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ハイエルフと行く異世界の旅  作者: めたるぞんび
第1章:ハイエルフと行く異世界の旅
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ハイエルフと異世界の旅(前篇)

挿絵(By みてみん)


 うちの裏山には、異世界へと通じるトンネルがある。

 戦時中、防空壕を作っていた爺ちゃんが、うっかり掘り当ててしまったのだ。


 終戦後、東亜から日本へ戻った爺ちゃんは、本業の畑仕事に精を出して働いた。

 その作業の傍らでちょくちょく異世界へ行っては、大冒険を繰り広げていたそうだ。


 異世界とは、剣と魔法と冒険の満ち溢れた無限の空と海と大地。

 多種多様な亜人類が生活し、容貌魁偉な怪物が跋扈する世界だ。


 爺ちゃんはその異世界に蔓延っていた魔の手から、たびたび人々を救っていった。

 結果、最終的には世界を滅ぼさんとした魔王を、激戦の末に討ち倒したという。


 だから、向こうの世界で爺ちゃんは『勇者』と呼ばれている。

 そんな爺ちゃんが子守唄代わりに聞かせてくれた、お伽噺の様な勇者の冒険譚。

 それを聞いて育った俺は、いつか異世界で冒険したいと想うようになっていた。


 異世界へ行ってみたい。

 異世界へ行って、爺ちゃんのような大冒険をしてみたい。

 そうして俺は、爺ちゃんみたいな勇者になるんだと心に誓った。


 幼い頃から持ち続けた願いと憧れは、いつだって夢に見るほどに強かった。

 夢を叶えるその時の為に、俺は目一杯頑張ることに決めたのだ。

 走ったり、泳いだり、竹刀を振ったりして、体を鍛えた。

 薬学、天文学、航海術――色んな本を読んで、知識を蓄えた。

 いつか来るべき大冒険に備えるために。


「十六歳になったら行っていいぞ」


 そう爺ちゃんからお許しが出たのは、俺が十三歳の誕生日。

 この年――大好きだった爺ちゃんが亡くなった。

 凄く悲しかった。言葉では言い表せない程、悲しかった。

 勇者になった俺の姿を、何よりも爺ちゃんに見て欲しかったからだ。

 泣いて泣いて、泣き腫らして。

 ひとしきりそうしてから、俺は前を向くことに決めた。

 如何なることがあろうとも、決して挫けない。

 あの時の誓いを胸に抱いて、前進することに決めたのだ。


 あっという間に三年が経ち、十六歳になった日の朝。

 俺は、憧れだった異世界へと続くトンネルをくぐる。

 やっと大冒険への第一歩を踏み出したのだ。


 そして――

 憧れの異世界へ足を踏み入れてから、はや半年が経とうとしていた。

 これは、そんなある日のことだ。


 異世界の長いトンネルを抜けると、


「おっそーい!!」


 金髪碧眼の美少女ハイエルフに、いきなり怒鳴りつけられた。



 大陸の盟主・エディンダム王国の北方、国境地帯に広がる大森林・グラスベル。

 如何なる国家にも属さぬこの森は、昼なお暗き神秘の樹海と精霊の加護を以て人類の侵攻を拒み続ける。絶対不可侵と呼ばれる聖地のひとつである。

 その西南、グラスベルに唯一接するように、イラという名の街がある。森と調和し共存するこの街を、旅人は『グラスベルの玄関街』と呼んだ。

