ステップダウントランスに導かれて
風が身体をかすかになでる。
そんな感覚は久しぶりだ。
太陽の光が閉じた瞼越しにもまぶしい。
なんだか久しぶりによく眠ってしまった。
……ん?
…よく寝た?
…
…
今何時⁉︎
今日、何曜日っ⁉︎
がばっと起きた目に映る見慣れない光景。
机に突っ伏して寝ていたようだ。口元に涎の感覚が残る。
………森?
小高い丘の上に俺の事務机があり、周りは鬱蒼とした木々に囲まれている。
あ、これ、起きたつもりでまだ夢の中ってパターンか?
くそ、目、醒めろ。
頭をふっても目は覚めない。
というか、夢という感じがしない。
机を確認する。
何時もの作業机だ。
見慣れた机だが、こんな自然豊かな景観の中にあるのは、違和感がサチレーションしてる。
何処から聞こえる鳥の羽音。
草が風に揺れる音。
濡れた土の香り。
いや、夢だろ。こんなの。
右手にはオシロ
左手には電圧計
周りは青萌ゆる丘
いいや、断じて夢だろ。こんなの。
何度も頭をふるが、中々目覚める気配はない。
仕方がないので椅子から立ち上がり、大地を踏みしめる。
上履きの薄い靴底を通して、足の下に石が転がっていることを感じる。
小高い丘の上にポツンと佇む作業机。
電源が落ちたらしくオシロのモニターは消えている。
なんなんだ、このシュールな絵面は。
ガサッ
という音に振り返る。……なにかある。
黒い大きな塊だ。大きさは軽自動車くらい、4本足でこちらを伺うように近づいてくる。
クマだ。
大きなクマが近づいてきた。
クマなんて見るのは久しぶりだ。
前に動物園に行ってからどれだけたったか。
やっぱ近くで見ると迫力あるなぁ。
……あれ?
コレってヤバいんじゃ…
クマとの相対距離10m
あ、終わった、これ。ここまで近づくと、クマの目まではっきり見える。そして、その目にやどす攻撃の意思も…。
…殺されて目がさめるパターンか?
違う。
俺の全身が訴える。
細胞ひとつひとつか叫ぶ。
ニゲロ
「ヒィ〜ッ!」
我ながら情けない悲鳴をあげながら飛び退いた。
ほぼ同時にクマは俺に飛びかかりのしかかるように作業机にのしかかる。
嫌な音を立てて作業机がひしゃげた。それをまともに視認する事もなく俺は駆け出した。
クマ?
くま!
くまぁ〜
転がるように駆ける。
足が意識においつかない。
いくら走っても進まない、それこそ夢の世界のようだ。
でも、クマが起き上がり改めてこちらに狙いを定る気配はやけにリアルに感じる。
無様に、足掻くように走る俺。
クマの再びこちらに飛びかかろうとする気配。
死ぬっ、死んでしまうっ⁉︎
そして、背後から爆音が轟いた。
一瞬遅れて熱風が背中を押す。
その衝撃に耐えられない俺は、前にツンのめり転んでしまう。
転がりながら回る世界の片隅に人影が映る。
あれは…魔女?
