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Peace Maker  作者: 那津
19/27

-Out of the frying pan into the fire-



十九章 -Out of the frying pan into the fire-






「爆弾を解除したんだね。やっぱり君は腕がいいね」

電話の向こうから聞こえる明るい声に、イライラしながらクルは返す。

「さっさと要件を言え」

「せっかちだなぁ。じゃあ一度しか言わないからよく聞いて」

スウェートは楽しそうだ。

「悪魔が見下ろすその場所は、地獄の底か、寒く凍える南極か。人に育てられ、もしくは捕まえられ、そして殺され、人に喰われる。彼らは今日もそこに整然と並ぶのみ。その場所で、熱き熱風に溶かされるか、凍てつく冷気に死に逝くか。全ては己の手先次第」

暗号を言い終えると、彼は笑った。

「じゃあ、爆発まで後59分57秒。がんばって」

電話が切られる。クルはすぐさま手帳を取り出してさっきの問題を書き出した。カーサとシャルはそれを覗き込む。

「悪魔が見下ろす場所……?」

「暗い地獄の底……寒く凍える南極……?」

「わけわかんねぇな」

「人に育てられ、人に殺され、人に喰われる彼ら……。人が食べるってことはもちろん食べ物ですよね。人が育てたり捕まえて殺したりするのって……」

クルは顔を上げた。

「肉と魚か……?」

「とするとそういうのが並んでいるのは、スーパーとかデパートとかの食料品売り場になりますね」

「だがこの地獄の底とか南極とかってどういう意味だ?」

するとカーサがニヤリと笑った。

「冷蔵庫だ」

「え?」

「地獄の底っていうのは、暗い場所を示していて、寒く凍える南極っていうのは、そのまま寒い場所を表している。スーパーやデパートで肉や魚が並ぶ、暗く寒い場所と言えば冷蔵庫しかねぇ」

するとクルは眉間に皺を寄せた。

「だが、どこのスーパーかデパートなのか多すぎて絞れねぇな」

「……」

それにはカーサも黙ってしまった。

すると、3人の背中に元気な声が飛ぶ。

「皆!」

一斉に振り向くとそこにはカバンを手にしたルルがいた。

「ルル先輩!?」

「どうしたんだ?お前」

ルルは3人の前までくるとニッコリ笑った。

「そこの小学校ルルが通ってるところなんだよ。でもなんか授業がなくなって下校しなさいってなったの」

するとルルは首を傾げた。

「皆どうしたの?レイマンとかディーズとか皆いるよ……」

「えーっと……」

ルルは首を傾げる。

「ばくだん?」

「え?」

「だってさっきクルが教室にいたもん。爆発物処理課の人とか魔術課の人とかいるもん。絶対何かあったんだよ!」

「……」

「ねぇ、何があったの?」

「お前は知らなくていいんだよ」

クルはルルの頭に手を置いた。ルルは頬を膨らませる。

「さっきもそうやって教えてくれなかった!なんでルルは知らなくていいの?どうして?」

「ガキは引っ込んでろ」

「クルも子供のくせに」

しかしクルはそれ以上は何も言わずに再び黙って考え出した。

「どこのスーパーだ……」

そして近くの警官に地図を持ってこさせ、それを広げて睨むように見る。

「どこだ……。どこだ……」

クルが柄にもなく焦っているということは手に取るようにわかった。ルルにもそれがわかったのか、彼女もそれ以上問い詰めることはなかった。するとカーサがハッと顔を上げる。

「おい、ルル」

「なに?」

「お前キャロス小学校に通ってんだよな?」

「うん。そうだよ」

カーサは地図を覗き込んだ。

「クル先輩、ここじゃないですか?」

彼の指差す先は、ラベル警察署から東へ行った所にあるスーパーだった。

「ここって……」

「寮のヘルパーの子たちがいつも行ってるスーパーだ」

「どうしてここなんだ?」

「スウェートは『いつか絶対復讐してやる』って2年前叫んでいた。だから、ただ単に意味のない所に爆弾を置くよりも、爆発した時に警察署関係の人間が被害に遭うような場所に置くと考える方があいつの意向に沿っていると思うんです」