 そんな美しい木々と水源豊かなイラの近郊、街道を少し離れた緑深き森の中。

 ここに『悠久の蒼森亭』という名の酒場兼宿屋がある。郊外には珍しく複層階から成るこの建物は、主に二階までは酒場、三階より上階が宿屋となっていた。

 この建物は一風変わっており、『階層に上限はない』と口承される。

 それもその筈、『悠久の蒼森亭』は、樹齢数千年を超える古代樹の内部を巧みに掘り抜いて造られている。つまり生きた樹木と構造物が一体となっているのだ。

 よって基礎となる古代樹が幹枝を上へ上へと伸ばせば伸ばす程、上層階の増築が可能となる。そういう仕組みだ。

 その『悠久の蒼森亭』酒場の二階。オープンテラスとなっているウッドデッキ上。

 異世界にて勇者を夢見る少年――後藤瑛斗(ごとうえいと)は、ここにいた。


「で?」


 明らかに不貞腐れたこの声の主は、いきなり怒鳴りつけてきた先程のハイエルフだ。

 特徴的な尖った長い耳。白磁の様に白く透き通るような肌。蜂蜜の様に滑らかな金髪と、サファイアの様に輝く碧眼。何よりも紛うことなき美少女である。

 そんな彼女は瑛斗の目前の席に陣取って、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「で?」


 テーブルをトントンと指で叩きながら、再び問う。並んだ料理の皿に手を付けぬところを見るに、何らかの抗議をしているのだろう。

 大冒険を夢見た瑛斗が異世界への第一歩を踏みしめて、はや半年。

 それなのに、なんで酒場で美少女ハイエルフに絡まれているんだろうな、なんて悪びれることなくぼんやりと考えた。その間に彼女の機嫌はますます悪くなりそうだ。

 とはいえなんら心当たりがない。かといってこのままでは埒が明かない。

 仕方がないので怒られる覚悟を決めて、尋ね返してみることにした。


「で? って、なに?」

「まだわからないかしら?」

「えっと、うーん……なんだろうなぁ?」


 軽く小首を捻った瑛斗が屈託なく答えると、彼女の整った柳眉に感情が乗り、絶妙な曲線を描いて吊り上がった。


「なによ、わからない? この私を五日間も待たせておいて!」


 キッと睨みつけ、音を立ててテーブルを叩いたハイエルフの美少女――名前はアーデライードという。彼女は何を隠そう、爺ちゃんと世界を救った六英雄の一人、らしい。


「そりゃあ、学校があるからだよ」


 だから今は、土日祝日しか異世界へ行くことができない。


「あなたたちはいっつもそう! そう言って、たまにしかこっちに来ない!」

「だって、学校をサボるわけにはいかないだろう?」

「なによ! 学校と私、どっちが大事なの?!」


 いきなり倦怠期の幼な妻みたいなことを言い出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ。それがこっちに来るための約束なんだ」


 学業を怠るなかれ。それが異世界へ行くために両親と結んだ最低条件だ。


「ふん、異世界って不便ね!」


 なるほど。こっちの世界の者にとっては、瑛斗のいた世界が異世界か。

 瑛斗が妙なところで感心している間に、再びアーデライードにそっぽを向かれてしまった。眉間に小さな皺を寄せて白い肌を紅潮させているのが、長い金髪で隠れる横顔からでもよく分かる。

