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Peace Maker  作者: 那津
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-Nothing ventured, nothing gained-



二十六章 -Nothing ventured, nothing gained-






助手席で、モカは運転しているキールに尋ねた。

「先輩、狙撃の腕は世界トップレベルって本当なんですか?」

彼女はケラケラ笑った。

「嘘に決まってるじゃん」

「やっぱり……」

「だいたいあたし、銃握ったことなんて新人の頃の練習ぐらいしかないしねぇ」

「じゃあどうしてそんな嘘ついたんですか?先輩、パトロール面倒くさいっていつもおしゃってるじゃないですか」

キールは突然道端に車を寄せる。

「ちょっとやりたいことがあったからさぁ」

「やりたいこと?」

エンジンを切ってキールは車から降りた。

「え?先輩?」

モカも慌てて彼女の後を追う。するとキールは小さな書店へと入っていった。

「先輩……」

モカは嫌な予感がした。彼女がパトロール中にすることといえばろくな事がない。

案の定、キールは一冊の雑誌を手に取って読み始めた。

「先輩、警官がパトロール中に立ち読みなんて」

モカは小声で彼女に言った。キールはニッと笑う。

「立ち読みじゃないよ。買うんだから」

「またそんな屁理屈言って……。どっちにしてもダメです!」

「えぇー。それじゃあ何のためにあたし嘘までついて外に出てきたのかわかんないよ」

「パトロールするために決まってるじゃないですか」

「やるわけないじゃん。このあたしが」

キールはレジへ向かった。

「先輩!」

モカは必死に止めようとしたがその甲斐なく、キールは以前から欲しかった雑誌の最新号を手に入れた。軽快に書店を出るキールの後に、うなだれてため息をつくモカが続く。キールはモカを振り向いた。

「さ、要件は済んだよ。もうこんな危険な街に長居は無用だね。さっさと署に戻ろう」

「だめですよ!パトロールするって言った以上ちゃんと任務を遂行しないと」

「あたし『パトロールする』なんて一言も言ってないよ。それに班長サンとか新人君も止めてたじゃない」

「……」

モカはもう何も言えなかった。何もしていないのに疲れが襲う。一つ大きく息を吐いた。

その時、バッグを持った一人の男がキールとモカの前を走って通り過ぎた。直後、モカの腕が掴まれる。何事かと振り向けば、女性が青い顔をしていた。

「あの人捕まえてください。引ったくりです!」

「行くよ」

キールは男を追った。

「は、はい!」

モカも慌てて着いて行く。

やがて男は人気の無い路地裏へ入り込んだ。2人もそれに続く。だが、男の姿はどこにもなかった。

「あれ……?どこ行っちゃったんだ?」

「まさか道を間違えたなんてことはないですよね」

モカは後ろを振り向いて大通りの方へと目をやる。キールもモカを振り返りながら首を横に振る。

「確かにここだったよ」

「……とりあえず、被害者の女性の方に話を聞きますか?」

モカは顔をキールへ向けた。その時、彼女の背後に先ほどの男が立っているのを見た。鉄パイプを振り上げている。キールはそれに気づいていない。モカは悲鳴に似た声を上げた。

「先輩!!」

それと同時に、男は鉄パイプを振り下ろした。




パルスは取調室の椅子に座った。目の前には少年がいて、壁際にシャルとバルドとルルがいる。

「じゃあ、まずボウズの名前教えてもらえるか?」

「エヴァ・カーソン」

「じゃあエヴァ。何であんなことしたんだ?」

「命令された」

「誰に?」

エヴァはうつむいたまま言った。

「ボスに」

「ボス?お前、何かの組織の一員だったりするのか?」

エヴァは頷く。

「何の組織だ?」

「暗殺」

その言葉に皆は目を見開く。

「暗殺だと?」

エヴァは平然と続ける。

「『マーダレス』っていう暗殺組織。僕はその組織の一員なんだ。それで、今回のターゲットはあの男の人だった。あの人の会社と対立する大手企業の社長に、あの人を殺してくれって頼まれたんだって。その仕事に僕が任命されたんだ」

