日蝕
八咫烏がわんこの出現を察知したのは鉄ちゃんへの攻撃を終えたときであった。保有する熱量を鉄ちゃんの蒸発に使い切った八咫烏にとって、この状況はかなり不利であった。気をつけていたが鉄ちゃんの毒を吸い込んでしまったことで、多少体の自由がきかないこともありわんこの攻撃を無条件で受けてしまうだろう。
「ピェ?」
と、ここで八咫烏が冷静になる。慣れないダメージと格下との接戦によって精神的に追い詰められていたのだろう。自身にはエネルギーが続く限り無限の再生能力がある。先程の熱戦で多くのエネルギーを消費したが、それでもまだまだ余裕がある。考えてみれば、わんこの攻撃を受けるよりも先程のように凍らされ行動阻害を受ける方が遥かに厄介なのだ。
「ピェーー」
八咫烏は笑う。余裕の笑みである。しかしそれはすぐに奪われる。
「わん、わわん!」
わんこが奥の手を発動させる。八咫烏は自身の回復に専念し奥の手を受けきった後に反撃する構えを見せる。しかし一向にダメージを受ける気配も、エネルギーが消費される感覚も訪れない。不審に思った八咫烏が回りを見渡すと1つだけ変化が見られた。フィールド一帯が薄暗くなって来ているのだ。自分という太陽があるにも関わらず。
「ピェ?」
しかし太陽が燦々と輝く昼間でも夜のように暗くなる現象が存在する。それはわんこが御使いを勤めるらしい神が司る月によって起こされる。
「これこそわんこの奥の手、日蝕です」
八咫烏が慌てて後ろを確認するとそこには月が忽然と姿を表している。その月を見た瞬間、脳裏に月が太陽を蝕むイメージが写し出される。そして気づく。今の自分が太陽の化身では無いことを。
『日蝕』は攻撃用の魔法ではなく、補助魔法、主な効果は光系、炎系属性の弱体化と闇系属性の強化である。しかし更にもう1つ重要な効果として、光、炎系の複合属性の最上位に位置する太陽属性の使用禁止であった。
八咫烏にとって光、炎の弱体化は然程問題ではない。弱体化したとはいえわんこたちを葬るには十分な威力を出せる技が何個も存在するからだ。しかし太陽属性の無効化は不味い処ではない。無限の再生という前提条件が覆されたのだ。
「ピィエーー!」
「わんわん」
動揺を隠せない八咫烏を相手に攻撃を仕掛けるわんこ。戦況がひっくり返ったと言っても『日蝕』にも時間制限があるためここで決める必要がある。別に回数制限がある魔法ではないが準備に時間が掛かるため、鉄ちゃんが倒された今、もう発動することはできないのだ。
そもそも一魔法である『日蝕』にこれ程時間が掛かるかと言えば、雫とわんこの出会いから話さなくてはいけない。もともとわんこはワーウルフ、狼男であることから月からの力を得て強くなる方向に進化する筈であった。しかし雫という非力な少女と出会ったわんこは、自身を強化する方向ではなく雫を守る方向へと進化していった。それが影魔法であり、その派生の闇夜魔法である。順当にワーウルフとして進化していけば月夜魔法などを会得するのだ。闇夜だろうが月は存在するため別に『日蝕』は発動できるが、本来『日蝕』は月夜魔法の魔法である。そのためわんこは対八咫烏戦において必須とも言える『日蝕』発動に多大な時間を掛けてしまうのだった。
ただし駄目なばかりではない。月の力とは即ち太陽の力でもある。『日蝕』など月そのものの力を利用する魔法もあるが、太陽属性の無効化イコール、月夜魔法も使用に多大な制限がかかるのだ。しかし独自の進化により闇夜魔法を習得したわんこにとって太陽が隠れ、月も力を失っている『日蝕』時はまさに真の闇、最適な状況といえる。
「わんわん!」
「ピィエエーーーー!」
そんな強化版わんこに対して大幅弱体化状態でどうこうできる訳もなく、八咫烏のダメージが深刻になってくる。しかし『日蝕』の発動時間まで粘れば再生力が戻ってくるため、それまで耐えられるかの勝負だと考えているようであった。
しかし考えが甘い。劣勢慣れしていないためすぐに動揺してしまうのだろう。先程まで自分が何を一番恐れていたかすら忘れてしまうくらいに。
「わんわん!」
「ピァッ!」
「太陽さん相手に悪いですけど、最後は派手にいくです」
雫の言葉は八咫烏には届いていないが、わんこを経由して現れたボムを見た瞬間、様々な感情が爆発し、最後には諦めの境地に達する。わんこが『日蝕』発動後も雫のサポートに戻らず執拗に攻めたかと言えば、この攻撃を確実に当てるためである。直後、盛大な爆発音と共に辺り一面が吹き飛ぶのであった。
自身のスキル『フラスコの中の少女』とアンフェ、シロの防御によって何とか、爆殺を逃れた雫たちは何も無くなったフィールドを見渡していた。するとピコッと目の前に文字が現れるのであった。
『太陽の化身』の使用条件が整いました。使用しますか? YES/NO
やっとだせた




