伝わらない台詞
耐久値減少が止まらず、門が破壊されるまでもう時間が無い。しかし何とかしたくともそれを行える人員がいない。そもそも門前にいる者たちの半分以上は帝国所属ではない。『感染』により本調子では無い今、下手に他国の門を弄って悪化されることを考え無闇に動けないでいた。そもそも彼らは門が状態異常に陥る想定をしていなかった。そのためそれを治す方法なども知らない。耐久値を修復させたとしても根本的な解決にならない。門の命は風前の灯であった。
そしてこれを引き起こした元凶の事を知っている者ほど、普通のプレーヤーがどうにかできるレベルで事態が動いていないことを理解している。彼女の作戦が成功した時点でその道のスペシャリストでも呼んで来なければ対応は不可能だろうと。
それが分かっているためアックスたちは、普段の戦闘では使わない切り札を惜しみなく使用する。
「わふっ?」
「もう長くは無いからな。出し惜しみは無しだ。これらを使うのは最後の最後と考えていた。今がその最後だろう」
彼らは回数制限や使用後にリスクのあるタイプのスキルの大盤振る舞いで限界まで強化される。一方、『感染』が上手くいったのであればアックスたちと戦う意味は薄い。帝国が墜ちても、まだ2国残っているのだ。余力を残しておく意味でも戦闘は避けるべきだろう。だがわんこたちは戦う。その理由は覚悟を決めたアックスたちへの敬意であったり、戦闘欲を満たすためであったりと様々であるが、その対応に嬉しい感情はあれど、屈辱感も同時に覚える。
「戦ってくれるのは有難い。だが俺たちの全力と戦うと言う選択は、俺たちと戦ったとしても今後に支障が無いと内心思っているからだろ?」
「わん!」
「後悔させてやる!」
その言葉を口火に戦闘が始まる。アックスたちからのわんこの評価は、戦闘巧者であり接近戦から中距離戦を隙無く行える万能型、パーティーの中で一番厄介なタイプではある。しかし攻撃力不足で急所さえ守れば前衛職なら十分戦える相手である。その評価はこの一戦で大きく覆ることになる。
わんこが生み出す影の刃とアックスの大剣が交わり剣戟の音が響く。
「なっ!」
「わん!」
鍔迫り合いでは大剣を持つアックスの方が有利な筈だ。だが無数に生まれる刃1つ相手に押し切れない。前衛の1人がそんな様子ではもう1人の前衛であるタンクに攻撃が集中する。しかしそのタンクは影の猛攻に為す術なく、再発動までの時間が長い『絶対防御』を使い耐えるしか無い。
後ろを見れば見たことも無い漆黒の巨漢が後衛2人を襲っている。その対処で此方への援護を要求できる様子ではない。
わんこが攻勢に出た途端戦線が崩壊した。最早勝負にならない。アックスたちが強化スキルを使用したように、わんこもスキルで強化されたのかもしれない。それでもこれ程圧倒的であるとは思いもしなかった。思わず叫び声をあげる。
「なぜだ! これならなぜ俺たちをすぐに倒さなかった!」
「わん」
「わんじゃわかんねーんだよ!」
その言葉を最後にアックスの目の前は真っ暗になる。彼の最初の『人魔大戦』は苦い幕切れとなった。
アックスを屠ってから少し経過した。わんこは同様にベルパーティーを倒した鉄ちゃんと一緒にラスの奮闘を観戦していた。すると遠目ではあるが帝国拠点に構えていた門が崩れ落ちていく。それと同時にラスが相手をしていたシルースたちも消失する。シルースたちだけでなく帝国所属のプレーヤー、NPCが退場していくのが確認できた。作戦は成功したのだ。
「…ピェェ」
「わふっ」
「…………」
対戦相手をいきなり消されて不満げなラスは置いといて、いきなり戦力が減少した人族軍は、魔族軍を相手に苦戦を強いられることとなる。
短い中盤戦は帝国門の破壊によって終わり、終盤戦がやってくる。最早戦いではなく蹂躙の終盤戦が。
悲報 わんこの返答を理解できてないアックス
なぜ会話しようとしたんだ?




