-That's what I'm here for-
七章 -That's what I'm here for-
その夜、いつもより遅くにカーサが帰ってきた。
「ただいま……」
「あ、おかえりなさい」
ベッドの上から顔を覗かせたシャルは、彼がひどく疲れていることに気づいた。心なしかいつもは見事に逆立っているオレンジ色の髪の毛までも元気がなさそうだ。
「忙しかったのか?すごく疲れているようだが」
レイマンも心配そうにしている。
カーサは片手を上げてベッドにうつ伏せに倒れこんだ。
「残業。今俺の担当してる事件の謎解きしてた。お陰で頭パンクしそうだぜ」
「お疲れ様です。それで、謎は解けたんですか?」
「全然。お手上げ」
「そうですか……」
シャルは思い出したようにベッドから飛び降りた。
「チョコレートどうです?今日交通課の部屋で見つけたから2、3個もらってきたんです。疲れた時には甘い物がいいらしいですよ」
そして冷蔵庫に入れておいた、銀紙に包まれた小さなチョコを出してきた。
「どうぞ」
「ありがとよ」
うつ伏せのまま受け取って、顔だけ上げると口へ放り込んだ。
「レイマン先輩もいかがですか?」
「ああ、いただこう」
「どうぞ。これラウナル先輩とキール先輩がほとんど食べてたんですけど、奇跡的に余ってたんです」
「キールは確か甘いのは苦手ではなかったか?」
「ブラックのチョコはいけるみたいです。だからブラックはほとんどキール先輩が」
「ははは。やりかねないな」
「ラウナル先輩は甘党だからミルクの方をたくさん食べてました」
笑いながらシャルとレイマンが話していると、カーサはむくりと起き上がった。
冷蔵庫の中にあった炭酸のジュースを一気に飲み干すと両頬をパンパンと叩いた。
「よし、復活。勉強するか」
そして例の魔法の本を本棚から取り出した。
「疲れている時ぐらいゆっくり休んでも構わないよ」
レイマンがそう言ったが、カーサは首を横に振った。
「少しでも早い方がいいだろ」
そして自分のベッドに座り、壁を背もたれにした。ふと、そのまま顔を上げるとカレンダーが目に入る。このカレンダーには3人の用事が細かく書き込まれている。何気なくそれを見ると、カーサはそこから目を離さずに言った。
「おい、シャル。今夜何か予定入ってるぞ」
「え?」
シャルが首を傾げた時、ドアがノックされた。
「あ、自分が出ます」
ドアをゆっくり開ける。
しかし、誰もいなかった。
「……あれ?」
不思議に思って一歩外へ踏み出すと、こめかみに冷たい物が押し当てられる感触がした。
「え?」
「動くなよ」
低い声で男が言った。
向けられているのは、銃口。
冷や汗が一気に出てきた。
男は移動しながら銃口をこめかみから額まで滑らす。正面に立った男は、フードをすっぽり被っていてどんな顔をしているのかまったく分からない。唯一見える口元が、ニヤリと笑った。
「消えろ」
引鉄が引かれた。
パァン、と銃声が響くと同時に、シャルは部屋の中へ倒れた。
それに驚いたカーサは慌ててシャルに駆け寄り、レイマンは杖を手に取って男に向けた。
カーサは必死にシャルを揺さぶる。
「おい、シャル!大丈夫か!?シャル!!」
シャルの安否を気にしながらも、レイマンは男を睨んだ。
「何者だ!」
「バーカ」
男がフードを脱いだ。現れたその顔に、カーサとレイマンは目を丸くした。
褐色の肌に、短い銀色の髪。
「何倒れてんだよ」
クルだった。
「クル先輩!?」
彼は冷めた目をシャルに向けた。
「おい、空砲でビビッて気絶なんかしてたら警官やってけねぇぜ」
「……へ?」
その言葉にパッチリと目を開いたシャルは、ゆっくりと身を起こし両手をしげしげと見ると、握ったり開いたりを繰り返した。
「生きてる……?」
そして額を触って血が出ていないことと穴が開いていないことを確認した。
