朝霧けぶる森の中での決闘の旅(中篇)
「それじゃ、まずはくんれ……ううん、決闘のルールを説明するわね」
「あれ? 今、何か言い間違えて――」
「そうよ決闘! 決闘よ! 訓練っぽい模擬決闘のルールよ!」
深い森靄けぶる中、上擦った涼声とともに薄紅色に頬を染めながらキッと睨み返す。
全くもう! こういう時に限って瑛斗ったら、きっちりとツッコんでくる。
ハイエルフだって、いつでも易々と間違いを犯す訳じゃないんだからねっ!
もう無理が通れば道理が引っ込む精神で、意地でも何でも乗り切るしかない。
「とにかく! 幾つかの精霊の護符を付与するわよ!」
若木の如くしなやかに、手指の先からつま先まで全身を使った指揮する。
まずは精霊語魔法『ウインド・プロテクション』や『アクア・シールド』など、防御系魔法を多重する五大元素の複合召喚魔法である。
「おお、これは……」
「いつも通りだけど、凄いな」
瑛斗とドラッセルの全身に、様々なグラデーションな色模様に光り始めた。風や水の精霊が光を放つ霊的彩光・センスオーラだろうか。
どうやら他にも精霊の護符魔法を付加したようだが、豪快且つ大胆で無茶振りにもほどがある。もはや精霊界の独占状態である彼女ならではの高等魔法なのだろう。
「よし、試してみるか」
「お、おいっ!」
ドラッセルは驚いた。瑛斗が腰鞄からナイフを取り出して、力を込めて自らの腕を刺したからだ。しかし水面の波紋のような模様が開くとともに音叉のような心地よい共鳴が響いて、切っ先から身体どころか服までもが届かず。それ以上はやんわりとしつつ、びくともせず、傷一つ付かなかった。
「物理攻撃なら、問題なさそうだね」
「でしょ? だからあとは、まぁ……よろしく」
初っ端の宣誓に宣った『決闘のルール』とは、どこいった。
説明が面倒臭くなったハイエルフは、それ以上は無用だからと省略したかったようだ。
「なによ?」
「いや、別に……」
瑛斗にとってはもう慣れた。通常運転である。
だが乾いた目を見て感じ取ったか、何とはせんとしゃしゃり出る。
「もうっ! 決闘ってのはね、ガッと打って、バッと倒して、チャッとすればいいの!」
結局『決闘のルール』を説明はしたが、擬音語だらけで強引に収まった。
この惨状を垣間見て『アデリィ構文』とでも名づけようかなと思う、瑛斗である。
「分かったよ、アデリィ。承知した」
「死ぬことはないだろうけれど、怪我くらいは覚悟しなさいな」
情け容赦と慈悲深さが相まって、混沌さと懐古さを感じさせる。
魔王戦争以前から着々と受け継いだ昔ながらの殺伐とした決闘方法こそが、長久の生命と蓄積した知識を持つアーデライードならではの本質だと誰しもが言えやしないか。
「さて……と」
小さな勇者見習いを前に見て、ドラッセルは覚悟を決めた。
瑛斗は片手半剣、ドラッセルは銀の長槍。
異形であり異質なる片手半剣は幅広重厚、両手でも片手でも使え、瑛斗の背丈と同じくらいの高さがある。片やドラッセル得意な業物は、騎士学校の卒業にて武名上位で下賜され手に入れた、長年より馴染むほど丁寧に使い込まれた長槍である。
「いくぞ、エイト!」
「こい、ドラッセル」
双方ともに、喧嘩上等だとでも言わんばかりに、前を見据えて武器を構える。
瑛斗は真っ直ぐと前を見て、剣道でいう五正眼の構えである晴眼を定めた。それに対するドラッセルは、騎士といえやや我流であるが、槍術でいう天地の構えであった。
「それじゃ決闘を開始するわよ……位置について」
戦闘の型を決めて集中できたか、森の中がまるで静まり返るようだ。
「よーい……ドン!」
ハイエルフの甲高い声が響き渡る。相変わらず純昭和風な合図の掛け声である。
「ウルォアッッ!!」
