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剣と魔法とオームの法則  作者: なまぐさぼーず
第ニ章 奴隷を手に入れた!
12/66

憂鬱なヘテロダイン


所持金 金貨197枚 銀貨2枚 銅貨3枚


買い物を終えた所で、早速ユリスは服を着替えた。

豪華さはないが落ち着きのある緑色のシャツとベージュのスカートをはくと見違えるほど…普通になった。

いや、服を着替えた女性を相手に普通とはなんだと怒られるかもしれないが、今までが酷すぎるのだ。

当のユリスは新しい服の感触に戸惑いながらも、少し嬉しそうだ。

そんな様子は普通の女の子なんだが…奴隷、俺の奴隷…何だよなぁ。


俺は昨日の奴隷商人ゼンの言葉を思い出す。

曰く

「奴隷は奴隷として扱え。それがお互いのためだ。」

と、言うことだ。

奴隷は基本一生奴隷だ。もしも俺が奴隷を奴隷として扱わず、家族のように扱ったとする。それはその時は奴隷にとってもきっと幸せな事かもしれない。だが、うまく行っている時はいい。もしも俺が困窮したときどうするのか。奴隷は資産だ。俺は彼女を売り払う事が出来る。俺が望まなくても、借金などすれば強制的に徴収される。そして彼女の行き先での奴隷としての扱いに彼女は再び耐えられるのか?

金だけではない。結局、人間同士だ、長く一緒にいれば折り合いが悪くなる事だってあるだろう。だが、簡単に別れる訳にはいかない。単純に別れたら彼女は野垂れ死ぬしかない。所有奴隷には所有者以外誰も手を出せないからだ。もちろん、所有権を放棄もできるが、結果が悲惨になるだけだ。円満な所で結局奴隷商人への売却という事になる。

「奴隷には奴隷の覚悟がある。それを壊してしまうような事はしないでやってくだせぇ。」

ゼンはそう言っていた。


とはいえ…なぁ。


「ユリス」

「な、何でしょう。ご主人様」

ユリス服を弄っていた手を止め、気を付けの姿勢になる。

所謂メイドのような、洗練された動きではない。小学生の朝礼のような動きだ。それだけでも、彼女がどういう環境で過ごしてきたかがわかる気がする。

「これからは掃除と洗濯を頼む。それから料理はできるかか?」

「でき…ます。その、簡単なものなら。」

「それなら朝と昼は作ってくれ。夕飯は食べに行こう。」

「わ、わかりました。」

返事をすると、何となくユリスがホッとしたような顔をしている。

「どうした?」

「いえ…あの、なにか仕事がないと不安だった…です。何をするんだろう…しなきゃいけないんだろう…と。」

なるほど、取り敢えず仕事を与えられた事で、これからの生活の様子が少し想像出来たのだろう。今までの彼女の境遇からすれば、与えられるだけだった状況はかえってその先に不安を抱かせる事になっていたのかもしれない。

「そうか、取り敢えずこれからはそれがユリスの仕事という事で頼む。」

こうして俺は彼女の仕事、役割、立ち位置を与えた。

専業主婦?

ちがう。メイドだメイド。住み込みのメイドのイメージだ。

それはそれで背徳感がないわけではないが…ええい、知るかっ。それが俺の妥協点なのだ。いや、何に妥協したのかもわからないのだが。


------


この新たな生活を始めて、俺は取り敢えず魔法の研究に勤しんだ。当面の目的として、マッサージ玉の次の目玉商品を開発している。

家事全般はユリスがやってくれるので、俺は1日実験に終始できる。ユリスは朝と昼のご飯を作ってくれるのだが、正直彼女の料理スキルは高くなく、今は切って焼くくらいのものしか出来ない。それでも、最近サンドイッチはそれなりの見栄えになってきた。切って挟むだけというなかれ、見栄えよく作るにはそれなりののセンスと技術がいるのだ。

