落ちた先には有名オバケ
ランタンの明かりだけで照らされた薄暗い部屋。周りは冷たい石造り。問題は、この何もない空間がどこにあるのか、そしてここからどうやって脱出するか。みんな一息ついたところで、早速この問題に取り掛かることになったのは言うまでもない。
塔に入ってからみんなであちこち調べたように、この部屋も同じように調べて回る。同じような石が敷き詰められている中、何か変わった所はないか、それぞれにランタンをかざして丹念に調べていく。
「お、これじゃねーか?」
いきなり声を上げたのは、床を調べていたリードだ。
「どれどれ?」
他の三人も、リードのほうへ歩み寄り、彼が指差す床の一部を覗きこんだ。
「怪しいね」
「またトラップかもしれないわよ?」
僕に続いて、珍しく慎重論を唱えるノイズ。だが、これ以外には何一つ変わったところ、スイッチらしきものは見当たらない。魔力が宿っている何かならば、僕かクリストが最初に見つけるところだが、それもここにはなかった。
「他には何もないようですし……やってみるしかないんじゃないですか?」
「うん。僕もそう思う。他には何もないんだし、階段も消えちゃったし。とにかく試してみなくちゃ始まらないよ」
今度は珍しく、クリストも僕も結構楽観的な意見。他に手段がない以上、これを試してみる以外に方法はないようだ。
リードが発見したのは、部屋の中央付近にある床の石。その石には、古代の魔道文字がうっすらと浮かび上がっていた。今度のは完全にかすれていて、文字があった、という痕跡程度しか残っていなかったのだが。
「やっぱり、押すんだろうな? これ」
「だと思うけど」
「一応構えておいたほうがいいですね」
クリストの言葉に全員が賛成し、臨戦態勢を整えたままで、リードが力いっぱいその石を押した。……四人が四人とも、何もないただの石造りの床に向かって構えている姿というのは、あとから考えてみるとかなりユカイな光景だったと思う。
リードが古代魔道文字の痕跡が浮かび上がった石を目いっぱい、力任せに押し込んだ、その途端。
ぐがごおおんっ!
「どうわぁっ!?」
「きゃああああっ!」
「うわわわわっっ!」
「うきゃあぁっ!」
突如として今まであった床が、忽然と足元から消えた。……落とし穴だ。当然のことながら、一か所に集まっていた僕たちは、そろって大声を上げながら、底の見えないその深い落とし穴に落ちていった。
「やっぱり罠だったんじゃないのーっ!」
のー……っ のぉー…………っ
「うるせえ不可抗力だあっ!」
だあ……っ あぁー……っ
まるっきり何も見えない、何もない真っ暗な縦穴の壁に二人の絶叫がこだまする。そんな二人の声が遠くに聞こえるほどに、その穴は深かった。上ってきた階段以上の距離はあったに違いない。
「エア・ブラストっ!」
バウンッ!
「ふぎゃっ!」
「きゃわっ!」
どごんっ……!