「……撃たれてない?」
「だから空砲だって言ってんだろ」
「なんだ」
カーサは気が抜けたようでその場によろよろと座り込んだ。
レイマンは杖を下ろしたが珍しく怒ったようにクルを見た。
「悪ふざけにも程がある」
シャルも口を尖らせてクルを睨んだ。
「そうですよ。本気で死んだかと思いましたよ」
しかしクルは鼻を鳴らした。
「何言ってんだ。お前の為に一時間も待ってやったんだ。これくらい当たり前だろ」
「え?」
クルはバカにしたように笑った。
「なんだ。撃たれてもまだ思い出せないのか?」
そして持っていた拳銃をシャルに放った。
受け取ったシャルは、それをジッと見ていたが、やがて顔が真っ青になっていく。
「あの……今何時ですか?」
そう尋ねるとクルは時計も見ずに低い声で言った。
「10時だ」
「すみません!」
いきなり謝りだしたシャルにカーサとレイマンは首を傾げる。
「どうしたんだ?」
シャルは申し訳なさそうに言った。
「今日9時から射撃の練習が入ってたんです。それで、クル先輩に教えてもらうことになってたんですけど……」
「忘れていたというわけか」
「はい」
「そりゃ先輩も怒るわな」
「本当にすみません」
「そう思うならさっさと支度しろ。残念なことに練習時間は二時間。あと一時間残ってんだよ」
「はい!」
シャルは慌てて用意をしだした。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、がんばってこいよ」
手を振って見送ってくれた二人を部屋に残して、シャルはクルと一緒に射撃場へ向かった。
射撃場は武道場の中にある。
寮を出た二人に、冷たい木枯らしが吹きつけた。
「寒くなってきたな……」
心底嫌そうにクルが言ったので、シャルは尋ねた。
「寒いのは苦手ですか?」
「ああ。大っ嫌いだ。俺は南国生まれの南国育ちだからな」
「だからその上着を着てるんですね」
クルは、フード付きのローブをしっかり着込んでいる。
「お前を脅かす道具にもなったけどな」
嘲るように笑うクルの隣で、シャルは彼がまだ怒っていることを悟った。
「本当にすみませんでした」
「時間と約束を守れない奴は生きていけねぇぞ」
「はい」
「俺は待つのが嫌いなんだよ」
「すみません」
「ま、別にいいけど」
武道場の中に入って、更に奥へ行った。
重たそうな鉄のドアを開ける。誰もいないようで、シンと静まり返っていた。
鉄板で射撃を練習する所が区切られていた。
クルは一番奥のスペースを取る。
「学校で習ったことは覚えてるだろ?」
「ええ……一応は」
「じゃ、まず撃ってみろ」
シャルは拳銃を構え、的を狙う。
静かに引鉄を引くと、玉は的から外れた。
「上手くはねぇな」
「……すみません」
構え方や狙いの定め方など、クルは一応教えてくれたが、適当であった。シャルは何度も質問をしたが、その回答もまた適当であった。
それでも練習を重ね、シャルも大分的に当たるようになった頃。
鉄のドアが軋んで、一人の男が射撃場へ足を踏み入れた。
小柄な男だ。眼鏡をかけている。五十代くらいであろうか。その細い目は微笑んでいるように思われて、友好的な感じがした。
彼はシャルたちの隣のスペースを取ると銃を構える。そして目にも留まらぬ速さで連射した。
休んでいたシャルはそれを見て呆然とした。弾が全て的に当たっていたのだ。
連射を終えると彼は満足げに頷いてシャルたちの方へ歩いてくる。
「調子はどうかね」
「え、あ……えと。やっと的に当たるようになってきた頃です」
この男は一体誰なんだろう、と不思議に思いながらも素直に答えた。
「そうか」
うんうん、と頷いた彼は暇つぶしに射撃をしていたクルを見るなり、やあ、と手を上げた。
「クル、君がこの子の先生をやっているわけだ」