なぜ言い切れるかと言えば、俺が作るとなんかもっとグチャっとするからだ。…なんか悔しい。



そんなまったりとした生活に身を浸し、半月が過ぎようとしていた。

研究の方は一定の成果が見えて来ている。

今の所のテーマは「魔波」の実証と活用である。

何処かの大魔王初期の頃の技っぽいが、攻撃技ではない。

要は電波の魔力版だ。もしこの魔波の存在が確認出来れば通信機を作る事が出来るかもしれないと考えたのだ。この世界にも遠距離通信を行う術はあるらしい。それは精霊に伝言を伝えてもらう精霊通信と呼ばれる方法だ。ただこれはあまり複雑な事は伝えられない上に、受ける側も精霊の言葉を聞けるよう魔法を展開していなくてはならない。精霊の気まぐれによっては嘘を伝えられることもある事から、あまり普及してはいないようだ。そんな中、確実な遠距離通信手段を得られれば、これは馬鹿売れするに違いない。

と、1人ほくそ笑んでいたのだが、中々これが苦難の道だった。そもそも俺は電気屋だが、無線関係は扱った事がない。昔授業でやったなぁというくらいだ。先輩技術者なんかはよく自作で無線機を作っただの、自作のSSB無線機で地球の裏側と交信しただのという話はきくのだが、携帯とインターネットの普及したこの時代、誰が好んでヘテロダイン回路を愛でたりするというのか。…なんて、好きな人に聞かれたらおこられそうだな…。

まぁ、とにかく、あまり無線系の技術には精通していない俺だったが、一応、一緒にこの世界にきた作業机から持ってきた電気の教科書があったので、それを見て勉強しながら実験を進めた。


さて、そもそも魔波とはなにかについてもう少し触れておこう。

電波は電流が変化することで周りの空間に励起される電界と磁界の動きだ。励起された電界と磁界は波となって空間を進む。丁度池に石を落とした時の水の波紋のような感じだ。また、こうして空間を伝わっていく電界磁界の変化、つまり電波に別の導体が当たると、導体に対して起電力を生む。

俺はこれに相当する魔力的なものがあるのではないかと推論し、それを魔波と名付けた。

安易というなかれ、分かりやすさが一番なのだ。

まぁ、このネーミングで行くと、電界は魔界となり、なんか別の意味になってしまう。仕方ないのでこらは魔力界と呼称する事にした。

さて、こうすると磁界に相当するものもあるはずだ。取り敢えずそれは霊力界としておこう。魔力と霊力は厨二の基礎技能だ。

まず俺は魔波の存在を確認する実験を行った。

電波の存在を確認するのに簡単な方法は二本の並行する導体を用意し、一方に電流を流した時にもう一方に起電力が生まれるかを確認すればよい。

つまり、同じことを魔力で行ったらどうなるか、だ。

結論から言うとこの実験は上手くいった。

銅で作られた線を二本の用意し、1センチ位の間隔で並行に設置する。一方の端には増幅回路と整流回路、ウィスプの魔法をこめたガラス玉を付けて、もう一方に動線には発振回路をつける。

発振回路を起動させたら、ガラス玉が光れば成功だ。

この実験の結果ガラス玉は見事に光った。そして、2つの導体を少しずつ離していくと段々光が弱くなり、30センチくらい離した所で光が消えた。

取り敢えず魔波の存在は確認できたといっていいだろう。

更にアンテナとして初めは銅線を使ったが、力場に展開した魔法回路に、魔力路でアンテナを構成すればしっかりアンテナとして機能する事が分かった。これは、実際に魔法具を作る際の小型化に繋がる大発見だった。


しかし、問題はそこからだった。

30センチの通信距離では使い物にならないのだ。

通信距離をあげるべく改造をしていくのだが、回路の中間動作を確認する手段がないため、動かなくてもなにが原因で動いていないのかわからないのだ。オシロスコープの偉大さが身にしみる。そういえば学生時代の授業でオシロの使い方をおそわったのだが、このとき先生から「オシロが来週使えるかテストします。使えなければこの授業の単位はあげられません」と、言われた事があった。当時はそんな殺生なとも思ったが今にして思えば当然だとおもう。オシロが使えない電気技術者など、飛べない鳥だ。商売道具がつかえずして、なんの技術者かというわけだ。

