強さこそ正義
『繁華街』に出現するモンスターは狡猾で知能が高い。ただの商店だと思い中に入ると店員全て変装したモンスターということもよくあるらしい。迷宮の罠を利用して攻撃してくるタイプのモンスターも多い。
そして一番気を付けなくてはいけないのがモンスターではなくここの住人の商人たちである。彼らはモンスターや罠を逆に利用し他者を傷つくように仕向け、助けると言いつつもぼったくり同然の額でいらないことをしてくる。別の意味で『スラム街』より治安が悪い。善人は一晩で1文無しになるだろう。
「そんな忠告が懐かしいです。まさかそんな忠告してくれた人が騙してくるとはです。それで、ここは何処だと思うです?」
「わか ない♪」
「ピィェェー」
『繁華街』で最初に出合った住人が親切に教えてくれ、最後に
「ここの通りはモンスターも罠も無いから安心して進んで大丈夫さ」
と言ってくれたが、それを信じて進むとモンスターが大量に襲い掛かってきて、そうかと思えば転移罠を踏まされて雫の近くにいたアンフェとラスと共によく分からない場所に飛ばされた。確かに油断ならない場所である。しかもわんこたちが追ってこなかったため転移罠は転移先がランダムであるか、一度限りであると考えられる。
「まあでもあの忠告のお陰で『死合わせ』を発動しておいたですし、取り敢えず今はわんこたちを呼ばなくて良いです」
ここが何処か分からないのにわんこたちを呼び出すのは得策ではない。『死合わせ』の効果範囲内であるため最低でも『ダイダロス』内部であると考えられるし、雫の安全は確保されている現状では、雫たちの自力脱出が望ましい。
という事で先に進んでいく雫たち。薄暗く閉鎖感のある道をただ進んでいく。攻撃力に不安の残るメンバーであるが、幸いなことにモンスターが現れることは無かった。そして道の先には強面の魔族が立ち塞がっていた。
「ん? テメーら新顔だな? なら入場料を払っていけや!」
「…ここは何処です?」
「あ? ここが何処か知らずに来ただと? んな偶然があるか。まあいい。ここは『地下街』。『ダイダロス』唯一の安全地帯さ」
その男の話では『地下街』とは『ダイダロス』の地下に存在する空間で、ここに来る手段は『市民街』にあった転移ギミックと同様に、決められた転移ギミックに鍵を持って乗ることなのだ。ただ例外的にランダム転移でも来ることは可能である。滅多に起きないことではある。
そして『地下街』の一番の特徴は迷宮なのにモンスターが出現しないことにある。そのため希少な物などがここに集まる傾向にある。
「まあいい。規則は規則だ。入場料を払った奴には『入場証』を渡す決まりだ。そしてこれがここにこれる転移ギミックの場所だ。日によって違うからな!」
「ふぅんです。ありがとうです」
素直に礼を言う雫。騙されているとは微塵も考えていない。と言うよりも騙されても気にしないのだろう。
『地下街』には様々な物がある。希少な物が揃っている反面、贋作や粗悪品も紛れている。そして極め付きに魔族すら商品として並んでいる。
「さあさあ。剣闘士の主にならないかい? コイツらをこの先の闘技場で戦わせ、見事勝てば配当金が受け取れる! どうだいどうだい?」
強さを売ると言う点では魔族らしい。聞けば剣闘士として売られている奴らの殆どが借金などがあり、勝つことでそれらを相殺してるのだという。借金が払い終えると首輪が外れ地上に出られるのだ。
買い主は勝たせるために装備やアイテムを与えるため『地下街』に金を落とすだろう。良くできたシステムである。ただ不可解なことに剣闘士の中には年端もいかない少女の姿もある。
「あの子も借金です?」
「あ? ああ、あれは違うな。おそらく拐いにあったんだろ」
「拐いです?」
「自身が借金落ちするのを避けるために子どもやらを拐って売る連中だよ」
「…そんなことでいいです?」
「まあ良いか悪いかじゃねーんだ。ここは魔国の『ダイダロス』子どもだろうが弱いやつは悪なんだからな」
「ふぅんです」
魔国は強さこそ正義という風潮がある。雫はそれを否定するつもりも無いし、理不尽な目に遭っている子どもに憤りを感じてる訳でもない。ただ雫はニヤリと笑う。
「おじさん、そこの女の子を買うです」
「…あれを? 別に構わないが嬢ちゃん。ここの剣闘士は『地下街』が所有してる。それを嬢ちゃんに貸し与える形での販売だ。だからもし決闘でコイツが死んだら嬢ちゃんにある程度の代金を支払って貰うことになる。それでも買うかい?」
「構わないです」
店主はそれなりの金額をポンと出す雫を見てどこかのお嬢様が正義感に駆られて行動していると考える。ここのシステムを良く理解してない馬鹿だと心うちで罵倒する。
少女を引き渡された雫は闘技場の説明を一通りされる。
「首輪が外れたらこの子はどうなるです?」
「そいつが勝てるほど易しい場所じゃないが…首輪が外れたら俺たちの所有物じゃなくなるからな。晴れて自由だ。つまり嬢ちゃんのモノでも失くなるがな」
「それならいいです」
雫は少女についている首輪を触る。少女は暴力を振るわれると勘違いしたのかブルブルと震える。そんなことを構わない雫は首輪をよく調べる。
「呪いと機能の2つで外れないようになってるですか。良くできてるです。けど私の方が上手です」
呪いを抽出し外せない機能を着脱可にする。これくらいの装備品なら数秒で錬成可能である。雫の『錬金術の極意』はそれほどに極まっている。そして首輪を外した雫は店主に得意気に見せつける。
「首輪は外れたです。ならこの子は自由ですね?」
「な、あ、ふざけんなよ餓鬼が!」
「ここは強さこそ正義らしいです。だから私も私の強さをひけらかしたに過ぎんです。文句があるならこんな粗悪な首輪を使わなきゃいいです」
強さこそ正義という文言を否定はしない。ならばそれを強い方にやられても文句は言えないだろうと雫は思った。そしてそこまで単純なモノではないことも雫は分かっている。
「…『地下街』全体に喧嘩を売ることになるぞ。…ただの餓鬼が調子に乗りやがって。おい、お前ら、やれ!」
強さこそ正義という文言を言い訳にしていた者ほどそれを他者にされたときに反発する。彼らもそうである。周りから屈強な魔族たちがぞろぞろと出てくる。
「うーんがっかりです。まあそんなことよりです。私は兎も角この子を守るのは難しいです。仕方ないですしわんこたちも呼んでやるです」
「おお♪」
彼らの中に強さの多様性や理不尽さをしっかりと理解してる者はいなかったのだろう。
この後『地下街』の支配者たちは強さの理不尽さを体験することとなる。