「確かに……」

シャルは急いで腕時計に目をやった。そして愕然とした様子で呟いた。

「ネアンが危ない」

「え?」

3人はシャルを見た。彼は血相を変えて早口で喋る。

「ネアン昨日言ってたんです。明日の2時半頃に買い物に行くって。今丁度2時半なんです」

クルは吐き捨てるように笑った。

「まさかそこまで調べてるなんて、やってくれるじゃねぇか……」

そして近くの者を呼び寄せて早速パトカーに乗り込んだ。

「クル先輩、気をつけてくださいね」

「ああ」

クルは短く答えてドアを閉めた。パトカーの中でクルは総監に電話をかける。

「犯人から問題がありました。場所はスーパーの冷蔵庫です。今そっちへ向かっています。爆弾を発見し次第すぐに電話します」

電話を切ったクルは軽く舌打ちをする。

「冷蔵庫か……」




クルの乗ったパトカーが見えなくなった頃、シャルは思い出したように声を発する。

「あ……」

「どうした?」

カーサが首を傾げた。シャルはカーサを見ると心配そうな顔で、

「どうしましょう。冷蔵庫ですよ」

「だからなんだよ」

「クル先輩、寒いところが苦手なんです。防弾チョッキとか着れないから多分先輩、今の格好のまま爆弾を処理しなきゃだめだと思うんです。……冷蔵庫みたいな寒い所で爆弾を処理するなんて、クル先輩にはすごく難しいことですよ」

「確かに、手も上手く動かねぇだろうな」

「だからスウェートは、問題の最後に『その場所で熱き熱風に溶かされるか、凍てつく冷気に死に行くか。全ては己の手先次第』って言ったんじゃないでしょうか」

カーサも舌打ちをした。

「悪魔みたいな奴だな」

カーサは、自分で言ったその言葉が妙にひっかかった。

「……悪魔?」

彼の不思議そうな表情に気づくこともなく、シャルはカーサに背を向けた。

「それじゃあ自分は、ディーズ先輩達にこのこと伝えてきますね」

「ルルも行く!」

「ああ」

適当に答えてカーサは再び首を傾げた。スウェートの問題の最初の部分を思い出したのだ。

『悪魔が見下ろすその場所は、地獄の底か、寒く凍える南極か』

「悪魔が見下ろす場所……」

カーサは眉を潜める。

「もしも悪魔っていうのがスウェート・ラビアのことなら、スウェートは先輩が向かったスーパーが見える場所にいるってことになる……。その場所が確定できれば、スウェートを捕まえることができるかもしれない」

カーサは地図を広げた。クルの向かったスーパーを囲む建物を一つずつチェックしてみる。

「スウェートは悪魔が『見下ろす』と言っている。ということはその場所はスーパーよりも高い建物ということか。だとすると……」

該当する建物は、一つしかなかった。

それは、今は使われなくなった倉庫である。

カーサは腕時計に目をやる。爆発時刻までにはまだ時間がある。倉庫までバイクで往復するには十分だった。カーサは立ち上がった。



スーパーに到着したクルは早速中へ入る。するとネアンに出会った。

「あれ?クルじゃない。どうしたの?仕事は?」

クルはそれを無視してズンズン奥へと入っていく。

「……何かあったのかな」

ネアンは一人首を傾げて買い物を再開した。

関係者以外立ち入り禁止の看板のかかったドアを押し開け、クルは裏へ入った。そこは既に冷蔵庫となっていて、大分気温が落ちている。クルが舌打ちをしていると、声をかけてくる者があった。

「もしかして、ラベル警察署の方ですか?」

「はい」

男は真っ青な顔をしていた。

「このスーパーの店長です。総監の方から話は聞きました。従業員は普通に仕事をしていますが今すぐ移動させます」

「いいえ。人を一人でも非難させたら犯人は遠隔操作可能スイッチで爆弾を爆発させると言っています。従業員の方にはくれぐれも内密にお願いします」

「そんな……」

「時間がありません。この冷蔵庫で最も気温が低い所へ案内してください」

男は頷いた。

「わかりました。そこに爆弾があるんですね」

「恐らく……。爆弾が確認され次第、そこには一切人を近づけさせないようにしてください」

「わかりました」

案内された所は、肉が置いてある個室の冷凍庫だった。

「ここです」

店長は首を傾げる。

「そんな格好で寒くないんですか?」

クルは颯爽と中へ入った。

「構いません」

そしてドアを閉めた。少しでも動くのを止めると凍ってしまいそうな寒さだ。クルは様々な肉が並ぶ棚を調べだした。そしてその一番下の段に、規則的に赤い光を発する物を発見した。ゆっくりとそれを引っ張り出してみる。予想通りだった。

