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冒険の果て、僕たちが得たもの。

「ひょぉーおうっ! 快適快適!」

 僕の『風』の結界の中で能天気な声ではしゃぐリード。

 僕たちは、あれから十分に休息をとって、今は僕の浮遊魔法で森の上空を町へ向かっている最中だった。リードはやたらとはしゃいでるんだけど、この結界を維持するのって、結構大変なんだよね。

「お前なあ、こんな便利なモンあるんだったら最初から使えよな……ったく出し惜しみしやがって」

 結界に張り付いていたリードが、錫杖に乗ってそれを維持している僕にぶーたれてくる。

「うるさいよ、リード。これだって術者は結構消耗するんだから、何があるか分かんないところでそうホイホイ使えないよ」

 負けじと僕も言い返す。集中力を術にかけているせいで、僕はちょっと不機嫌に答えた。

「そうよ、今回ルシアすっごく頑張ってたじゃないの。ちょっとはねぎらいなさいよ。ね、ルシア」

「そうですね。ルシアには随分助けられましたからね。今こうして飛んでいられるのもルシアあってのことですから」

 と、ノイズもクリストも僕の味方についたから、リードは子供みたいに拗ねちゃったんだけど、僕にとってはものすごく嬉しいフォローだった。何度も大きく頷くだけで二人の意見に賛成し、僕は結界を操作して北風に乗せた。


 あのあと、あのおぞましい『テディ』を消滅させたあとで、僕たちはみんなその場に倒れたんだ。

そして塔全体が大きく揺れているのに気付いて、みんないっせいに目が覚めたんだよね。その揺れ、実は塔が崩れる前兆だったみたいで、僕たちが焦って手近の窓から飛び降りた。僕たちがいたのは塔の五階あたりだったと思うんだけど、そこは僕の魔法で何とか無事に地面に着地。みんなで、崩れて風に流されて消えていく塔をしばらく眺めてたんだ。

 あの塔、実はそれそのものが魔法で強化されていて、実際には崩壊寸前にまで老朽化していたようで、あの『テディ』を倒したことでその魔法が全て解けた。その上、その中では僕たちがやたらと派手に戦ったせいもあって、とうとう自分の重ささえ支えきれなくなって崩壊。もともと魔法で作り出されていた塔は、瓦礫と化して崩れ落ちたあとから細かな塵になって、流れてくる風に流され、言葉どおりに跡形もなく消え去っていった。地面に、それが存在した唯一の証ともいえる腐りかけた土台の一部だけを残してね。

 それから、僕たちは森の出口、塔があった場所でもう一夜を明かして、今こうして町へと帰る空の旅についたんだ。今は北から流れてくる風に乗って、順調に、空の旅は快適だった。

 こうやって見下ろすと、かなり広くて大きな森だ。こんな森を何日かけて抜けたのか、どんな戦闘があったのか、何故だか無性に懐かしい気持ちになったのは僕だけだったのかもしれないけど、結構無茶したなぁ。無茶は今回に限ったことじゃないけどね。

「あぁ……疲れたわねぇ。今回は特に気持ち悪かったし」

 外の風景を眺めながらしみじみと、ノイズが言う。

確かに僕たちはいろんなモンスターと遭遇し戦ってきたけど、今回は本当に気持ち悪いモンスターが多かった。あの『テディ』を筆頭に、塔の中にはゴースト系のモンスターもいたし、森の中でも気持ち悪いモンスターがいた。何度も危ない目にもあった。

今こうして生きて、全員無事にいられるのは、何ともラッキーだったとしか言いようがない。何たって僕たちはまだまだ経験不足の未熟なパーティ。誰も攻略したことのない、情報も極めて少なかったこの森と塔を、よくクリアできたものだ。

本来この森に入った本当の目的は、今しっかりと僕の荷物の中に入っている。魔道書だ。塔は跡形もなく崩れ去ってしまったけれど(もちろん、その中にあった物も大きな家具から小物にいたるまで全てが)、何故かこの魔道書だけは消えなかった。僕の心は躍っていた。これから帰って、早くこの魔道書の研究をしたい。今まで知らなかった魔法の知識を、これで得ることができる。期待は高まる一方だった。

