どんどんいくです
雫に委託を頼んだ少女、ハルと言うのだが、彼女は雫よりもあとに始めた生産職だと言う。やってる友達は皆生産職で、皆他の戦闘職に委託してしまったと言う。
「シズさんが引き受けてくれて本当に助かりました。」
「別にそれはいいですけど、結果は期待しないでほしいです。頑張るですけど…」
「わかっています。私どんなかたちでもイベントに参加できるのが嬉しいんです。」
まあ本人がそういうならいいだろと、雫は思った。今日はイベント当日。あと数分で開会式が行われると事前に通達されていた。
「そろそろですね。私は直接的には参加しないとはいえ、緊張します。」
そうハルが呟くと雫の目の前に60という数字が現れて徐々に減っていく。
「カウントダウンです。ハルはこれが見えてるですか。」
「いえ見えてません。たぶんイベント参加者のみの表示ではないでしょうか。」
「そうですか。」
カウントダウンが5を切る。
「それじゃハル、いってくるです。」
「はいシズさん頑張ってください。」
カウントダウンが0になると同時に雫の体は別のフィールドに転移した。
「ようこそイベント参加のプレイヤーの皆さん。そしてイベントに参加していただきありがとうございます。さてご存じのとおり今回のイベントは、コイン争奪戦となっています。長く説明しても飽きてしまいますので一言だけ。存分に暴れまわってください。」
会場のボルテージはマックスになる。
「それではイベント用の戦闘フィールドに転移します。転移30秒後から5時間がイベント時間です。それではご健闘をお祈りします。」
その言葉と共にプレイヤー達は散り散りに転移されていった。
「なんか転移ばっかです。疲れたです。ね、わんこ。」
「わんわん」
雫達が話していると、近くには、大柄の剣士風の男が一緒に転移していた。男はわんこを見て、一時期噂になった少女だと考えた。そして武器も持っていないことから、記念参加の生産職と判断した。してしまった。わんこにしてもワーウルフと少し形が違うがそれでも最初のフィールドの雑魚モンスターにはやられないだろうと判断した。
「残念だったな嬢ちゃん、俺の近くに転移して来たのが運のつきだ。まあ序盤だしな、諦めな。これから頑張ればいいさ。」
「わんこ、もう鉄ちゃんを召喚した方がいいですかね。」
「わんわん」
雫は聞いていない。
「おいおい無視してんじゃねぇよ。嬢ちゃんあんまり舐めてると痛い目見てもらうことになるぞ」
雫はわんこと会話していて、彼など眼中にない。
彼の怒りがピークに達したそのとき。
「それではイベント開始です。」
開始を告げるアナウンスが流れる。それを聞いた男は雫に向かって駆け出す。彼が何かの攻撃スキルを発動しようとしたそのとき、突如男の目の前に黒い剣が多数現れた。
「なんだこれは。」
いきなりのことで呆然とする男を待たず黒い剣が男を串刺しにする。そのまま男は倒れていった。
「幸先いいですね。さあどんどんいくです。」
このイベントではトッププレイヤーを除く大部分のプレイヤー達はある陣形をとっていた。それは、十数人下手したら20・30人を越える集団を形成するということだった。コインは最後のダメージを与えたプレイヤーが総取りする仕組みなので、一人が倒されてもその集団のプレイヤーが倒した相手を倒せば集団内でのコインの合計はしだいに増えていくという作戦である。この作戦には穴があるのだが、個人では到底入賞を狙えないプレイヤー達が中心に行うこととなった。とはいえバラバラに転移していたので合流はなかなか困難であった。しかし集合できたプレイヤー達は着実にコインを増やしていく、普通のプレイヤーに十数人の相手は務まらないのである。
この集合できた集団、運に恵まれたプレイヤー達は安心しきっていた。このままプレイヤー達を狩っていけばいいだけだと。その瞬間までそう思っていた。普通でないプレイヤーと出会うまでは。
「あっプレイヤーがたくさんいるです。鉄ちゃん、わんこいくです。」
可愛らしい声を聞いたときはほっこりとしたプレイヤー達、しかし鉄ちゃんを見て唖然とする。
「えっドラゴン?」
狼を従える少女は一時期噂となっていた。しかしドラゴンを従える者は誰も知らないでいた。
集団に鉄ちゃんの攻撃が飛んでくる。何名かが鉄ちゃんの攻撃をもろに受けて倒される。それでもその集団のリーダーらしきものが冷静になる。
「落ち着けお前ら。まずあのドラゴンを狙え、魔法使いやれ。」
と魔法使い達の方を見るとそこには、地面から生えた黒い剣が魔法使い達に無数に突き刺さっているところであった。
さすがにこれを見て冷静さを保つことはできない。そんな中、
「ドラゴンじゃなくて竜ですよ鉄ちゃんは。」
少しずれた指摘をしながら、少女は残ったプレイヤー達に何か投げつけてきた。彼らが覚えていたのは、ここまでであった。
「やっぱりわんこが倒した人のコインは私に入らないです。もしかしてわんこが持ってるです?」
運営側のちょっとした遊び心なのだが雫には知るよしもない仕様について考えながら、雫は進む。
「なかなか調子がいいです。これなら入賞も夢じゃないかもです。」
このイベントで雫達は数々のプレイヤーに恐怖を与えていくことになる。