ローブを被り、杖を掲げた老婆の姿は、正しくおとぎ話の魔女だった。
地面に這いつくばる俺に老婆はゆっくりと近づいてきた。
煤けたローブと家にいかにもな杖を持つその姿は、まさにおとぎ話の悪い魔女といった風体だった。
「あんた、一体なにものだい?」
胡散臭げな物をみるように彼女はこちらを覗き込む。
どうやら言葉は日本語が通じるらしい。
「あの助けていただいてありがとうございました。」
「礼なんかいらないよ。場合によっちゃあんたも吹き飛ばすんだ。」
そう言って、俺の顔に杖をつきつけた。
落ち着け。
考えるんだ。
よくあるシチュエーションじゃないか。(ファンタジー小説では)
でも、小説だとここで出てくるのはツンデレ美少女と相場が…。
油断なく老婆が身構える。
ツンなのは間違いないけどさぁ。
デレられてもその、なんだ…困る。
「どうやら開かせない身の上みたいだねぇ。ヘラヘラ笑いおって気持ち悪い。痛い目合わせて衛兵に突き出してやろう。」
老婆が杖を掲げた。
「ま、待ってくれ。」
老婆は待たない。
「お、俺は異世界から飛ばされてきたんだ。俺にも何がなんだが分からないんだよっ」
杖の先端が光り出す。
光…
そ、そうだっ。俺は胸ポケットに手を突っ込む。
「こ、これを見てくれっ」
取り出したのはLEDペンライト。
装置の中に落ちたネジを探したりするのに重宝する一品だ。
…一応、老婆の動きが止まった。
「こ、これはライトなんだ。こんなものを見たことあるか?」
ライトを点灯させてみせる。
「…訳が分からないね。只のウィスプを込めた魔法具じゃないか。高級品を見せびらかしたいのかい?」
だ、駄目か。似たようなものがあるらしい。
老婆は俺からライトを奪いとる。
そして、改めて攻撃態勢に入ろうとして動きが止まった。
「これは…魔法具じゃない?」
「ま、魔法じゃない。そこのボタンを押したら光るんだ。」
老婆はスイッチを入れてライトを光らせるとさらに訝しげな顔になった。
「…魔素の動きがないね。どうやって光ってるんだい?」
「えと…pn接合の半導体に、順降下電圧を超える電圧を印加すると電子が正孔と結合し、その時のバンドギャップエネルギーが光として放散されるわけで…」
「…何言ってるんだか分からないよ。呪文かい?攻撃の意思があるなら容赦しないよ⁉︎」
ですよね〜。
俺も授業中は睡眠の魔法かと思ったもんだ。
思い返せば…いや、思い返してる場合じゃない。
「え、えっと。つまり自分はそういう魔法とは違う技術が発達したまったく違う世界から来たんです。会社で仕事してたら、いつの間にかこんな所にいてですね。…ここまで、信じられます?」
「まったく信じられん。荒唐無稽すぎて逆に話しを聞いてみたくはなるがね。」
まぁ、信じられないよな。
俺だって逆の立場なら絶対信じない。というか相手にもしない。ライトファンタジーを読みまくっていた俺でも、だ。
でも、ギリギリなんとか話しを聞いてもらってるうちになんとかしなくては。
「つ、机に。そう、あの机に色々なものがあるから見て下さい。」
そう言って俺はクマに潰された作業机を指差した。
すると、立てというジェスチャーをするので、ノソノソと立ち上がる。
さて、何を見せれば効果的なのだろうか。この世界はどんな所だ?
異世界…だよなぁ。なんか爆発してたし。この婆さんの格好からすると西洋ファンタジーの王道っぽい。文明レベルは中世ヨーロッパかくらいとして。でも魔法があるとすると、意外と携帯とか見せても驚かないかも…。
机の前に立つ。鉄製の机が真ん中でグニャリと曲がっている。恐ろしい力だ。先ほどの爆風もあり、上に置いてあったものは地面にばらまかれている。
こ、これならどうだ?
