-A friend in need is a friend indeed-
六章 -A friend in need is a friend indeed-
ネアンとの約束の日曜日が来た。
この日、交通課ではシャルとディーズが休みである。そのため交通課の指揮はヴァウェルが取ることになった。
「……ヴァウェル先輩、手を焼いてるだろうなぁ」
苦笑しながら自分のベッドで図書館から借りてきた魔法の本を開いた。
「誰が手を焼いてるって?」
ベッドの下から声が聞こえてシャルは下を覗き込んだ。忘れ物を取りに来たカーサがいた。
「ヴァウェル先輩ですよ。今日、ディーズ先輩も休みなんです」
カーサは苦笑する。
「そっか。相手はあのキール先輩とラウナル先輩だもんな。どうせモカ先輩は加勢しても敵にもてあそばれて終わりだろうし」
机の上から本を一冊取ると、カーサはドアを開けた。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ドアの閉まる音が聞こえる。
「さてと」
シャルは本とノートを広げる。
『古今不変の掟と罰』
その言葉の上に、一つの絵が描かれていた。掟を破った魔法使いの絵だった。右手に持った杖の先から光が出ている。そこから多くの金貨が次々と落ちてきている。しかし、魔法使いからはおぞましい悲痛の叫び声が聞こえてきそうだった。そして彼の背後には魔界より降臨したのだろうか、一匹の悪魔がいた。ニタリと笑う口からは牙が剥き出ている。道理を知らずに己の欲望の為に魔法を使い続けた愚かな魔法使いを嘲笑っていた。
シャルは改めて魔法の恐ろしさを知った。そしてやはりこの道理を覆さなければと思う。
しかし、その絵の横の文章を読んでも、道理について詳しくは書かれていなかった。
魔法の本は図書館にはたくさんある。だが、魔法の道理については、『古今不変の掟と罰』だとか『道理を知り覚悟した上で魔法を使え』だとかそういうようなことしか書かれていない。
これを本当に覆すことなんて、本当にできるのだろうか。
そう思った時、
部屋のドアが開いた。
「やあシャル、今日は休みなのかい?」
レイマンだった。
シャルはベッドから顔を出す。
「はい。レイマン先輩もお休みですか?」
「ああ。だが休みの日はどうも暇でね」
「だったら」
シャルは身を乗り出した。
「一緒にネアンのお手伝いしませんか?」
「え?」
「……で?」
クルは不機嫌そうな顔をして皆の後ろを歩いていた。
「なんで俺まで行かなきゃならねぇんだ」
シャルはニコニコ笑いながら振り向く。
「少しでも人手があった方がいいですよ」
「だからって何で俺なんだよ。たまの休みくらい寝かせろ」
するとレイマンが優しく微笑んだ。
「たまの休みだからこそ、日頃お世話になっているネアンに恩返しするんだよ」
「ったく……」
シャルは前を歩くネアンとディーズに目をやった。楽しそうに話している。
満足げに頷いた。
「よし」
今日はネアンとの約束の日曜日だ。そこでシャルは朝食の時にディーズを買い物に誘った。彼は丁度暇だから、とすんなり頷いてくれた。
だがネアンによると、今日購入する食材を3人で運ぶには少し人手が足りないそうだ。そこで、ネアンとディーズをくっつける作戦に協力してくれそうなレイマンを誘ったのだ。それにクルなら興味ない、などと言ってネアン達をからかったり、邪魔をするようなことはしないだろうと思ったのだ。案の定、レイマンはネアンの心情に少しばかりか気づいたらしく楽しげに会話している2人の間には入っていこうとしないし、クルは面倒くさいと最後尾をトロトロ歩いている。
スーパーに着くとシャルはレイマンとクルを引っ張って急いで2人から離れた。
「おい、何やってんだよ」
隠されるように棚の向こう側へ押しやられたクルが低い声で唸った。シャルはキョトンとした顔を見せる。
「何でもありません。さ、買い物しましょう」
「何買うかネアンじゃないとわからねぇだろ」