「それにしても、本当に危なかったですね、今回は」

「そうだな……今回はホントに死ぬかと思ったぜ」

「死にそうで危ないのはいつものことでしょ?」

「特にリードはね」

 最後に言った僕の台詞で、リードを除く三人が大爆笑。本当にいつも無茶して突っ走るのはリードなんだ。無茶するだけならいつものことだけど、真面目に剣の練習をしてたらもっと楽に戦えるんだけどなあ……。帰ったら今度こそリードに訓練するように言わなくちゃ。

 北風に乗って順調に町へと向かう上空から、小さく僕たちの町が見えてきた。もうすぐだ。

「あ、ほらあそこ!」

 ノイズがある一点を指差して声を上げた。そこは森の終わりから少し先。間違いなく、僕たちが今拠点にしている町の影がぼんやりと遠くに見ていた。

「ようやく到着だね」

「ルシア、大丈夫ですか?」

 塔から出てきて一夜をゆっくりと休んだとはいえ、長距離の、しかもほかのメンバーを乗せて飛んでいる僕に、心配げな口調でクリストが聞いてきた。

「うん、もう少しだからね、大丈夫だよ」

 ちょっとキツかったけど、無理して笑顔で答える。北風に乗っているのが幸いしたのか、飛行速度はいつもより速かった。すいすいと空中を漂う『風』の丸い結界は、深い森を飛び越え、着実に町への道を辿っていた。


「やあ、お帰りなさい。今回は随分と長い冒険でしたね」

 町に降り立った僕たちは、真っ直ぐにいつもの宿屋に到着した。

 宿のご主人がやたらと心配そうな顔で僕たちを見ているのが気になって、僕たちは改めて自分たちの身なりを見てみた。

 みんなあちこち傷だらけで、装備していたリードのライトメイルや僕とクリストのローブはあちこち切れたり破けていたり、いたるところに染み付いた血痕がどす黒く乾いてこびりついている。

「何とか無事に帰って来れたよ。みんなボロボロだけど、服だけだから大丈夫」

 僕は内心の喜びを隠せずに、笑顔で宿のご主人に報告した。

「それはそれは……大変でしたねぇ。まぁ今夜はゆっくりと休むといいよ。食事はあとで部屋に持って行きますからね」

「ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えて、休ませてもらいますね」

 クリストがそう言って宿のご主人に向かって一礼すると、僕たちはそろっていつもの部屋へと移動した。

 部屋のベッドはきれいに整えられていて、いつでもゆっくり眠れるように準備してあった。僕たちは男女二人に分かれて、ベッドに滑り込むと同時に、装備してあったものもそのままに、全員が深い眠りについた。ベッドで眠れるのなんて何日ぶりだろう。今日は久々に敵に襲われる心配もなく、ゆっくり眠れるだろう。

 僕は疲れと心地良いベッドのお陰で、すぐに眠りに入った。夢も見ないで、ぐっすりと。


 それから数日をかけて後片付けを一通り終えると、僕とクリストはそろって町に出た。僕たちのローブやマントは再起不能。買い換えるしかないと思って出かけたんだよね。

で、ここだけのハナシ、実は魔道書以外にも手に入れた、いわば戦利品ともいえるものがいくつか手元にあったので、それの換金にも行かなきゃならない。その戦利品というのが、実は『テディ』がいた部屋にあった宝石の類。僕が見たところ、傷もないし、かなりの上物だろうと思う。あくまで僕の見解だけど、宝石類を見極める能力に関しては、僕は結構自信がある。

「それじゃ、まずは換金してこないとね」

「? 何ですか、それ?」

「えへへへ……あの部屋からごっそり持って帰ってきちゃった」

 ぺろっと舌を出して、後ろ頭を掻きながら笑顔で誤魔化してみる。クリストは苦笑混じりだったけど、これはいつもの僕の悪い癖だ。彼もそのことを知っている。

 そんなことを話しながら、僕たちは換金屋の戸を叩いた。しばらくして出てきたのは、白い髪と黒い髪が三対一くらいに混じっている初老の男性。右側の目が悪いのか、片方だけに眼鏡をかけた、ちょっと胡散臭い感じのする男だ。いや、外見で人を見るのはやめたほうがいい。この人、容姿こそ胡散臭いが仕事に関しては厳しいし、僕は常連になっているので、結構高値で引き取ってくれる。

