森の進軍と仲間の危機
一夜明けての序盤は、とりあえずは好調だった。時々思い出したかのように、細い、あるかないかの獣道の両脇から、生い茂る木々や蔦の間を縫ってモンスターが出てきたけど、僕かノイズの先制攻撃にあっけなく退散していった。リードは先頭を歩いているが、生い茂る下草などを切り払いながら進むので、前方からの敵でなければあまり活躍できないのだ。
一方中央にいるノイズと最後方にいる僕は、両脇から出てくるモンスターに対して、気配を感じ取って先制攻撃をかけることができる。
ちなみにノイズはこの狭い獣道でも器用に回し蹴りなんかをやってのける。僕は錫杖で叩いたり、攻撃魔法をぶつけたりするだけ。
それにしてもこの錫杖、やっぱり思っていた以上の魔力が込められている。以前の樫の錫杖では手のひら程にしかならない火炎球でも、この錫杖を使えばその倍の大きさになるし、今まで以上の威力を発揮する。それでいて僕自身の魔力の消費量は以前と同じか、逆に少ないほどだ。
日頃から訓練をしているお陰で、呪文を唱える時間も少し短くなったし、少しはレベルアップしているのかもしれない。
クリスとの防御魔法も以前より強力になっているし、回復魔法のストックも増えて、かなり頼りになる存在だ。僕たちが冒険を始めた頃と比べれば、冒険も随分と楽にこなせるようになってきている。
リードやノイズが日頃どんな訓練をしているのかは、僕はあんまり知らない。ただ一つだけ言えることは、二人とも、パーティを組んだときとあまり変化がない、ということくらいだろうか。出会ったときの実力がかなり高かったせいかもしれない。
リードは相変わらずの猪突猛進で、ノイズも負けず劣らずの猪突猛進型かつ格闘マニア。……こんなことを二人に言えば、あとで恐ろしい目にあうので口には出さないけど。
「道は合ってるんだろうな?」
先頭を歩くリードが、地図とコンパスとを交互に見ながら歩く僕に話しかけてくる。
獣道は、ほぼ地図の通りに曲がりくねって続いているし、ワープゾーンまではまだ距離がある。時々クリストと確認しているので、まず間違った方向には進んでいないだろう。
「大丈夫だよ、そのまましばらく獣道に沿って進んでいいよ」
「了解」
下草や覆いかぶさるような枝葉を薙ぎ払い、歩みを止めないままでリードが答える。
僕はこのパーティの中で一番背が低いので、リードやノイズが歩いたあとをついて行くだけでいい。みんなが通ったあとなので、かなり楽だ。時々切り落とし損ねた枝をノイズが無造作に跳ね上げて進むので、それが顔面に当たりそうになる程度。……何回かクリストをすり抜けてヒットしたけど。
「来るぞ」
唐突に歩みを止め、トーンを落として少し緊張した声でリードが言う。リードが先に気付いたということは、そいつは正面から来るのだろう。
「狭いけど、どうするのよ?」
ノイズもトーンを落とす。この狭い獣道で、正面からモンスターが、それも強力な相手だったら、リード一人に任せるのは無理がある。かといって今の隊列のままで、後ろから僕たちが戦闘に加わるのも無茶な話だ。
「三匹くらいだろうな……結構でかそうだ」
「となると、スペース作ったほうがいいね、リード」
珍しく張り詰めたような緊張感を含んだリードの声に、僕が答えて呪文を唱え始める。
『土』系列の魔法で、本来は道路工事なんかで周囲の大地を整備するための術だけど、それを少しアレンジして、戦いやすい平地を作るために周囲の木々を薙ぎ倒すような魔法を完成させる。
「ルシア、準備はいいか?」
その場でちらりとこちらを見たリードに、僕は頷いて応える。
「退がれっ!」
リードの合図に、四人が同時に大きく後ろに跳ぶ。着地の直後、僕が完成させた魔法を解き放つ!
ごおおううぅああっ!!
かなり派手な音を立てて、辺りの木々がきれいに吹き飛び、半径五・六メートルほどの円形に平地が広がった。
ほぼ同時に、僕たちの正面からモンスターが躍り出てくる!
戦闘開始っ!
「うるああぁっ!」
雄叫びのような気合と一緒に、まずリードが一番前にいる奴に切りかかる。
ざじゅっ!