「大丈夫ですよ。メモ貰ってるんで」
そう言って事前にネアンから預かったメモを見せた。クルはそれをパッと取って開いた後、眉を潜める。
「これ、予定より少ないんじゃねぇの?」
「残りはネアンが買うんです」
「なんでわざわざ最初から買う物を分けて書くんだよ」
「その方が効率がいいでしょう」
クルは睨むようにシャルを見た。
その視線に、シャルは嫌な予感がした。
「……何ですか?」
「お前、何隠してんだ」
「か、隠し事だなんて」
レイマンはくすくす笑った。
「シャル、クルはなかなか手強いぞ」
クルはレイマンを見る。
「先輩、何か知ってますね」
レイマンはクルの両肩に手を乗せた。
「ネアンのためだよ」
「は?」
シャルは小さくネアンを振り返って、心の中で謝った。
ごめん、でもこの2人なら大丈夫だよね。
そして2人に向き直る。
「実は……」
話を聞き終えたクルは呆れたような顔をした。
「何だよそれ。好きならさっさと告白したらいいだろ。女ってわかんねぇな」
「それができないんですよ」
「なんでだよ」
「じゃあ、クル先輩はできるんですか?」
「俺興味ねぇ」
「……」
レイマンは声を上げて笑った。
「まあまあ、女の子とはそういうものだ。どうせここまで来てしまったのだから仕方ないだろう。買い物に付き合ってくれないか」
クルはメモを開けた。
「しょうがないですね」
「ありがとうございます。あ、あとお2人とも、このことはくれぐれも内密に……」
「わかっているよ」
「興味ない話題はしゃべらねぇよ」
「ありがとうございます」
シャルはもう一度ネアンを振り返って小さくガッツポーズをした。
ネアンは、こちらのことには全く気づいていないようで、少し顔を赤らめながらディーズに笑いかけていた。
「じゃ、買い物しましょうか」
「めんどくさ。さっさと終わらせるぞ」
クルは買い物カゴを取り上げると、メモを開いてスタスタと歩き始めた。そして書かれている食材を次々とカゴへ入れていく。
「ああ、先輩!ちゃんといい物を選ばなきゃ」
「こんなに沢山買うってのにそんなん選んでられるか。どうせ食うのは俺達だろ。悪い食材食ったからってそんな簡単にくたばってたらこの仕事務まらねぇよ」
「そんなめちゃくちゃな……」
慌てるシャルは、クルがカゴの中に入れたキャベツを見て目を丸くした。
「ちょ、先輩!これ腐ってるじゃないですか!」
取り上げられたキャベツは、しんなりとして葉のあちこちが黒く変色していた。
「こんなものを売り出しているなんて信じられませんね。後でレジに持って行かなきゃ」
だがクルは全く動じずにたまねぎをカゴへ入れていく。
「それぐらい食えるだろ」
「お腹壊しますよ」
レイマンは苦笑する。
「さすがだな、クル」
クルはレイマンに向かってニヤリと笑った。
「元、放浪孤児の胃袋なめてもらっちゃこまりますよ」
「え?」
シャルはキョトンと首を傾げた。
「放浪孤児……?」
クルはキャベツとたまねぎでいっぱいになったカゴをレイマンに手渡し、新しいカゴを持つ。
「ああ。俺、親に捨てられたんだ」
「え……」
「10歳ぐらいの時に家計が苦しいからって山に捨てられた。けどガキの生命力ってあなどれねぇよな。草とか木の実とか食って生き延びて、密航してきたんだ」
「みっ……!」
驚くシャルをクルは一瞥して肩をすくめる。
「しょうがねぇだろ。たまたまもぐりこんだ樽が外国行きの船に乗せられちまったんだから。んで、手先の器用さを見込まれてここの総監に拾われたんだ。だから、昔毒キノコ食っても死ななかった俺の胃袋なめんなよ」
「……そんな胃袋してるのは先輩だけだと思いますよ」
「知らねぇ。面倒だ、次行くぞ」
「ちょっと先輩!?」
レイマンは声を上げて笑った。
「笑い事ですか……」
「あんまりひどい物があれば後で私が取り替えておくよ」
「自分も手伝います。……それにしても知りませんでした。クル先輩が捨て子だったなんて」
「彼の名字を聞いたことがあるかい?」
「そういえば……」
