かりは魔法のランタンの明かりのみだ。外では虫の声が少し聞こえる。
初夏とはいえ、雨上がりのこの時刻になると少し冷てこんでくるな。地面に直接座っているのも寒く感じる原因だろうか。俺もユリスも毛布にくるまっていた。
…いや、おかしいな。それにしても寒すぎる。
なんかこう…体の芯から冷えてくるような…。
…まさか…風邪?
いやいや、こんな環境で風邪ひくなんて冗談じゃない。
しかし…そう考えると節々がだるいような…。
と、洞窟に風が吹き込み俺は震えた。
ユリスを見ると、同じように毛布を被ってはいるが俺ほど寒がっている様子はない。
まいった…なれない連日キャンプに体力が追いつかなかったということか…情けない。
と、少し彷徨った視線がふとユリスの目と合う。
「ご主人様?どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ。」
そう言うと、俺は毛布をかぶり直す。
かなり厚手の毛布なのだが、それでも寒気は止まらない。
そんな俺の様子にふとユリスは立ち上がり、横に来た。
「ご主人様…寒いんですか?」
「大丈夫、気にするな。」
…ユリスは少し俺の様子を観察すると、「失礼します」と言って、俺の額に手を当てた。
「!…凄い熱…」
「大丈夫だって、ちょっと疲れが出ただけだから、休めばすぐに良くなるよ。」
そう、この手の体調は自分で駄目だと思ったら駄目になってしまう。
働いているとたまにあることだ。仕事に余裕があるならさっさと休んだ方が良い。しかし、仕事が詰まってきた時にはどうしても休めない時がある。その時は、極力体温は測らない。具体的な数字を見せられたら心が折れるからだ。
まだ、大丈夫と自分で決めれば体は動くものだ。
と、ユリスが俺に自分の毛布をかけてきた。
「え、おい。大丈夫だから…」
「ご主人様、すぐに戻りますからじっとしていて下さいね。」
止めようとする俺の言葉を聞かずユリスは洞窟を出て行ってしまう。
おいおいこんな暗い時間に…と思ったが、洞窟の入り口で何かをやっているかと思うとすぐに帰ってきた。
手には花を持っている。
「それは?」
「ヨヒラの花です。」
そう言ってユリスは摘んできた花を布に包み石で叩く。
そうして柔らかくなった花と水を今度は鍋に入れ、ヒートの呪文で加熱する。そうして、十分に煎じたお湯をさいごに布で漉してコップに入れた。
「ヨヒラの花は熱さましになるんです。どうか飲んでください。」
そう言ってユリスは俺にコップを差し出した。
俺はそのコップを受け取り一口啜る。
…熱い…
でも、その熱さが食道に広がる。
決して美味しいものではないが、青臭い香りと僅かな苦味、そして温度を伴った液体が体の内部に広がる。
当たり前だが、薬は飲んでもすぐには効かない。
でも、これは…
そんな事を思いながら俺は全部飲み干す。
「…ふぅ…ありがとう。なんか効いてきた気がするよ。」
俺が飲む様を若干緊張の面持ちで見ていたユリスの表情がホワリと緩む。
「よかった…それでは失礼しますね。」
え?
と、言う間もなくユリスがスルリと毛布に入ってきた。
「え⁈…ゆ、ユリス?」
「熱があるときは体を温めないとだめです。奴隷は普通、暖かい布団も暖炉もありませんから、こうやってお互いを温め合うんです。」
「そ、そうなの?」
「ええ…って申し訳ありません!」
突然ユリスが慌てる。いや俺は確かにこの状況に慌てている。しかし、ユリスが慌ててるのは何で?
「私…ご主人様と奴隷を同じように…その…そ、そんなつもりでは…」
「ば、馬鹿だな。そんな事を気にしなくていいよ。でも…ちょっと熱っポイだけだし、これは少し大袈裟じゃ無い?」
というと、ユリスは真剣な眼差しを、こちらに向ける。超至近距離で…。
「駄目です!私は軽い症状のうちに対処出来なくて死んでいったどれ…人を沢山見てきたんです。」
「お…おぅ…で、でもさ。もしも風邪ならユリスにうつるかもしれないし。」
「大丈夫です。私はご主人様ほどヤワじゃありませんから」
…さっきの奴隷云々より、今の台詞の方が不敬だと思うのだが…。
と、微かに爽やかな香りがフワリと鼻をくすぐる。
シミナスの香りだ。ユリスは俺の渡した物を使ってくれているらしい。
「いい香りだな…」
「え?」
「いや、ユリスからいい匂いがするなって。シミナスの水、つけてくれてるのか?」
「え、いや…その…えっと……、ハイ……」
ユリスが真っ赤になって消えそうな声でいう。
そして俯く。
そんなユリスの表情がなんとも可愛らしい。
…ハハッ……
なんか安心してしまったのだろうか。
ユリスの体温と、シミナスの香りに包まれた俺は、急速に眠りに落ちていった。
ん〜、このままユリスと主人公は寝てしまう(スリープです。プレイではありません。)んだろうけど、見張りはどうするんだろう…。
しかし、主人公はうごけませんし、ユリスも寝ずの番という訳にはいきません。
ココは運を天に任せて寝るしかないのでしょう。
そういえば、書きながら中世ヨーロッパ頃のキャンプ中の寝具ってどういう形なのか気になったのです。寝袋だと外敵に襲われたときにすぐに対応出来ないでしょうし。作中では毛布にしましたが、実際には下に何かしかないととても寝られないはず。
というわけで困った時はグーグル先生、「中世 寝袋」で検索したのです。
そして、出てきた画像の一発目は
『アイアンメイデン』
……寝袋……?
先生の闇を見ました。