…まぁ、つまり今の俺は翼がない鳥なわけだが…

と、落ち込んでも仕方ない。「ないならないで何とかする。」も、仕事ではよくある話、無いものねだりをしている暇はない。

取り敢えず俺は発信機側はコルピッツ発振回路を組み、受信機は広帯域を通すバンドパスフィルタで受ける事にした。本当は受信機側もヘテロダインにして、周波数の選択性を上げたいのだが、そうするとオシロがない関係上、今発振機が何ヘルツで発振しているかわからず、中間周波数を設定出来ないのだ。まぁ、根性入れて総当たりして行けばいけるかもしれないが…やりたく無い。

と、いうわけで、広帯域のバンドパスで取り敢えず電波を捉え、帯域と増幅率を調整しながら検出感度を上げていくしか事にした。

これは一定の成果を見せ、既に今泊まっている宿の中ならば何処でも魔波を受信できるようになった。しかし、今何ヘルツで発振しているのかはわからないままなので、非常に気持ち悪い…。一応計算では42kHzで発振しているつもりなのだが、本当にそうかは分からない。素子の寄生容量などがわからないというのもあるが、そもそも電気の回路計算がそのまま当てはまるとも限らないのだ。何しろ1V=1マジカという換算も便宜上俺がそう規定したにすぎないのだから。

ん〜、そう考えると。もう少し基礎的なところから検証を進めたほうがいいだろうか。しかし、生活資金の問題もある。まだ貯蓄は充分にあるとはいえ、次の稼ぎ種は早く確保したい。


ふぅ…

取り敢えずここまでの実験経過を帳面に記録した所で伸びをする。と、


コンコン…


部屋をノックする音が響いた。

多分ユリスだろう。窓から空を見上げ、太陽の位置を確認する。丁度ここから見て教会の尖塔に太陽がかかっている。お昼の時間だ。

因みにあの尖塔は日時計の役目も担っているそうだ。あの建物の影の落ちる場所で教会の人が時間を知らせる鐘をならす。この建物は夏の7月正午に丁度影のが来る位置にあるらしい。

「ご主人様、お昼の用意が出来ました。」

案の定、ユリスの声が扉の向こうから聞こえる。そういえば、さっきの話はユリスに教えてもらった。ベルーナは時間に異様に煩く、食事の時間も僅かにズレると怒ったらしい。だからいつも屋上から尖塔の影を見て時間を確認していたそうだ。まぁ、ベルーナ自身正確な時間を知る術は無かったのだから、単なる八つ当たりの言い訳だろうけどな。

「あぁ、開いてるよ。」

俺がそう言うと、ユリスが扉を開けて入ってきた。

「すぐにお召し上がるますか?」

そう言って窓際にあるテーブルに持って来た皿をおいた。

上にはサンドイッチが並んでいる。

「あぁ、丁度一区切りしたところだ。一緒に食べよう。」

「かしこまるました。」

ユリスがはそう言うと、部屋を出る。

多分もう一品あるのだろう。

それにしても、ユリスの動きも大分メイドさんぽくなった。特にそうしろと言ったわけでは無いのだが、街で他のメイドやら、立ち居振る舞いの良さげな奴隷やらを見て勉強しているらしい。なんか微妙な敬語もそのためだ。

と、ユリスが湯気の立っている鍋を持って戻ってきた。野菜と干し肉を何かの乳で煮込んだスープのようだ。牛乳…だろうか?