俺はシャーペンを拾った。
ペンくらいはあるだろうが、シャーペンはないだろう。芯を繰り出してインクがなくとも書き続けられるこの発明は日本のかの大企業が発明したものだ。
「これなんてどうでしょう。シャーペン。インクがなくとも書けるんです。」
近くに落ちてた紙に適当に落書きをする。
「ほぅ、こりゃ凄いね。黒炭が先から出てくるのかい。よくこんなに細く出来るもんだ。」
よしっ。
感触はいいな。
でも、原理的には分かりやすいから異世界技術としてはあまいかもしれない。せめて電源があれば色々動かせるのだが…。そうだ、思い出した。机の中に小型のUPSがあったはず。本来は停電対策の電源だが、俺は電源からのノイズを除去したいときに使っていた。
たしか昨日充電したからまだ使えるはずだ。
俺はひしゃげた引き出しを無理やり開ける。
よかった。UPSは無事だ。そしたらパソコンをっ…
ツーブーレーテールーッ⁈
そこには筐体が割れて中見むき出し大惨事のデスクトップが。
どうするんだ、これ。
サーバーに何処までデータバッアップしてたか…
え?今からデータ復旧?納期なんて絶対間に合わないぞ、コレ…
あまりの事に俺は状況も忘れて膝をついた。
「…どうしたんだい?なんか死んだ魚の様な目になってるよ」
「は、はは…いいよ、殺せよ。いっそ殺してくれ〜」
「なんか知らないが、凄い落ち様だね。」
すこし呆れた様子で老婆がいう。
なんとでも言ってくれ。俺はもう疲れた。
と、老婆がため息まじりに言った。先ほどまでの警戒感は大分薄れた声だ。
「落ち着きな。あんたが本当に転移してきたかどうかは知らんが、まぁ、普通に歩いてきたわけじゃなさそうなのは認めようじゃないか。どう見たって旅装束には見えないし、この道具も机も見たことのない素材がイロイロ使われている。異世界かどうかは知らんが、少なくともこの辺のじゃなさそうだ。」
「………」
なんか認めてくれた様だが、俺はまだショックから立ち直れず無言だ。
「あたしの名はイリー・マクレーだ。行くあてが無いならついて来な。飯くらいは食わせてやるよ。」
「あ、ありがとう…ございます。」
落ち込む俺はなんとかそれだけ答えたが。頭はどうやったら納期を守れるか必死に考えていた。
こんな世界に飛ばされた時点で納期もクソも無いことに気づいたのはもうすこし後のことだった。
イリーは人里離れた小屋で1人で住んでいる魔法使いだった。話によると結構高名な魔法使いらしいが、あくまで本人曰く、だ。
イリーは俺に食事と寝床を与えてくれた。食事は硬いパンと野菜を煮込んだスープだけだったが、涙が出るほど美味しく感じた。イリーは迷惑そうな態度とは裏腹に、何かと甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。それに甘えるのは悪いとは思うのだが他に頼る者もない。全力でお世話になろうと思う。
与えてもらったベットに横になりながら、俺は現状を考える。
夢…にしては長すぎだ。クマから逃げるときに負ったと思われるあちこちの擦り傷。その時は全然痛くなかったが、今は生々しい痛みをは発している。
異世界転移なんてファンタジー小説なら王道だが、まさか本当に自分に起きるなんて。
どうせなら、無敵な力を備えて転移させてもらいたいものだが、今の所そんな力は感じない。ハードモードな異世界転移だ。まぁ、いきなりクマに縊り殺されなかっただけマシかもしれないが。
とりあえず、生きていける様にしなくてはいけない。せっかく魔法使いの家に厄介になっているのだから、魔法を習ってみようと思う。そして、魔法を教えてもらいながら、この世界についてのし知識、常識を仕入れていこう。小説みたいに現代知識をフル活用で生計を立てられる方法があればいいのだが。
…そういえば、日本語通じるんだよな。
不思議に思ったが、答えは出ないだろうし気にしないでおこう。
翌日から俺は早速魔法を習うことになった。
家の前の河原でイリーと向かい合わせに立つ。
「魔素を動かすくらいは出来るのかい?」
俺のポカンという顔を見てイリーはため息をつく。
