ジレンマ
人族側と魔族側の作戦のコンセプトは同様であった。厳密に言えば魔族側の作戦を予想した人族側がそれに被せた結果なのだが。
短期決戦。魔族側は一番手薄だと思われる王国の門をいち早く壊し、その後は防御に徹するという作戦を採用した。それを見越した人族側は魔族側が通るであろうルートに戦力を配置し速攻で相手を撃破し敵の攻撃の目を潰す作戦であった。
フィールドの中央付近で魔族側のプレーヤーたちにとっては想定外の、人族側のプレーヤーたちにとっては思惑通りの戦闘が開戦と同時に始まる。彼らからすればこの戦闘が『人魔大戦』の結末を左右する戦いであった。
「さてと。シズが言うには拠点から少し離れた場所で待てって話だったが。俺様たちを待たせるってことはそれなりの作戦なんだろうぜ」
「そうですね。わんこ殿を投入されての作戦ですので」
「にしても俺様たちの侵攻に気が付かないとは人族の練度も地に落ちてるな」
「ですね。まあこの広大なフィールドで影魔法での移動を察知するのは相当ですが」
ナルタルと『十二守護魔』は開戦の合図から少し経った頃、聖国の拠点よりやや南方側で待機していた。王国とは反対方向であることもあり、ほとんど交戦することなくここまでたどり着いた。本来ならこのまま特攻したい所なのだが、雫からのお願いで暫し待機中である。
おそらくアテネとソドムも待機中であろう。
「…いや敵の流れ的にソドムの奴は交戦中かもな。まああいつなら問題ねーだろうが、とそろそろか」
戦場の空気が変わるのを感じる。ナルタルが呟いた瞬間、凄まじい規模の爆発が起こる。その規模は目視できる範囲で聖国の防衛拠点を飲み込んでいた。
「あ? この規模の攻撃だとほとんどダメージ無いだろ? 何の目的だ?」
「わかりませんが、合図は確認できました。いきましょう」
爆発を合図だと確信したナルタルたちは聖国の拠点に向かう。拠点に近づいていくにつれ、敵の動揺が伝わってくる。何が起きているのか俄然興味の沸いてくる。
そしてナルタルたちが拠点で目にしたのは、陣形なども録に維持できず烏合の衆と化した者たちであった。その光景を見たナルタルは何が起こったのかを察した。
「なるほどな。シズの野郎。えげつねーな」
雫は最初、ルールを見たとき人族側は面倒そうだと感じた。仲間であり競う相手でもある。そんな関係、雫なら上手くやれる気がしない。そのためそこを揺るがすために造られたのが超規模無火力ボム『再編』であった。
『再編』の効果は1つだけ。効果範囲内にいる者たちの位置をランダムに再編成する。単純に言えば皆の位置を入れ換えるだけのボムである。ただこの『再編』は威力を犠牲にすることで普通ならあり得ない攻撃規模を獲得しており、人族の全拠点が効果範囲内なのであった。
つまり、彼らの中の一定数は自分たちが所属していない国の防衛拠点に再配置されたと言うことである。それを理解したプレーヤー、NPCたちは動揺を隠せない。ここにいる間に自分たちの門が強襲されたら。極端な事を言えば自分たちの拠点に配置された他国の者たちが、門を守らずこっちに自国の拠点への帰還を優先したら?
そんな事が頭によぎれば万全な体制での防衛など不可能であろう。
わんこはいきなり絶体絶命のピンチに追い込まれた者たちを見ながら、これを渡された時の会話を思い出していた。
「『転移』不可だけど『位置交換』はできたらしいですから、これをこっそり使ってです」
「わんわん!」
「いやーです。何か前にタンク職? が味方と位置を入れ換えるスキルがあるとか聞いたときに適当に造った物が役に立つかもしれんとはです」
「くぅん」
「まあ言っても小細工ですし、少しすれば混乱も収まるだろうです。その間に倒せるだけ倒していいです」
雫の予想では数分もしないうちに立て直すとのことであったが、みる限りその程度の動揺ではないだろう。わんこは少し申し訳無さそうに侵攻を始めるのだった。
囚人のジレンマっぽい作戦。
ヤバイ。負けフラグすら立たない