気迫を籠った雄叫びとともに先陣を切ったのは、騎士団きっての特攻を得意とするドラッセルだ。朝霧けぶる森の中で、槍術の巧みな連続攻撃を繰り出した。
剣戟の重音は幾数合、槍撃をいなす瑛斗の金属音だけが響いては木霊する。
「チッ、距離感が掴めねぇ……ッ」
距離感はおろか空間認知、剣術の技量や威力もまちまちで要領を得ない。
身長は小さくとも長剣で幅広重厚を難なくこなす瑛斗の剣術は、膂力と重量さを旨とするドラッセルの槍術をものともせず。暖簾に腕押しのようで判別つかなかった。
同じくらいの剛力か、技量の持ち主か――いや、トリックスターか、はたまた剛は柔を制すか。ドラッセルから言わせてみれば、初っ端から蹴躓かれた気分である。
「掴みどころがまるでねぇな、エイト!」
「そりゃそうさ、そうは問屋が卸さない、ってね!」
「ムッ、これは……!」
序盤から軽くいなされ惑わされて焦ったか、ドラッセルに隙が生まれた。
上段から打ち下ろさせた槍を受け、剣身の切っ先を下へとスライドさせたのだ。
「もしや……これが『パリング』か!」
ドラッセルの銀の長槍を、瑛斗の片手半剣は円を描きながら攻撃を弾く。
武器を上手く受け流して損傷を減らす、戦士技能『パリング』である。
「いや、まだまだ!!」
続いて剣技を操るは、初級の戦士技能『インステップ』である。
これは敵の懐へ飛び込むとともに使用者の命中力を上げ、攻撃のチャンスを狙う。
戦士技能『パリング』から『インステップ』への合わせ技である。
「どッふゥ……ッ」
ドラッセルの肺腑から息が漏れ出し、息とともに小さな声で呻いた。
身長一九六センチ、少なくとも百キロ超であるドラッセルの巨漢が――少し浮いた。
胸元に開いた隙を狙った瑛斗は、長い剣柄を使って鳩尾へ突き込んだのだ。
「グッ……そうさせるかよッッ!!」
負傷はあれど頑健頑丈、してやられては敵わんと、帳尻を合わせてやろうとドラッセルは巧く肘を畳んで、長槍を水平斬りして瑛斗の横腹をなぎ倒そうとした。
犠牲を払ってでも切り返しを狙った戦士技能『カウンターアタック』である。だが反撃を試むも実らず。瑛斗の戦士技能の合わせ技は、それだけではなかったのだ。
「……フッッ!」
「なっ?! 何ぃっ!?」
行使した技能をスカされたドラッセルは、驚きと戸惑いを隠せなかった。
反応速度の素早い瑛斗は、戦士技能『バックステップ』で攻撃を避けたのだ。
それは自らの後方へと跳び下がり、間合い・距離を取って敵の攻撃を躱す。さらに対象の命中力を下げる。そのために切り返しの槍術を見抜いてすり抜けたのだ。
もちろん騎士学校にもあるような、訓練で覚えねばならない基礎中の基礎だった。だが三連続の戦士技能を用いるとは。予想を飛び越えて、騎士界隈では聞いたことがない。
風に揺れた髪を靡かせた瑛斗は、表情を変えずも成功に満ち満ちていた。
ドラッセルは憔悴を隠すように、胃液を零す口元を手の甲でグイっと拭った。
「恐れ入ったぜ……これほどまで連続に技能を多投するとはな」
「試してみたかったんだよ。この戦闘用の戦士技能を、ね」
この世界にある物理攻撃における『戦士技能』や『騎士技能』などと呼ばれる所以は、全て魔力と精気の影響が形為している――と、冒険者界隈でも噂されている。
この異世界では魔力や精気を用いて、体内に存在する生命力や精神力を引き換えに、自らの攻撃力と命中率などを引き上げる、もしくは引き下げる能力が存在すると言われている――いや、ではないか、と勝手ながら仮定に過ぎない。
それはアーデライードら六英雄や、他の英雄からなる有識者による憶測と弁明である。
「だがな、これ以上の技能行使の許容量は尽きてんだろ?」
「さぁ、どうだろうな……そう言うなら試してみろよ」
「ケッ、抜かせ! まだ勇者見習いのチビスケが!」
