消えた策士の足跡を辿る旅(前篇)
飛竜の背に跨って、空の旅を続けること小一時間。
ここは公国府・ヴェルヴェドの近郊。歴史ある古城を左手前方に眺めつつ、近郊の南北を結ぶ街道沿いを南下すると、馬車の傍らで手を振る大柄な騎士の姿が見えた。
「うおーい、ここだぁ! みんな揃ってるぞーっ!」
この豪快な大声の主は、確認せずともよく知っている。ドラッセルである。
するとその声に反応したのか、馬車の荷台から小さな影が二つ。ぴょこんと顔を覗かせたのは、人狼のメイド少女。ライカとカルラだ。
続いて森の木陰から現れたのは、ソフィアとサクラ。六月の強くなってきた日差しを避けて、森の木陰にて談笑でもしていたのだろう。
これにて予定通り捜索メンバーの全員が、失踪事件の現場へ合流したことになった。
「うひょおぉーっ! やっぱり飛竜はでっけぇなぁ!」
目を輝かせたドラッセルが、瑛斗らを出迎えながら両手を広げた。やはりドラッセルも瑛斗と同じく男の子だ。冒険譚に付き物である憧れのドラゴンが大好きなのだろう。
後に続いてソフィアとサクラが顔を出すと、両手で日差しを遮りながら見上げた。
「ひゃあ……多少は見慣れてきたけど、まだ慣れないわね」
「ふへぇ、あたしたちは、初めて間近で見たさね!」
烈風を立てながら飛来した二頭の飛竜を間近にしたせいか、おっかなびっくりにそんな感想を漏らす。ライカとカルラに至っては、近づこうともしない。きっと怖いのだろう。
瑛斗が飛竜から飛び降りると、早速ドラッセルが駆け寄ってきた。
「わざわざオレたちのためにすまねぇな、エイト」
「乗り掛かった舟だ、構うもんか」
「おう、そう言って貰えるとありがてぇぜ、親友!」
瑛斗はドラッセルと六日振りの再会に、ガッチリと握手を交わす。
今回の捜索メンバーの中、四人の騎士のうちで参加するのは、ドラッセルとソフィアのみ。アードナーとエアハルトは、新騎士団設立に多忙を極めるため不参加となる。
最も熱心に捜索を希望していたアードナーは、今や新設の騎士団長となった。イリス姫を護るという使命に目覚めた彼にとって、この決断は断腸の思いであったはずだ。
「すまねぇ……頼む」
そう言って、ドラッセルたちに託していたアードナーの表情が忘れられない。彼の深い信念に感じ入ったからこそ、瑛斗は自ら進んで捜索の旅を引き受けたのだ。
「それじゃあ、ワシらはアレじゃ、ナントカの下見へ行ってくるぞ」
「エアラインです、族長」
「おう、それじゃ。まったく共通語の横文字は、難しいわい!」
相変わらず横文字が苦手なドルガンを、実直なボルバルがフォローする。
「ここまでの送り迎え、ありがとうございました」
「おう、任せておけぃ! また明日迎えに来るからのぉ!」
礼を述べる瑛斗にドルガンはそう言い残すと、手綱を返し竜首をめぐらす。そして二頭の飛竜は、爆風と共にオーディス山へ向け飛び去って行った。
「さってと、ちゃっちゃと始めるわよぉ~」
エルフたちはドルガンたちを見届ける間もなく、さっさと自分らの作業に取り掛かっていた。アーデライードに至っては、鼻歌交じりでスキップ踏んで呑気なものである。
どうやら友情よりも感傷よりも先に、事件現場の状態が気になるようだ。その反面、レイシャは無表情で現場へ走り寄ると、生真面目な様子で調査に取り掛かる。
勝手気ままに好奇心を解消しようとするハイエルフと、着々と実務を黙々とこなすことに執着するダークエルフ。双方如何にも彼女たちらしい行動だった。
「騎士団も、もっと早く身動きが取れりゃ良かったんだが……」
そこへ慌てて駆け寄った騎士たちが、心配そうにエルフたちへ声を掛ける。
「もうかれこれ、二ヶ月以上も前の出来事なの」