「彼は自分が捨てられた時、自分の名字も一緒に捨ててしまったんだ」
「……」
「そういう者はラベル警察署には少なくはない」
「そうなんですか?」
「ああ。総監の1人に、よく捨て子を拾ってくる人がいるんだ。彼は拾ってきた子供に警察官にならないかと誘うんだよ」
「断ったらどうなるんですか?」
「ネアンの実家の孤児院に送られるんだ」
「え?ネアンの家って孤児院なんですか?」
「ああ。彼女の両親が経営している大きな孤児院があるんだ。警察官になるのを断った子供たちは皆その孤児院に送られる。ラベル警察署の少年院に送られてきた子供で帰る場所がない子もそこへ送られるから、彼女のご両親にはいつもお世話になっているんだ」
「へぇ……」
「だからラベル警察署からその孤児院へ資金をいつも送っているんだよ」
シャルは遠くで次々と食材をカゴに入れていくクルを見てポツリと呟いた。
「……クル先輩は、どうして警察官になろうと思ったんでしょうね?」
「さあ、それはわからないな」
しかし、レイマンは優しく微笑んだ。
「警察官なんて、面倒くさい仕事なのだがな」
シャルは苦笑する。
「そうですね」
きのこ売り場の前で、クルがだるそうな顔をしてこちらを見ていた。
「遅い。俺を連れ出したのはシャルだろ。お前が荷物持てよ」
「すみません、今行きます」
シャルは小走りでクルの下へ向かった。
買う物を全てカゴに入れ、金を払い終えて出入り口の所でネアンとディーズが来るのを待っていた。しばらく待っていると2人がやってきた。
「なんだよ、お前らどこに行ってたんだ?」
シャルはニコニコと笑う。
「手分けして買い物したほうが手っ取り早いと思ったんで。自分はここのスーパー初めてきたからレイマン先輩とクル先輩に手伝ってもらったんです」
「ふーん」
レイマンの後ろでクルが口の端を上げた。
「どこがだよ」
だが彼の呟きは誰にも聞こえていないようで、ネアンは元気よく歩き出した。
「じゃ、帰りましょうか。今日の晩御飯はオムライスとキノコの野菜炒めです」
帰り道も、シャルは極力ネアンとディーズが二人で話せるように心がけた。レイマンとクルもそれを承知しているようだった。レイマンはシャルに話しかけてくるし、クルは1人で歩いていた。その甲斐あってか、ネアンとディーズはずっと2人で喋っている。
「重くないか?」
ディーズが首を傾げてネアンに問う。
「大丈夫です。いっつもやってますから」
ディーズに心配されたことが嬉しいのか、ネアンは明るく答えた。
だが、ディーズはネアンの右手からひょいと買い物袋を取り上げる。
「俺まだ持てるから」
「そんな、悪いですよ」
「気にすんなって」
その笑顔にネアンは顔を真っ赤にした。ディーズは彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫か?顔赤いぞ。熱があるんじゃ」
「いいえ!平気です!大丈夫です!元気です!」
それ以上近寄らないでといわんばかりの迫力に、ディーズは首を傾げた。
その様子を後ろから見ていたシャルはクスクス笑う。
「かわいいなぁ……」
「というか面白い、だな」
クルが横から言ってきた。
「恋する乙女を面白がっちゃだめですよ」
「そういうお前だって面白がってんだろ」
「そんな!自分はただかわいいな……と」
クルは半目でネアンを見た。少し離れた所を歩く彼女は顔を真っ赤にしている。
「……かわいいか?」
クルには全くわからない。
顔を真っ赤にして、慌てふためけばかわいいのか。
「俺には滑稽に思えるけどな」
「女性のことがわかっていませんね、クル先輩」
「興味ねぇよ」
ふいとそっぽを向いた。
その頃、ヴァウェルは騒々しい交通課の部屋の中で一人眉間に皺を寄せていた。
「……慰謝料」
前からずっとそれが引っかかっているのだった。
だが回りの3人は彼が悩んでいることなどお構いなしである。キールとラウナルはいつものようにモカをからかって遊んでいた。
「なあ、モカ。コーヒー入れてくれへんか?」