「そうです」
そっけなく返されたその言葉に男は眉を下げた。
「相変わらず君は愛想がないね。ここは楽しくないのかい?」
クルは引鉄を引いて言葉を返す。
「いいえ」
弾が見事に的に命中した。
「じゃあ、何が不満なんだね」
クルは拳銃を台へ置くと男を見た。
「あなたの俺に対する子ども扱いが不満なんですよ、ビルバード総監」
シャルは目を丸くして思わず声を上げた。
「そ、総監!?」
その言葉にビルバードはシャルを見て微笑んだ。
「いかにも。私はこのラベル警察署の総監の1人だ」
シャルは慌てて姿勢を正し、敬礼をした。
「失礼しました!」
ビルバードはシャルに敬礼を止めるよう手を上げる。
「構わないよ。私たち総監はいつも部屋にこもっているから。顔を知らなくて当然だからね」
彼はクルを振り返った。
「それで、何の話をしていたんだったかね」
「覚えてないならいいです」
呆れたようにため息をつくクルだったが、ビルバードはポンと手を叩いた。
「そうそう、思い出した。クル、君は一体何が不満なんだね?」
クルは少し怒りを含んだ声でもう一度繰り返した。
「あなたの俺に対する子ども扱いですよ」
「ほほう、私は君を子ども扱いしているかい?そんな気はないんだがね」
「してますよ。俺に会うなり頭撫でながら大きくなったとか、友達は出来たかとか、いじめられていないかとか」
「我が子を心配するのは当たり前のことなんだが……」
「俺はあなたの子供じゃありません」
ビルバードはくすくす笑う。
「ここの者たちは皆私の子供だよ。もちろん」
彼はシャルの頭にポン、と手を乗せた。
「君も含めてね」
そしてゆっくりと歩き出した。
「それにクル、君は私が拾ってきた子供の一人だ。心配するのは当たり前だよ」
「え……?」
シャルが驚いている間に、ビルバードは射撃場から出て行った。
「じゃあ、レイマン先輩が言っていた、よく孤児を拾ってくる総監っていうのは……」
クルはため息をつきながら頷いた。
「ああ、あの人だ。俺もあの人に拾われたんだ」
「そうだったんですか」
シャルは再びビルバードが撃った的を見る。
「すごいですね、ビルバード総監」
「ああ。射撃の腕は警察署一だからな」
「そうなんですか」
「けど、上には上がいるんだよな」
「え?」
「総監の両目は、他人のなんだ」
クルは拳銃に目を落とした。
「昔、追っていた犯人に両目を打ち抜かれたんだと」
「え……」
「奇跡的に一命は取り留めたけど、失明した。だが総監は『ここの子供たちの顔を見られなくなるのは嫌だ』って言って、手術をしたんだ。だから、総監は毎日ここで射撃の練習をして目の調子を確かめてんだ」
「へぇ……」
シャルは優しく微笑んだ。
「本当に、ここの人たち全員のことを想っているんですね」
「まあな」
シャルは苦笑する。
「だから、クル先輩のことも子ども扱いするんじゃないんですか?」
彼は舌打ちをした。
「いい加減子離れしろってんだ」
そして時間になったので練習を終えて寮へ戻った。
部屋へ帰るとシャルは早速カーサとレイマンにビルバードのことを話した。
「へぇ、総監にそんな人いたんだ」
カーサはビルバードのことを知らなかったらしく、驚いていた。
「レイマン先輩はご存知だったんですよね?」
「ああ。私も子供扱いされるからね」
「32歳のレイマンですら子供扱いかよ」
カーサは腹を抱えて笑った。
レイマンは苦笑する。
「さすがに廊下でやられると恥ずかしいな……」
「そうですね」
シャルも控えめに笑った。
「でも、すごくいい人だと思いました」
レイマンは頷いた。
「総監は『旻天の狙撃手』だからな」
二人は首を傾げた。
「びんてんの狙撃手?」
「なんだそりゃ」
「総監には皆それぞれ異名があるんだよ。ビルバード総監の異名が、『旻天の狙撃手』」
