第2形態はお約束だけど強くなるとは言ってない
ソドム、ガルシアという近接戦闘としてかなり完成された技術を間近で見たことで、わんこ、鉄ちゃんの動きも更に磨きが掛かっていた。
後衛のアンフェたちの動きも良い。特に『虚幻』を覚え、ガルシアなどの強者すら騙せるフェイントを覚えたアンフェは、ノリノリだ。
「わんわん!」
「…………」
「我の邪魔をするな!」
一方、『完全再現』と雫が肉体に取り付けた機能を駆使して戦い、ステータスもわんこの速度や鉄ちゃんの防御力に引けを取らないほど向上してる筈のサタンの動きは、どこかぎこちない。
圧倒的能力値によるゴリ押し。サタンの戦い方を一言で表すとこれに尽きる。ここに来るまでの事前情報を得た雫たちの想定はそれであったし、実際それでも『四道』で戦った四天王たちと同じかそれ以上に強い。それは事実である。
しかし『完全再現』が思ったよりも弱点の多いスキルだと判明した。となると再誕前のサタンが四天王たちから、敬愛されほどの強さを誇っているとは思えないのだ。そのためぎこちなさが際立つのかもしれない。
そして、それを一番感じているのは観戦エリアにいる者たちであった。サタンをよく知ってる分、余計にである。
「ふむ、ステータス値は大幅に向上しとるし、幾つかのオプションも付いとるの。しかし王本来の戦い方とは程遠い。残念じゃ」
「そうかな? べつにつよくなってるんだからいいんじゃない? いまの王さまのほうが魔族らしいし」
「…だからこそでしょう。今の肉体で魔王様本来の戦い方をすれば真に最強になられると、ガルシア殿は言いたいのでしょう」
「ほほ、まあそういうことじゃな。今の王がやってるのはまさしく強者の戦い方。本来の王は弱者の戦い方を好んでおったからの」
弱者の戦い方。弱い故に持ってる能力を全て使い、戦略を練り挑む。そういう戦い方を圧倒的なステータスを持つサタンは好んでいた。
「魔王様は魔族元来の暴力こそが正義だという価値観を否定していましたからね。それも『完全再現』を持つ故かもしれませんが」
「あらゆるスキルを使えるからこその多角的な視点というやつじゃの。今の暴力に傾倒する王に『完全再現』は使いこなせんかもの」
少し寂しそうにガルシアは呟く。それはそんなサタンを止められず、従っている己の不甲斐なさからなのかもしれない。
サタンとの戦闘は、素人の雫が見ても単調でつまらないと感じる。
サタンが突進してきたのをわんこたちがあしらう。いくらステータスが圧倒的だとしても、単調な攻めしかしてこないため、わんこたちの力をもってすれば十分に可能である。
かといって此方から攻めるとなると難しい。言っても『不浄の右手』などの機能は警戒に値するし、『完全再現』でどんな能力が出てくるか分からない。ソドムたち四天王クラスのスキルもまだ残っている。となると安易に攻められない。
結果、サタンが攻めて、わんこたちがあしらう。その繰り返しである。
こんな戦闘を見たくて来た訳では無い雫はガッカリした。そしてこの戦況を変えるべくサタンを挑発し出す。
「ガッカリです。私の最高傑作と言っても過言じゃない肉体をこんな雑に扱うなんてです」
「なんだと」
「お前は真に使いこなせてないです。その証拠にリミッターすら外せてねーです」
「わふ!」
その挑発に慌てるのはわんこ。雫がサタンから引き出そうとしてるのは、先ほど肉体の機能の説明で詳細が語られなかった秘密兵器だろう。
これを解放してサタンをある種の第2形態にして、この単調な展開を打破したいのかもしれないが、わんこからすれば迷惑この上ない。
しかしサタンはこの挑発に乗る。
「リミッターだと? 貴様が課したリミッターなど、容易く外せるさ」
「無理しない方がいいです。お前じゃ使いこなせんです」
「黙れ! オオォーー!」
サタンは全身に力を入れ、強引にリミッターを外そうと試みる。勿論、わんこたちが妨害しようとする。しかし
「『虚』。これで触れまい。そこの女以外はな!」
『虚構』により幻の世界に逃げ込む。これで今、サタンに干渉できるのは『異界の轟音』を持つ雫だけとなる。
「わん!」
「…どうせ投げても大したダメージにはならんです」
「わんわん!」
わんこの説得虚しく、雫は動かない。そしてリミッターが外れ出したのか、サタンから膨大なエネルギーを感じる。わんこたちすら恐れるほどの。
「ふふふ、ははは! 刮目せよ。コレが我の真の姿」
「くぅん」
「心配するなです。最終兵器って言うのは」
勝ち誇るサタン。溢れんばかりの莫大なエネルギー。それはどんどん膨れ上がっていく。どんどんどんどん膨れ上がり、わんこたちが経験したことないほどのエネルギーは限界を迎え、サタンを中心として爆ぜる。物理的に。
「自爆ですから」
「わふぅ!」
ドグゥンと腹に響く音が鳴り、地面が抉れ、凄まじい爆風が雫たちを襲う。ただこの爆風は1人用として設計されたため、爆発自体は小規模なモノであった。
しかしソレによってわんこたちすら恐れる莫大なエネルギーを圧縮されたため、威力は桁違いとなっていた。鉄ちゃんですら生きてる保証は無い程に。
普通の者なら跡形も無く吹き飛んでる程の爆発だ。しかし雫の最高傑作だ。そんな半端な存在では無い。土煙が収まり抉れた地面からはサタンらしき影が見え始める
「『永遠の聖命』はじめ大体の機能は壊れて、かなりステータスも落ちたと思うです。ただ血中に残ったエリクサーでダメージは結構回復されたかもです」
「わん!」
それなら問題ないとわんこは鳴く。ステータスが落ち、肉体の機能も壊れたサタンならば怖くない。そう思った。誰しもが。
「いてて。酷いな。普通、他人の身体に自爆装置なんて仕込むか? ほんと愉快な人たちで」
「…うんです? 誰です?」
「誰って。酷いな。我は魔族王サタンなり。なんてね。戦闘の最中に忘れないでくれよ」
「マジ誰だよです」
爆発によりサタンの性格が激変した。それに驚く雫。
「わんわん!」
だがそんなことは関係ないとばかりにわんこが攻撃を仕掛ける。
「はは! 爆発でボロボロなんだ。お手柔らかにね!『絶』」
「わ、わふ!?」
サタンは『絶壁』を再現する。なんとわんこで。『絶壁』の効果で防御力が上昇するのと引き換えにその場から動けなくなるわんこ。
「さらに『破』!」
そしてソドムのスキルで追撃する。手にはおそらく『創成の左手』で造られた武器が握られている。『絶壁』中のわんこに生半可な物理攻撃は通用しない。しかし『完全再現』は1つずつしか再現できない。そのため攻撃がくる直前で『絶壁』は解かれる。
「わ、わん!」
「避けられたか。結構自信あったのに」
手に持っていた武器は崩れ去る。攻撃は避けられたがサタンは笑みを浮かべていた。
「…マジで誰です?」
雫の問いに答えるのならば、彼はサタン。最強で最高で最優で、多様な魔族から敬愛されていた魔族の王である。
ステータスや肉体のレベルが下がり、強くなった魔族王。さて何ででしょう?