「ほおう……これはまた、立派なものを手に入れたもんだな」

 僕が差し出したいくつかの宝石類を見せると、すぐに品定めしながら彼が言う。ということは、やっぱり本物だったみたいだ。

 ここから、僕とその男との商談が始まった。これが始まると結構長い時間がかかってしまうので、クリストには先に預かり屋に行ってもらうことにした。

「で? どうなの?」

 少し身を乗り出して、彼の次の言葉を待つ。

「んー……、こいつはかなりの掘り出しモンだ。……冒険で手に入れたのか?」

「うん。この町の北にある森を抜けたところにある塔からかっぱらってきたんだけどね」

 悪戯っぽく僕が言う。

「はははっ、お前らしいな。……って、あの森を抜けたのか?」

 僕の言葉に大げさに驚く胡散臭い男。

「ま、ね。で? いくらくらいになるの?」

 男の言葉を軽く無視するかたちで、ちょっと強引ではあったけど商談を進めた。

「そうだなぁ……あの森の奥から生きて帰って来られるだけでも奇跡なんだろ? しかもその塔にあったってんだから、付加価値は十分につくぜ、こりゃ」

「よろしく頼むよ、おっちゃん」

「おう、任しとけ」

 言うと、男は店の奥へと入っていった。じっくりと観察するためだろう。たまに偽物をつかまされることもあるもんだから、慎重になる気持ちはよく分かる。

 しばらく店の前で待っていたんだけど、ただ待つだけじゃ退屈だから、店先に並んでいる豪華な宝石たちを眺めて時間をつぶした。ノイズだったら、こういう豪華で派手さもあるアクセサリーなんかとても似合いそうだ。

 さらに待つことしばし。店の奥から男が出てきた。結構大きな袋を持っている。その大きさからみると、結構な額になっているんだろうな。

「で? いくら?」

「おう、一応全部鑑定させてもらったけどよ、全部無傷でしかも紛いモンなしとくりゃ、こんなもんだ」

 言って手にしていた袋を手渡す。思った以上に重い。袋の上から触った感じだと、紙幣のほかにもかなりの量の硬貨も混じっているようだった。

「ありがとう、おっちゃん」

「おう、また頼むぜ冒険者さんよ」

「任しといて!」

 ちょっと重い袋を両手で抱えるようにして持ちながら、クリストのあとを追うかたちで預かり屋に向かった。

 クリストはちょうどそこから出てくるところだった。

「あ、ルシア。わたしはもう用事済ませましたけど、待ってますね」

「うん、ありがとう。すぐに終わるから」

 クリストを外で待たせたままで、僕は預かり屋のご主人にさっき換金したものの大半を預けた。これで僕の貯金はかなりの額になっている。冒険中は忘れていたけど、僕の夢までもうすぐだ。

「ありがとう、おっちゃん」

「はいよ、またおいでよ」

「うん!」

 用事を済ませると、すぐにクリストと合流して、早速二人で買い物に出かけた。


「……何か、視線を感じますね」

「うん。変な感じだね」

 僕たちが並んで歩いていると、道行く人たちの視線がほとんどこちらを見ているような気がする。わざわざ振り返って見る人もいるみたいで、どうやら僕たちが通りの視線を集めているのは間違いないようだ。