「まったく、本当に子供に教えるようにやらなきゃいけないようだね。…ほれ」
そう言って、イリーは両手をこちらに差し出す。
何が起こるんだろうと見ていると、
「早く私の手を掴むんだよ。」
と、手を更にさしだす。
なんだろう、男女向かい合わせで、お互い両手をにぎるなんてシチュエーションは小学校の体育で、輪になって踊って以来じゃないか。
「なんだい、その残念そうな顔は?」
「イエ、ナンデモナイデスヨ?」
「ふん、まぁいい。今からお前の身体の魔素を動かす。目を閉じて、身体の魔素の動きを感じるんだ。」
流れねぇ。感じられるだろうか。
なんか健康診断の聴覚検査の時のドキドキ感に似てるかも。
と、そこで今までにない感覚が身体におこる。
な、なんか動いてる。右から左に動くものと左から右に流れるものの二種類があるようだ。
身体の中のツブツブというか、液体というか…
でも、そのツブツブ自体は初めてのものではなかった。今までもあったものだ。ただ認識出来ていなかったのだ。
生まれてからずっと聞いてる音があったとして、その音が変わらず鳴り続ける限り、きっと音とは認識できない。その音が止まった時初めて音がなっていたのだと認識する。
多分そんな感じだ。
「どうだい?」
「なんか動いてるのが分かります。」
「その動いてるのが魔素だ。二種類あるのが感じられるかい?今、右手から左手に流れているのが正の魔素、逆向きに流れているのが負の魔素だ。」
イリーはそう言って手を離す。すると身体の中の動きも止まった。
「魔法の基本はこの魔素を動かす事だ。これはありとあらゆる魔法の基礎だね。ほれ、次は自分で動かしてみるんだ。初めは手を合わせて、腕を魔素の通り道に見立ててその中をグルグルと魔素をまわしてみるんだ。」
取り敢えず言われるままに手を合わせてみる。
身体の中の魔素はもう認識できる。全身ありとあらゆる所に魔素はある。
「説明は難しいんだが、まぁ心で押す感じだね。この時正の魔素を押すか負の魔素だよ押すかは人による。右利きと左利きのようなものだよ。慣れればあまり意識もしないところさね。」
なるほど、
押すイメージ、押すイメージ…。
イロイロな「押す」イメージを心に浮かべてみる。
……
お、少し揺れた気がする。
もう一度同じイメージを再現する?
お、おお…?
動く、動いた!
片方の正の魔素を押すともう負の魔素は逆にうごく。いや、正確ではないな。
なんか片方は押して、片方は引っ張る感じ?
「ふん、できたようだね。
そしたら、腕だけじゃなく身体の色んな所で魔素をうごかすんだ。魔素の流れは閉じた円になるようにね。あと、一箇所じゃなく、複数同時に回す練習もするんだよ。」
「わかりました。」
これは面白い。なんか、自分の体に新しい機能が追加させた気分だ。俺は夢中になって魔素を動かした。
--------
翌日…
身体が痛い。
昨日、一日中夢中になってやっていたら全身がチクチクといたい。体の内部が痛いので凄く不快だ。
そんな様子がわかるのかイリーがニヤニヤしている。
「昨日は相当練習したみたいだね。」
「全身痛いんですけど、なんですかこれ」
「筋肉痛みたいなもんさね。人間の身体には元々魔力抵抗がある。そこを無理やり動かすわけだから身体にダメージが入るのさ。限界を超えて流すと死ぬ事もあるから注意しな」
「そ、そういう事は先に言っておいてほしいです。」
「新しい感覚に浮かれて暴走するような奴は遅かれ早かれ生き残れんさ。さぁ、今日の講義だ。」
そう言ってイリーはお札を一枚とりだした。
「これはマジカ符という札だ。マジカという最も基礎的な魔法が込められてる。これを両手で挟むように持つんだ。」
俺は言われた通りに符を挟んで手をあわせる。
「そしたら少しだけ魔力を流してみな。」
「…符が暖かくなってきた。」
「それが最小魔法と呼ばれる魔法。マジカさ。流した魔力に応じて発熱するんだ。そしたら、魔力流しながらゆっくりと手を開くんだ。」
「…おおっ」