そう虚勢を張ったドラッセルが悪態をつく。双方が再び武器を構えて態勢を立て直すと、片手半剣と長槍をぶつかり合いながら、重厚な剣戟音を交わし合う。
だがそれからというもののドラッセルは、戦闘の主導権を惑わされて混迷を極めていた。初戦からいなされて見たことのない技能を目の当たりにされては、手の施しようがなかったからだ。
力自慢の偉丈夫であり、持ち味である体力が削られていく一方であった。
「……ん」
「あ、審判さん。レイシャが起きちゃいました」
ちょっぴり残念そうなソフィアが、早速に審判に報告をする。
腕組みをするこの審判とは、言わずもがなのハイエルフ・アーデライードである。
「あら、おはよう。起きたわね、このネボスケ」
「……エートは?」
目をこすりながらも、レイシャは周囲をキョロキョロと見渡した。
ふぅん。急に起きたばかりなのに。瑛斗にかなりご執心とは。
十歳なのに……まぁ十歳だからファザコンよね、ええ、きっと。
とはいえ、待ちに待った瑛斗への、折角の朝の挨拶が台無しだ。
朝も早よから気分が落ち着かなくなる、二人のエルフである。
「エート……」
瑛斗を目にすると、レイシャがブツクサと呟き始めた。
「ん……なによ?」
「えんちゃんと・うえぽん、あんど、ぷろてく……」
「あっ、莫迦っ! マジック・キャンセル!」
精霊語魔法『マジック・キャンセル』を放つ。
風の精霊を使役して空気を遮断し、魔法詠唱を阻害させる対魔法使い用の技である。
「む、なんでじゃまする?」
「アンタねぇ……こういう一対一の決闘は、双方手を出さないお約束で――」
「いんくりーず・うぇいと」
「コントロール・エア!」
対象の重量を重くさせて動きを鈍くする古代語魔法『インクリーズ・ウェイト』で、ドラッセルの行動を阻害するレイシャに対して、自由自在に空気の流れをコントロールできる精霊語魔法『コントロール・エア』を唱えたアーデライードが間一髪、レイシャの身体を揺さぶらせて的中率を低下させ失敗させた。
「この! あーでら、じゃますんな!」
「アンタこそでしょ、このだーすけ!」
だーすけとは、ダークエルフのちびすけを捩った勝手気ままな略称である。
「えんちゃんと・うぃーくね……」
「もう止めなさい、サイレント・ヴォイス!」
「でぃすぺる・まじっく」
対象に筋力や俊敏など身体能力を下げる古代語魔法『エンチャント・ウィークネス』に対抗するは、風の精霊を使役して周辺を静寂に沈黙化させる精霊語魔法『サイレント・ヴォイス』――なのだが、レイシャはアーデライードの挙動を察知して欺かせるために、持続性魔法を解除する『ディスペル・マジック』によって初手の魔法は無駄に封じられた。
「…………………………」
いつもなら自信に満ち満ちたアーデライードが「ぐぬぬ」とした顔で睨む。
いつもなら無表情なレイシャが珍しく「ニヤリ」と陰謀のような顔で嘲る。
「もうアッタマきたわ!」
「レイシャも、おんなじ!」
ついに業を煮やしたアーデライードが、すぐさまレイシャに反撃を開始する。
「木に吊るされなさいな、アイビー・バインド!」
「だんここうぎする、ふれいむ・すろわー!」
「あっ、やったわね! こンの、ちびすけ!」
まず『アイビー・バインド』とは、木の精霊を使役して蔦で束縛する精霊語魔法。
片や『フレイム・スロワー』とは、杖の先より炎を噴射させ、草木などを簡易的に焼き切る程度の古代語魔法である。
「デストラクション!」
「でぃすがいず!」
これに至っては魔法の説明に追いつけず、収拾がつかなくなってきた。
瑛斗とドラッセルとの、熾烈を極める訓練――いや、決闘や審判はどこへやら。いつの間にか物理攻撃ならぬ、魔法攻撃の決闘へとシフトを始めたのだ。
もはや、ハイエルフvs.ダークエルフとの場外乱闘に似た様相を呈するのであった。