「あの、『びんてん』って何ですか?」
「空や天という意味だよ」
「何で総監の異名が空や天の狙撃手なんだ?」
「ビルバード総監は、総監3人の中で最も心が広いとされている。だから、広い『空』という意味の『旻天』が異名についているらしい」
「へぇ。そういう総監なら会ってみたいな」
「子ども扱いされますよ」
カーサは穏やかに笑った。
「いいんじゃねぇの?」
シャルは正直意外だった。
彼なら嫌がると思ったのだ。
「お、もうすぐ就寝時間だ。俺寝るわ」
「あ、おやすみなさい」
カーサはシーツを被るとそのまま眠りについた。
それは、一瞬だった。
さっきまで笑いの耐えなかった車内が、静まり返った。
それは、本当に一瞬だった。
「父さん、母さん……?」
幼い少年が、今にも消えてしまいそうな声で両親を呼んだ。
返事はない。
少年は身を起こそうとした。体中が痛い。その痛みで、何が起こったのかを思い出した。
事故だ。
遊園地へ両親に連れて行ってもらった帰り道。車の通りの少ない細い道を進んでいた。その時猫が道を横切って、それを避けようと父が思わずハンドルを切った。しかし、道が狭かったためにブレーキを踏んだが間に合わず壁に激突したのだ。
少年は辺りを見回した。
ヒビの入った窓ガラス。助手席と運転席の間にだらりと下がる二本の腕。生々しい血が伝っている。
「父さん?……母さん?」
痛みを堪えて身を乗り出した。
二人の指が微かに動いたのが分かった。
そして、助手席の方から、か細い母親の声が聞こえた。
「カー……サ」
少年は恐怖に震えながらも叫んだ。
「待ってて!今、今救急車呼んでくるから!待ってて!」
そして重たいドアを必死で開け、一目散に駆け出した。
公衆電話を見つけて駆け込み、救急車を呼んだ。
「父さんと母さんを助けてください!まだ生きてる!早く病院に……!」
そして車へ戻り、運転席のドアを開けて父親の体を揺すった。
「父さん!母さん!生きてる!?死んじゃヤだよ!今救急車呼んだから!待ってて!」
程なくして、のどかな昼下がりには不似合いな、騒々しいサイレンの音が聞こえてきた。
「ほら、来たよ!救急車来たよ!」
幼いカーサは涙を流しながら叫ぶ。
しかしサイレンはすぐ近くで鳴っているというのに救急車はなかなか来ない。
怒ったような声が聞こえて来た。
「そこのパトカー、のきなさい!」
カーサは車を離れ、サイレンの聞こえる方へ走った。角を曲がると、目の前に一台のパトカーが止まっていた。そしてその奥に、赤いランプを光らせている救急車が見える。この細い道では、パトカーが邪魔で通れないのだ。
「パトカー、のきなさい!」
だがパトカーには誰も乗っていないようだ。
仕方なく救急車は回り道をしてカーサの両親の下へ向かった。
「父さんと母さん、大丈夫?死なないよね!?」
「ああ。大丈夫だよ。きっと助ける」
救急隊員はカーサの頭に手を乗せた。
「だから落ち着きなさい。君も怪我をしているじゃないか」
その時カーサは初めて自分も頭から出血していることに気づいた。
カーサと両親を乗せると、救急車は病院へ急いだ。病院に着くと救急隊員は急いで二人を手術室へ運ぶ。
カーサは別室で手当てを受けていた。
廊下をバタバタと複数の人が走る音が聞こえる。その度に聞こえる焦っているような声は、不安をあおらせた。耳を塞いでも、目を瞑っても、不吉な音は聞こえ、父と母の苦しそうな表情が浮かんで来た。
やがて、院内が急に静かになった。真冬の真夜中のような、そんな静けさ。
ドアが開く。医師が入ってきたのだ。白衣には血がついている。
彼は椅子に座っているカーサを見つめると、小さく、ゆっくりと、そして静かに口を開いた。
両親は、息を引き取った。
少年は一人ぼっちになった。