手を離すと何かが開くような感触とともに「場」がうまれた。その空間の中央に。符は落ちずに浮いている。そして、俺の両手と符の間に青い光の粒と赤い光の粒が流れている。これが魔素なのだろう。
「場が形成出来たみたいだね。お前が今感じているその場を魔法力場、あるいは単純に力場と呼ぶ。魔法というのはその力場に魔力回路を構成して魔力を流す事で発現するんだ。力場の大きさは訓練次第だが、まぁ、身体が覆われるくらいだろう。その中ならば自由に魔力の流れるを変えられるはずだ。イメージしてみろ。」
こう…かな。
と、思うように呪符がうごく。魔力の流れる経路も自由みたいだ。動かせるのは自分を中心に直径3メートルの球の中って所かな。それ以上動かそうとしても、見えない何かに引っ張られてしまう。
「うむ、そしたら、そのまま符に流す魔力を増やしていってみな。」
言われた通りにすると、流れる魔素の量がどんどんふえてくる。と、符はがポンという軽い破裂音とともに煙りをあげて弾け、同時に場も閉じた。
「その破裂した時の魔力の強さを覚えときな。それが1マジカという単位になる。どのくらい魔力を込めれば発動するかなんて話しをする時の単位だね。さて、今のは呪符を用いた魔法発動だが、呪符はなくても回路を作る事は可能だ。その場合は呪符ではなく呪文を用いる。もう一度力場をひらくんだ。」
おお、スペルで魔法発動とは、ロマンじゃないですか。俺はワクワクしながらもう一度力場をひらく。
「さっきマジカ符を起動した事で、お前のなかにマジカの概念ができている。スペルでの魔法はその概念を力場に実体化させるんだ。さっきのマジカ符をイメージして、正確にはマジカ符の機能をイメージしながらマジカと、唱えてみろ」
「…マジカ…カタカナでマジカと書かれた四角い箱が力場にうまれたんですけど。」
雑な仕様書に書かれた機能単位の構成図によくある感じだ。
なんか魔法っぽくない…。
「それはお前のイメージが貧困だからだ。スペルには決まった形状はないからな。見た目は本人の意識次第だ。変えたければ好きに変えられるはずだぞ。」
たしかに。丸やら星やらに変えられる。どうやら俺がマジカというものにどういうイメージをもっているかで変わるようだ。
「あと二つマジカを出してみな。しっかりとイメージ出来るならスペルは口に出さなくてもいい。」
言われたようにイメージしただけで出せた。でも、呪文を口にした方がすんなり出せるみたいだ。
「それを力場に並べて、貫く様に魔力をながす。そんで、それを破裂させてみな。」
魔力路にマジカをならべる。直列接続だな。
魔力を込めるとさっきと同じ力では破裂しない。
一枚の時よりかなり力を込めた所で、三つのスペルが同時に破裂した。
「今の力が3マジカってことだ。」
なるほどね。と、思いつつもう一度マジカを三つ作り今度は今度は魔力路を三つに分岐させ、それぞれのルートにマジカ接続する。要するに並列接続だ。
そのまま魔力を、上げていくと予想通り1枚の時の力で符は破裂する。ただ、3倍くらい魔素がながれた。
「ふん、どうやら理解しているようだね。なかなか飲み込みが早いじゃないか。」
どうやら魔力の動きにはオームの法則が適用できそうだ。
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昼ごはんを食べて午後の授業だ。
「今回は原理呪についてだ。まずこの7枚の符を力場に展開しな。」
言われた通りに符を展開する。
「スペルにはマジカのように現実に対して何らかの作用を伴う発動呪と、作用を及ばさない原理呪がある。原理呪は主に魔力の流れをコントロールするために使われる。今渡したのはその中でも基本となるものだ。
レギ
キャパ
インダクト
ディオ
ツェン
トラン
フェット
効果は後で説明するが、共通して言えるのはそれぞれのスペルを、回路に配置した時、その効果をどれだけ強めるかも決める必要があるということだ。」
具体的な動きを教えてもらうが…
うん、なんとなく想像してたけどまんま回路素子だな、これ。
魔力の強さは電圧、魔素は電荷、魔素の流れは電流だ。
そんでもって、先ほどの原理呪は
レギ=抵抗
