静かな渓谷に佇む隠れ里の旅(後篇)
刺客来襲――まだ陽が明けぬ、鬱蒼と茂る森深き渓谷の中。
敵の牽制と思われる攻撃をかわしたドラッセルは、念には念を入れて間を取ると、携えた自慢の長槍を構え、即座に攻撃の型に持ち返して叫ぶ。
「おい、いるんだろう! 出てこい、この野郎!」
朝霧煙る静謐な森は、朗々と声を張れど木霊すら応じず。
何者かの殺気や息遣いは微塵もない。だが余りにも気配を感じない静けさで、鳥や獣すら寄せ付けぬ不気味な森と予兆させる。霧が晴れず、正体どころか影も形も見えない。
「さぁて、どう駒を進めるか……だ」
そう呟いたドラッセルは、上唇を舌でぺろりと舐めた。
荒削りで好戦的な塊である彼の、戦いに集中する時の癖である。
まだ推測の域だが、エルヴィーラをかどわかした犯人を見つけ出すため。満を持するために思案に思案を重ねていたが、遂に刺客が現れたとなれば、なお好都合だ。機先を制すれば、先の駒へと進めるだろう。
だが――その前に、だ。ドラッセルにはやるべきことがある。
「もうっ! 私を降ろしなさい、降ろしなさーい!!」
「あっ! お、おう、スマン……」
ファイヤーマンズキャリーの状況で肩に乗せられたままのソフィアである。
慌てたドラッセルが、自らの両肩からソフィアを地へと降ろす。
「どうして気づかないのよ、唐変木!」
「う、何も言えねぇ……」
戦闘中で敵前となれば、猪武者と化して馬鹿力任せのドラッセルである。
通常勤務中は全身板金鎧を着込んでいるが、二人とも今は軽装である。戦闘に没頭しすぎて、身軽なソフィアのことをすっかりと忘れていた。
「全くもう……あと相手は絶対に殺さないで。まだ容疑者なんだから!」
「お、おう、そりゃ分からいでか!」
気を取り直せんと、自らの腕を撫して啖呵を切った。
さりとてまだ予断はできない。敵の攻撃はどこか、再び戦闘に集中する。
「……どこだ?」
静まり返った森の中で、風の触感だけがそよそよと肌を撫でる。
敵側目線の推測と察するに、直接的な攻撃ではなさそうだ。
目的は恐らく、索敵か威嚇か、様子見か。はたまた――
「!! 来たぞ!」
突如現れた何もないところから白い煙幕が湧き立つは、古代語魔法『スリープクラウド』だ。
この眠りの雲は、朝霧にぴたりとまぎれたか。地形や天候、早朝時間との兼ね合いを判断するとは、まさに魔法使いとして知能に優れており、狡猾であり大胆不敵といえる。
最初の戦闘開始から魔法行使先制をとった『エネルギーボルト』と同じように、今度は眠りを誘うための――恐らくは、足止めだろうか。
「オレら騎士ってのはな、魔法抵抗には煩いンだぜ……!」
眠りの雲を見抜くや否や、ドラッセルは自慢の長槍で切り裂いた。
名うての剛腕と見切り判定によって、眠りを誘う白煙は見事に消え去った。魔法抵抗による防御成功である。
騎士職では個人差や所説にも依るが、魔法抵抗にはそれなりの効果はある。騎士学校の授業中に何度も何度も嫌になるほどやらされた、初級魔法に対する対処方法だ。
「…………」
片や敵の魔術師は、黙して語らず。だが集中力と共に、魔法詠唱は必要不可欠だ。
恐らく敵側の再詠唱時間に入ったのだろう。物を言わぬ魔術師は好戦的なようで、木から木へとすぐさま移動した。
「う、静かで……そして速いわ!」
驚くほどに身軽で俊敏だと、ソフィアの目が丸くする。
どうやらかなり軽量で小柄、すばしっこい人物のようだ。
「チッ、ちょこまかと……これは単独犯か?」
ドラッセルとソフィアとの連携と直感で、敵の単独行動と見込んでいた。
何故なら単独行動の場合、呪文詠唱した術者にとって次へと移動しなければ、射程範囲の位置がバレやすいからだ。複数行動ならば、とっては返す波のように連続攻撃で畳みかければよいが、単独行動だと呪文詠唱を切らさなければなるまい。
だが弱点はある。詠唱時間に隙が生まれ、敵を狙えるその時を。
「見えた! 二時の方向、そこの木立、下二段の枝の上!!」
声を上げたソフィアは、樹木の枝へと指差した。
ソフィアの視覚能力は、弓の狙撃手として鷹の目のように非常に優れている。魔術師と思われる敵の不意打ちした行動パターンを踏まえ、魔法範囲と詠唱時間を察知して一瞬で見抜いたのだ。