「なんでまたお前がそんな組織に入ってんだ?」

エヴァは急に黙った。パルスは片手を上げる。

「……わかった。そこはとりあえず後回しだ。じゃあこの前、地下で爆発事件があった時『爆弾を送ってくるような人は知ってる』って言ってたが」

「それがそのボスだよ」

「なんだと?」

「僕が任務に失敗して警察に捕まっちゃったから全部バラされる前に殺そうとしたんだと思うよ」

パルスはスラスラとメモを取っていく。

「なるほど。……で?そのボスの名前を教えてくれるか?」

エヴァは再び黙ってしまった。パルスはペンで頭をガリガリと掻いた。

「わかったよ……。質問変更だ」

そして再びエヴァを見る。

「その組織の本部がある場所ってどこか分かるか?」

「シーズ通りのダリアビルだよ。1階から6階まで全部が『マーダレス』の本拠地なんだ。隣にある古い倉庫も使われてたよ」

「シーズ通りのダリアビル……だな」

するとパルスは思い出したように言った。

「そう言えばエヴァ」

パルスはまっすぐエヴァを見る。

「何であの時暴れた?」

その瞬間、わずかだがエヴァの顔が強張ったのがわかった。彼はうつむいてしまった。

「事件と関係がないなら別にしゃべらなくてもいいが」

「……」

その時部屋のドアが開いた。若い警官が敬礼をして口を開く。

「パルス・リコルドさん。直ちに『鬼才の人鬼』の部屋へいらしてください」

「今取り調べ中だぞ」

不機嫌そうに振り向くパルスに、彼は首を横に振った。

「それが、急用だそうです」

「ったく……取調べができると思ったらいっつもこれだ」

タバコを取り出しながらパルスは立ち上がった。

「じゃあちょっと休憩ということで。シャル、ルル、バルド」

名前を呼ばれて3人はパルスを見上げた。

「エヴァのこと頼んだぜ。牢に入れる必要はねぇからな」

彼はタバコをくわえて火をつける。そしてニッと笑った。

「署の敷地内でも一緒に散歩しとけ」

驚いたエヴァは思わず顔を上げる。そんな彼の頭にパルスはその大きな手を乗せた。

「ただし、脱走しようなんて考えるんじゃねぇぞ」

エヴァはポカンと口を開けてパルスを見ていた。彼は煙を吐き出す。

「んじゃ、行ってくる」

彼は部屋を出た。




遠くで、声が聞こえた。

「先輩……。しっかりしてください。先輩」

キールは目を覚ます。その瞬間頭に激痛が走った。

「あいったたた」

頭を抑えながらゆっくりと起き上がる。

「先輩、無事でしたか」

心配そうな顔をしていたモカは安堵のため息をつく。

「よかったぁ」

キールは辺りを見回す。どうやら倉庫のようだ。みたところかなり古い。

「んー……。そんな安心してる場合でもないと思うけどなぁ」

「え?」

「だってこれはあきらかに拉致、監禁でしょ」

「やっぱり、そうですよね」

キールは肩をすくめる。

「あーあ。このあたしがまさか拉致されるなんて。まぁ、かわいいからそういうのもわかるけど、不覚ね」

「これからどうします?」

モカはキールの言葉の後半を無視して質問する。

「決まってるじゃない」

自身満々に言ったキールに、モカは何か良案があるのかと期待した。しかし、その期待は彼女の次の一言で一瞬のうちに裏切られてしまった。

「寝るのよ」

「ふざけてる場合ですか!」

思わず怒鳴ったモカにキールは目を細める。そして自分のこめかみ辺りを人差し指でトントンと叩いた。

「あのね、あたしは頭殴られたんだよ。痛くて痛くてふらふら。そんな中動こうなんてできるわけないじゃなーい。実際立ち上がれるかも危ういのよ。第一情報が全くないのに動こうなんて無鉄砲もいいところ。それに」