 問答無用で瑛斗をここ『悠久の蒼森亭』に連れ込んでから、ずっとこの調子だ。

 こうなると瑛斗には為す術がない。ここ半年の付き合いですっかり慣れた状況とはいえ、このまま放っておいたら貴重な土日が失われること請け合いだ。

 いつもは彼女の我儘の前に玉砕しているが、いっそ当たって砕けてみるべきか。瑛斗は意を決して、宥めてみることにした。


「ねぇ、ごめん。悪かったよ。君の気持ちを考えなくてさ」

「なっ、急になによ……!」

「でもさ、もう暫くしたら春休みになる。そうしたら二週間くらいは、こっちに来られるようになるから……ねっ? それまで我慢してくれないかなぁ?」


 瑛斗は生まれてこの方、女縁など無きに等しい。よって女子を宥めた経験もアーデライード以外は皆無だ。その所為か、どうも子供に話しかける様な口調になってしまう。

 アーデライードもそんな不慣れな様子の瑛斗が多少は気になるようで、ジトッとした目つきではあるが、こちらの様子をチラチラと窺いつつ聞いている。

 瑛斗としては、如何に覚束なくとも精一杯の誠意をもって説得に当たるしかない。


「君が俺のことをずっと待っててくれたのは、わかったからさ」

「えっ、あっ、はぁ? 別にアンタの事なんかちっとも……!」


 アーデライードが勘違いするな、とばかりに憤慨して顔を向けた。

 いつもはここで気圧されて口を噤んでしまう。だから今日は、彼女がこちらを向いた機を逃さず、瞳を真っ直ぐに覗き込んで真剣な眼差しで畳み掛ける。


「春休みになったらずっと一緒にいるって約束する。絶対に約束する!」


 瞬間、アーデライードの動きが固まった。


「だから機嫌を直してくれないかなぁ……ねっ?」


 自分にできる謝罪と、精一杯柔和な笑顔。これでダメならもうお手上げだ。

 だが瑛斗の笑顔を見たアーデライードは、への字に曲げていた口を小さく開いて、何処か遥か遠くの幻影でも見たかのような顔になった。

 瑛斗が映り込むサファイア色に輝く大きな瞳には、郷愁とも憧憬とも似た色彩を帯びて、仄かに潤んで見える。


「えっと、あの……アーデライードさん?」


 不安げに呼びかけた瑛斗の声に、アーデライードはハッと我に返った表情を見せたかと思うと、すぐさま顔を伏せた。そのまま一切顔を上げることなく――絞り出すように発した声は、微かに震えていた。


「……なんでもない」


 もしかして今、ちょっとだけ(ほう)けていた? それとも、はにかんで――


「あの、アーデライードさん、いま……」

「はぁ? 今なんて言ったのかしら?」


 打って変わって鋭い眼差しで瑛斗を睨むと、キツい口調が投げナイフの様に飛んできた。


「えっ、ま、まだ何も! アーデライードさんって呼んだだけで!」

「それよ。……まったく、半年経つのに全ッ然慣れないのね」


 顎を少し下げたまま口元を手で押さえ、不機嫌そうに細めた片目だけ瑛斗へ向けた。

 顔を手で半分覆っているため、アーデライードから確かな表情を窺い知ることはできない。何か湧き起こる感情をグッと押さえ込んでいるように見えるが、それを読み取れるほどの余裕が瑛斗にはなかった。


「いいかしら? あなたと私は、もう同じパーティの仲間なの」

「うん」

「だから……」


 アーデライードは不意にそっぽを向くと、呟くようにぼそりと不満を吐き出した。


「なんかそれ、他人行儀で好きじゃない」

「えっ、なにが?」


 如何にも鈍感そうな表情の瑛斗を、溜息交じりに一瞥すると、


「……アデリィでいい」


 アデリィ――それはアーデライードの愛称だろうか。相変わらずそっぽを向いたまま、口を尖らせてそう言った。


「えっ?」

「私のことは、アデリィでいいって言ってんの!」


 今度は駄々っ子のようになった。彼女の紅潮した頬は、怒っているからなのか。それとも照れているからなのか。一体何なのか、瑛斗にはさっぱりわからない。


「アンタだけよ! アンタだけは、私のことをアデリィと呼びなさいっ!」

「わ、わかったよ! うん、わかった……アデリィ」


 意を決して言われた通りに呼んでみる。何処かこそばゆい。しかし生真面目な瑛斗は、至って真剣な表情でアーデライードをそう呼んだ。

 それを見たアーデライードは、白磁の様な透明な肌を仄赤く上気させながら、ぐっと感情を抑え込んだような複雑な表情になって、


「ん、よくできました」


 そう言うと小さな彼女は、背伸びをしながらテーブル越しに瑛斗の頭を撫でた。

 頭を撫でられながら、アーデライードの表情を窺ってみる。前髪に隠れてよく見えないけれど、きゅっと結んだ口元は、ちょっと微笑んでいたように見えた、ような気がする。


「さ、とっとと食べちゃいましょう」


 言うが早いか、テーブルに並ぶ料理――ニシン科の油漬け(オイルサーディン)サラダを頬張り始めた。

 何処に機嫌を直す要素があったのだろうか。瑛斗にはまるでわからない。鳩が豆鉄砲を食らったような気分であったが、機嫌がよくなったならそれでいい。

 瑛斗は勧められるままに、フォークを手に取ることにした。

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