「あたたた……痛っ……」
何が起こったのか、その瞬間は誰も分からなかっただろう。僕たちは一つに固まったまま、縦穴の底に転がった。幸か不幸か、その穴は僕が呪文を唱え終えるのにちょうどいい長さだったのだ。床が消えた瞬間は僕も思わず叫んでしまったんだけど、クリストが言ったように身構えていたのが幸いして、『風』の魔法は何とか間に合った。
つむじ風が僕たちと穴の底との間にクッションとなって生まれ、墜落のダメージを激減させたのだ。これがなかったら、僕たちは団子みたいに固まったまま、そこで人生の終焉を迎えていただろう。でも、この魔法は通常攻撃用の魔法を無理やり応用したものなので、風自体の衝撃はかなり強かった。
硬い石造りの床に、リード、ノイズ、僕、クリストの順に折り重なるようにして着地した。……この場合、着地という言葉は不適切かもしれないが。一番下になったリードはかなりのダメージを受けているようで、カエルのように潰れたままぴくぴくしている。
僕とクリストはすぐにその場から移動して安全な足場を確保したんだけど、落ち方が悪かったのか、ノイズはリードと一緒になってぴくぴくしている。
「……ちょっと……っ、早く何とかしてよぉっ」
リードに絡まった自分の髪の毛や衣服の端っこを滅茶苦茶に引っ張って余計に深みにハマっているノイズを、クリストと二人で何とかリードから引っぺがす。
「はあっ……まったく……死ぬかと思ったわよ」
「普通死ぬよね、この深さ」
早や墜落のショックから立ち直ったノイズは、未だ奇跡的に無傷なランタンを真上にかざしてぼやいている。それに答えているのは僕だけど、僕とクリストはそれほどダメージを受けていない。風の魔法からの距離があったのと、リードとノイズがクッションになったお陰だが、これこそ日頃の行いの賜物というやつだろう。
リードにはその魔法がほとんど直撃したかたちになっているが、あのままこの硬い岩剥き出しの地面に墜落するよりはよっぽどダメージは少ないはずだ。でも打ち所が悪かったらしく、未だにぴくぴくしながら呻いている。クリストが回復魔法をかけているので、じきいつもの元気を取り戻すだろう。
「ルシア……」
「ん?」
クリストの回復魔法で復活したリードが、何やらもの言いたげに僕を呼ぶ。何故か凶悪な目つきになっている………………理由は『何故か』じゃなくて分かってるけど。
「お前、さっき魔法間違って使っただろっ!」
「あ、バレてた? あははは……ごめんごめん。つい慌てててさ」
「『バレてた?』じゃねーよっ! 直撃したら死ぬぞ、マジで!」
「だから謝ってんじゃない。心が狭いよリード」
本気で怒っているリードの主張をのらりくらりとかわしながら、僕は適当に謝っておく。
実際、使う魔法を間違えたのは本当だ。本当なら、この塔に来る前に使った飛行用の魔法を唱えるはずだったんだけど、とっさのことでついいつもの攻撃用の魔法を使っちゃったんだよね。まあ、直撃してもそれほどのダメージを与えるものではないし、直撃をまぬがれたのだからそれで良しとしてもらいたいところだ。……リードが怒るのも分かるけど。
「そんなことより、ここどこなのよ?」
僕たちのやりとりを見るのに早くも飽きたのか、ノイズがもっともな質問をする。しかし、その質問に答えられる者は、当然のことながらここにはいない。
「どうやら、かなり深くまで落ちてきたようですね……地下でしょうか」
クリストも何もない暗闇を見上げて誰にともなく呟く。僕も何となく見上げてみるが、何もなかった。真っ暗な、月も星もない閉鎖的な夜空を見上げているようだ。
明かりといえば、ノイズのもそうだが、奇跡的に四人分の荷物とランタンは無傷だった。その頼りないランタンの明かりに照らされた周囲は、かなり狭い。僕たち四人がくっついて何とか立てる程度の幅はあるけど、三方を硬い岩のようなものに囲まれている。残る方角に、僕たちのいる場所から一つだけ、奥の見えない通路が続いていた。
「登っていける高さじゃないし、とりあえずこっちの道に進んでみようよ」
僕はランタンを通路のほうに向けて提案した。
「だけど……かなり狭そうだぜ?」
僕への怒りはすでに消え去ってしまったようで、同じようにランタンを通路に向けてリードが言う。けど他に進むべき道がないのだから仕方ない。一応またみんなでそこらの壁を調べてみたが、今度は本当に何もなかった。