院内の廊下を一人歩いていると、二人の医師が話しているのが聞こえる。
「かわいそうに、あの子。一度に両親を亡くしちまったよ。あと少しここへ来るのが早ければ……」
「そう言えば、パトカーが止まっていて救急車が通れなかったんだって?」
「ああ。もしもあそこにパトカーが止まっていなかったら、あの子の両親は助かってたんだ」
「本当かよ?」
「しかもそのパトカーが止まっていた所、駐車禁止だったんだぜ」
その時幼いカーサの心に、悲しみよりも深く、憎しみが刻まれた。
―――警官なんて、信じない―――
カーサはフッと目を覚ました。
「最悪な夢だな……」
カーテンの向こうから明かりが差している。夜明けか。
シャルとレイマンが、寝ているカーサを起こさぬように静かに支度をしている。
今日は自分は休みだ。まだ寝ていられる。
カーサは目を閉じながら呟いた。
「続き見せろよ。……俺はもう警官になったんだ」
カーサはその日から怒りを忘れたことがなかった。
父親は、猫の命を助けたのだ。
母親は、何もしていないのだ。
なのにどうして。
どうして二人が死ななければならないのだ。
怒りの矛先は警察官へと向けられた。カーサはあのパトカーに乗っていたのが誰なのかを何年もかけて調べた。そしてラベル警察署の警官だということを掴んだ。
カーサは銃を手に取り、腕を磨いた。瞬く間にカーサは射撃の名人となった。
13歳になった年、警察署へ乗り込もうと決意した。
銃を手に。
怒りを強さに。
憎しみで恐れを殺して。
カーサは単身、門の前に立った。署を睨むように見ていると、一人の男に声を掛けられる。
「どうしたんだい?」
大きな男だ。魔法使いなのか、右手に杖を持っている。
カーサはあの日両親の命を奪った警官の名を上げ、会いたいと言った。
男はここで待っていてくれないか、と言って署へ入る。
しばらくして戻ってくると、彼は首を横に振った。
「残念だけれど、その人は退職している」
「だったら、その人の家を教えて」
男はまた首を振った。
「行っても無駄だろう。彼は既に病死している」
カーサは愕然とした。
そして泣きそうな顔で男を見た。
「じゃあ、誰が……」
体が震えている。
「誰が返してくれるんだよ!」
「返す?何をだい?」
カーサは涙で濡れる目をカッと見開いた。
「父さんと母さんだ!」
「え……?」
カーサは隠していた銃を男に向けた。
「お前、警官だろ」
男は驚きながら小さく頷いた。
「……ああ」
「警官なんて信じねぇ!警官なんていい奴ぶってる悪人だ!警官なんて、お前ら警官なんて」
銃をグッと握った。
心の底から、怒り任せに叫んだ。
「全員いなくなればいいんだ!!」
引鉄を引く。
それよりわずかに早く、男はカーサの腕を掴んで地面へ銃口を向けさせた。弾はコンクリートにのめり込む。
「……何が、あったんだい?」
男は静かに聞いた。
カーサは肩で息をしている。そして涙を流しながら男をキッと睨んだ。
「あの日、あいつのパトカーさえあの場所に止まってなければ、父さんと母さんは助かったんだ!あいつが駐車禁止のあの場所なんかにパトカーを止めてどっかにいくから、父さんと母さんが死んだんだ!父さんは猫を助けたのに!母さんは何もしていないのに!何でだよ!何で死ななきゃならないんだ!なんで警官が駐車禁止の所に車なんか止めてんだ!!」
全てを理解した男は、黙ってカーサの手から銃を取り上げた。
「だから、復讐をしようとしたのかい?」
「そうだ!仇を討つために!でもあいつは死んでた。だったら、いい奴ぶった悪人のお前ら警官を全員消してやる!!」
カーサは男の胸の辺りを何度も叩いた。
「消してやる!お前ら全員、消してやる!!」
男はビクともしない。ただ黙ってカーサを見下ろしている。やがてカーサの腕を掴むと、叩くのを止めさせた。そして地面に膝をつき、カーサに向かって頭を下げた。低く、低く頭を下げた。