「しかもオレたちが駆け付けた時には、あらかた片付けられた後だった」
そんな騎士たちの証言を、アーデライードは聞いているのかいないのか。
二人の話にふんふんと相槌は打っているものの、何処か上の空の様子で、街道から遠く外れた森の奥深くへと目線を投げ込んでいる。
「ここから街道を、北へ南へと歩き回って探してみたが……」
「エルヴィーラの手掛かりは、何一つ見つけられなかったの」
落胆の色を隠せないソフィアを余所に、突然「はいはーい!」と能天気に明るい声が割って入る。やや斜め下の方から飛んできた声の持ち主は、幼いふたりの少女のものだ。
「だいじょーぶよ! 私たちに任せて!」
「はい……私たち、お鼻が良く利きますので、です」
自信満々に胸を張るカルラと、内向的で恥ずかしがり屋なライカである。
その様子を見たアーデライードは、腰に手を当て、堂々たる態度で宣言する。
「よーし、それでは現場検証並びに、人狼による捜索活動を開始します!」
「人狼による……捜索活動?」
それもそのはず。ライカとカルラは人狼。人であって、狼である。
よって捜索活動は、警察犬よりも意思の疎通が図れる、もってこいの人材だ。
「そう! この子たちを使って、エルヴィーラの足取りを追跡するのよ!」
これは瑛斗の世界でも古くから行われている、犬の優れた嗅覚を生かして、犯人の追跡や行方不明者の発見を行う、警察による捜索活動の方法の一つだ。
この方法は、一八九六年に独逸のヒルデスハイム市警察で始めて採用され、日本では一九一二年に警視庁が英国から二頭の警察犬を購入したことが始まりである。
「お、おい……エイト、そんなこと可能なのか?」
「できると思うよ。彼女たちならね」
ここで瑛斗は、彼是ひと月近く前の『とある会話』をふと思い出していた。
あれは、テトラトルテを目指して馬で遠乗りをした日――人狼たちと森の中で、久しぶりの再開を果たした時のことだ。
遠くから匂いで瑛斗らをいち早く発見し、走り寄ったライカはこう言っていた。
『はい、人狼は鼻がよく利きますから!』
そう元気良く語り、カルラが得意げに鼻をひくひくと動かしていたっけ。それを聞いたアーデライードは、秀麗な柳眉を動かして、確かに何か気付いたような表情をした。
『あんたたちさ、それって随分前の匂いなんかも見つけられるわけ?』
『えっ? うーん、特別なニオイなら、たぶん大丈夫だわ!』
『特別な匂いって、どんな匂いなの?』
『ええと、森の中にはないニオイとか……かな?』
そんな二人の様子を見るや、彼女は形のいい顎を摘んで思案顔をしていた。何か思うところがあるのか「ふむ」と唸ると、それっきり考え込んでいたっけ。
そう訊ねたのはきっと、今日のことを思いついたからに違いなかった。人狼の特殊能力を以てして様々な匂いを嗅ぎ分け、捜索や追跡に利用できるであろうことを。
「さ、それじゃ早速始めましょうか!」
アーデライードがそう宣言すると、ソフィアの横っちょを肘で突っついた。
そこではたと気付いたソフィアが、紙に包んで持参したハンカチを鞄から取り出す。すると手っ取り早いか、ライカとカルラが嗅ぎ始めた。これはあらかじめエレオノーラから借り受けた、エルヴィーラの所持していた日用品だ。
ライカとカルラは二人して鼻を寄せ、暫くふんふんと匂いを嗅ぎ取ると顔を上げた。
「うん、だいじょーぶ。個人の匂いは覚えました」
「それと特徴的な香りがあるわ……これって香水かしら?」
「香水だと思う……ですけど、素敵な香りですー」
ライカとカルラは嗅ぎ慣れぬ香水に、ほわほわとした表情を浮かべる。幼くとも彼女たちとて女の子である。香水に憧れがあるのかも知れない。