水の染み込んだ砂袋を切り裂くような音。
リードが一閃したのは、モンスターの触手だろう部分だった。
「気持ち悪さでは今回で最悪ねっ」
リードに続いて走りながらノイズ。口調にやや緊張感がある。
そのままノイズはリードが切りつけたのとは別の相手に向かっていく。そして正面に来る寸前でその軌道を変え、スピードにのったまま強烈な回し蹴りをそいつの胴体にめり込ませる。が、ぐにゅっ、という奇妙な音がして、少しよろめいた程度だった。
「なんなのよっ? こいつ!」
慌ててモンスターの傍から離れ、僕たちがいるほうに戻ってきた。リードはまだ最初の敵と(正確にはその触手と)格闘していた。
僕たちの前に出現したのは、本当に奇妙な物体だった。
細長い、といっても大柄な男が両腕では抱えきれないくらい、まるで樹齢何百年かという木の幹ほどの大きさの、ずんぐりとしたミミズのような胴体。そしてそれの頭にあたる部分。これを頭とは表現できないけど、ただ分かるのは、そこを正面としてこちらに向かってきたことと、そこには白くて丸い何かを中心として無数の触手が蠢いていたこと。
多分その白い何かは歯とか牙なのだろう。丸い胴体に合わせて、蓋のように閉じているけど、これが開くと何か得体の知れない物が飛び出してくるのではなかろうか。
皮膚の感じは、さっきのノイズの蹴りの音からして、ゴムのような、ぐにぐにとした感じ。蛇のようにその巨体をくねらせて、想像以上のスピードで次々に襲いかかって来る。
口を開けて僕に向かってきたそいつは、僕が丸ごと飲み込まれてしまうかのような真っ赤な消化器管を準備万端整えている。大きく開いた口にはきれいな三角形の歯が並んでおり、その周辺からは長さもばらばらな汚い黄色の触手が何本も待機している。
が、それを黙って見ていたワケではない。すでに魔法が完成している。
ずじゅううぅぁあっ!
地をすべり、猛スピードで迫ってくる。
タイミングを見計らい、大きく後退しながら唱えていた魔法をそいつの口の中めがけて解き放つ!
『炎よっ! 槍を成せっ!』
ごおおおうぅうぅっ!
見事に口の中に直撃した炎の槍が、モンスターを内側から焼き尽くした。そいつはしばらくのた打ち回ったあと、ぶすぶすと嫌な臭いの煙を上げながら動かなくなった。
ゴムの焼ける臭い。これで一匹は片付いた。僕は他の三人の様子をざっと見渡す。
「リードっ、口の中狙うか胴体を突き刺すのよっ! 薙いだって効かないわっ!」
リードの攻撃パターンではモンスターにダメージを与えられないことを即座に察知し、ノイズが叫んでいる。
それを聞いたのか、リードの攻撃パターンが少し変わった。
「クリストっ、結界張って何とかしのいでっ」
僕は一匹目が動かなくなるちょっと前にリードたちの様子を見たので、クリストに向かったのは実際にはそいつを完全に倒したと思った直後だ。
僕たち三人は単独でも戦闘できるんだけど、クリストは攻撃系の術も道具もまったくと言っていいほど持っていない。一番危険なのはクリストだ。
僕はクリストに襲い掛かっているモンスターめがけてダッシュをかけ、その間に呪文を唱える。クリストは自分の結界を守りながらうまく触手を避けているようだが、魔法攻撃を仕掛けるにはモンスターとの距離が近すぎる。
呪文詠唱の集中力を途切れさせないように、必死で走り、その勢いでモンスターの横っ腹にドロップキックをかましてみる。これで唱えていた呪文は一時的に止まってしまったが、魔力は十分に錫杖に伝わっている。
どし……ん……
キックが直撃したところが、ちょうどそいつの重心ででもあったのだろうか、僕の弱っちい蹴りでも、モンスターは地響きさえたてながら横倒しに倒れていった。
が、やっぱりノイズと違って大したダメージは与えられないので、すぐにでも起き上がってくるだろう。
「クリスト、大丈夫?」
言って錫杖に魔力を集中させる。
クリストにとって肉弾戦ほど苦手なものはない。すでに息を切らし、肩で息をしている。
彼は応える代わりに片手を上げて、無事だということを知らせた。
そして思ったとおり、倒れこんだモンスターはゆっくりと起き上がり、今度は僕に向かって触手を伸ばしてくる!
