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Peace Maker  作者: 那津
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-All roads lead to Rome-



八章 -All roads lead to Rome-





「まただ……」

受話器を置いたディーズはやれやれと息を吐いた。

その言葉にモカは顔を上げる。

「またドラン通り脇の市場でスリですか?」

ディーズはノートを開く。

「これで10回目ですね」

モカの言葉にディーズは自嘲気味に笑った。

「そろそろ警官の信用にも関わってくるな」

するとラウナルが本をパタンと閉じた。

「せやけどどうしようもあらへんやんか。いっぺん俺だけ残して全員であの市場行ったけど収穫はなんもなしやったんやろ?」

「ああ」

「それに、被害者は全員スラれたことに後で気づくし犯人の顔見とらんからほんまお手上げやんけ」

ディーズはため息をつくと皆に聞いた。

「そういえば、今日のドラン通りのパトロール任せたのはどのペアだっけ?」

シャルは手を上げた。

「自分とヴァウェル先輩です」

「そうか」

ディーズは唸っている。

「また全員で行ってみるか……」

するとヴァウェルが帽子を取って立ち上がった。シャルの方を一瞥するとドアへ向かう。

「行くぞ」

「え?でもディーズ先輩が……」

「構わん。俺たちだけで行ってくる」

キールは驚いたような顔をした。

「あらら?班長サン無視っちゃった?」

ヴァウェルは無言で出て行く。

「珍しいねぇ、あの副班長サンが班長サン無視っちゃうなんて」

「せやなぁ」

ラウナルも少し驚いているようだ。

「どうします?」

シャルがディーズに聞くと、彼はふっと笑った。

「いいさ。何か考えでもあるんだろ。行って来い」

「はい、行ってきます!」

敬礼をするとシャルは帽子を取ってヴァウェルを追いかけた。

ヴァウェルはスタスタと歩いている。歩幅が広いくせに、誰かに合わせて歩くようなことをしない彼についていくのは大変だ。

若干小走りになりながら、シャルは見上げるようにしてヴァウェルを見た。

「ヴァウェル先輩、何か考えでもあるんですか?」

彼は無言で歩いている。

「……先輩?」

「黙れ。今考えているんだ」

低い声で言われてシャルは思わず謝った。

「すみません……」

するとふとヴァウェルは立ち止まった。

「おい、お前私服に着替えろ」

「どうしてですか?」

「さっさとしろ」

「あ、はい」

シャルは寮に走って私服に着替えた。

戻ってくるとヴァウェルは小型の無線機をシャルに手渡す。

「市場に入ったら人に見られないように持っておけ。俺が指示する」

「はい」

「それと、市場ではお前は俺の数メートル前を歩け。極力真っ直ぐ歩けよ」

「はい」

シャルは頷きながらも、ヴァウェルが何を考えているのかまったく分からなかった。



市場に到着するとシャルはヴァウェルより先に歩き出した。

今日も市場は大勢の人でごった返していた。道の端から端まで人で溢れている。確かにここはスリにはとっておきの場所だ。

しばらく歩いていると、無線機からヴァウェルの声が聞こえてきた。

「スったぞ」

「え?」

「前方の黒いニット帽を被った男だ。見えるか?」

シャルは前を見た。

「見えます」

「絶対に目を放さずに追いかけろ」

「はい」

「捕まえたら、財布を持っていなくても俺の所へ連れて来い」

「先輩はどうするんですか?」

「さっさと行け」

「わかりました」

シャルは慌ててニット帽の男を追いかけた。

その数メートル後方で、ヴァウェルは睨むように前を見て歩いていた。

しばらくすると、ヴァウェルからはニット帽の男もシャルの姿も人混みに紛れて見えなくなった。

その時だった。

誰かが前からヴァウェルにぶつかった。すかさずヴァウェルは後ろを向き、ぶつかった男を気づかれないように追いかけ始める。

その男は市場からドラン通りへ出ると、人通りの少ない路地に入った。

彼の手には財布が握られている。

男は小声で嘲笑うように言った。

「ちょろいもんだぜ」

その男の後ろに立ったヴァウェルは、低い声で言った。

「ほう、警官もずいぶんとなめられたものだな」

その声に飛び上がった男は慌てて後ろを振り向いた。

「警官が何の用だ!」

ヴァウェルはニヤリと笑う。

「警官の財布をスっておいて何の用だ、とはどういうことか」

「は?スリなんかしてねぇよ」

「じゃあ、その財布は何だ」

「コレは俺のだ」

「ついさっきなくなった俺の財布と同じだが?」

「へぇ、それは奇遇だな」

するとヴァウェルは男の手から財布を取り上げて開けた。そして札入れの所から一枚の写真を取り出す。