ラウナルは電話中のモカにニヤリと笑って言った。モカは受話器を手で押さえて振り向く。
「すみません、今忙しいので待っていてもらえますか?もしも今すぐにほしいのでしたらすみませんがご自分でお願いします」
そして再び電話の向こうの相手と話し始めた。
しかしラウナルは口を尖らせる。
「えぇー。後輩のくせに生意気やなぁ。先輩の頼みが聞けへんっちゅうんか?俺大先輩やのにコーヒーの一つも淹れてくれへんのか?」
するとキールが手を上げた。
「後輩ちゃん。あたしもコーヒーほしいなぁ」
モカは電話の相手に一言断ってから再び振り向く。
「すみません。今手が放せないんです。お願いですからご自分で淹れてください」
「淹れてくれないの?今すぐ飲まなきゃこれからの仕事のやる気にもかかわってくるのになぁ。ブラックの濃いぃぃの飲まなきゃあたし寝ちゃうよぉ」
しかしモカは電話を優先させた。
そこでキールとラウナルは電話をしているモカにも聞こえるように声を大きくした。
「うっわ。無視だよ無視。ラウナル、あたし達無視されたよ」
「前まで先輩先輩言うてくれるかわいい子や思てたのになぁ……」
「ちょっと甘やかしすぎたね。あたしたち」
「ほんまやな。調子乗ってきたんとちゃうか?」
「サイテーだね」
「これからはビシビシいったらなあかんな」
「覚悟してもらわなきゃいけないね」
「どうしたる?」
「そうだねぇ……」
そこから2人はしばらくその話で盛り上がっていた。
「それとさ、出勤をあたし達より30分早くして書類整理とか全部済ませてもらおうよ」
「せやな。ほんでできひんかったらどんどん出勤時間を早くしたらどうや?」
「それいい!あと掃除とかの雑用も……」
そこで、キールの横にカップが置かれた。
「お?」
続いてラウナルの机にも湯気を立てたコーヒーカップが置かれる。モカがトレーを持って全員分のコーヒーを淹れてきたのだ。
キールはニコニコ笑ってそれを飲んだ。
「ありがと」
ラウナルも二カッと笑ってそれを一口。
「おおきに」
そして目を丸くする。
「おお。さすがモカ。これやこれ。このキリマンジャロのコーヒーに微妙な砂糖の入れ具合。よお分かっとるやないか」
キールも、先ほどの怒りはどこへやら、満足げに頷いた。
「そうそう。ブルーマウンテンのブラック。これサイコー。なんだ、ちゃんとわかってるじゃないのさ。さすが後輩ちゃん」
モカは怒ったように二人を見た。
「入署してから毎日淹れさせられてたらそれぐらいできますよ」
「あれれ?生意気だぞ」
「それも聞き慣れました」
そしてため息をつく。
「お願いですから電話中に話しかけてこないでください。相手の声が聞き取りにくいんです」
「うっわ。反抗期や。パパは悲しいで」
「ママはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「私はラウナル先輩とキール先輩の子供じゃありません」
「ママ、どないする?かわいいかわいいわが子が反抗期やで」
「非道に走らないかしら」
「ああ、心配で夜も寝られへん」
「本当、不眠症で倒れたらどうしましょう」
「せめてわが子がそこの菓子取ってくれるなんて優しさ見せてくれたら、安心できるんやけどなぁ」
見ると、ラウナルの後ろの棚にチョコレートの箱が入っている。モカは無言でそれを取るとラウナルの机に無造作に置いた。
「おおきに。これで安心して寝れるわ。ほんまええ子やな」
楽しんでいるかのようにラウナルは笑ってモカの頭を撫でた。
モカはふくれっ面でヴァウェルの机へ向かう。
「自分の足使わないとなまっちゃいますよ」
「心配ご無用や。なんてったってチャリでパトロールしてんねんからな」
吐き捨てるように言って笑うラウナルに、キールは手を伸ばしてチョコをもらっていた。
モカはヴァウェルの机の上にカップを置きながら尋ねた。
「コーヒーです。ブラックでいいんですよね?」
「……」
ヴァウェルは机に肘をつき、両手の甲の上に顎を乗せて黙っていた。
「先輩?」
