蒼海
街が火の海と化しているがわんこたちに警戒する様子は無いので、害の無い火なのだろうと判断した雫は、一応取り出しておいた『蒼海』をおいた。
「折角なのでこれで消火してやろうと思ってたですけど、残念です」
「わふぅ!」
『蒼海』を見たわんこは正気かと問うような目を雫に向けた。
雫が昔作り出した『アクアボム』に類似したそれは、効果も『アクアボム』と同様であった。とは言え元々雫は『アクアボム』を、水の中でも使用可能なボム程度にしか思っていなかったのだが、色々と調べてみるとアクアボムは爆発と同時に水を生み出し、爆発の衝撃と水圧により相手にダメージを与える物であることがわかった。
その上位アイテムである『蒼海』を使った場合、街の炎が消えることは間違いない。ただそれは街が火の海から本当の海の底に沈むだけであり、陽神の信仰が盛んな第10の街が海底の街に変わるに過ぎないので、断じて消火アイテムではない。むしろ被害が悪化するので良かっただろう。
「むー。なんです。そんな信じられないような目で見るなです」
「くぅん」
「わんこは知らんかもですけど火を消すには水がいいんです」
「わんわん」
「わんにいがおいうちだって」
「…まあそんなことは置いておいて街の人に話を聞いてみるです」
火消ししようとして水没させては意味がない。度々雫は自身が造り出したアイテムの性能を勘違いしてしまうため、こういったやり過ぎをしそうになるのだ。
わんこたちの反応から自分が劣勢だと感じた雫は、話を変え住人から話を聞くことにするのだった。
雫にはよく分からないのだが第10の街を包んでいる炎で、住人たちはそれほどの被害は出ていないようであった。元々ダメージ無効エリアであるため住人たちも動揺している様子だが、傷を負った者はいない。
しかしこの炎は住人以外の建造物などには燃え広がり、燃えている建造物内には入れなくなるような効果を持っており、まるで結界のような作用を示しているようだと住人たちは語ってくれた。ただ住人たちは詳しいことは何も知らされていないようで、原因を聞いても「陽神様の祟りだ」と宣うばかりであった。
「うーんです。あんまり成果は無かったです。まあここの人たちがわんこを見ても嫌悪感剥き出しにならなかっただけでも収穫だと思うべきです」
「わんわん」
ここの住人、陽神の一般的な信者クラスではわんこが陰神の御使いであることを見抜けなかった。それでも陰神の御使いが黒狼であることを知っている人も多く、それと関連付けてわんこに侮蔑的な視線を向ける者もいた。しかし逆にわんこを見て敬意を示す者もいた。おそらく陽神の過激な信者は陰神を仇のごとく嫌っているが、普通の信者は陽神ほどでは無いにしろ、陰神も上位の存在として崇めているのだろう。そのため過激派に会わなければわんこは人化せずとも大丈夫なことが確認されたのだった。
「くぅん」
「良かったですねわんこ。それじゃあこの原因を知っていそうな陽神の協会本部にでも行ってみるです。八咫烏ってのも何なのか気になるですし」
折角の人化のチャンスをフイにされ落ち込むわんこを尻目に、雫は陽神教の総本山に乗り込むことに決めるのだった。