ヴァウェルはふっと笑ってその写真を男に見えるように反転させた。

「なっ……」

男は驚いて目を見開いた。

ヴァウェルは男を睨むように見る。

「これがお前の財布なら、なぜ初対面であるはずの俺の写真がお前の財布に入っているんだ?」

「……ちっ」

男は逃げ出そうと走り出した。

しかし、ヴァウェルの方が早く、男をねじ伏せた。

「ってぇ!」

男が悲痛の叫び声を上げたその時、無線からシャルの声が聞こえた。

「捕まえました!」

「今すぐドラン通りに出て左に曲がり、一本目の路地へ来い」

「わかりました」

程なくして、シャルが到着する。

シャルは目を丸くした。

「どうしたんですか?その人」

「共犯だ」

「共犯……?」

ヴァウェルはシャルの捕まえたニット帽の男の持ち物を調べた。

彼は財布は持っていなかった。

「やはりな」

ヴァウェルは振り向いて、自分の捕まえた男を見る。

「財布を出せ」

「は?返しただろ」

「もう一つ二つ持っているだろう」

「ねぇよ」

「……シャル、調べろ」

「はい。失礼します」

しばらく調べていると、シャルが声を上げた。

「見つけました。二つありますけど」

「預からせてもらうぞ」

男は小さく舌打ちをした。

ヴァウェルはシャルに指示を出した。

「連行するぞ」

するとニット帽の男がヴァウェルを睨む。

「おい、俺は無関係だぞ。財布持ってなかったんだからスリなんてしてねぇし、こんな男も知らねぇよ」

するとヴァウェルの捕まえた男が怒鳴った。

「なんだと!?捕まった時は裏切りはなしだと言っただろうが!」

ニット帽の男はフッと笑う。

「人違いじゃねぇのか?」

「んだと……っ!」

そこでヴァウェルが割り込む。

「関係など調べればすぐにわかる。お前も署に来てもらうぞ」

ヴァウェルはパトカーを回してきて、二人を乗せた。

その頃、交通課の部屋には市場でスラれたという被害者からの電話が二件も届いていた。



「ただいま帰りました」

モカがキールとパトロールから帰ってきた。

ラウナルはニッと笑う。

「おう、モカ。ええ知らせがあるで」

「いい知らせ、ですか?」

ラウナルは頷いた。

「我らが副班長サンが見事、例の件解決したんや」

「例の件って……?」

ラウナルは呆れたようにモカを見た。

「被害者が何言うてんねん」

その瞬間モカは目を丸くした。

「ひょっとして、市場のスリの件ですか!?」

「せや。ちなみに、モカが足を捻挫したあの日、犯人やと思て間違えたっていうあの男やて」

「え?」

キールも驚きの声を上げる。

「へぇ、すごいじゃん。完全にお手上げ状態だったのに」

「それで、ヴァウェル先輩は今どこに?」

ディーズはドアの方を見た。

「もうすぐ帰ってくるんじゃないか?」

そう言った瞬間、ドアが開いた。

「どうだった?」

ディーズの問いにヴァウェルは頷いた。

「俺が捕まえた男とシャルが捕まえた男は関係があるとわかった」

「なんだ、犯人は二人だったの?」

「ああ」

「共犯者がいたんですか?」

「でもスリに共犯者って珍しいんじゃない?あたしあんまり聞かないけど」

するとラウナルが肩をすくめる。

「何言うてんねん。スリにはよくあるパターンやないか」

ディーズは笑いながら言った。

「キールは仕事サボってばっかりだからな。そういうこといちいち覚えてねぇだろ」

キールは頬をふくらました。

「失礼だなぁ。ラウナルだってサボってんじゃん」

「あんたよりかは仕事しとるつもりやで」

「わかったよ。じゃあ、スリに共犯者がいるっていうパターン、このキールちゃんにわかりやすーく説明してよね」

ラウナルはやれやれ、とため息をついた。

「まず、犯人Aがいるとするで。Aはスリをする。んで、仲間の犯人Bが向こうから歩いてきてすれ違い際にそのBにこっそりと財布を手渡すんや。やから、もしAがスリをしたところをパトロール中の警官に見られてて捕まってしもても、Bに手渡すところさえ見られてなければ、Aは財布を持ってへんから逃げられるっちゅうわけや」

「へぇ」

モカは声を上げた。

「じゃあ、私が犯行を目撃したのにその人が財布を持っていなかったっていうのは……」

ヴァウェルは頷いた。

「それで、どうやって捕まえたんですか?」

ラウナルがケラケラと笑う。

「手の込んだことしたんやんな、副班長サン」

「え?」

「まずシャルを私服に着替えさせて警官やて分からへんようにしたんや。もちろん市場でもシャルを数メートル先に歩かせる。そんで、副班長サンがスリを目撃したら、シャルに無線で知らせてそいつを追いかけて捕まえるように命令。その後自分はそのまま真っ直ぐ歩く。んで、共犯者の男が副班長サンにぶつかってきたから、ポケットの財布が盗まれたことを確認して、その男を追いかける。男が路地裏に入った時に問い詰めて、それは自分の財布やて証明するってわけや」