カーサは男を見つめた。
「何だよ、何のまねだよ」
男はそのままの姿勢で言った。
「すまない」
「……バカにしてんのか?謝ればいいと思ってんのか?あの事件に関係ねぇお前が謝れば俺が許すと思ったのか!?」
「いいや。関係ある」
男は顔を上げた。
「君の恨んでいる人は警官。そして私も警官。同じ職を持つ者として私は彼を恥じる。警官としてあるまじき行為に、警官である私は君に謝ろう。同士が、大変申し訳ないことをした」
そして再び頭を下げる。
「すまない」
しかしカーサの目からは怒りの色は消えない。
「警官なんか、信じねぇ」
カーサは拳を握った。
「お前ら警官の言うことなんか信じねぇ!」
「それでも構わない」
男は大声でハッキリと言った。
その迫力に思わず一歩退く。
男は悲しげな表情をした。
「それでも構わない。だから……だから穢れた人間にだけはならないでくれ。もしも君が復讐の為に引鉄を引くのなら、君は恨んでいるその警察官と同じになってしまう」
男は必死だった。
「悪に、染まらないでくれ」
「……」
そのまま沈黙がしばらく続いていると、門から数人の警官が出てきた。
「何してるんですか?レイマン先輩」
警官は地面に座っている彼に目を丸くした。
レイマンは立ち上がって彼らに微笑みかける。
「いや、何でもないさ」
カーサは出てきた警官をギロリと睨んだ。今にも襲い掛かりそうな勢いだったために、レイマンはカーサの前に立って警官の姿が見えないようにした。
すると警官の1人が慌てたように言った。
「まさかレイマン先輩、そこで座ってたのって……」
レイマンは笑いながら手を振った。
「違う違う。大丈夫だから心配しないでくれ」
「本当ですか?先輩はいっつも俺らを心配させまいと何でも隠しますからね」
「本当さ」
すると別の1人が悲しそうに言った。
「でも気をつけてくださいよ。先輩たち魔法使いは魔法を使ったら命が削られていくんですから」
それを聞いたカーサはレイマンの後ろで思わず目を見開いた。
後ろ姿の彼を見上げる。どんな顔をしているのか分からない。
レイマンは明るく言った。
「ああ。だから君たちにはいつも感謝しているよ」
「いいえ。じゃ、パトロール行ってきます」
「ああ。ご苦労様」
レイマンはニコニコ笑って彼らを見送った。
彼らがいなくなった後、カーサはレイマンを見上げた。
「命削られていくって……?」
レイマンは苦笑した。
「魔法使いの宿命さ。世の道理という物があって、魔法を使うことはそれに背くことになる。その罰として、魔法を使った分だけ命が削られていくんだ」
「……なんでそんなことしてまで魔法を使うんだ?」
レイマンは微笑んだ。
その笑みに、嘘はなかった。
「あ、おはようございます。レイマン先輩もう出勤しましたよ」
ゆっくりと起きだしたカーサにシャルは笑いかけた。
「先輩、いい夢でも見てたんですか?」
「あ?」
「だってさっき言ってましたよ。『続きを見せろ』って」
カーサはあくびを一つすると、まだ眠たそうな目で言った。
「いや、最悪最低な夢だった」
「え?」
カーサは一人穏やかに笑みを浮かべる。
そしてふと、シャルの方を見た。
「なぁ、シャル」
「何ですか」
忙しく出勤の準備をしていたシャルだったが、静かな呼びかけにつられて思わず動きを止めた。ゆっくりと彼の方を見る。
カーサは、真顔で尋ねた。
「お前、何色だ?」
「え?」
シャルは小首を傾げたが、素直に答えた。
「好きな色は、青色ですけど」
カーサはその真剣な表情を崩さずに、まるで祈るように言った。
「染まるなよ」
「……どういう意味ですか?」
ポカンとしているシャルには何も言わず、カーサは窓の外を見やった。見事な秋晴れである。
そこに、優しい色が広がっていた。