「そこだな!」
阿吽の呼吸を感じたドラッセルは、握り拳大程にある石をむんずと左手で掴むと、木の上の藪の中を見切ったように投げつけた。しかもアンダースローである。
見事、命中か。中型犬くらいの獣のようなモノが、ドサッと藪の音を立てて地面へと落ちた。すぐに犯人確保せんと、二人は何者かが落ちた場所へと急いで駆け寄る。
「あなた、石を左手で投げたの?!」
「ああ、両手で使えるんだ。オレは元々漁師の出でな、投擲には慣れてる」
漁師の中でも素潜りが得意で、銛の使い方は幼少の頃から誰よりも長けていた。
その応用編か、即興で力任せに編み出したドラッセルの妙技だ。
「さぁて、誰だ犯人……おわあぁぁぁぁああぁぁーッッ!!」
「えっ、なになにってきゃああぁぁぁぁああぁぁーッッ!!」
ドラッセルとソフィアは、二人とも顔面蒼白なほどに大きく声を出した。
仰向けに倒れていたのは、ダークエルフの少女――レイシャだ。
レイシャの額の右側に出血し、大きなこぶができていて気絶していた。
「し、止血! レイシャちゃんに、まずは止血を!」
「か、簡易救急箱があるにはあるが……治療薬液は!?」
「そんなのないわよ! いいからそれ、貸して!!」
ドラッセルは慌てながら、腰バッグにある簡易救急箱を差し出した。
塗り薬をたっぷりと塗り付けると、すぐさま包帯を出して額を巻かせる。
「よくよく考えれば、見立てが甘かった……!」
ソフィアがついさっきを思い返すに、つくづくと反省が募る。
レイシャは――純真で公正に優れ、子供ながらにして有能である。
魔法攻撃『エネルギーボルト』は、足元であって直接攻撃はしていない。
恐らく『スリープクラウド』だってそうだ……あくまでも足止めなのだろう。
まずは勢いに任せず冷静にして、一時的にでも撤退して仕切り直すべきなのだ。
「なんてこった……」
その横で無駄にした大男がこじんまりと佇んで、眉間に縦皺を寄せて頭を抱えている。
あくまでもレイシャは悪くなかった。元から無口で、狡猾よりも才智を持つ小さな魔術師。自分が意固地に凝り固まって勝手に解釈した結果、完全に判断を誤ったのだ。
怒りを抑えて冷静になれば――今回の後の祭りは、ドラッセルであった。
「やーっちゃった、やっちゃった♪」
森の奥から現れた鼻歌まじりの人影。一際目立つ甲高い声。
まだ朝霧けぶる中、華奢で小柄な輪郭となれば――
「いーけないんだー、いけないんだーっ♪」
颯爽と現れた森の麗人・アーデライードその人であった。
「あーらら……エーイトーに、言ってやろっ♪」
「アデルさん……」
ソフィアは動揺し、どうすればいいのか判断がつかなかった。
もう混乱していたし、ソフィアの膝枕で眠るレイシャでは身動きできず。レイシャの助けを求めたかったが、後悔の念がこんがらかっていて、これ以上の言葉が紡げない。
「あらやだ。そんな泣きそうな顔なんてしないでよ、もう」
鷹揚に構えるハイエルフは、まるで気にも留めず。
横目でレイシャを眺めると、鼻息の音だけ「ふん」と吐く。
「ま、大丈夫でしょ」
腕組みして突っ立ったまま、さも気に掛けることなくそう言った。
憔悴しきった騎士たちは、ただただ気が抜けた。きっと『聖なる森の大賢者』たるアーデライードのことだからもう問題はない、と信じて受け取ったのだろう。
「う……」
「あっ、レイシャちゃん!」
予想通り、すぐにレイシャの意識が戻ったようだ。
「レイシャちゃん、大丈夫!?」
「ん……だいじょび、なび」
選択を迫られて答えようにももどかしく、言葉に詰まるは加害者側である。
レイシャの言う「だいじょび、なび」とは、なんぞや。大丈夫か、大丈夫じゃないのか。どちらだったのだろうか。もしや脳震盪だろうか。よくよく見ると目が回った様子で気が気じゃない。
「……いく」
「ああ、待ってレイシャちゃん。ねぇ、動かないで……!」
起きて立ち上がろうとするレイシャを、ソフィアは優しく抱きしめる。
それは華奢な少女が動けば動く程、出血を止められなくなる可能性があるからだ。