「うあっ……!」
突然横から一本の触手が僕の腹を薙いだ。
「ルシアっ!」
心配そうなクリストの声が耳に届いたけど、今はそれに応えられる状況ではない。
「っつううぅ……」
痛みで思わず錫杖を取り落としそうになったが、何とかこらえて、これまでためていた魔力を一気にそいつにぶつける。手加減抜きのフルパワーでの火炎系魔法!
『すべてを焼き尽くす紅き力よ!』
ごおおおおおおおおぉうううぅうぅっっ!
相手の横から放った強烈な炎の嵐が、モンスターを包み込み、一瞬にして灰と化した。断末魔の叫びすら上げる暇もなく。
これで二匹目。
「はあ、はあっ……ル、シア……」
肩で息をしながらクリストが僕のほうへ寄ってきた。かなり声がかすれている。
「はあ……うん、僕は大丈夫だけ……ど」
クリストの傷を見て、僕は思わず絶句した。
おそらくあの触手にやられたのだろう。顔や腕、足はもちろん全身が傷だらけで、服もぼろぼろ。出血の量も半端ではない。何とか止血を試みているようだけど、足元もふらついて今にも倒れそうになっている。
「リードっ! クリストがっ」
まだ戦っていたリードに向かって叫ぶ。
「何っ? ノイズ、クリストを頼む。ルシアっ、援護してくれっ」
お互い目で確認し、ノイズは急いでクリストを抱え、少し離れた木の根元に寝かせた。
僕はリードの指示通り、呪文を唱えながらリードが戦っている最後の一匹に向かって再びダッシュする。錫杖を構えてスタンバイ完了!
「喰らえっ!」
モンスターが口を開けたその瞬間、タイミングを合わせてリードの左腕から自慢の剣を繰り出す!
ざじゅっ!
今度は確かな手ごたえ。リードの特殊な剣は、モンスターの口の中に潜り込み、そのままそいつの皮膚を内側から切り裂き、モンスターは串刺し状態になった。
その瞬間を逃さず、僕が完成させた魔法を解き放つ!
『紅き力よっ!』
朗々と響いた僕の声に合わせて、リードが突き刺していた剣を抜く。その瞬間、モンスターを紅い炎が包み込んだ。
最後の一匹も、ようやく片付いた。
……さすがにフルパワーの魔法を連発するのはキツかったけど、今は戦闘の勝利に酔いしれている場合ではない。
「大変よ、ルシア、リード。……クリストがっ」
「どうした?」
みんなでクリストを覗き込み、しばし絶句した。
クリストの傷は思った以上に深かった。それ以上に僕たちから言葉を奪ったのは、彼の喉元だ。かなり深くやられていて、出血量が半端ではない。これではクリストが回復魔法を唱えることができない。ある程度の回復魔法ならば使えるけど、クリストを回復させるとなると、これまでの戦闘で消耗した魔力の回復を待たなければならない。
「考えてる間に、応急処置だけでもやって、どっか安全そうな場所を探しましょ」
焦りをその言葉に含ませて、ノイズが提案する。
みんな考えは同じらしく、戦闘前に僕が作り出した広場から出て、少し狭いけど木々に囲まれたちょっとしたスペースを見つけて、全員でクリストを運んだ。
「クリストをそこに寝かせて」
言うと僕は急ぎ呪文を唱え出す。口の中で小さく呟くようなその声は、みんなの耳には届かないだろうけど、自分の魔力を極限まで引き出して錫杖を媒介に増幅させる魔法。続いて回復呪文の詠唱。
「……っ」
急激な脱力感が僕を襲う。それとともに、僕の魔力を吸収した錫杖についている宝玉が淡い緑色の光を帯びてくる。
その光が宿った錫杖をクリストの上にかざし、魔法をかける。
応急処置を施したクリストの喉元には新しい包帯が巻かれていたが、すでに滲み出る血液で真っ赤に染まっていた。場所が場所だけに、圧迫して止血するという方法をとれなかったのだ。交代でその包帯をそっと押さえ、何とかかたちだけの止血を試みていたんだけど、傷口から出る彼の血液は、包帯の巻かれている外側だけでなく、内側へと流れ出て大きな血腫をつくっていた。
魔力を込めた錫杖が放つ光に包まれ、クリストの出血はゆっくりと止まり始めた。
「いいぞルシア、頑張ってくれ」
祈るような気持ちで、リードが横から励ましてくれる。ノイズも同じ気持ちだろう。術に集中している僕からはその表情は見えないが、その気配が言っている。
