-Anything could happen-
二十四章 -Anything could happen-
カーサが復帰して2週間は経った。あの日以来、カーサは現実を受け止め仕事もちゃんとしている。シャルも自分の部屋に帰れることができ、レイマンのいなくなった3人部屋で寂しさは残るが、普通に過ごしている。
今朝、シャルはカーサとディーズとヴァウェルの4人で食事を取った。
それが終わると、シャルはディーズやヴァウェルと共に交通課の部屋へ向かう。そこには既に他の3人がいた。
「あ、おはよー」
シャル達が入ってくるなりキールが笑いながら手を上げる。
「おはようございます」
シャルは微笑んで返す。
皆がそれぞれ落ち着いたのを確認すると、ディーズが地図を広げた。
「今日のパトロールは午前中は俺とモカ、ラウナルとキール。午後からはシャルとキール、ラウナルとヴァウェルで当たってくれ」
キールは口を尖らせた。
「あーあ。今日は午前も午後もパトロールかぁ」
すかさずヴァウェルが彼女を咎める。
「文句を言うな」
しかし彼女に何か言えばつまらない理屈が返ってくるのが当たり前で、
「あれぇ?副班長サン。私には言論の自由は認められないの?私だって人間だよ。全ての人間に言論の自由は与えられているのにどうして私だけダメなのさ。副班長サン警官として失格だよぉ。サイテーだね」
と、またいつものようにダラダラと屁理屈を並べ始めた。しかしヴァウェルはそれを一切無視し、仕事を続ける。
「あらまぁ、副班長サンお耳が遠くなっちゃったみたいだねぇ」
相手にされなくなって飽きたのか、彼女は今度はモカで遊び始めた。
「ねぇねぇ、後輩ちゃん。コーヒー淹れてよ」
「ご自分でやってくださいませんか?私はこれから似顔絵成作課に新しい指名手配犯の似顔絵を貰いに行かなければなりませんので」
「その前にコーヒー淹れることぐらいできるでしょー」
するとシャルが立ち上がった。
「自分が入れましょうか?」
しかしキールは手をヒラヒラと振る。
「ダメダメ。新人くんじゃ私のコーヒーは淹れられないよ」
「どうしてですか?」
「加減が微妙だからね。後輩ちゃんじゃないと美味しくできないわけ」
「せやったら俺も頼もか」
笑いながらラウナルが手を上げた。
「ですからご自分で」
「うっわぁ。大先輩の頼みが聞けへんちゅうんか?」
「それとこれとは話が別です」
「別ちゃうわ。上下関係は常に存在するんやで」
「そーそー。コーヒー淹れるのなんて10分も20分もかからないじゃない。そんなことに怠けてたらダメだよ」
「怠けているのはそちらじゃないですか……」
するとシャルが苦笑しながらモカに言った。
「じゃあ自分が似顔絵作成課に行ってきますよ」
それを聞いたキールはニッコリ笑う。
「あら、新人くん。気が利くじゃん」
ラウナルはニヤニヤ笑いながらモカを見た。
「モカもあれぐらい気の利く人間にならなあかんで」
モカは大きくため息をついた。そしてシャルに向かって小さく頭を下げる。
「すみません、じゃあお願いしますね」
「はい。新しい似顔絵を貰ってくればいいんですよね」
「そうです」
シャルは階段へ向かった。5階に出て廊下を歩く。
するとある部屋の前に差し掛かった所で、その部屋の中から怒鳴り声が聞こえた。
「ふざけんな!!」
思わず肩をビク、と震わせてその部屋の方を見た。ドアの上のプレートには『取調べ課』と書いてある。何事かと思っていると、ドアが勢いよく開いた。出てきたのはいつかパトロールで強盗犯を捕まえたパルス・リコルドだった。
「あ」
シャルは思わず呟く。ドアを閉めたパルスは目の前のシャルを見て低い声で言った。
「ああ、いつかの新人か」
「おはようございます」
「何か用か」
彼は相当機嫌が悪いらしく、睨むようにシャルを見た。その目力に圧倒されつつもシャルは首を横へ振った。
「い、いえ。たまたまここの前を通りかかって大声が聞こえたものですから」
「そうか、悪いな」
「何かあったんですか?」