キャパ=コンデンサ
インダクト=コイル
ディオ=ダイオード
ツェン=ツェナーダイオード
トラン=トランジスタ
フェット=FET
ということだ。
もう面倒くさいので、自分の認識名称も電気回路におきかえる。形もだ。
と、自分の力場が昔から使っていたCADソフトの画面に変わる。
おいおい、魔法感ゼロになったぞ。
思わず苦笑いが出る。
まぁ、これならすぐに使えるが。
俺はもはや慣れた感じでイリーのだす課題をクリアしていく。
「中々理解がはやいじゃないか。」
サクサクと回路を構成する様子を見て、イリーが少し感心したように言ってくれるが、まさか仕事で使っていたともいえないしな。
とりあえず笑ってごまかしておく。
「さて、それじゃ最後にまとめもかねて、新しい発動呪をくれてやろう。ウィスプだ。光の魔法だね。」
そう言って、また呪符をとりだした。
うけとって早速力場に展開する。
「3マジカ込めれば発動する。やってみな。」
言われた通りマジカをこめる。
1マジカ、2マジカくらいの力では魔素は全然ながれない。だが、3マジカを超えた瞬間一気に魔素が流れだす。と、一瞬光ったとおもったらポンと破裂してしまった。これは…
「どうだい、難しいだろう。3マジカまではほとんど魔素はながれない。だが3マジカ以上かけようと思うと急に魔素が流れ出して、一定以上になると破裂するんだ。さて、コレを簡単に制御する方法が有るんだが…わかるかい?」
イリーが挑戦的にこちらを見る…なんか楽しそうだ。しかし、これって作動的にはLEDに近い。ということは…
---以下、暫く回路のお話---
LEDというのは豆電球なんかとはつけ方が少し異なる。電圧、電流特性が非線形なのだ。ある電圧までは全然電流を流さないが、一定以上になると急に電流を流し出し、逆に電圧は上がりにくくなる。
この「ある電圧」というのが順降下電圧と呼ばれており、LEDの作動電圧でもある。当然だが電流を流しすぎると壊れてしまうので壊れない電流量になるようにして制御する必要があるわけだ。
ではどのように付けるかということだが、1つはLEDが壊れず、かつ順降下電圧よりも大きな微妙な電圧を維持する電源に直結することだ。しかし、これはかなり面倒な回路ご必要になる。
もう1つは任意の電流を流せる定電流電源を用いる事。輝度を厳密に操作したい場合はこの方法が有効だ。
そして、一般的に使われるのが電流制限抵抗を入れる方法だ。回路的にはLEDに直列に抵抗をいれるだけで、この抵抗が電流を制限する弁の役割をになう。例えば電源5Vに対し、順降下電圧3V、作動電流20mAのLEDと抵抗を入れてやるとする。
5Vの電源にLEDで3Vの順降下電圧なので、抵抗が受け持つ電圧降下は2Vだ。抵抗を流れる電流はオームの法則で求められる
I=V/R
この抵抗に流れる電流はそのままLEDにも流れる電流になる。よって、Iが20mA(0.02A)になるようなRを求めればいい。
R=V/I=2/0.02=100Ω
と求められる。
この場合、多少電圧が変動してもLEDに流れる電流はあまり変わらず(電源直結よりは)安定した動作が可能になるのだ
。
---回路のお話終了---
俺はウィスプと抵抗を生み出して直列につなげる。
うん、うまくいった。ウィスプがキラキラと光っている。白色光だな、あまり明るくはない。まぁ、夜のちょっとした灯くらいにはなるだろう。
あっさりできてしまい、なんだかイリーはつまらなそうだ。
「可愛げがないねぇ。まぁ、いい。そんな感じで発動呪と原理呪は使う。ウィスプくらいなら簡単だがね、効果が大きいスペルほど、発動条件が厳しくなる。複数の魔素の流れを別々にコントロールしたりね。あまり大きくなると一人では制御出来なくて複数人でやったりするね。」
なるほどね。確かに規模の大きなICとかは電源やら、初期化やらでそんな感じだもんな。
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その後もしばらくイリーの家に厄介になりながら魔法とこの世界の事を教えててもらった。