僕たちが落ちてきたそこは、床こそ石造りのようだが、かなり荒れ果てていて、どちらかというと単なる岩にしか見えない。そして、周りの壁は少し上の辺りからは質が違うようだ。どうやら粘土質の土を固めて造られた地下通路といったところだろうか。
今僕とリードが照らしている通路も土を固めて造ってある。床も、少し離れた場所から同じような土になっている。要所要所に木で補強してはいるけど、いつ崩れてくるか分からないほどに老朽化が進んでいた。そして狭い。幅は今いる場所と同じくらいで、天井が低く、背の高いリードは背中を丸めていなければ進めないだろう。リードの次に背の高いノイズも……ノイズの場合はブーツの底が高いからなのだが、その彼女がギリギリで通れる高さだ。クリストも同じくらい。僕は小柄なので、かなり余裕で通れるだろう。
「仕方ないな……で? 俺が先頭でいいのか?」
「それが妥当でしょ」
「この狭さじゃリードの武器が一番使いやすいからね」
ノイズも僕も賛成する。
「でもよ、もしさっきみたいな……レリスだっけ? あんなのが出てきたら俺の剣じゃ通用しないんだろ?」
慎重論を唱えるリード。いつもなら、こういう場合真っ先に突っ込んでいくのに。よほどさっきの戦闘がきいているのだろう。
「それなら大丈夫、僕に任せてよ」
言うと僕は、錫杖をリードの剣に向けて呪文を唱える。
「ダーク・ヴァータ」
僕の声に反応し、周りの空気が闇色をまとってリードの剣に収束する。
「な、何だよこれ?」
自分の左腕を遠ざけるようにしながら、リードが戸惑いの声を上げる。
「大丈夫だって、リード自身には何の影響もないから。これでさっきのレリスみたいなやつとも戦えるはずだよ」
「そうなのか……?」
まだ自分の装備した剣を遠ざけているが、一応納得してくれたようだ。
僕がかけたのは、本来は攻撃用の魔法で、空気と空気中の水分を凝縮させて『魔』の属性を与えるもの。それをアレンジしてリードの剣にのせたのだ。剣はその魔力を吸収して、鈍く光っている。『魔』の属性が効いている間は、精神世界に生きているモンスターにも通用するし、空気、つまり『風』属性と『水』属性の力が加わった分、攻撃力も上がっているはずだ。
「話がまとまったんなら早く行きましょ。こんな陰気な場所にいつまでも居たくないわ」
「そうですね、行きましょう」
ノイズとクリストの言葉を合図に、僕たちは狭い地下通路を道なりに進んでいった。先頭はリード、次がクリストでその後ろが僕、そして最後尾にノイズ。
ついでに、ノイズのグローブにもリードと同じように魔法をかけて強化してある。彼女にかけたのは、『ホーリィ・ピッタ』という『聖』属性の魔法。ノイズのグローブの下には、実はメリケンサックが装備してあった。かなり軽量化してあり、大きさもその攻撃力とは裏腹にかなりコンパクトで、グローブの上からではそれを装備しているとは気付かれにくい。グローブにも薄い鋼板が仕込まれているんだけど…………彼女の攻撃力の高さはこの見た目には分からない装備にもあるのかもしれない。そのメリケンサックとグローブの両方に、同じ魔法をかけたのだ。リードのとは違って『聖』の属性だが、これでもさっきのレリスなんかには十分に通用する。それに『火』と『水』の属性をプラスしてあるので、通常の攻撃力の倍はあるだろう。
僕たちは歩きながらも常に周囲を観察して進んでいく。どこかにスイッチか何かがあるかもしれない。見落とさないように慎重に進む。
ずいぶんと長い通路だった。ランタンの明かりが弱いこともあるんだけど、進む先はほとんど真っ暗闇。足元はでこぼこしている上に補強のための板が不規則に並んでいて歩きづらい。まるで一昔前の炭鉱のような通路だ。それよりもかなり粗悪なものではあるが。
「歩きにくいからな……気ぃつけろよ……いでっ!」
「自分で言っときながら真っ先に頭ぶつけるなんて……ドジ。」
「そういう言い方ねーだろがよ……」
「自分の身長考えなさいってことよ、ったく」
僕とクリストを間に挟んでも、二人の口は止まらないようだ。歩き始めてからすでに何回か、突き出た岩に頭をぶつけながら歩くリードを、最後尾から眺めていたノイズがからかっている。
「元気だねー二人とも」
