六英雄
全ての人類にとって『絶望』がそこにあった。
オーディス火山が聳える山麓の、人知れぬ洞窟の奥底で。
闇深き漆黒に染まるその先に、深淵に潜む禍々しき怪物が。
赫々と邪悪に燃える目玉。鉄塊とも云える黒々とした皮膚。
そして巨大津波の如く我らを呑みこまんとす、城壁の様な巨体。
「邪竜……オルニディクス……」
蒼白な顔色をしたハイエルフが呟いたその名前――
それは口蓋の端より、濛々と黒煙を噴き続ける最凶の魔物。
暴風の様な鼻息を吹き出すと、真っ赤な火の粉が舞い散った。
異世界史上最強の怪物――古代竜種である。
此の凶悪にして巨大なる竜を、人々は『邪竜』と呼んで畏れた。
難攻不落の城塞と例えられし巨体を前に、ハイエルフが悲鳴交じりに叫ぶ。
「ゴトー! いくら何でもこんなの無茶だわ!」
「なぁに、大したこたぁない」
平時の如く大らかに。湖面の如く平らかに。
勇者と呼ばれし男は、飄々と答えて宙を指差した。
「おう、アデリィ。あの音を訊けよ」
遥けき外より響く剣戟と鬨の声が、洞窟の奥の奥まで木霊する。
それは数え切れぬ闇の眷属、空と大地を覆わんとする魔王の大軍団。
対するは、エディンダム王国選りすぐりの精鋭兵、その数三万。
様々な思惑を孕み、雌雄を決するべく今ここに激突していた。
「あっちじゃエドガーとオスカーも頑張ってんだ。ここは俺らの領分だ。託された俺らがやらないで、誰がやるってんだ……なぁ?」
「でも……!」
「なに、恐れる事なんぞあるか」
身の丈程もある大剣を肩へ掛け、何時もの調子で云い放つ。
「周りをよく見渡して、互いの顔を見てみろや」
ゴトーの長い前髪の、隙間から凛と輝くは鋭い瞳――
鮮烈なる生気に満ちた、自由と信念に生きる男の光である。
アーデライードが見渡せば、そこには友の顔がある。
如何なる苦難をも、一緒に潜り抜けた。
如何なる危機にも、恐れ慄く事は無い。
如何なる逆境にも、膝を屈する事は無し。
常にニヤリと相好を崩して挑む、命知らずな友の顔が。
百戦錬磨の仲間たち。その顔をゆっくりと見渡した。
居並ぶ盟友たちを前にして、奮い立たぬ者は此処にいない。
アーデライードは、全てを忘れて覚悟が決まった。
改めて邪竜へ向き直ると、威風堂々と胸を張る。
「いいわよ、やってやろうじゃない!」
ゴトーはニヤリと微笑むと、その威勢を合図に朗々と友の名を呼ぶ。
「我が前方に、ドン・ドルガン」
地響く如く「応ッ」と呻ると、歴戦のドワーフは巨大な戦斧を担ぐ。
「我が後方に、エルルカ・ヴァルガ」
稲妻の如く「ハッ」と応えて、気鋭の聖闘士は血塗れの戦槌を掲げる。
「我が右手に、アーデライード」
孤高の鷹の如くマントを翻し、美貌のハイエルフはレイピアを抜き放つ。
「我が左手に、エリノア」
魔性の微笑みを浮かべると、冥界の魔女は魔法杖を天高く打ち鳴らす。
「我が遊撃に、ブリュッケン」
黒々とした大岩に独り立ち、伊達男は双短剣を携えて身構える。
「俺が護ってやる……誰一人死なさん」
そう告げて約束を破ったことは、ただの一度もない。
ゴトーは仲間の為に、命を賭して必ずや護り抜く。
幾多の大戦を潜り抜け、ずっとそうやって生きてきた。
そうして我々も、ゴトーの為と命知らずに戦えるのだ。
一度たりとも敗北を知らず、一度たりとも背を見せる事は無く。
絶体絶命の戦場であろうが、共に駆け抜けてきたのだ。
「全員で生きて戻るぞ」
ゴトーの言葉には、微塵の嘘など含まれぬ。
そう信じるに足る言霊が、彼の声には宿っている。
全員の、戦闘態勢が此処に整った。
邪竜が、絶叫するが如く、吠えた。
我々は――いや、誰しもが。
全ての人類が祈りを捧げ、ゴトーを待っていた。
「それじゃ……行くぞ!」
勇者の号令に呼応して、雄叫びを上げたドルガンが戦端を開く。
襲い来る邪竜の前足を無双の剛力で弾けば、ゴトーの豪剣が鉤爪を掻っ剥いだ。
「時間をくださいな……あの邪竜を屠る詠唱の時間を」
「任せておけ」
エリノアが多重詠唱を始めると、百を下らぬ数多の魔方陣が光り輝く。
応えたエルルカ・ヴァルガが、戦神の加護を得た防護結界を展開す。
「オレっちに三分寄越せよ……派手な罠に嵌めてやるぜぇ……!」
ブリュケンがハイエルフへ囁くと、気配を落として漆黒の闇へ消える。
応えたアーデライードの高速詠唱は、未知なる古代精霊語を紡ぎ出す。
猛毒伴う煉獄のドラゴンブレスに包まれど、防護結界と爆風が皆を護る。
熱き血潮と固い絆で結ばれし、六名の傑物――六英雄。
大地が生まれ出でて史上、双並び無しと謳われる英雄たち。
その英雄たちが遺す数々の伝説の中で、類稀なる激戦があった。
これが後の世に語られる「オーディス火山の決戦」である。