俺は夢中になって魔法を練習した。
そりゃぁもう、魔法ですよ⁈
子供の頃から憧れていた魔法、ここでやらなくてどうするって感じだ。ただ単純に発動呪を起動するのではなく色々な方法を試した。
例えば、ファイヤボールの実験だ。やっぱ魔法と言えばファイヤボールからだろ。火スペルでフレイミーというのを教えてもらったのだ。これまた3マジカほどかけると野球ボールくらいの炎が生まれ、6マジカで破裂する。最大でバスケットボールくらいの炎の玉が作れる。これを飛ばせれば夢のファイヤボールだと思ったのだが、なかなかうまくいかなかった。力場で勢いをつけてほうり投げる感じで魔力結合を解くと飛ばすことが出来ないかと思ったのだが、結合を切った瞬間炎も消えてしまうのだ。
イリーに相談した所、フレイミーに並列にコンデンサと抵抗を入れて、その抵抗とコンデンサごと投げつければ良いとのことだった。
なるほど、そうすれば、たしかに魔力供給をきっても暫くはコンデンサから魔素は供給される。魔力回路ごと切り離して投げられるとは思わなかった。色々応用が利きそうだ。
ただ、肝心のファイヤーボール攻撃魔法としての威力はいまいちだった。火の玉が少し当たったところで、軽い火傷を負うくらいなのだ。もちろん、心理的な威嚇にはなるだろうが、単純威力なら石を投げた方が強い。
少しガッカリしたが、今後もファイヤーボールについては研究を重ねてなんとか使えるようにしていきたいものだ。
ちなみにイリーがクマを追い払った時の魔法はイリーのスペシャル魔法とからしく、教えてもらえなかった。
原理呪の回路については、電気回路が応用できた。
トランジスタとコンデンサがあるのでマルチバイブレータを組んでウィスプを点滅させてみたら、イリーが大層驚いていた。どうもそういう発想の回路は今まで見たことがないらしい。
まぁ、電気と違って電源となるのが自分自身。波形も大きさも自分で変えられるとなると、回路のほうで制御しようという発想は薄いのもしれない。
フォスという発動呪ももらった。物を動かす魔法だ。動かせるのは1次元方向のみ、つまり前進と後退だ。フォスは素子としてはコンデンサのような素子で、流れ込む魔素量(電流)に比例した力を対象に加える。先ほどのマルチバイブレータとこのフォスのを組み合わせて、拳大のガラス玉を動かせば、振動式マッサージ機となった。コレにはイリーがいたく感動し、早速小さな水晶に回路を転写していた。俺の開発した魔法道具1号だな。
そうそう、魔法回路は転写して保存できるのだ。転写出来るのはルビー、サファイヤなんかの宝石や金やプラチナなんかの、貴金属。因みに鉄はダメだが銅は可能らしい。あと呪符紙という魔素がまったく含まれていない特殊な紙。一度回路を転写すれば、誰でも使うことが出来る。回路は見られないようにロックをかけることも可能だ。
因みに今までイリーがくれていたマジカ符をはじめとする呪符も、イリーが練習用に作ってくれていた。ホント、イリーってツンデレだと思う。
…ツンデレおばぁちゃん。新しいジャンルだな。
ゴインッ!
後頭部を殴られた。
何故分かったのだ…。
…話がそれた。
あと、宝石とプラチナ等の一部金属は魔力をチャージできる。いや、正確にはどんなものにでも呪符紙以外ならチャージ出来るのだが、実質使える量の魔素を貯められるのは宝石だけだという話しだ。チャージした魔力で駆動するよう回路を組み込めば、各種魔法具の完成というわけだな。ただ宝石とかはご多分に漏れずに高い。いや、魔法具としての価値がある分、元の世界よりも高いかもしれない。一番安いのは先ほど使ったガラス玉だが、まぁ、値段相応、あまり容量はないようだ。
俺はイリーのところで、そんな魔法の基礎技術や世界の常識を学びながら過ごしていた。
LED回路の説明を簡単に入れてみたのですが、まともに説明するととんでもなく長くなってしまいますね。( ̄▽ ̄;)
どの程度、回路の作動に言及するかは、これからも模索していきます。
2017/4/2 追記
LED作動の解説図を追加しました。