「そうですね」
対照的に、僕とクリストはのほほんとした会話。
どれくらい歩いただろうか。いい加減、僕の足が疲労を訴え始めた頃、目の前に一つの扉が現れた。
「あからさまに怪しいね」
扉を前に四人が集まると、まずそう切り出したのは僕だ。
「何か書いてあるぞ」
目の前の扉にランタンを近づけて調べていたリードが、扉の模様に隠れるようにしてあった魔道文字を発見したようだ。僕はリードの隣に割り込むと、二人分のランタンの明かりで照らされたその文字を読んでみる。
「読めるの? ルシア」
「うーん……かなりかすれてるけど、何とか……」
それはやはり紛れもなく魔道文字。ただかなり凝った装飾文字になっているようで、読みにくいことこの上ないが、内容自体は何となく分かった。
「えっとね……月夜に背を向け五歩進み、両翼の先端に向かえ……と」
「何だそりゃ」
僕が読んだ文字に速攻で突っ込んだのはリードだ。確かに、『何だそりゃ』と言いたくなる文章ではあったが、扉をよく調べてみるといたって簡単なことだった。
「月夜……月……」
ぶつぶつ言いながら、クリストも扉を調べてみる。僕たちよりも少し上のほうにランタンをかざして、扉の模様を見ているようだが、キーワードになっている『月』はすぐに見つかった。
「あ、ありましたよ、月! これじゃないですか?」
扉の上を指差し、少し興奮気味にクリストが声を上げる。その指差す先には、古代の象形文字の装飾が施された月のような模様があった。
「それじゃ……これに背を向けて五歩進めばいいんだね」
「何だ、簡単じゃねーか」
言いながら、リードはすでに扉に背を向けてスタンバイ完了。
魔道文字の内容は、彼の言うようにかなり単純だ。つまり、この扉にある月の文様を背にして、進んできた方向に五歩進み、その場で両翼を広げればいい。僕たちには当然翼なんかないから、両翼の代わりに両腕を左右に伸ばせばいいのだろう。
「気をつけなさいよ、また罠かもしれないんだから」
腕を組み、その様子をまるで他人事のように見ながらノイズが言う。
「そうだね……あまりに単純すぎるしね」
これまでも似たような暗号や謎解きはあったけど、こんなに簡単かつ単純なものは特に注意が必要だ。
「大丈夫だろ、結局はやんなくちゃなんねーんだからよ」
「まあ、そりゃそうだけど……。他に何かヒントとかないかな?」
言って僕は、クリストと一緒になって念入りに、扉とその周辺をもう一度調べてみたが、あの文章以外にキーワードになるようなものはなかった。
「そんじゃ、行くぜ。お前らはそこで待っててくれ。何かあったら頼むぞ」
「うん」
「任せなさい」
「気をつけて下さいよ」
「おう」
一言軽く返事をすると、リードは一歩一歩数えながら五歩進んだところで止まった。そして、キーワードの通りにゆっくりと両腕を左右に大きく伸ばす。伸ばすと、ちょうどリードの手の届くところに壁が触れる。
「両翼の先端に向かえ、ってことはどっちか片方にじゃなくて、両側に進めってことなのかな」
「二手に分かれるってこと?」
「さあ……」
「リード、どっちかにスイッチみたいなものないの?」
「ちょっと待てって……お?」
「何?」
「右側に何か出っ張ったモンがあるけど?」
リードは僕たちに背を向けたままで、僕たちの言葉を待つ。『出っ張ったモン』というのは、間違いなく何かのスイッチだろう。
「左側は?」
僕はリードに向かって声をかける。彼は左手で壁を探るようにしていたが、どうやら何もないただの壁らしい。
「何にもねーぞ」
「それじゃ、一か八か、右手の出っ張り押してみて」
「おう」
答えると、リードは右側に体重をかけるようにして斜めに傾いた。足場は動かさないほうがいいと考えているのだろう。僕もそれに賛成だが、傍から見ると滑稽この上ない。思わず吹き出してしまいそうになるのを、僕と一緒に見ているノイズもクリストも堪えている。当のリードは必死なのだろうが、おもしろいものは仕方がない。
ごぐぅん……っ
「うおあっ?!」
「リードっ」
音と一緒にリードの体が右側にそのまま倒れていった。突然壁そのものが奥に傾き、支えを失ったリードは斜めになった体勢のまま、壁と一緒に倒れこんだのだ。
「……開いたね」
「罠じゃないわよね?」
「………………」
