エルフの堕落
ナルタルを倒し『ニルヘイム』を後にした雫はアンフェと2人、ホームである孤児院に戻ってきていた。わんこたちはナルタルからの情報を元に出発していた。
ナルタルによると残り2人の四天王の内、四天王筆頭と呼ばれる通称『破壊王』の治める都市へは『ニルヘイム』からは遠く、もう1人の『不落王』も攻略するには時間が必要とのことであった。『人魔大戦』まで2週間と少し。よくてどちらか1人が限度だと言われたわんこたちは取り敢えず『不落王』が治める都市へ向かうことにした。
雫も新しいスキルの実験のため付いていこうか迷ったのだが、ナルタルからとある頼み事を受けてしまったのでそれに集中することになった。と言うのもナルタルは魂の専門家ではあるが肉体を作ることは素人に近く『輪廻の門』での転生体も粗末な物しか作れない。
しかしナルタルは雫が自作した人形を見て、それを転生体にすることを思い付いたのだ。他にも幾つか頼み事をされたのだが、それが『ナルタルのお願い①』という風に幾つかのクエストとして発生した。それをクリア出来るのは雫だけであり、珍しく空気を読んだ雫はクエストを受けて戻ってきたのだった。
「高性能な人形を予備含めてできる限り多くです。それに守護魔さんとナルタルの装備の強化とか色々と、はっきり言ってめんどうです」
「そう だね♪」
「それにわんこたち何か『人魔大戦』かなりやる気だしてるです」
「わる いの?」
「別に悪く無いですけど…まあいいです。兎に角、やるだけやるです」
と雫が気合いを入れ直して作業室に籠ろうとする
「あ、いた!ちょっとくらます。待って!」
「あれ煉歌です?」
ちょうど来ていた煉歌に呼び止められる。何か焦っているのか息を切らしている。
「今日は確か魔国側のクランのなんちゃら会議だってハルが言ってた気がするです。サボりです?」
「違うよ! 会議中に例のアナウンスが来たからくらますに話を聞きたいって言われたんだよ!」
「アナウンスです?」
「何でそんな知らないです顔できるの! ほら『四天王の平定』がどうとかってやつ」
そう言われてやっと思い出した雫。あまり理解できなかったため忘却していた。
「ああ、あれですか。ナルタルを倒したら出てきたやつです。それがなんです?」
「えーと、そのナルタル? が四天王の1人ってことでいい?」
「そうです」
確認が取れたためメッセージ機能を使いその情報を会議用の掲示板に送る煉歌。
「それの確認なら私に会わなくても聞けたと思うです」
「くらますは基本的にメッセージ確認しないってハルさんも言ってたよ。あと他にも聞きたいこともあったし」
そう言って煉歌はとある掲示板の書き込みを見せてくる。そこには
「王国の国力低下と『森精の街』の制限エリアの出現って関係あるの?」
と書いてある。他にも同様の書き込みが続き最後には「森精の街への大戦参加クエストが軒並み失敗」
と言う書き込みがあった。
「心当たりある? と言うかここの聖樹と関係あるのかを聞きたいの」
「知らんです。そうですねアンフェ?」
「しら ん♪」
「となるとこことは無関係に何か起きたのかな?」
「と言うかそう言うことは私に聞かずにせーくんに聞けです。ちょうどそこにいるですし」
と雫が指差した先にはのこちゃんずたちに何かを説いてるせーくんであった。前まではのこちゃんずにやられっぱなしだったのに今では立派に従えている様子である。
それは兎も角、雫の案を採用し煉歌が事情を話すことにした。せーくんは掲示板を見終えて少し考え込んでしまう。
「エルフたちはそこまで墜ちていたのか。いや僕にも責任はあるか」
「どういうことです?」
「…今回の騒動が起きたきっかけは『のこ聖樹』への進化で僕と『森精の街』の聖樹が別れたことだと思う。でも本質的にはエルフたちの自業自得だね」
「つまりくらますも原因の1つではあるってこと?」
「本来ならそこまで大事にならなかったけどね」
「よくわからんです」
「じゃあ簡単に説明するよ」
聖樹とせーくんが別の存在となった。これは聖樹としてはそこまで問題ではなかった。聖樹の力であればせーくんのような化身を再度生み出すことはさほど難しくない。そうせーくんも考えていた。しかしせーくんはエルフの堕落っぷりを想定しきれていなかった。
せーくんの役割は聖樹とエルフの綱渡しであった。せーくんが聖樹の声を代弁しエルフを動かしその代わりに聖樹の素材や恵みを与える。そういう役割だった。
「それとは別にエルフ側にも特殊な役職があって。『聖樹の巫女』と呼ばれる聖樹からの声を聞く役だね。アンフェくんが前やったように祈りを集めたりもする。彼女らはシズくんのように特殊な加護やスキルを所有してて、祈りを集めたりもしてる筈だったんだ。まあそれは僕が生まれてからは僕がやってたんだけど」
せーくんは今まで気が付かなかったが、せーくんが出現して以降、巫女は名誉職となり能力よりも権力を持つ者の娘がなる職業になってしまっていたのだ。
「新しい化身を生み出す力も惜しいくらい信仰が弱まってる。おそらく僕がいなくなって祈りも録に集まらなくなって今の状態を維持するので精一杯になってるんだ。だからエルフたちは素材の採取も録にできない状況に陥ってるんだと思うよ」
そうなれば悪循環だ。聖樹から素材が採取できなければ信仰など得られないだろう。せーくん曰くこのままだと聖樹の位階は下がるかもしれない。
「こうならないための巫女だったのに。しかも少し聖樹が願いを叶えてくれないくらいで信仰が下がるなんて…確かに昔は本当に緊急の時以外は願いなどしないで無償で動いてくれてたんだけどな」
エルフにとっていつしか聖樹は信仰の対象から金のなる樹になってしまったのかもしれない。
「そうですか。でもせーくんは大丈夫です? 私とか全く敬ってねーですけど」
「本当にね。まあでもマリアさんや子供たち。今はキノコたちからですら祈りが集まるからね。どんどん成長を感じるよ。巫女もアンフェくんやドリーがいるしね」
「えっ へん♪」
「ならいいです。で煉歌、納得したです?」
そう言い煉歌の方を振り返ると煉歌はまた会議用の掲示板で連絡を取り合っており、話を聞いてない。
「煉歌? 聞いてるです?」
「え、あはい。聞いてましたよ。つまり最終的な原因はエルフだけど、くらますが発端だったてことで?」
「そうだね」
煉歌は何やら驚きと喜びが混じった表情をしている。雫には何で驚き何が嬉しいのか理解できなかったが、今回の一件で魔国所属の雫の行動が国別のクエストやストーリーに干渉したことが分かった。つまり現在、プレーヤーの大半が魔国へ行けておらず手持ちぶさたの魔国側で他国の妨害が可能かもしれないということが発見されたのだ。今回のは偶々であったことは明白だが、できるということが分かったことはかなりの収穫と言える。
「せーくん。くらますもありがとうです。それじゃ私は会議に戻るので」
「あ、そうですか。じゃあそろそろ私も作業するです。行くですアンフェ」
「おお♪」
駆け足で帰っていく煉歌と作業室に向かう雫とアンフェ。それらを見送るせーくんは
「聖樹には悪いけどこれでよかったと思うよ」
と別れてしまった元本体に想うのだった。
書いてて分かりにくかったので簡単に言えば
聖樹という巨大なコンテンツを実は1人で切り盛りしてたせーくんがいなくなったら『森精の街』大混乱というだけの話です。