「これは?」

「はい、ヤギのミルクで煮込んだ野菜スープです。ヤギのミルクが安かったものですからブルーテスさんに教わって作りました。口に合うと嬉しいです。」

そう言うと机に用意したコップに入れてくれる。フワッと優しい香りが鼻をくすぐり、同時に食欲を刺激した。

成る程、この宿の主人兼料理長直伝なら期待出来そうだ。

「宿の食堂使ってないのにいいのかな?」

宿としては自前の食堂があるのだ、そっちを使って金を落として欲しいはずだ。客が自炊するのは好まないとおもうのだが…。

「調理場の使用料は払ってますし、長期滞在で金払いの滞らない客は上客だってルーシアさんが言ってました。」

まぁ、そうかな。安定収入が個人事業主にとって大事なのはわかる気がする。室内での怪しい実験を見逃されているのもそういう面があるのだろう。今は甘えておく事にしよう。

と、ユリスが食卓の仕度を終えたようで向かいに座る。

初めの頃は毎回向かいに座るよう指示しなくてはいけなくて困ったが、今はわかって(あきらめて?)くれたようだ。

「よし、それじゃぁいただきます。」

「はい、いただきます。」

俺がするのと同じ様に、手を合わせて頭をさげる。

俺がサンドイッチを1つ取るとユリスも1つとる。

ここまでの食事の仕方レッスン成果で、ユリスも普通に食事が取れる様になった。マナー…と言われると怪しいが、まぁソレはおれも50歩100歩だ。

「でも、本当に宜しいのでしょうか?」

食事中、ふと、ユリスが尋ねてきた。

「ん?なにが?」

「ええと、私がご主人様と同じものを食べていいのか…と言うか、ご主人様が私と同じものでいいのか…と言うか。私は料理、あまりうまくないです。」

「構わないよ。」

「でも…ここの食事、とても美味しいです。」

確かにここの食堂はおいしい。ユリスの料理は当然それには及ばない。そんな及ばない料理を主人の俺に食べさせていること、そして、その美味しい料理を奴隷の自分が夕食に食べていること。そういう二面をユリスは悩んでいるらしい。

「構わないさ、というかこれは必要な事なんだ。」

「必要?」

俺は如何にも考えてましたという表情で、今思いついた事を語る。

「そう。つまり、俺たちは何時までもここの宿にいるわけじゃない。旅をして、いつか何処かに拠点を持ちたいと思っている。その時、特に旅をしてる間、誰がご飯を作る?」

「も、もちろん、私作ります」

ユリスが前のめりに答える。

「その時、少しでも美味しいものが俺だって食べたい。ユリスのだって美味しい物が食べたいだろう?だから、ここの料理を食べてもらっているんだよ。」

「…ここの食堂で料理を勉強するということですか?」

「そういう事だ。確かにユリスの料理はまだここの食堂には及ばない。でも、今日だってこんなに美味しいスープを教わったじゃないか。俺らが旅に出るまでにすこしでもこういうレパートリーを増やして欲しいのさ。」

そう言って、ヤギのミルクスープを一口食べる。

…本当に美味いなコレ。ヤギのミルクは牛に比べて濃厚で癖も強いが肉と野菜の出汁と香草をつかって上手く旨味に変えている。何だが心からホッとする味だ。

「分かりました、頑張ります。でも、それならご主人様は私の料理が上手になるまで、宿の食堂で召し上がるしたほうが…」

「ユリスの今の料理も悪くないよ。それに、一緒に誰かと食べるって、それだけでも料理は美味しくなると思わないか?」

俺の質問にユリスは少し考えてからうなずいた。

「……はい。少し分かります。」

微かに微笑んでいるように見える。

……

…やべっ。

少しドキッとした。

最近ユリスの変化が凄いのだ。血色もよくなり、肌にハリもでてきた。ボサボサに軋んでいた髪もしなやかさを帯びてきた。

ていうか、ユリスのベースってものすごい美人な気がしてきたぞ。火傷の跡はあるのだが、それも血色が良くなったせいか少し薄れた気がする。化粧でもすればもっと綺麗になるんじゃないだろうか。

…そう言えば化粧道具なんかも渡してないな。なんか用意したほうがいいだろうか。

…と、そこまで考えたら、今日の午後の計画が決まった。

「ユリス、午後は時間取れるか?」

「あ、はい。今日の分の洗濯は終わっていますので、急ぎの仕事はないです。あ、でも食器だけは返さないといけないかもしれません。」

なるほど、食器は宿にかりてるからな。飯が終わったら早々に返した方がいいだろう。

「よし、そしたら片づけが終わったら、ちょっと外での実験に付き合ってくれ。」

「か、かしこまるました。」

…ん〜、謙譲語があと一歩かなぁ。


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