ノイズの疑わしげな台詞に、僕は思わずノイズの顔をじっと見つめてしまった。その視線に気づいたのか、少し不機嫌な声でノイズが言う。
「何よ?」
「珍しく慎重だね、ノイズ」
「『珍しく』は余計よ」
「ま、まあまあ……とにかく、これで通路はできたようですね」
リードの元に駆け寄り、ランタンで倒れた壁の向こうを照らしながらクリストが言う。
「ああ、びっくりした……」
「怪我がないのも奇跡ですけど……」
不自然な体勢で倒れこんだリードを助け起こしながら、クリストが呟く。リードには聞こえなかったのか、何事もなかったように体についた埃を払っている。
僕たちも彼らの元へ駆け寄り、クリストと同じように開いた壁の奥を照らしてみる。
「何だこれ……」
その壁の向こうに広がった通路は、これまでの陰湿な地下通路とはうって変わって立派なものだった。立派といっても、同じように古びてはいるが。床には以前は深紅だったのだろうくすんだ赤い絨毯が敷かれている。壁は少し薄汚れているが、白く塗りこめられ、一定の間隔で絵画や燭台。そして多少不釣合いな感のある、立派な甲冑が置かれていた。
その廊下は、緩やかな上りになっていて、少し先で右に折れている。
「よし、行こうぜ」
「うん」
リードの言葉に全員が頷き、彼を先頭にして新たに開けた廊下を進む。幅も高さも十分にあり、リードもノイズもゆったりと歩ける。
「………………」
「どうしたんですか? ルシア」
辺りをきょろきょろしていた僕に、クリストが声をかける。
「……うん……何か、嫌な感じがするんだよね……」
どうやら僕はモンスターの気配を誰よりも早くに察知するらしい。確信ではないけれど、何となく、言わば第六感みたいなものがはたらくようだ。
「モンスターか?」
僕の言葉を聞いて、先頭を歩いていたリードが振り返る。
「分かんないけど……嫌な感じ。オバケ屋敷にいるみたいな、そんな感じがする」
クリストも気がついた。僕と同じようなものを感じているらしい。表情が少し険しくなっている。
「ど、どうしたのよ、二人とも?」
僕たちの緊張した雰囲気に圧されたのか、ノイズが不安気な声を上げる。
「モンスター……ゴーストとか悪霊とか、そういう類のものがいそうだってこと」
「そうですね。恐らくはその甲冑の中にもいるでしょうね、いわゆるリビングメイルみたいなものでしょう。それに、この廊下には他にもかなり怨霊みたいなものを感じますよ」
僕の言葉をクリストが補足する。さすがは僧侶。『聖』とまったく正反対のものを見極める、あるいは感じる能力に関して、彼の右に出る者はいないだろう。リビングメイルとか、怨霊とかいう言葉を聞いた瞬間、ノイズの背筋が凍りつく音が聞こえたような気がした。
「通り過ぎたら襲い掛かってくるかもね、その甲冑」
僕は後ろを歩くノイズに向かって言う。彼女の頬を汗が伝っているのが見えたが、それは見えなかったことにしておこう。女の子らしいといえばそうなのだが、ゴーストなんかの正体不明な、この世ならざるモノに対しては、非常に弱い。
「ノイズ?」
「だ、大丈夫よっ! 後ろの守りは任せなさい! こうなったらゴーストでも何でもかかって来なさい、あたしが華麗に仕留めてあげるわ! さっきのルシアの魔法もあるしね」
強がりなのは明らかだが、ここは敢えて突っ込まない。戦えないノイズなんて…………いや、言うまい。とにかく、ノイズの士気を高めることに専念することにする。
「うん、大丈夫だよ。かなり強化してあるし、ノイズの戦闘能力があれば、ノイズが負ける理由はないからね」
「そ、その通りよっ!」
言って高々と魔法のかかった拳を振り上げる。……その直後。
ぎぎぎぃぃぃ……っ
「何っ?」
「後ろだよノイズ、その甲冑だっ!」
振り返った僕が目にしたのは、今まで直立不動でぴくりとも動かなかった甲冑が、軋んだ音をたててぎこちなく動いている姿だった。
……リビングメイル。甲冑そのものに、そこら辺に漂っている不幽霊が憑依し、その甲冑を動かす。というのが通説だが、時には召喚したゴーストを無理やり憑依させたり、その甲冑を生前着ていた者の魂が、成仏しきれずにその場に留まっていたりするケースもある。この場合はどちらか分からないが、今考えるべきことは、すでにゆっくりと歩みを進め、僕たちの目の前までやってきたそのリビングメイルとどう戦うかだ。