パルスはポケットからタバコを取り出して口にくわえる。火をつけ、煙を思いっきり吸い込み、そしてそれをため息と一緒に吐き出した。
「誘導尋問だ」
「え?」
パルスは顔を後ろへ向けてドアを睨んだ。
「俺が休みの間に部下がやりやがった」
「どうしてそんなことを……?」
「もうすぐ時効なんだが、犯人の目星もついてねぇ事件があるんだ。遺族の方から苦情も来てるし、世間的に見てもヤバいって思ったんだろ」
「そんな……」
パルスは舌打ちをする。
「俺にバレないとでも思ってやがったのかあのバカ野郎ども」
そして小さく手を上げる。
「じゃ、総監に報告してくる」
「あ、お疲れ様です」
タバコをふかしながら、パルスは去った。その背を見送って、シャルは用事を思い出して似顔絵作成課の部屋へ走った。
午後からシャルはキールとパトロールに出た。パトカーを走らせていたキールは何を思ったか突然道路脇に車を止める。
「どうしたんですか?」
周りを見回しても違反車はないし、何もおかしな点がないことを確認したシャルは首を傾げた。キールはエンジンを止めるとシートベルトを外す。シャルは彼女に呼びかける。
「先輩?」
「んー?」
「なんで車止めたんですか?」
ドアに手をかけると彼女はニッコリと悪魔の笑みを見せた。
「お買い物」
「え?」
「喉渇いちゃったからそこの自販機でちょっと買ってくる」
「ま、待ってくださいよ」
「あれ?新人くんも欲しいの?しょうがないなぁ、お金くれたら買ってきてあげるよ」
「そうじゃありません!パトロール中にそんなことしたらダメですよ」
キールは悲痛な叫び声を上げる。
「じゃあ新人くんは私が脱水症状を起こしてもいいと思ってるの!?」
シャルは困ったように言った。
「どうせもうすぐパトロール終わるじゃないですか。もう少し我慢してくださいよ」
しかし彼女は再びあの笑みを浮かべる。
「あたしにそんな言葉、あっても実行できるワケないじゃん」
そして車を降りた。
「もう……」
シャルは大きくため息をつく。キールはご機嫌に自販機で飲み物を選んでいた。
「しょうがない人だなぁ」
呆れたように呟いて、彼女を急かすべくシャルも車を出る。
「先輩、早くしてくださいよ」
しかしキールは至ってマイペースで、
「ダメダメ。急いては事を仕損ずる。急がば回れ」
「自販機で飲み物買うだけじゃないですか」
「何事も全力に取り組まなきゃ」
「……」
もうこれ以上何を言っても無駄だと悟り、完敗したシャルは再び車の中へ戻ろうとする。その時ふと、横を通り過ぎた一人の少年がいた。何気なくその子を見る。
ツバのある大きな青い帽子を目深に被って、髪の毛は全てその中に納まっているようだった。ポケットに両手を入れて歩いている。右手が少し出た。その瞬間キラリと何かが光る。
ナイフだった。
「え……?」
驚いて、シャルが少年に声を掛けようとしたその時だった。
少年は突如走り出す。そして向こうから歩いてきた一人の男に襲い掛かった。驚いた男は思わず両腕で自分をかばう。少年のナイフは男の左腕に刺さった。
「ぐあっ……」
男が小さく呻き声を上げる。
シャルは慌てて走り出した。そして、仰向けに倒れた男を更に刺そうと少年が上げたその右手をしっかりと掴んだ。少年は驚いたように振り向いた。見開かれた空色の瞳がシャルの瞳とぶつかる。
まだ幼い、子供の目だった。
「ついに世の中もここまで狂っちまったか……」
パルスはタバコをくわえながら呟いた。取調室の前に立って、ドアを静かに開ける。
「なんせこんなガキが人殺しかけたんだからな」
小さな部屋の真ん中に机があり、窓を背にして座っている、まだ小さい子供。ツバのある帽子を深く被ってうつむいている。
部屋の隅にはシャルがいた。少年が殺人を犯しかけた所に丁度居合わせたため、取調べに同行することになったのだ。
パルスは携帯用灰皿にタバコを入れてドアを閉めた。少年の向かいに座る。少年は微動だにしない。
「よお、ボウズ。下に何かあんのか?」