彼女はイタズラっぽく笑ってみせた。

「あたし最近不眠なの」

「は?」

キールはゴロンと横になる。

「というわけで、お休みなさぁい」

「……先輩、一見正当かと思われるさっきの理由は嘘で、ただ単に寝たかっただけなんじゃないんですか?」

「うるさいわねぇ、細かいこと気にしてると皺ができちゃうよ」

「……もういいです。拉致されたのにこんなに緊張感の無い人いませんよ」

「それはどーも」

「褒めてないんですけど」

モカはため息をついた。すると、小さな声が聞こえてきた。

「モカ?」

2人は振り向く。ドラム缶が積んであり、その陰からアカーシアがこっちをのぞいていた。

「アカーシア先輩!」

「あなたたちも拉致されたの?」

「はい。不覚でした」

キールは首を傾げる。

「ああ。あなた、片想い人だっけ?副班長サンに」

アカーシアは顔を赤くして怒鳴った。

「そ、そんなんじゃないわよ!」

キールはニヤニヤ笑う。

「へぇー。そういうこと」

「な、何がよ」

「別にぃー。それよりさ、こっちの情報では他にも2人程誘拐されちゃった女の子がいるはずなんだけど?」

「ええ。こっちに」

キールとモカはドラム缶の裏側へ回る。そこにはマシェンヌとネアンが座っていた。

「いたいた。お人好し魔法使いさんの恋人ちゃんと男子寮ヘルパーちゃん」

2人の元気そうな様子を見てモカはホッと胸を撫で下ろした。

「よかった。皆さん無事だったんですね」

「ええ。殴られた時の傷がまだ痛むけど」

マシェンヌが頭をさする。ネアンは怒ったように言った。

「ほんと、女の子殴るなんて最低ですよね」

「でも、これからどうなるんでしょうか」

不安そうなモカにアカーシアが力強く言った。

「もうこれで被害者は5人になったわ。だからそろそろ皆動いてくれると思うの」

「でも今のところ、署の方には手がかりは皆無も同然って感じなんだよ」

するとアカーシアは得意げにウインクをしてみせた。

「大丈夫よ。私が情報を署に流しておいたから」

「どういうことですか?」

「これでも密偵課ですからね。こっちの状況とかを詳しく調べて署にこっそり伝えておいたわ」

「どうやって?」

ニコッと笑いながらアカーシアは小さな無線機を取り出した。

「密偵課の人は仕事だろうが非番だろうが関係なく常に持っている小型無線機よ。これは署の受付に繋がっているの。それで知らせておいたから、今頃皆作戦を練ってくれてるんじゃないかしら」

「やるねぇ、密偵課」

キールは楽しそうにくすくす笑った。




パルスは総監の部屋に着いた。ローエルを始め、ディーズ、ヴァウェル、ラウナル、ビルバードと揃っていた。

「パルス・リコルド只今到着しました」

パルスが敬礼をしてハキハキと言った。

「座れ」

指示された通り椅子に座る。間髪入れずにローエルは口を開いた。

「つい先ほど、連続誘拐犯から電話があった」

鋭い視線で皆を見る。

「交通課のキール・エナとモカ・テキンソンを誘拐したとのことだ」

皆は目を見開いた。驚きのあまり何も言えなかったが、やがてディーズは悔しそうに拳を握る。

「くそっ。やっぱりあの時止めていれば……」

ローエルは続ける。

「これで被害者は5人だ。そこで、特殊部隊を作ることにした」

「特殊部隊?」

「ディーズ・レイトを隊長、ラウナル・イオンを副隊長とする」

「しかし、部隊を作ったところで何も手がかりが掴めていなければどうしようもないのでは……」

ディーズが問うと、ローエルはチラリと彼を見た。

「昨夜、誘拐された密偵課のアカーシア・ターナーから連絡があった」

「え?」

「向こうの様子を詳しく伝えてもらい、全員無事とのことだ。しかし、5人も捕らえられているとなるとこちらの動き次第で彼女達の命が危ぶまれる。慎重に動かなければならない。そこで」