「ふーん……なんとなーく分かったわ!」
「そうですね、この周辺を探してみてみるです」
ライカとカルラは、何故か街道とは反対方向の森の方へと慎重に歩き出した。
しかし、どのようにすべきか落ち着かないドラッセルとソフィアは気が気じゃない。
「さぁて、次は現場検証なんだけれど――」
「あーでれ……」
今までずっと調査に没頭していたレイシャが、つんつんとアーデライードの裾を引く。
「ここにオドのあと、あった」
「ふぅん……レイシャも見つけたのね」
赤い瞳を光らせたレイシャが、小さな頭をこくりと頷かせた。ここに何らかの魔力が使用された痕跡を、感知したのであろう。
「そことここ……あと、あそこにいっぱい。それと木のうえ」
「ええ、噂好きの精霊たちも囁いてるわね」
「このオドのかたち……はんにんは、だーくえるふ」
そう伝えたレイシャの瞳が、すぅっと細くなる。
彼女は敵対するダークエルフに対し、微塵の容赦も掛けはしない。それはひとえに、瑛斗の信頼を絶対に損なわないという、その一心である。
「おーい、みんなー!」
丁度その時、森の奥へ三十歩ほど入ったところで、サクラが呼ぶ。
「ここに足跡が残ってるさね」
獣のように地を這う、サクラの低い姿勢。気配を感じさせることなく森へ分け入っていたサクラが指し示すその場所を探ると、それは確かに足跡のようだ。
この地域の六月は、梅雨の日本とは異なり雨が少なく、晴れやかな日々が多い。やや湿り気の多い森の中の土壌には、見る者がみれば人の足跡に気付くことができる。
どうやらサクラの見立てでは、男性の靴跡、つまり敵の痕跡だと見て取れた。
「ここを見てくれ、アデリィ!」
続けて瑛斗が、アーデライードを呼ぶ。
指し示すそこには、木の幹についていた小さな傷跡を見つけたのだ。
「これは……鏃の痕ね」
形の良い顎を摘んで、ハイエルフが呟いた。
「証拠になる矢は引き抜いたけど、ここに鏃の痕跡が残ったんだ」
「襲撃は夜だったし標的を追いながらでは、そこまで気にしてられないものね」
「そして幹には、こすり付けた様な血糊がうっすらと残っている」
瑛斗が指し示した木の幹を、アーデライードは顎を摘まんでまじまじと見つめる。
「けどこれは……エルヴィーラのものではなさそうねぇ」
そう言うと、ポーチからペンとメモを取り出した。
「じゃ、ちょっとまとめてみますか」
手早く、そして手慣れた様子で周囲の状況をまとめ始めた。マッピングである。
アーデライードは六英雄の中で、地図製作者を担当していただけあって、精緻さと素早さにかけては、このメンバーの中で右に出る者など居はしまい。
そうして出来上がった地図を、その場にいる全員で覗き込む。
「まずエルヴィーラは街道を北上中、何者かに襲われた」
「あそことここに、まりょくのあと」
「恐らく弓矢の命中精度を上げる魔法と、人物鑑定をする魔法じゃないかしら」
レイシャの指摘を、アーデライードが補足する。
小さな魔術師が指し示した先は、街道脇の藪や木の上。森の奥である。
「多分、この場所で待ち伏せされていたんだね」
「そして馭者は弓矢で射殺され、馬車はここで横転する」
街道に今も残る馬車横転の痕跡。散らばった客車の木片が、今も残る。
「絶命した馭者を確認後、エルヴィーラは森の奥へと走った」
「何故、こんな道なき道の森の奥なんかへ……?」
「複数の敵を相手に回して一本道の街道を逃げるなんて、正気の沙汰じゃないわ」
「それはそうだ。街道では視界が広く標的に狙われやすい」
「ねっ? じゃあ、実況見分してみましょうか」
そうしてそれぞれが見つけた痕跡の現場に、それぞれが立ってみる。