しばらく沈黙が流れる。パルスはフッと笑った。
「まぁ、いいか。さて、その帽子取っておじさんに顔見せてくんねぇか?」
少年は動かない。まるで石のようにジッとして、息さえしていないように見える。
「あー……。ボウズもここから早く出たいだろ?だったら何か喋ってくれねぇとずっとこのままだぜ」
「……」
パルスは椅子の背もたれに身を預ける。椅子はキィ、と小さく鳴いた。部屋の隅に立っているシャルに苦笑いを向ける。
「こりゃぁ今日のデートは延期だな。俺のハニー拗ねると口きいてくれないからなぁ……。しばらく電話しても意味ねぇや」
シャルは小さく笑う。
「先輩の彼女、ユマ・エスタさんって言いましたよね。ユマさんとは仲よさそうに見えましたよ。羨ましいです」
「だろ?」
ニヤッと笑ってみせたパルスは少年の方に向き直る。
「で、少年よ。最初に何を教えてくれんだ?」
「……」
「名前は?」
「……」
「歳は?」
「……」
「どこから来た?」
「……」
「どんなタイプが好みだ?」
「……!?」
唐突の無関係な質問に驚いたのだろう。少年は少し顔を上げた。だがすぐにまた下を向く。パルスの後ろではシャルが子供に何聞いてるんですか、と呆れていた。パルスは肩をすくめながら軽く手を振る。
「いいじゃねぇか。子供にかったるい取調べなんてしてもお互いダルいだけだ」
「それなら質問を選んでくださいよ」
「俺の勝手だろ。口はさむなよ」
パルスは足を組んだ。
「まぁ……俺は背の低くてこう、守ってやりたくなるような子が好みだなぁ。そんで天然入ってたらパーフェクトだ」
「……」
「んでよ、俺ハニーがいるんだけどよ。ヤバいぜ。もうめちゃくちゃかわいいの」
「先輩、のろけるのも程ほどにしてくださいよ」
パルスは睨むようにシャルを見た。
「だから口はさむなって。そんなんだからいつまで経っても女が出来ねぇんだよ」
「なっ……。放っておいてください!ていうかどうして先輩が知ってるんですか」
パルスはニヤリと笑う。
「あれ、当たった?まぁ、口うるさい男は彼女なんか出来ねぇからな。今度いい子紹介してやろうか?」
「結構です!」
「何だよ。人がせっかく親切にしてやってんのに」
「大きなお世話です!早く本題に戻ってくださいよ」
「はいはい」
パルスは再び少年に向き直る。
「なぁ、ボウズ腹減ってねぇか?」
「……」
キュルルルル
少年の代わりに、彼の腹が返事した。パルスは笑う。
「正直な奴は好きだぜ。何が食いてぇ?」
「……」
「ラーメンか?」
「……」
「カレーか?」
キュルルルル
「うし、決定。おい、出前」
シャルは駆け足で部屋を出て行った。その後、シャルが帰ってくるまでパルスは一人でユマについて喋り続けていた。
「持ってきましたよ」
ドアを開けながらシャルが言った。片手にカレーと水の入ったコップが乗ったトレーを持っている。
「はいどうぞ」
うつむく少年の前に丁寧に置いてやる。少年は少し顔を上げた。ツバで隠れて見えないが、カレーを睨んでいるようだ。動かない少年にシビレを切らしたパルスが言った。
「何だ?食わねぇのか?毒なんて入ってねぇぞ」
「……」
「んじゃ、腹減ってるし俺がもらおうかな」
パルスが手を伸ばしてカレーの皿を掴もうとした。だが、手が届く直前にその皿が逃げるように遠のく。少年が引き寄せたのだ。
「お?」
少年はスプーンを持って一口それを食べた。モグモグと口を動かしているうちに、ピタリと動きが止まった。するといきなり勢いよく食べ始める。シャルはその様子を微笑みながら見ていた。
「美味しいでしょ。僕の行き着けのお店なんだ。オススメだよ」
少年は相変わらず無反応である。
「しかしウマそうに食うなぁ……。俺も食いたくなってきたじゃねぇか」
ポツリとパルスが言った。そしてシャルを見る。
「なぁ、俺の分はねぇのか?」
「一応ありますよ。一人分頼んだんですけど間違って三人分持って来られて困ってるんです。でも、取調べ中にそんなことしていいんですか?」