ローエルはヴァウェルを見た。

「ヴァウェル・オリントに密偵の仕事を要請する」

「私が?」

ヴァウェルは意外そうな顔をした。

「あいにく、密偵課で今すぐ動ける者はいないのでな」

「しかし、私が密偵課だったのはもう何年も前のことです」

困惑するヴァウェルにローエルは鋭く返した。

「他に良案があるというのなら是非聞かせてもらおう」

「……」

「アカーシア・ターナーの情報だけでは限界がある。だから君に頼むのだ」

「私は以前失敗を犯しています。だから今交通課にいるのです」

「今回はチームではない。敵本部に潜入するのは君一人だ。指示する必要もなければ味方をかばう必要もない。警官ならば、自分の身くらい自分で守れるだろう」

「……」

「詳しいことはビルバードに聞け。お前を指示するのは彼だ。潜入は明日、場所はシーズ通りのダリアビルだ」

彼の言葉にパルスは反応した。

「シーズ通りのダリアビル!?」

その声にローエルは彼を睨んだ。

「どうした」

パルスはニヤリと笑う。

「総監、ここに呼ぶべき人がもう一人いますよ」




その頃、カーサはキールとモカが誘拐された周辺を捜査していた。

「まったく、誘拐ばっかだぜ」

ため息がでる。

「今回はキール先輩とモカ先輩っていうし、何でまたラベル警察署の女の人ばっか狙われるんだ?」

すると側にいた鑑識課の人が鉄パイプを拾い上げていた。

「犯人はコレを使ったのか?」

彼は頷く。

「はい」

カーサは手袋をはめてそれを預かる。わずかだが血痕がついていた。

「運がよければ犯人の指紋がついてるかもしれねぇな」

カーサはそれを鑑識課に返して署へ持って帰ってもらった。だが、ふとある疑問が頭に浮かぶ。

「……でも、なんで凶器を置いていったんだ?」



エヴァが『鬼才の人鬼』の部屋へ呼ばれる。シャルとバルドとルルもついていた。ローエルは3人を追い出すこともせず、エヴァを椅子に座らせると早口で尋ねた。

「お前が殺人未遂を犯したエヴァ・カーソンか」

「……」

ローエルの鋭い視線に緊張しているのか、エヴァはただ頷いただけだった。

「聞いたところ、お前は暗殺組織に所属しているらしいな」

首を縦に振る。

「その組織の本拠地は」

「……シーズ通り、ダリアビル」

ローエルは目を細める。

「誘拐犯とこの子供は関係があるということか……」

そして睨むようにエヴァを見た。

「それで、その組織の名は」

「……マーダレス」

「何だと!?」

大声を上げたのはヴァウェルだった。普段冷静な彼が、血相を変えてエヴァを見ている。

「どうした?知ってるのか?」

ディーズの問いに、ヴァウェルは自嘲気味に笑う。

「知っているも何も、俺が密偵課から交通課へ異動になった時に追っていた組織だ」

「なんやて?」

「そういえば、その時組織は結局捕まらなかったって言ってたな」

ラウナルはニヤリと笑う。

「だんだん繋がってきたやないか」

ローエルは立ち上がる。そして指示を出した。

「ディーズ・レイトは特殊部隊隊長、ラウナル・イオンは副隊長を務めろ。ヴァウェル・オリントは単独で『マーダレス』に潜入。パルス・リコルドは特殊部隊への入隊を取り消す。代わりに引き続きエヴァ・カーソンの取調べをしろ。ビルバードはヴァウェル・オリントへの指示。話し合いは以上、詳細は随時説明する」