僕は答える代わりに小さく頷き、さらに魔力を集中させる。錫杖を握り締めた手が汗で滑る。頬を汗が伝い落ちるのがはっきりと分かる。先程触手にやられた部分がじりじりとした熱をもっているみたいに、じわじわと痛みが襲う。
僕の魔力はすでに限界だった。だけどここで術を途切れさせることはできない。僕もまた、命がけだった。魔力と生命力とは表裏一体。魔力を完全に使い切るということは、自分の生命を削ることに等しい。
やがて、クリストの出血は完全に止まった。止まったといっても、喉の傷口だけだ。他の場所はまだ魔法をかけていない。一番危険な状態にあった場所だけに魔法をかけるのが精一杯だった。
ノイズがゆっくりとクリストの喉に巻いてあった包帯を外す。傷口はほぼ完全にふさがっていた。だけどまだ彼の皮膚の下に潜り込んだ血液を完全に吸収させることはできていない。このままではその血腫でクリストが窒息してしまう。
「クリスト、しっかりしなさいよ! ちゃんと息してよ!」
ほとんど泣きそうな声で、ノイズがクリストに活をいれる。それに応えるように、わずかにクリストが頷いたような気がした。
僕もそれに励まされ、気力だけで魔法をかけ続けた。
……どのくらい続いたのか分からない沈黙。錫杖から漏れる光は、少しずつ力を失ってくる。僕の魔力と気力が尽きないうちに、せめてクリストの喉だけでも治したい。
その思いだけを頼りに、術をかけ続けた。
「う…………ん……」
「クリスト、クリストっ!」
わずかに上げたクリストの声を聞き逃さず、リードが軽く揺さぶりながら彼の名を呼ぶ。どうやら意識が回復したようだ。
「ルシア、もう大丈夫みたいよ……」
クリストが大丈夫だったことに安心したのか、ノイズが半ば放心状態で僕に声をかける。
魔力はもう限界を超えていた。
ノイズの声を聞いたとたん、今度は僕がクリストの上に覆いかぶさるように倒れてしまった。安心してつい力を抜いてしまったのだが、本当に魔力も気力も使い果たしてしまったかのような脱力感。けどそれは、魔法をかけ始めたときのそれとは違って、安堵の脱力感だった。
「ルシア! 大丈夫っ?」
「……んー……大丈夫……じゃない……かも。……クリストは?」
「大丈夫よ、まだ他の傷もあるけど、そっちの出血は止まってるみたいだし」
「そっか、良かった」
短く答える。
「二人は大丈夫なの……? 結構……怪我してたでしょ?」
クリストのことで精一杯だったので、彼らの傷のことまで手が回らなかった。
「あたしたちは大丈夫よ、一応処置してあるから」
あれだけ薬草での治療を嫌がっていたノイズだったんだけど、そうは言ってられなかったようだ。よく見ると、多少不器用ではあるが、それぞれに包帯を巻いてある。
「ルシアありがとな、お前もゆっくり休めよ」
「ん……」
ノイズとリードの声がぼんやり聞こえてくる。疲労が極限にまで達していた僕は、そのままゆっくりと柔らかな闇の中に沈んでいった。
ふと奇妙な感覚が背筋を襲い、僕は不意に目を覚ました。
「ルシア、起きたか」
緊張感のあるリードの声。……何かがいる。
「モンスター?」
「多分な……戦えるか?」
どのくらい眠っていたのかは、自分の体力の回復具合で何とか分かる。それほど時間は経っていない。体力の回復の程度が低いということは、当然魔力の回復もほとんどできていないということだ。
これでさっきみたいなモンスターが出てくれば、百パーセント負ける。リードを筆頭に全員決して小さくない怪我をしているし、クリストはまだ重症だ。
「無理よ……今の状況だと本格的に不利だわ」
僕より早く答えたのはノイズ。彼女もまた緊張感をその声に含ませている。
「逃げるが勝ち……ってことか」
「ええ」
言うといきなりリードが両腕でそれぞれクリストと僕とを抱え上げた。ノイズは荷物を抱え、すでに先頭に立って走り始めていた。
さっきの戦闘終了後、僕たちは獣道から逸れた場所にいた。が、今は地図を見ている余裕はなく、ノイズはほとんど闇雲に木々の間を縫って走る。ノイズのスピードに遅れないように、リードも僕たちを抱えて必死に全力疾走。さすがを自称するだけのことはある。すごい体力と持久力。