「……妙だな」
ふう、と息を吐いたヴァウェルは背もたれに体を預けた。椅子が小さく悲鳴を上げる。
「何が妙なんですか?」
小首を傾げてくるモカの目を見ようともせずにヴァウェルはカップを取る。
「大したことはない」
「そうですか。でも、あんまり考えすぎるといけませんよ」
しかしヴァウェルはコーヒーを口に流し込むと忌々しそうに彼女を睨む。
「俺の勝手だ」
「ダメだなぁ、副班長サン。後輩ちゃんの言う通りだよ」
何か本を取りにきたのか、丁度ヴァウェルの後ろを通ったキールが彼の横へ立つ。そしてニタニタ笑いながらヴァウェルの眉間に人差し指を押し当ててグリグリと回しだした。
「そんなに怖い顔してずっと考えてたらここに皺入っちゃうよ」
ヴァウェルは軽く彼女の手を払う。
「だからなんだ」
「老けちゃうよぉ」
「人間誰でも老けるものだ」
キールは口を尖らせた。
「何それ。面白くない返事。サイテー」
するとラウナルが呆れたように手をヒラヒラと振った。
「あかんあかん。副班長サンにオモロイ返事期待したらあかんで」
「そうだね」
くすくす笑ってキールは仕事に戻った。
ヴァウェルは鼻を鳴らしてノートを手に取る。
モカは空になったトレーを胸に抱えると笑いかけた。
「でも本当に、考えすぎちゃだめですよ」
そうして自分の席へと去っていく。ヴァウェルは嘲笑うように彼女の背に呟いた。
「お前の失敗について考えているんだ。バカが」
低く小さいその声は誰にも聞こえない。
寮へ戻るなりクルはすぐさま自分の部屋へ向かった。
「ありがとう、クル。助かったよ」
「どーも」
ネアンに背を向けたままクルは軽く手を上げ、階段へ向かった。
「んじゃ、俺も部屋戻ろうかな」
ディーズがそう言うと、ネアンは顔が赤くならないよう努力しながら彼に一礼した。
「ディーズさんも、ありがとうございました」
「ああ。晩御飯期待してるぜ」
爽やかに微笑んで、ディーズはネアンの肩にポンと手を乗せた。そして持っていた袋を全部シャルに渡して部屋へ戻っていった。
ネアンはディーズが曲がった角の所をボーっと眺めていた。
シャルがひょいと横から覗くと彼女は顔を赤らめて慌てたようにシャルを見た。
「どうしよう!どうしようシャル君!肩叩かれちゃった!晩御飯期待してるって言われちゃった!あたしもう今日何もできないよ!晩御飯作れない!緊張しちゃって手元狂っちゃう!」
シャルは苦笑した。
「落ち着いてよ。大丈夫だって。ネアンが晩御飯作ってくれないとディーズ先輩がっかりするんじゃないの?」
「そんなこと言われても……」
「まぁ、とりあえず台所まで食材運ぼうよ」
「シャル、重くないか?」
レイマンが首を傾げて尋ねてきた。
確かに、ディーズが預けたせいで持っている袋の量はシャルが一番多い。それを見るなり我に返ったネアンは慌ててシャルの袋を掴んだ。
「ああ!ごめん、あたしひとつしかないから持つよ」
「平気だよ、これぐらい。レイマン先輩もありがとうございます」
「いや、大丈夫ならいいんだ」
3人は台所へ向かった。そこへ袋を下ろすとネアンは嬉しそうに微笑む。
「シャル君のおかげでディーズさんといっぱい喋れたよ。ありがとう」
「ううん。それよりごめん。レイマン先輩とクル先輩にバレちゃった」
「え!?」
レイマンは優しく笑った。
「気にしなくていい。誰にも喋らないから。むしろ応援しよう」
「本当ですか?」
「ああ。がんばって」
「ありがとうございます」
シャルは軽く手を上げた。
「じゃ、部屋に戻るね」
「うん。ありがとう。今日はいろいろ助かりました」
「どういたしまして」
シャルとレイマンは並んで部屋へ戻った。
廊下を歩きながら、レイマンは先ほどのネアンの言動を思い出して微笑んだ。
「本当に彼女はディーズのことが大好きなんだな」
「みたいですね」
シャルもくすくす笑う。
「想いが伝わったらいいですね」
「そうだな」
もう間もなくしたら、ネアン達の作るオムライスの美味しそうな匂いが漂ってくるだろう。