「いいから寝てなさいな、ちびすけ」
指先をくるくると回すアーデライードは、精霊語魔法「ヒーリング」を掛けた。魔法の効果は絶大か。額の傷が見る間に治癒し始めた。
それと同時に、ゆらゆらと舟を漕ぐように首を垂れるレイシャは、こてんと眠りについた。おまけのついでに夢の精霊『サンドマン』を使役して、眠りの魔法をコッソリと付けておいたから。
「さて、と。レイシャはエイトの約束を忠実に守ったみたいよ?」
「む、それは……もしかして、エイトが来る予定だったのか?」
「そう。さぞかしエイトと会えず仕舞いで、残念だったでしょうけど!」
レイシャはエイトとの約束に関しては、しっかりと寸分違わず守るけれど、アーデライードの忠告に関しては、まるで言うことを聞きやしない。それみたことかと言いたい。
もしもレイシャが目覚めた後に瑛斗の登場が終われば、さぞや待ち望んだ再会が見られなくて残念無念、きっと悔しかろう。ざまぁみろ。とまでは、云わんこっちゃないが。
「……レイシャちゃんは、どうして私たちが分かったのでしょうか」
「予見して古代語魔法『アラート』でも掛けたんでしょ、多分」
警戒魔法を使って、侵入者が範囲内に入り込みことを予期していたのだろうか。
或いは、朝よりも早くから待機していたのだろう――きっと瑛斗を待ちながら。
「ま、いいんじゃないかしら。『てれび』を見逃した子供みたいなものだし」
「……てれび?」
ドラッセルとソフィアが同じ動作で首を傾げた。
そう――ゴトーがよくボヤいていたっけ。異世界から実家へと帰宅するも、よりにもよって何者かに邪魔をされ時は「テレビを見逃したプロ野球の生中継のようだ」と。
ま、ゴトーの独り言でたまに耳についただけで、実際に見たことはないけれど?
だからこそ老婆心ながら、レイシャが待ち望んだであろう昭和の流行語『巨人・大鵬・卵焼き』みたいなもんだと思って、夢の中でゆっくりがっつりと眠りにつくがよい――などと、なんだかんだでほくそ笑んでしまう。もちのろんよ。冗談はよしこちゃんだけど。
「さてと、話は置いといて。エイトの約束は前からそう云いつけていたのよ」
瑛斗が来る前に、この里へ何者かが現れないように。
また、見つけたらアーデライードと綿密に連絡を取るように、と。
「エイトと連絡を取っていたのか?」
「それはそうよ。エイトと手紙のやりとりでちゃんと取り合っていたし。そのために今日は朝食の準備だって滞りなく、お出迎えの待ち合わせだって取り入れたしね!」
ちなみに、里の宿を貸し切ったサクラたちは朝食の準備中である。
「いや、それはこれとで別の話で……」
「だとしても、何処に行ったと思いきや、こんなところに来たなんて、ね」
突然話を戻したアーデライードは、ソフィアの膝枕に眠るレイシャをじっと見る。
この娘って、まるで猫よね。
気まぐれな野生の猫だわ――と、しかめるような不満顔で呟く。
「でもま、連絡を無視して私も出し抜いて、一方的に攻撃を仕掛けたわけで」
責任を押しつける様に「だからレイシャが悪いんだけど」と嫌味を言う。
そこでようやくソフィアも気が楽になったか、ドラッセルに小言を言いたくなる。
「ねぇ、だからやめなさいって言ったでしょ?」
「う、うるせぇよ。やるべきことはやると、筋を曲げないのが男だ」
「はーっ、呆れた!」
ソフィアは手でおでこを抑えつつ、眉間に皺を寄せる。
「暫くの間は、現地調査のために村の外に逗留するって言ったわよね、私」
「もちろん万が一のため、オレの後輩を密偵……じゃなくて、警護させてる!」
「それよ」
すぐさまアーデライードが遮った。
「それはのちの『一つの手掛かり』になるかもよ?」
「……キーワード?」
ドラッセルとソフィアの声がつい被ってしまった。
どうしても理由と根拠が分からず「ううむ」とドラッセルの喉が唸る。
「ま、後で分かるわ、きっと」
台無しになった気分でそう言うと、アーデライードは深い溜息を吐く。
「……おや?」
そこで気付いた高位精霊使いは、嬉しそうな顔も出す。
簡易的な古代語魔法『アラート』よりも、更に気品に溢るる優雅で華麗な精霊語魔法を用いたから。野良猫・レイシャを出し抜いたかのように。