「はい!」

皆は一斉に敬礼をして部屋を出た。廊下を歩きながらシャルはラウナルを見上げる。

「そういえば、キール先輩とモカ先輩が誘拐されたって聞きましたけど……」

「そうや。まったく、言わんこっちゃない」

「無事なんでしょうか……」

「安心し。密偵課のアカーシアから全員無事やて昨日の夜連絡が入ってるんや。最初の3人が無事なんやからうちの2人も大丈夫やろ。なぁ、副班長サン」

ラウナルがヴァウェルを見る。だが、ヴァウェルは眉間に皺を寄せて黙りこくっていた。

「なんや、なにボーっとしとんねん」

ラウナルが彼の目の前でひらひらと手を振るがヴァウェルは一向に反応を示さない。

「ほっとけよ」

ディーズが横から言った。

「悩んでんだから」

「悩んでる?副班長サンがか?」

ディーズは肩をすくめた。

「こいつが眉間に皺寄せて黙ったら悩んでるって合図だ。そうなってるときはこっちの声は一言も聞こえてねぇよ」

「やっぱり、『マーダレス』のことでしょうか?」

「だろうな。なんせ昔自分が追っていたのにミスして捕まえられなかった組織だ。その組織にまた今回自分が潜入するんだからな」

角までくるとディーズはパルスに言った。

「じゃ、俺たちは交通課に戻ります。取調べするなら、シャルはそっちに回した方がいいですか?」

「構わねぇぜ。俺がこれからこのボウズに聞くのは組織のことばっかりだからな」

「わかりました。お疲れ様です」

「ああ。お疲れさん」

交通課メンバーはそのまま部屋へ向かった。

パルスはタバコに火をつけるとエヴァを振り向く。

「よし、疲れるだろうがもうちょい取調べに付き合ってくれるか?」

エヴァは小さく頷いた。

「ルルも行っていい?」

元気よく右手を上げて訊いてきたルルにパルスはため息をつく。

「あのな、これは遊びじゃねぇんだぜ」

するとエヴァがルルの手を握った。

「……この子も連れて行かないと、何もしゃべらない」

パルスはキョトンとした後、ニヤリと笑ってエヴァの顔を覗き込んだ。

「このマセガキが」

そしてルルの頭に手を乗せる。

「しょうがねぇ、今回だけだぜ」

「やったぁ!」

「ただし」

パルスはルルの前にしゃがみ込むと彼女の口の前に人差し指を立てた。

「皆には内緒だ」

彼女は敬礼をして言った。

「はーい!」

「じゃ、行くか」

「バルドも行こう!」

ルルはバルドとエヴァの手を引いて取り調べ室へ走った。その後ろを大股で歩きながらパルスは肩をすくめる。

「これじゃまるで遠足だな……」




交通課の部屋で雑務をこなしていると、カーサが部屋へ転がり込んできた。

「シャル!大変だ!」

「どうしたんですか?」

深刻そうな顔つきでシャルを真っ直ぐ見る。

「さっき、キール先輩とモカ先輩が誘拐された現場に行ってきたんだ。そこで鉄パイプが発見されて、その鉄パイプについていた血がキール先輩とモカ先輩の物だったことから、犯人が使用した凶器だということが確定した」