 と、いきなり後ろから僕たちの背中をどついてきた人がいた。

「よお、魔法使いと僧侶のコンビか! 聞いたぜ聞いたぜ、あの森ん中の塔を攻略したんだって? え?」

 馴れ馴れしく声をかけてきたのは、髭面のがっしりとしたオヤジ。あんまり強くどつかれたんで、僕とクリストは前に数歩たたらを踏んでから同時に振り返った。

「え? あの……」

「謙遜すんなって! でもまさかこんなひ弱そうな兄ちゃんとちびっ子の魔法使いのパーティだとは思わなかったぜ!」

 クリストの言葉を遮って、髭オヤジは大声でまくし立てる。……どうでもいいけど、耳元で大声を出すのは止めて欲しいなぁ……それにちびっ子って……。

「他にもファイターが二人いたんだろ? そいつら今日は一緒じゃないのか?」

「……いつも一緒とは限らないよ。それにおっさん、口が臭い」

「おっ……?」

「何? 文句あるならかかってきなよ」

 ちびっ子と言われて腹が立ったのと、クリストのことを悪く言われて、僕は半眼になって思わず喧嘩腰に髭オヤジに言い返してしまった。

怒鳴り返されるかと思いきや、髭オヤジは少し怯えたように言葉を詰まらせて数歩後退った。僕の目つき、そんなに凶悪だったのかな……。

「わ、悪い悪い……あんたら見た目以上にやるらしいからな、手合わせは勘弁してくれよ。じゃ、じゃあな、今度の冒険も頑張れよ」

 言うと髭オヤジはそそくさと僕たちから離れ、通りの人並みに混じって行った。

「ルシア……今のって……?」

 きょとんとした顔で、僕のことを見下ろすクリスト。僕はまだ少し不機嫌な顔をしていたけど、一つ溜め息をついてクリストに説明する。

「うーん、多分、僕のせい」

「は?」

「いやあのね、小遣い稼ぎにと思ってさ、今回の冒険のことシナリオ屋に売ったんだよ。名前はちゃんと変えてあるけど……それが結構評判いいらしくって。へへへ……」

 後ろ頭を掻きながら、決まり悪く僕が言う。クリストはしばらく呆けてたみたいだったけど、納得したのか、いつもの困ったような笑顔を見せて、僕の頭をぽんぽん叩いた。

「よくこの短期間に書きましたね。評判がいいってことは、結構な収入になってるんでしょう? それに、わたしたちの存在もわりと知られているみたいですね」

「ごめんね、名前とか出してないのにバレるとは思ってなかったから」

「構いませんよ、わたしは。それに、リードもノイズも、評判になって喜んでるでしょうし」

 僕が何のためにそんな小遣い稼ぎをしているか、なんて理由は聞かなかったけど、クリストには何となく分かってるんじゃないかな。それに、怒られなかったってことは、僕が何をしているのか気にしてないのか、あるいは何をしてもクリストは認めてくれるってこと。僕たちは顔を見合わせて笑って、また目的の場所に向かって歩き出した。

 そういえば、今日は二人ともいつものローブを着ていない。いたって普通の格好なのに、何であの髭オヤジは分かったんだろう……思って僕はふと気付いた。いつもの癖で、僕はあの錫杖を持っているし、クリストもいつもの目立つ十字架を胸にぶら下げている。分からないほうがおかしいのかもしれない。魔法使いや僧侶の格好で錫杖なんかを持っていても不自然じゃないけど、普通の格好でこんな目立つものを持っているのはかなり不自然だ……今気付いたんだけど、まあいっか。だからあんなに人目を惹いちゃったんだ。

 そんなことを考えてるうちに、僕たちは目的の店の前に着いた。衣装屋だ。

 今回の冒険で僕たちのローブはぼろぼろの血まみれだったから、まずはその替えを買うつもりだった。僕は魔法使い用の黒いローブ、クリストは僧侶が着る法衣を選ぶためだ。

 ちょっと懐具合もいいから、僕は今までのよりも防御力の高いものが欲しい。それに、今までのローブは飾り気も何もない地味なものだったからね。

 衣装屋に入ると、様々な職業に合わせて作られた衣装が所狭しと並んでいた。僕はその中から魔法使いのコーナーに入って、裾と袖口に銀糸で魔道文字が描かれた漆黒のローブを選んだ。あの髭オヤジにも言われたけど、僕は背が低いから、店の人にちゃんと裾上げしてもらってね。

『あんたねえ、女の子なんだからもうちょっと可愛らしくしなさいよ?』

 なんてノイズにも言われてたんだけど……、可愛らしく、なんてことは性格上僕には無理としても、ローブくらいは少し飾りがあってもいいかもしれない。

 クリストにも飾り文字があしらってある法衣を勧めてみたんだけど、彼は断固としてごくごく地味なものを選んだ。ただ、色は真っ白だから、これはこれで結構目立つんだけどね。

 それから二人でマジックショップへ行った。クリストが行きつけだって言ってた店にも行って、ちょこちょこと雑貨を買ってみた。雑貨といっても、ただの飾り物じゃなくってちゃんと実用性のあるもの。  