パルスは大真面目に頷いた。
「ああ。問題ねぇよ」
「じゃあ取ってきますね」
ニコリと笑ったシャルは取調室を出た。パルスはニヤニヤ笑いながら独り言を呟く。
「いいわけねぇだろ、バーカ」
その呟きを聞いた少年は動きを止めてパルスを下からのぞく様に見る。視線に気付いたパルスはケラケラ笑った。
「なぁ少年、お前は俺みたいな嘘つきや、シャルみたいな騙されやすい人間になるなよな」
「……」
少年は無反応だった。
シャルが部屋へ帰ってきた頃には少年はカレーを食べ終わっていた。
「早いね」
目を丸くしたシャルはパルスの前にトレーを置いて、自分の分を隅の机へ持っていこうとする。だが、少年の視線に気付いて動きを止めた。少年はシャルのカレーを見ていた。シャルはニコリと笑う。
「食べる?」
少年はハッと顔を上げた。その時初めて少年の顔を見た。クリクリの大きな空色の瞳。帽子からはみ出した前髪はきれいな鉄色。顔立ちからして10歳前後だろう。
こんなに小さな子が……。
改めてそう思った。
少年はシャルをジッと見つめたまま、小さく頷いた。シャルはためらうことなくトレーを少年の前において、食べ終わった方を取り上げた。ありがとう、の一言もなしに少年はカレーを食べ始める。
その向かいですでにカレーを食べていたパルスは目を見開いていた。
「なんだよこれ美味いな!」
「捜査課の先輩に教えてもらったんです」
「常連なのか?」
「はい。時々安くしてくれて助かりますよ」
「じゃあ、そこ行く時お前は必須だな」
「先輩、セコいですよ」
だがパルスはそれを無視して再びカレーを食べ始めた。パルスは食べながらも少年に質問をする。
「なぁ少年。せめてよ、名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃねぇの?」
少年はパルスの目を見ない。下を向いたままカレーを食べ続けている。パルスはしばらく唸っていたが、少年が食べ終えたのを確認すると再び尋ねた。
「なぁ、お前、名前は?」
「……」
「頑固だな」
パルスは思わず苦笑する。そして首を傾げた。
「お前さ、早く家に帰りたいだろ?だったらさぁ、さっさと俺の質問に答えてさっさと帰ろうぜ。そのままずっと何も喋らなかったら今日は少年課が用意する部屋か最悪の場合地下の牢屋にお泊りする羽目になっちまうぜ」
「……」
パルスは腕時計を外して少年の前に置いた。
「今は夕方の4時だ。この取調室が使えるのは延長して夜の9時まで。それまでに俺の質問に答えてくれ」
少年はうつむいている。パルスはシャルを振り向いた。
「悪いな、シャル。付き合ってくれるか?」
シャルは笑顔で返す。
「はい。もちろんです」
するとパルスは立ち上がった。
「んじゃまぁ、このボウズなかなかしゃべってくれそうにもないからちょっと一人にしといてやろうぜ」
「え、いいんですか?」
「大丈夫だって」
そう言ってパルスはシャルを引っ張って外に出た。そしてドアの前でタバコをくわえる。それに火をつけるとシャルを見た。
「あいつの親はどうしたんだ?呼んでねぇのか?」
シャルはそれを訊くためにパルスが自分を連れ出したのだと分かった。
「それが、あの子が何もしゃべらないから連絡がつかないんです。捜査課の人達が今必死に調べてるらしいですけどなかなか……」
「まぁ、あんだけ無口だとそうなるわな……。ところで、その襲われた人ってのはどうなったんだ?」
「今病院で治療を受けているそうです。命に別状はないそうですよ」
すると遠くからシャルを呼ぶ声がした。見るとカーサがこちらへ走って来ている。
「ここにいたか」
「どうしたんですか?」
「現時点で分かったことを一応説明しておこうと思ってな」
そこでカーサはパルスの存在に気づいた。パルスは笑いかける。
「取調べ課班長、パルス・リコルドだ」
「捜査課のカーサ・レブンです。初めまして」
握手を交わすとパルスが早速尋ねた。
「で、現時点では何がわかってんだ?」