シャルはコクリと頷く。カーサは早口で続ける。

「それで指紋も見つかったんだが、その指紋っていうのが」

彼は顔を真っ青にしていた。

「クル先輩の物だったんだ」

「ええ!?」

それにはディーズ達も驚いた。

「クルが犯人だっていうのか!?」

カーサは彼を振り向く。

「物証としては、そういうことになります……」

「待て待て。せやったらクルは『マーダレス』の一員やいうことになるで」

「『マーダレス』……?」

首を傾げるカーサにシャルは手短に説明した。するとヴァウェルが目を細める。

「カーサ。確か、地下の牢屋で爆発があった時、指紋は一切みつからなかったと言っていたな」

「はい。指紋どころか何の手がかりも見つかりませんでした」

ヴァウェルは腕を組んだ。

「……不自然だ」

するとディーズも頷く。

「確かに。そんな抜かりのないことをしておきながら、今回手袋もしないで鉄パイプを握るなんて」

「ちゅうことは、誰か別の奴がワザとやったってことか?」

「じゃあ、クル先輩の無実は証明されるんですね?」

カーサは唸る。

「いや……指紋が出ている限りそれは難しいな。それに、クル先輩がいないんだ」

「え?」

「犯人の疑いがかけられていて仕事が停止されてるから寮にいると思ったんだが、昨日から誰も姿を見ていないんだ」

「そんな……」

「クルが犯人やっちゅう可能性は高まったわけやな」

「先輩はそんなことしませんよ!」

「せやけど、捜査課の方では違うんやろ?」

「はい……。皆必死でクル先輩を探しています」

ディーズは舌打ちをした。

「くそっ。めちゃくちゃじゃねぇかよ。わけわかんねぇぜ」




「あーあ。おもしろくないのぉー」

キールは背伸びをしながらあくびをした。その緊張感の無さにネアンはポカンと口を開ける。そしてモカに尋ねた。

「キールさんっていっつもああなんですか?」

「お恥ずかしいことですが……」

そう言ったモカの頭をキールがポンポンと叩いた。

「なにが恥ずかしいのさ、後輩ちゃん」

「先輩、もっと緊張感持てないんですか?」

「持ったって意味ないでしょ。疲れるだけじゃない。こんなとこただでさえ疲れるっていうのにわざわざ緊張して体力消耗することないない」

「それはそうですけど……」

「こんなことになるならトランプでも持っとけばよかった」

ネアンは絶句した。しかし隣でマシェンヌがクスクス笑っている。

「マシェンヌさん?」

「ごめんなさい。キールさんって変わり者ですね」

「それはどーも」

「褒め言葉とは取れないんですけど」

横でモカが小さく呟くが、キールは笑いながら手を振る。

「気にしない、気にしない。そんな細かいこと気にしてたらシワが増えちゃうよ?どっかの副班長サンみたいにねぇー」

アカーシアも小さく苦笑する。

すると、倉庫のドアが開いた。皆は一斉にそっちを振り向く。

「ほら、さっさと入れ!」

誰か男に連れられて、人がこちら側へ蹴り飛ばされた。その人物はドラム缶の山の中に倒れこむ。モカは小さく悲鳴を上げた。男はキール達に気づいてニヤリと笑う。

「気分はどうだい?お嬢さん方」

ひるむことなくキールはニコリと笑う。

「最高に悪いわよ。オジサン」

「怖いもの知らずのお嬢さんだな」

「それはどうも」

「まぁ、いいさ。お前らの命も残り後わずかだ。せいぜい皆で仲良くお喋りを楽しむんだな」

男は立ち去った。

マシェンヌはドラム缶の山に倒れこんだ人に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

彼の顔を見るなりマシェンヌは声を上げる。

「クル!?」

「え?」

モカ達も慌てて駆け寄る。確かに、クルだった。頭から血を流して苦しそうな表情をしている。

「大丈夫ですか!?」

モカが不安そうに呼びかけた。するとクルは右手を上げる。

「ああ。なんとかな」

そしてゆっくりと起き上がる。

「寝ておいた方が……」

アカーシアの言葉にクルは静かに言った。

「寝てられるかよ。この状況で」

そして小さく舌打ちをする。

「くそっ。最悪だ」

「でもどうして君がここにいるのさ?」

クルは出血している所を手で押さえた。

「はめられた」

「え?」

「昨日、うちの班長に手紙で呼び出されて出かけたら、いきなり襲われてここの奴らに捕まっちまったんだ。それでここに連れてこられた」

そしてキールとモカを見た。

「俺が気絶してる間に、あんたらを殴った鉄パイプに俺の指紋をつけられたらしい。その鉄パイプは今頃鑑識に回されてるだろうな」

「それじゃあクルさんが犯人にされちゃうじゃないですか!」

「ただでさえ牢の爆発事件で疑いがかかってるっていうのに」

するとキールはケラケラと笑い出した。

「あっはは!何それサイテーじゃん」

「笑い事じゃないですよ先輩!」

「だってもう起こっちゃったことだししょうがないじゃーん」

「だからって」

キールは不敵に笑う。

「犯人はこの後、私達女性チーム5人を殺すだろうね」

「え?」

キールはクルを見た。

「それで、その死体の傍に色黒銀髪君の死体も一緒に放置するつもりだよ」

マシェンヌが顔を真っ青にする。

「それってまさか……」

アカーシアが眉間に皺を寄せた。

「クルが私たちを殺そうと襲い掛かって、私たちが抵抗したがために皆死亡してしまったと見せかけるのね」

キールは頷いた。

「それで、この色黒銀髪君が犯人だっていうことが確実になるわけ。まぁさすがにこんな大掛かりなこと、共犯者がいないとできないわけだけど、警察側で分かっている犯人はこの色黒銀髪君だけなわけだから?その犯人が死んじゃったからまた振り出しに戻っちゃうわけ。そうすれば、あたし達を誘拐した奴らは気楽にまた街を歩けるっていう寸法だね。牢屋の爆発事件でもキレイさっぱりと証拠を残さなかった人たちなんだし、どうせ今回も自分たちに不利な証拠なんて残してないだろうからね」

クルは吐き捨てるように言った。

「趣味悪いぜ」

キールも笑いながら同意する。

「ほんとー」

「……でもどうして、私達警察関係者を誘拐してまで、そんなことをする必要があるんでしょうか。」

「動機なんて知らないよー。色黒銀髪君に恨みでもあるのか、あたしたちに恨みでもあるのか、警察に恨みでもあるのか、はたまたただ人を殺したいっていうイカレた理由なのか」

「でも、とにかくクルがここにいるってことを早く署に連絡をしなきゃいけないわね……」

アカーシアは無線機を取り出した。

「へぇ……お前そんないい物持ってたのか」

笑いを含んだ声が頭上から聞こえて、皆は顔を上げた。

積み上げられたドラム缶の一番上で、座ってこっちを見下ろしている男がいた。

彼は納得したように頷く。

「なるほどねぇ。これじゃあこっち側の情報は警察側に流し放題ってわけだ。警察も思ったよりバカじゃないな」

アカーシアは男を睨む。

男はニヤニヤと笑っている。

「さて、どうしようかな?」

クルがアカーシア達の前に立ちはだかる。

「その傷で、しかも武器を何も持たないで、俺とやり合おうっていうのか?」

「……」

確かに、勝算はない。頭はクラクラするし今にも倒れそうだ。

男は喉の奥で笑った。そしてキールを見る。

「お嬢さん、あんたの推理は大方当たってたぜ。賢いな」

「あら、ありがとう」

「だが、その無線機で情報を警察の方に流されていたとなると、早急に計画を変更しなきゃならねぇ」

「じゃあ、その変更内容を教えていただけるかしら?」

「いいぜ。変更内容の最初の部分を教えてやるよ」

モカ達は緊張した面持ちでジッと男を見つめる。

「まず、お前らには眠っていただこう」

男が取り出したのは催眠スプレーだった。

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