「どうやって証明したの?」

「これがおかしいねん!副班長サン自分の写真を財布に入れてたんや」

「は?」

「それで犯人にそれを示せば一目瞭然っちゅうわけや」

「あっはは。何それ。自分の写真とかハズカシー!」

「それでシャルが追いかけていたもう一人の男を連れてきて、一緒に連行して関係があるかないかハッキリさせたんや」

「犯人は捕まっても疑われないよう自分の財布を持っていなかったらしいが、ヴァウェルの作戦じゃ意味なかったな」

するとキールは肩を竦める。

「にしても、警察も舐められたもんだよねぇ」

「何でや?」

「だって、犯人は副班長サンの財布も盗んだんでしょ?普通警官にそんなことしないもんじゃん。後輩ちゃんの時だってそうだし」

「せやなぁ」

「調子に乗ってたかをくくっていたんだろ」

するとモカが首を傾げる。

「ヴァウェル先輩、ぶつかった人が犯人だって知ってたんですか?」

「ああ」

「じゃあ、最初から共犯者がいると……?」

「スリがある場合、最初からそう疑うのが普通だ」

「だけど確証ないのになんでそんな凝ったことしたのさ?」

「モカが犯人だと思って捕まえた男、あいつはあの時ひどく怒っていた。だが、慰謝料を要求してこなかった」

「慰謝料……?」

「確かに、これからの予定が全て狂った、と言っていたわりにはそれであっさり帰りましたね」

「そんでそいつがおかしいと思ったんか?」

「ああ。そいつを犯人と仮定した時、なぜそいつがスッた財布を持っていなかったのかと考えたら簡単に想像がついた。あいつが自分の財布を持っていなかったことも気になったしな」

「そういえば、あそこは市場ですもんね」

「ま、何はともあれ一件落着」

「そういえばシャルはどないしたんや?」

「今寮で制服に着替えている」

そこでドアが開いた。

「戻りました」

「あ、お帰り新人君」

ディーズは片手を上げた。

「犯人逮捕、ご苦労」

「いえ、ほとんどヴァウェル先輩の活躍ですよ」

「じゃ、警官の名誉もこれで少しは挽回できたことだし、パーッと行きますか」

「何する気だ」

「もちろん、飲み会」

「お、ええな」

「お前たちは明日も出勤だろ」

「気にしなーい」

ヴァウェルはため息をつきながら踵を返す。

「勝手にしろ。先に上らせてもらうぞ」

「おう、お疲れさん」

ヴァウェルは部屋を出た。

「ほな、俺もチャリのパトロールで疲れたし上るわ」

「ああ」

「じゃああたしもぉー。ラウナル、晩御飯一緒に食べない?」

「ええで。どこ行く?」

「ほら、ここの近くにレストランが出来たじゃん?あそこ」

「おっしゃ、キールのおごりな」

「男が女におごらせるなんてサイテー」

そんな会話をしながら二人は出て行った。

「じゃ、俺も寮帰るわ」

ノートを閉じたディーズが立ち上がった。

「お疲れ様です」

「ああ。最後の奴ちゃんと戸締りして電機消しとけよ」

「わかりました」

残されたシャルは席に着いてノートを広げた。

「シャルさんはまだ仕事するんですか?」

「はい。ラウナル先輩に書類の整理を頼まれたので。でもこれ本当はラウナル先輩の仕事なんですけど……」

モカは苦笑した。

「私も、キール先輩の仕事を押し付けられました。コーヒー入れますね」

「ありがとうございます」

やがてコーヒーを入れてきたモカがシャルのマグカップを机の上に置いた。

「寒くなってきましたね」

モカは窓の外を見ながら言った。

落ち葉がカラカラと音を立てながら地面を転がっている。

「そうですね」

シャルはコーヒーを一口飲む。途端、目を丸くした。

「あれ……?」

「どうかしましたか?」

シャルはモカを見た。

「あの、どうして僕の好みが分かったんですか?」

「え?以前、私がコーヒーを入れる時におっしゃりませんでしたか?」

「あ、はい。言いましたけど……覚えていたんですか?」

モカはニコリと笑う。

「はい。コーヒーを入れるのは私の仕事みたいになっていますから」

シャルはニコリと微笑んだ。

「ありがとうございます」

モカも笑顔で返した。

しばらく残業をしていると、シャルはふと手を止めた。

「ところで……」

シャルはモカを見て微笑んだ。

「ヴァウェル先輩、本当に大手柄でしたね」

「はい。本来ならば失敗をした私が頑張らなければならなかったのですが……」

シャルは腕を組んで首を捻った。

「でも、ヴァウェル先輩ってひょっとするとモカ先輩の為に事件を解決しようとしてたんじゃないんですか?」

「え?」

「モカ先輩があの日、すごく落ち込んでいたのをヴァウェル先輩気にしていたと思うんです。だって、先輩今日パトロールしていた時言ってたんです」

シャルはニッコリと笑う。

「あのバカを何とかしなければ、仕事に支障が出る、って」

「え……?」

「モカ先輩、仕事中でもため息ついてたでしょ?それで、ヴァウェル先輩がボソボソ呟いていたんです」

シャルは苦笑した。

「無愛想で厳しい人だけど、優しい人ですね」

モカは顔を赤くして俯いた。

手の中の、コーヒーの入ったマグカップが、彼女の体を更に熱くした。

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