足跡の場所にはサクラ、木の上にいたと目させる敵の近くには瑛斗。エルヴィーラの役をアーデライードが買って出て、その後ろをレイシャがトコトコと執拗に追いかける。
「弓矢による攻撃を受けたエルヴィーラは、ここで立ち止まり……」
鏃の残る木の幹の側で、アーデライードが細い腕を翳してポーズをとる。
弓矢を射かける敵に対して、反撃を試みたエルヴィーラが目に浮かぶようだ。
「そして、ここに手をおいて、こう……」
血糊の付いた木の幹の――下に手を掛けたまま、レイシャが振り向く。
「ふりむきざま、まじっくみさいる」
「あっ、私の役目だったでしょ、このちびすけだーえる!」
エルヴィーラの手には馭者の死を確認した際に付いた血糊。その血痕が木の幹に残されていたのだろう。ともあれ二人のエルフの身長差があったとはいえ、幻影となったエルヴィーラとシンクロしていたようだ。まるでアーデライードと同じ姿を重ねたように。
その様子を険しい表情で見守っていた、ドラッセルとソフィアが叫ぶ。
「ああ、そうだ! そのままだ……!」
「それにエルヴィーラは古代語魔法が得意だった!」
驚いた表情を崩さぬまま、二人は感情露わに叫んでいた。
「同期の中じゃ名うての魔法騎士候補だったんだ、彼女は!」
そこでドラッセルは拳を震わせ、ソフィアは口元を手で押さえる。
その瞳にはそれぞれ、燃えるような炎と白露のような涙が浮かんでいた。
「何らかの故あって、騎士から内政院の宮廷秘書官へと転身した……!」
「内外どちらとも、エルヴィーラは戦っていたんだ!」
「真実を見極めるために……オレたちに何かを伝えるために!!」
その時、更に森の奥から人狼の少女たちが高らかに声を上げた。
「見つけました! 間違いないです、です!」
「走り去った方向はあっちよ、ご主人!」
道なき道の、森の奥の更に奥。
人狼の少女たちは、オーディス火山の方角を指さしていた。
「お、おい! テトラトルテとは反対の方角になるぜ?」
予想とは異なる森の奥へ進む人狼たちに、焦った様子のドラッセルが声を掛ける。
「これでいいのよ」
「なっ、なんでだ?」
「まず彼女は、真っ直ぐに目的地へ向かわなかったでしょうね」
「そりゃまたどうして……」
「自分の目的地を知らせるような真似なんて、したくないでしょ」
さも当然という顔でアーデライードは答える。
「私だったら追っ手を欺くため、尾行を振り切るまで逆方向へ向かうわ」
「なんと……」
絶句するドラッセルに、アーデライードが畳みかけるように言った。
「きっと彼女も……私と同じで、冷静で豪胆な性格のようね」
ドラッセルとソフィアは、顔を見合わせると静かに頷き合った。
そして驚愕の表情を隠せぬまま、やっとの思いで声を絞り出す。
「そう……だわ。彼女だったら……エルヴィーラだったら、きっとそう」
「な、なんでこんなにいとも簡単に、あれこれ分かっちまうんだ!」
「私たちなんて数ヵ月頑張っても、全然辿り着かなかったのに……!」
驚愕し狼狽する騎士たちを余所に、アーデライードは堂々と言ってのける。
「総合的に判断して、必要な人材を確保できたおかげよ」
半年の修行で、狩人技能を身に着けた瑛斗。
ハイエルフであり精霊使いのアーデライード。
同じくダークエルフであり魔法使いのレイシャ。
盗賊であり偵察技能を身に着けたサクラ。
そして、追跡に長ける人狼の少女、ライカとカルラ。
「それぞれの専門分野を生かせば、こんなのなんてことないわ!」
冒険者とは、適材適所を互いにカバーし合える有能な技能者。
そして、不可能と思える探索すら乗り越える者たち。
これが瑛斗の目指す勇者の、冒険者パーティの原型でもあった。