今回クリストが買ってきた彼のリング。あれは最後に『テディ』を倒すのに凄い力を発揮した。ただの飾りと思ってなめてちゃいけないのだ、マジックアイテムというやつは。

買い物のあと、しばらく町をぶらぶらしてから、夕暮れ前に宿屋に戻った僕たちは、いつもの場面に出くわした。


「ちょっとリード! いい加減にしなさいよっ!」

「うるせえ! てめえこそ黙ってできねーのかよっ?」

「気合が大事なのよ、格闘家は! あんたこそ早いとこ上達してみせたらどうなのよっ!」

 リードとノイズの口喧嘩だ。宿の裏にあるちょっとした広場で、二人が喧嘩していた。喧嘩といっても、さっき言ったように口だけなんだけど、どうやら手合わせをしているらしい。格闘家とファイターが異種格闘戦を演じていた。……ただし、一方的に格闘家が押している。

「ただいまー」

「相変わらずですね、お二人とも」

 僕たちの声に振り返るノイズ。リードはそれをチャンスと思ったのか、構わず切りかかっていくが、ノイズの持つ鉄製のトンファーで軽く受け流されてしまった。その勢いでそのまま不恰好につんのめるリード。

「早かったわね二人とも。それよりこのファイター、どうやったらもうちょっとマシに戦えるようになるのか……いい方法ない?」

 つんのめったままの格好で地面とキスしてるリードを見やり、溜め息混じりにノイズが言う。

「さあね。少なくとも僕とは属性が違うから適切なアドバイスはできないよ」

 僕も呆れ気味に答える。クリストは言葉もなく苦笑いを浮かべている。

「それよりさあ、ノイズのそれ。結構傷だらけだよ? 大丈夫なの?」

 ノイズが手にしているのは鉄製の、トンファーと呼ばれる格闘用の武器。彼女は戦うときには武器を使いたがらないが、リードとこうして訓練するときにはトンファーとか棒を使う。が、それがもうかなり傷んでいて今にも折れてしまいそうだ。

「ん? 大丈夫よ。こんなへなちょこな剣であたしの武器が壊れるわけないじゃない」

「へなちょことは何だへなちょことは」

 むっくりと地面から顔を離して起き上がりながら、リードが耳ざとく聞きつけて文句を言う。

  みし……っ

「……………………!」

「あんたはまだ沈んでなさい」

 言う前にすでにリードの脳天にトンファーを情け容赦なく振り下ろす。リードは声もなくまた地面に沈んでしまったが、それはみんなが無視。

「でもノイズの攻撃で壊れる可能性は大ですね」

 もっともなことを言うのはクリストだ。彼の言うとおり、さっきの一撃でリードの頭の形に凹んでいる。

「そうね……あたしはリードとやるときにはほとんど攻撃しないんだけど、やっぱり受けてるうちに壊れるわね」

 凹んだトンファーを見ながら、溜め息混じりのノイズ。

 確かに、リードとノイズがこうやって訓練してるのはたまに見かけるけど、リードは攻撃ばっかり、そしてノイズは防御に徹している。いくら丈夫な鉄でできているとはいえ、彼の繰り出す力任せな攻撃を受け続けていれば、壊れるのも時間の問題だ。

「……嘘つき……」

 うわ言のようにリードが呟く。が、それも無視。

「そろそろ替え時ですね」

「そのようね。さって、次は何がいい? リード」

 片方をクリストに渡して、意地悪そうにノイズがリードに聞く。ノイズはどんな武器でも大抵の物は使いこなせる。ただし、飛び道具以外、格闘用の武器に限るけど。

「…………こんにゃく……」

「……はい……?」

「寝てるよ、この人」

 ナゾの言葉を残して、リードは地面に突っ伏した不自然な姿勢で、そのまま寝息を立て始めた。僕たちが買い物やら何やらに時間を費やしている間中、ずっと訓練していたらしい。リードが倒れているのに、それ以上に動いていそうなノイズが平気な顔をして立っているのが不思議だけど、考えれば単純なことだ。

リードががむしゃらにノイズに攻撃を仕掛けていたのだろう。考えなしに動き回ることと、その動きを読んで軽くかわし続けるのとでは体力の消費量が断然違ってくる。

「ったく……しょうがないわねうちのリーダーは……。悪いけど運ぶの手伝ってくれる?」

「仕方ないね」

「完全に熟睡してますよ、リード」

 言いながら三人でリードを地面から引っぺがす。かなり乱暴に動かしてるのに起きる気配はまるでない。

本当、彼にはもっともっと強くなってもらわなきゃね。いつまでもリーダーが一番無様な姿をさらしているわけにはいかないし、うちのパーティも結構有名になりそうだから(僕のせいだけど)、少しくらい格好つけたいよ。魔法使いや僧侶が活躍しすぎるのもどうかと思う。まあこれは僕の個人的な感覚なんだけど。

