夜と陰 Ⅱ
わんこが侵入した神域は真夜中のようであった。その場所を月明かりのみが照らしていた。陰を司る陰神。その神域が真夜中であっても驚きはしないし、陰神の御使いは月狼系統。月によって力を増幅されるモンスターが主であることを考えれば月の存在にも頷ける。
『夜神』であるわんこにとってもここの環境は有難いし、相手が全力を出せる環境下で倒さなくてはわんこの目的は達せられない。
「わん」
「ギャンギャン!」
「グゥーン」
侵入者を排除しようと現れる御使いどもを斬って進むわんこ。本拠地だけあって続々と出てくるが残念ながらわんこの足を止めることは無かった。程なくして最上位種クラスの御使いに囲まれたこの神域の主の元にたどり着く。
「ふむ。侵入者が我の下僕を蹴散らして迫ってくる、と聞いたから何処の阿保かと待っていれば… 破棄した筈の欠陥品か」
「…わん」
「やはり欠陥品の破棄は我自ら行った方が…いや面倒だな。まったくもって面倒極まりない。これだから欠陥品と言うのは度し難い」
「わふっ」
わんこを欠陥品と評し、冷酷に見下す彼こそが陰神。わんこを欠陥品扱いなどこの場に雫がいれば首を傾げ逆に見下すかもしれない。現に正規品である御使いを難なく倒す実力があるのだから。しかし陰神は別に強さの優劣でもって欠陥だと言っている訳では無かった。
「貴様が欠陥品である理由。それが自覚できないから貴様は欠陥品なのだ」
「……」
「実演してやろう。『新月』」
陰神がソレを発動した瞬間、唯一の光源であった月が消える。とは言えわんこは光が無くとも、いや『夜神』としては無い方がよく視えるくらいのため問題はない。
しかし回りに仕えていた御使いたちは別であった。
「分かるか? こ奴らが進化を繰り返し王種、帝種になれば数値の上で我に迫る。ではこ奴らを従わせるには何が必要だと思う。それはこ奴らを完全に掌握する手段だ」
「…わん」
月を失った御使いたちは膝をつき肩で息をしている。
「月を力の源にするワーウルフ。それに我の陰を加えることで、その性質を強化してやる。月無しでは力が出せないくらいにな。『月蝕』」
「「…ギッギャン!」」
「わ、わんわん!」
『新月』により見えなくなっていた月が『月蝕』により完全に消失した。それに呼応するかのように御使いたちも息絶える。
自分の御使いをただわんこに見せつけるために殺した陰神の瞳には、特に何の感情も写ってはいなかった。
「だが欠陥品であるお前は、我の陰を入れる前から特異だったお前らは月が無くとも活動できる。ほんとうに面倒だ。だからそういう個体は例外なく破棄していたと言うのに」
「……」
真実を聞かされてもわんこがやることに変化は無い。ただ一言、どうしても言いたい事があった。御使いを外れたわんこの声では理解できないだろうから『人化』して。
「なんだ。我が憎いか? 殺したいか?」
「ありがとう」
「は?」
「お前が捨ててくれたからマスターに会えた。感謝している」
「な、なん…」
わんこにとって陰神の存在が邪魔だから潰しに来た。どんな真実があっても目的と理由が変わるわけでは無い。しかしわんこは来て良かったと思った。陰神など雫と比べる迄も無いとちゃんと分かったのだから。
「ふざけるな。欠陥品の分際で。我を、我を見下すなよ!」
「くぅん?」
そして漸く、夜と陰の戦いの火蓋は切られたのだった。