「はーん、それでか……分かったわ」
「?」
「でもね、エイトだったら黙っちゃいない」
「えっ……?」
「ホラ、ここに来るわよ」
準備万端なアーデライードは、全てがまるっとお見通しなのだ。
鬱蒼とした森が演出したかのように、深き霧が徐々に二つ割れ始める。
まるで人跡未踏に眠る大地が、流浪の旅人を待ち侘びたかのように。
真っ直ぐな姿勢で引き締まった体幹を持つ、小柄な少年の姿。
その背中には、背丈ほどある武骨な片手半剣。
前へと胸を張るのは、簡易な革の胸当て鎧。
ここにいる全てが知らぬ者はいない、小さな見習い勇者――
「久しぶりだね……二週間振りだけど」
正体は、誰しもが言わずもがなである。
珍しく散髪したか、さっぱりと散切り頭の瑛斗であった。
「おかえりなさい、エイト」
「ただいま、アデリィ」
二人の会話は、いつもの挨拶から始まる。
そして家族の間みたいな雰囲気。もちろん気心が知れるも相変わらず。
「で?」
「昨日の午後にリッシェル邸から出発してね。近くの野原で野営をしたんだ」
ドルガン率いる飛竜旅団一行は、人目につかない上で離着陸可能な野原を見つけた。
そこで人里を外れたテントを張って、ドワーフらと語らいながら一夜を過ごしたのだった。
「でも急に魔法の警報があったんでね、急いで駆け寄って来た」
「…………」
「話を聞こうか、二人とも」
周知の通り、騎士二人とも黙ったまま。足元をじっと見ていた。
ソフィアはついに決したか、言葉に詰まりながら口を開いた。
「あの、ね。わざとじゃないの……偶然っていうか、その……」
嘘を付けないソフィアは、誤魔化してしまって狼狽える。
だが彼女の太腿の上に乗せているのは、事実は倒れたままのレイシャである。
「一応、連絡を受け取ったんだけど、間に合わなかったみたいだね」
「う……スマン。こんなことになるなんて、な」
こめかみを押さえていたドラッセルは、面目なさそうに頭を下げた。
「いいさ。構わないよ」
冷静沈着な面持ちの瑛斗は、さらりと今回の件を水に流す。
何かを思ったようだ。だが、片や――
「ハーッ、これだから独活の大木って言うのよ、デカブツ!」
高飛車な態度をとったアーデライードが唐突にクレームをつけた。
瑛斗の前になると、俄然とテンション爆上げで途端に豹変する。それは久々の赤面を隠すため。瑛斗の顔を背けたかったから。こういう時だけぐらかして、辛辣の垂れ流しに値するは、ツンデレのハイエルフに他はなし。
「う……面目ない……」
「あなたって、まるでブレーキが利かないダンプカーのようじゃない!」
こういう時に限って、いちいちと茶々を入れたがる。
だが瑛斗はそういう時こそ、きっちりとツッコミを入れたがる。
「でもアデリィは、ダンプカーなんて見たことないでしょ?」
「うっ……た、例えよ、例え!」
つい口を滑らせたか、焦ったハイエルフの長耳が垂れてますます真っ赤になった。狼狽えつつも「この世界に紛れ込んできた、ってこと!」と、まごまごと茶を濁す。
確かに――この世界にダンプカーなどという重機は存在しない。恐らくダンプカーという単語を知っていたのは、爺ちゃんの口癖を聞き齧っただけなのだろう。
「それよりも……怪我は問題なさそうだ。レイシャ、君はお休みだね」
そう言って俯いた瑛斗は、レイシャの頬を優しく撫でた。
撫でられたレイシャは、まるで夢の中でも見ていたのだろうか。
無表情だが、くすぐったような微笑みを垣間見えた――そんな気がした。
「あによぅ……ふんだ!」
それを見た途端、アーデライードにとってはもちろん気に食わない。
さっきまでは、気まぐれな野生の猫だわ――と、そう思っていたけれど。
まるでレイシャは瑛斗の保護猫みたいじゃない! と、膨れっ面である。
「まずは、そうだな……」
瑛斗は、レイシャの傍から立ち上がる。
真っ直ぐと、ドラッセルに面と向ってこう言った。
「お互いに決闘しようか、ドラッセル」
主人公・瑛斗がついに登場であります。
いや二週間振りどころか、約六年半振りです。
お待たせしまして、申し訳ありません…… <(_ _)>