 今回の冒険ではリードに随分助けられたこともあったし、今回はいつもよりもリードには感謝してる。森の中では彼に抱えられて移動したしね。彼がいるのといないのとじゃ、戦闘状況も大分変わってくる。


 僕たちはリードを宿のいつもの部屋に寝かせると、何となくみんなで食堂に集まった。夕食にはまだ早い時間だし、リードはあの状態。となれば、別段することもない僕たちは、適当に簡単なものを注文して、やはり何気ない時間を過ごした。

「しばらくは身体休めたいね」

「ええ、今回はかなり無茶しすぎたし、あたしもステージが恋しくなってきてるしね。たまにはあんたたちも見に来たらどう?」

 ノイズが言っているのは、町のほぼ中央にある劇場のことだ。ダンスホールもあるし、カジノもあるし、レストランもたくさん入っている。ノイズはそこのダンスホールの花形ダンサーなんだけど、実は見に行ったのは一回だけ。何となく苦手なんだよね、そういう賑やかな場所って。クリストも同じらしくって、彼は一度も行ったことがない。リードはというと、ダンスよりもカジノが目的だし、いつも小遣いを持って行ってはすっからかんになって帰ってくる。

「ぼくはちょっと……苦手なんですよ、あんまり賑やかなところは」

 クリストが注文したコーヒーを手に持って言う。いつも謙虚な顔をしているが、それをさらに申し訳なさそうにしながら。

「そう。そうよね、クリストはちょっと居づらい場所かもね。あんたは?」

「うーん……僕も結構苦手。どっちかっていうと、図書館とかの方が好きだな」

「もう、ノリが悪いわね。それより二人とも、今日何買ってきたの?」

 ころっと話題を切り替えるノイズ。僕たちが二人とも彼女の副業の場に興味がないことは前から知っていることだったので、無理に要求することはない。相手の趣味嗜好を知っていて、自分とは趣味とか考え方とかが違うんだけど、それを相手に押し付けることは彼女はしない。それが彼女なりの優しさなんだと僕は思う。

「今日は僕たちの服と、それから小物をちょっとね。あ、そうだ」

 言って僕はズボンのポケットをごそごそと探る。そして、一番奥に目的のものを見つけた。

「はいこれ」

「何? あ、ブレスレット?」

「うん。一応マジックアイテムだよ。身体を軽くしてくれるやつだから、ノイズだったら攻撃力アップ、回避率もアップできると思うし……ノイズに似合いそうだったからね」

 僕がノイズにプレゼントしたのは、深紅の小さな宝石をメインにあしらった、三連になっているブレスレット。色もメインを引き立てる淡いピンクとか薄紫色で、ビーズがきれいに並んでいるもの。

 一応リードにもリストバンドを買ってきてあるんだけど、今は渡せる状況じゃないな。リードのもマジックアイテムで、効果はノイズのと似たようなもの。両腕の手首から肘近くまで届く、ちょっと長いサイズだけど、リードの戦闘パターンを見ていると、結構役に立つと思う。

「わあ、綺麗ねこれ。ありがと、ルシア」

「どういたしまして。今までのお礼と、これからもよろしくってことで。それよりさ、ノイズにも言っとかなきゃいけないことがあるんだけど……あと、リードにも」

「何?」

 早速身につけたブレスレットを満足そうに眺めながら、ノイズが聞いてくる。

「うん、クリストにはもう言ったんだけど、実はさ、僕今回の冒険をシナリオ屋に売っちゃったんだよね」

「シナリオ屋?」

「あれ、ノイズ知らなかったんだ? 僕はシナリオ屋って呼んでるんだけど、印刷屋さんのことだよ。そこに小説みたいに書いて印刷をお願いすると、何かの情報誌とかに載せてくれるの」

「へえ、そんなものあったんだ……って、あたしたちのこと書いたのっ?」

 いきなり身を乗り出してきたノイズにびっくりして、ちょっと腰が引けちゃったんだけど、何とか椅子に座り直して説明を続けた。

「えへへ、書いちゃった。でも名前はちゃんと変えてあるし、少し面白く書きすぎた部分もあるけどね。で、これが結構評判らしくて。ね、クリスト」

「ええ、町にいる間中視線を集めてしまってましたからね」

「……変な髭オヤジに声かけられちゃったし」

 後半の台詞は昼間の出来事を思い出してちょっと不機嫌に答えちゃった。確かに、同年代の人たちよりは多少背は低いことは認めるけど、人に、しかも全く見知らぬオヤジに言われたことで余計に腹立たしかったのは事実だ。