「あ、はい。えっと、まず襲われた男性なんですけど大手企業の社長をしているそうです。最近はそこの会社の売上げも上々でリストラをした会社員もいないそうですし、取引も上手くいっていて刺されるようなことは何ひとつしていないと言っています。それにあの少年にも見覚えはないそうです」
シャルは不思議そうに首を傾げた。
「それじゃあ、あの子はなぜその男性を襲ったんでしょうか……?」
小さなシャルの呟きにパルスは平然と言った。
「んなもん本人に聞きゃすぐわかるだろ」
「教えてくれますかね?」
彼はニッと笑う。
「教えてくれそうにない奴から話を聞くのが、俺の仕事だ」
そして彼は再び部屋へ入った。シャルはカーサに敬礼してからパルスの後を追う。
パルスはドサっと椅子に座った。少年を真っ直ぐ見る。
「で?話す気になったか?」
少年は相変わらず下を向いたままだ。
「家帰りたいだろ?だったら話してくれよ」
だが結局、彼は9時になっても一言も喋らなかった。
少年は地下の牢屋で一夜を明かすこととなった。マシェンヌたち、少年課の意見で少年課直属の少年院の個室に入れることも考えられたが、殺人未遂を犯した危険人物だということで、最終的に総監の判断で牢屋へ入れられることになったのだ。
見張り役にはバルドが任された。バルドは、牢屋の隅に小さくうずくまっている少年の小さな背中を見つめる。
「なあ、お前名前なんていうんだ?」
しかしやはり彼は何も答えない。バルドは苦笑する。
「お前取調べでもずっと黙り通したらしいじゃねぇか。大した奴だな」
「……」
バルドは、見張り役が持つことを義務付けられている長槍を肩に掛けてその場に座った。石畳が冷たい。季節はもう冬で、薄着では大分寒いだろう。バルドはふと少年を見た。かなりの薄着である。ベッドに毛布はあるのだが被ろうとはしない。バルドは自分用にと持ってきておいたタオルケットを持つと、鉄格子の隙間から少年の方へ投げた。それは上手いこと少年の頭に被さった。
「寒いだろ。風邪引くぜ」
そう言って再び座る。少年は何も言わなかった。しかし、タオルケットにくるまるようにそれを引っ張ったのをバルドはちゃんと見た。微笑をもらしたが一言も話しかけずに壁にもたれる。
それから何時間経っただろうか、ふと木製の扉がノックされた。顔を上げたバルドは扉を開ける。しかしそこには誰もいなく、一つの小さな小包が置いてあった。
「……なんだ?これ」
バルドはそれを拾い上げる。小さいわりには重い。紙が挟んであった。そこには、パソコンの字で、
『少年へ 差し入れ』
と書かれていた。
バルドは扉を閉めて少年に言った。
「おい、誰からか知らねぇが差し入れが来てるぜ」
少年はやはり答えないがバルドは続ける。
「一応俺が中身を確認しなきゃなんねぇから先開けるぞ」
そう断ってバルドは紐を解き始めた。その時、沈黙の流れていた地下に、時計の音がわずかに響いた。
カチ……カチ……カチ……
「……この音」
続いて、冷たい機械の声が聞こえる。
10秒前……9……
バルドはすぐさま牢屋の鍵を開けて少年の腕を引っ張った。そして少年を牢の外に突き飛ばして小包を置く。自身も牢から出ると少年を抱えて扉を開けた。
瞬間、爆風がバルドを吹き飛ばした。
少年を抱えたまま体を丸めて廊下をゴロゴロと転がる。
「……ってぇ」
バルドはゆっくりと身を起こした。
「大丈夫か?」
下にいる少年に尋ねた。少年は起き上がるとバルドの顔をマジマジと見た。驚いているのか、帽子の下で目を見開いている。
そして小さな声で、
「……ありがとう」
バルドは笑いながら少年の頭を撫でた。
「無事でなにより」
すると騒ぎを聞きつけた警官たちが駆け寄ってきた。
「何事だ!」
バルドは立ち上がる。
「さっき、外に差し入れの小包が置いてあったんだ。そこに爆弾が仕掛けられていた。至急この付近にいる不信な奴を探してくれ!」
「わかった」
しかし、いくら探し回っても不信人物は一向に見つからなかった。