木々をかき分け、下草を蹴散らし、ノイズとリードが懸命に走る。もうすでにどこをどう走ってきたのかさえ分からない。
と、一瞬だけ目の前が急に開けた。どうやら別の獣道に出くわしたようだ。けどそれでも二人の全力疾走は止まらない。できるだけ早く、できるだけ遠くへ……。
細い獣道を無視して、また鬱蒼と生い茂る森の中を突っ切っていく。
ヴウウウウゥゥ……ン
「何っ?」
「えっ?」
奇妙な音が聞こえた瞬間、目の前からノイズの姿が消えた。リードもそれを見て一瞬変な声を出したが、その勢いは急には止まらず、結局彼女のあとを追うかたちになった。……そして、今まで森の中を騒がせていた二人の全力疾走はその余韻を残し、その元凶である僕たちは、その場から忽然と姿を消してしまったのだ。
「どこだ……ここ……っ」
絶望的な声で呟き、リードはそのままその場に倒れた。当然、その両脇に抱えられていた僕とクリストも地面に放り出される。
「はあっ、はあっ……知らないわよ……地図なんて見てなかった……んだから……」
ノイズも途切れ途切れに言葉を返し、その場にぐったりと座り込んだ。
闇雲に森の中を疾走し、辿り着いたのはここだった。これまでと変わらない、鬱蒼と茂った森の中。一つだけ目印といえるのは、一際大きな樹木だった。その下に小さく、丈の短い草原ができた場所。
ちょうど僕たち四人が並んで寝転がることができる程度の広さのあるこの場所で、ノイズとリードは力尽きた。
僕はリードが抱えてくれたお陰でまだ何とか動ける状態だし、クリストも眠っているようだけど、さっきと変わらない様子。リードは立ち止まると同時にうつ伏せに倒れ、ノイズは膝をついたかと思ったら木に寄りかかって完全にダウンしている。
僕は周囲に簡易結界を張り、何とか二人を移動させてクリストの両隣に寝かせた。僕も正直、彼らと一緒に眠りにつきたいところだったけど、動けるのが僕だけ、という状況で安心して眠れるはずがない。
動ける範囲にある枯れ枝を拾い集め、荷物の中から小さなランタンを取り出して、その両方に火をつける。今の状態では多くの薪を集めることができない。少しずつ、小さな焚き火を絶やさないようにするのがやっとだった。
それでも、この小さな明かりが僕の疲れた心身を癒してくれるような気がした。僕は先程ノイズが寄りかかっていた樹木に身体を預け、少しでも体力の回復を図る。結界を張っているとはいえ、強力なモンスターにでも出てこられたら……そう考えると自然に心が引き締まる。
(……嫌だなぁ……)
僕一人で行動することには別に恐怖はないんだけど、こうしてパーティで冒険をしている時に、こんな場所で僕一人が動ける、なんていう今みたいな状況は、心細い。まして単に眠っているみんなの寝顔を見ながら見張りをしているわけじゃない。みんな大きな怪我を負って、戦闘不能に陥っている。
リードとノイズは、半失神状態だからそのうち目を覚ますだろうけど、クリストはそうじゃない。他の三人よりも重症だし、睡眠ではなく気絶している状態だ。安心できることといえば、ゆっくりと、浅くではあるけど呼吸のたびに彼の胸が上下していることくらい。
だけど僕の未完成な回復魔法で、どれだけ彼を回復させられたのかは、正直不安だ。このまま目を覚まさなかったら……他の二人だって、もし、……このまま目を覚ますことがなかったら……。
堂々巡りを繰り返す僕の思考回路は、しばらく止まりそうになかった。何度も頭を振って、そんなマイナス思考を追い出そうとすればするほど、どんどん心細さが募ってくる。
……怖い。
夜鳥の鳴き声さえも、悪魔からの招待の声に聞こえてくる。時折聞こえる木々のざわめきは、不気味なモンスターの出現を思わせる。
「はあ……」
僕は一度大きく深呼吸して、身体を目いっぱい伸ばしてみた。少しは気が晴れるだろうか。腹の辺りが一瞬ずきん、と痛む。だけどこれを回復させるための気力も体力も魔力も、まだ回復してはいなかった。