「ふっふっふ……」

 と、ノイズが目の前のミックスパフェを口に入れたまま器用に含み笑いをした。しっかりと飲み込んでから言ったノイズの次の台詞はこうだ。

「ふっ……これであたしたちの知名度はかなり上がったことは間違いないわね。これから忙しくなるわよ?」

「え?」

「だあって、知名度アップ、ってことはあたしたちの冒険以外でもいろんな依頼が来るってことじゃない? 冒険だけじゃなくて、どこかの有名な商店の荷車の護衛とか、もしかしてもっと突拍子もない依頼がくるかもしれないわ」

 なるほど。僕は素直に納得した。本業は冒険者の僕たちなんだけど、それぞれの副業で稼いではいるものの、それほど大きな収入にはならない。冒険者という仕事の中で、冒険以外に仕事がくるとなると、パーティの財務状況もかなり豊かになることが期待できる。

「そうですね。いつでも依頼を受けられるように常に準備を整えておくのが得策でしょう」

 ノイズの言葉に賛成のクリスト。僕も賛成だし、多分リードもノイズと同じことを言うに違いない。

 しばらく他愛のない話をしているうちに、リードが上の階から降りてきた。まだぶつけたところが痛いのか、顔面をさすりながら僕たちのテーブルの空いている席に腰を下ろした。

「もう大丈夫なの?」

「ああ、かなり痛かったけどな」

「あんたが弱いからよ。もう少し剣の練習しときなさい」

 たしなめるようにノイズが言うが、リードはノイズの最後の一撃が気に食わなかったのか、まだむくれっ面をしている。鼻のあたりに大きな絆創膏を貼っているし、他にも擦り傷だらけだ。

「むう……分かっちゃいるんだけどさ」

「剣の師匠にでも入門してみたら? 剣に関しては知識はないけど、構えとか姿勢とか、基本的なところが怪しいもんね、リード」

「そうだな……。俺も今回のことでさすがに懲りたからなぁ。明日にでも探しに行ってみるよ」

 と、珍しく殊勝な意見を言う。

「ま、とにかく全員そろったところで、夕食にしましょう。ちょうど時間ですし」

 クリストがその場をまとめ、それぞれにメニューを覗き込んだ。安普請の宿屋ではあまりいいものは期待できないけど、冒険が終わってから屋根のあるところでご飯を食べるのはやっぱり落ち着く。

 それぞれにメニューを注文し、ゆっくりとした夕食を終えた。しばらくまた他愛のない話をしていたが、やがて店内の客も少しずついなくなり、僕たちもいつもの部屋に移動した。

ちなみに僕が買ってきたリードへのお土産はちゃんと渡したし、シナリオ屋の話もちゃんとしてある。彼のリアクションも、予想通りノイズと同じようなものだった。早速付けてくれたリストバンドも中々似合っている。

 もう少し今後のことを話そうと思っていたんだけど、明日でもその先でもいいや。そんなに慌てる理由もないもんね。今は少しのんびりしたい気持ちも大きいし。


 帰ってきてから数日が経過した夜でも、ベッドに入ると今までの冒険のことがいろいろ思い出されて、なかなか眠りに付けなかった。けど、今日までのことはしっかり日記に付けてある。これからゆっくり時間をかけて整理して、教会に報告に行って、それから、今日は忘れてしまってたけどあの魔法屋のじーさんにも挨拶に行かなきゃね。これからもクリストと一緒に魔法の練習したり、薬を調合してみたり。なにより、手に入れた魔道書の解読もしないと……などなど、いろんな思いが交錯する中、僕はゆっくりと眠りについた。


 今じゃない、ここじゃない世界。冒険者という職業が存在するこの世界で、また一つ、冒険者のパーティとして新たな名前を連ねるパーティがあった。


 僕たちの目的はまだないけれど、いつかきっと、伝説に残るような冒険者として、僕たちはどんどん強くなりたい。

 僕たちの冒険は、まだまだ始まったばかりなのだから……。


【 終 】


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