同じようなマイナス思考とそれをふっきるための深呼吸。何度繰り返しただろう。……それから、僕が一人になってからどのくらい経ったのだろう。
一人だけの時間が過ぎていく。集めた薪は数少ない。
その薪を少しずつくべながら、僕はまた木に寄りかかってじっとしていた。目を閉じるとすぐに眠ってしまいそうになるけれど、リードたちの寝息を聞きながら目を閉じ、静かに体力の回復に集中することにした。
それからまたしばらくの時間が経った。やはり聞こえてくるのは彼らの寝息と気味の悪い鳥の声、木々のざわめきに、遠くから聞こえる虫たちの小さな鳴き声。
「……ノイズ?」
ふと目をやると、ノイズが静かに起きだしていた。彼女はゆっくりと身体を起こすと、自分の周囲を見回した。彼女の隣にはクリスト、その向こう側にリードが横になっている。その反対側、彼女のすぐ横に、木に寄りかかっている僕を見つけた。
「ルシア……見張り、してたの?」
いつになく弱々しい声で、彼女が問う。
「うん……みんな大変だったから……」
僕の声も、思っていた以上に頼りなかった。
「あんたも大変だったじゃない……少し休みなさいよ」
「うん。でも僕はリードに担がれてたから、みんなほどじゃないし」
言って無理に笑ってみせる。……かなり弱々しいものではあっただろうけど、ノイズも僕に合わせて苦笑している。
しばらく沈黙が続いた。相変わらずの焚き火と森の音以外は。
静寂を破ったのはノイズの声だった。
「ごめんね……」
「え?」
いきなり謝られるような理由が咄嗟に思いつかなかった僕は、思わず聞き返していた。「あたし……いっつも何も考えないで動くから……。地図も見ないで勝手に突っ走って、こんな場所に出くわしちゃって……」
ほとんど泣き出しそうなノイズの声。
「そんなことないって。今だってこうしてみんなで休めるスペースに辿り着いたんだし、ノイズだって必死だったんだから!」
なんとか慰めようと言葉を捜すが、うまい言葉が見つからない。
「違うのよっ……あの時……急いでいても地図を確認すべきだったのよ……。多分あそこで……どこかのワープゾーンにつながったのよ……。それでもあたしは闇雲に走ったわ……リードもクリストもあんたも怪我してるってのに……っ」
最後はほとんど泣き声で、途中で息を詰まらせていた。
「ノイズ……。ノイズ、ねえ、ノイズのしたことは間違ってなんかいないよ。今こうしてみんなが無事でいることもそうだし、モンスターも襲ってこない。ここじゃない場所で止まってたりしたら、それこそもっと酷い状況になってたと思うよ?」
僕も不安に負けて貰い泣きしそうになりながらも、何とかこらえてノイズに言う。
実際に、変なところで立ち止まっていたら、重症を負ったままでより強力なモンスターと戦わなければならない状況になっていたかもしれない。そんな無謀な戦闘をするくらいなら、道に迷っていたとしてもここで立ち止まったのは正しい選択だったはずだ。ここなら結界を張るスペースは十分にあるし、小さいけれど焚き火もある。リードが僕たちを抱えてくれたお陰で、ノイズが真っ先に走ってくれたお陰で、パーティのみんなは今ここにいる。……何とかなる。
僕の、自分にも言い聞かせるような、独り言のような言葉を聞いて、ノイズは静かに泣き出してしまった。
「ノイズ……」
「ごめんねぇ……ありがとう、ルシア……」
それだけを言うと、ノイズは僕が寄りかかっている木の隣に座り込み、僕に寄りかかって、両腕に顔を埋めたまま、しばらく静かに泣いていた。
ノイズが泣くのなんて初めて見たような気がする。
いずれリードが起きだしてきたら、ちょっと酷な気もするけど、僕と見張りを交代してもらおう。それからもう一度完全な状態で、クリストや二人に回復魔法をかけてあげよう。
またしばらく、沈黙が続いた。今度は二人分の寝息と一人分の静かなすすり泣きが僕の耳に入ってくる。相変わらず気味の悪い鳥の声や木々のざわめきは聞こえていたけど、今の僕で、一人きりの不安というものがほとんど姿を消していた。
少しだけリラックスして、僕は見張りを続けた。
焚き火のはぜる音が心地いい……。