「凍てつく冷気に死に逝くか……」

呟いたクルはハッと笑った。

「悪魔め」

そして携帯電話を取り出してローエルへ電話をかけた。

「爆弾を発見しました。スーパーの肉が保存してある個室の冷凍庫です。今から解体します」

カバンを開けて道具を取り出した。すると、携帯電話が鳴り響く。出てみると、悪魔の声がした。

「やあ。どうやら見つけられたみたいだね。その爆弾は普通の爆弾だよ。君が持っている知識と技量で十分解体できるはずだ」

悪魔はくすくす笑う。

「手が動けば、ね」

そして電話は切られた。

クルは両手を握って開いてを数回繰り返した。静かに目を閉じる。精神を統一させ、スッと瞳を開いた。




カーサは倉庫近くまで来ていた。バイクから降りて、そこからは走って向かう。

人の多い通りの脇に、ひっそりとそれは建っていた。その倉庫はボロボロで、幽霊でも出てきそうな雰囲気を醸し出していた。正面の入り口はシャッターになっていて、そこから入ることはできなかった。裏へ回るとドアがあった。

壁に張り付くようにして、カーサは慎重に入り口に近づいた。そして静かにドアノブを捻って少しだけ開ける。

そこには誰もいなかった。

カーサは物音を立てないように中へ入り、更に奥へ向かった。開けた場所に出る。かつてそこには大きな物が置かれていたのだろうが、今は何もない。

殺風景なその部屋の隅で、カーサに背を向けるようにして床に座っている男がいた。カーサは息をのんだ。

男はなにやら多くの機械を自分の周りに置いて、食い入るようにテレビ画面を見ているようだった。目を凝らして見てみると、そのテレビ画面には爆弾を解除するクルの姿が映っていた。男はくすくす笑っているようだ。

「寒いだろう?クル」

間違いない。カーサは確信した。

この男は、スウェート・ラビアである。

それさえ確認すれば自分は気づかれないようにここを出ればいい。そしてローエル達に連絡し、スウェートに気づかれないように応援に来てもらう。応援が来たらこの倉庫を包囲し、一気に攻めて彼を取り押さえる。そうすれば、全ては終わる。

カーサは倉庫を出ようと後ろを向いた。そして右足を一歩踏み出した時だった。

「へぇ、何かと思ったら、ネズミが忍び込んでたんだ」

背後で笑いを含む声がした。一瞬にして血の気が引いた。恐る恐る後ろを振り向く。スウェートが立ち上がってニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。

「バカなネズミだね。余計なことするから」

「くそ……」

カーサは腰のホルスターに入っていた銃を抜く。しかし、それと同時にスウェートは左手を突き出す。

「これ、何かわかる?」

彼の手に握られている物は、円筒形をしていて上にボタンがついているスイッチ。カーサの顔色が変わった。

「まさかっ……」

「そ。遠隔操作スイッチ」

「貴様」

悪魔は楽しそうだ。

「バカだね君は。余計なことさえしなきゃこんなことにはならなかったのに」

スウェートはスイッチの上に静かに置かれていた親指を持ち上げる。

「やめろ!」

叫んだカーサは引鉄を引いた。発砲音と共に飛んでいった弾は、スウェートから少し離れた壁にのめり込む。カーサは構わず撃ち続けた。しかし、弾は一向に彼には当たらない。遂に弾は切れた。引鉄を引いてもカチカチと物足りない音が鳴るだけである。銃を捨て、今度はナイフを抜くとスウェートに襲い掛かった。

「だああああ!!」

しかしスウェートは不敵に笑ったまま動かない。カーサは無我夢中で走る。スウェートの目前で、ナイフを振り上げた。

その時だった。

右腕が下から捕まれる。瞬間、左足に激痛が走った。

「っ……!?」

立っていられなくなって、カーサはスウェートに倒れこむようにもたれかかった。スウェートはくすくす笑う。

「本当にバカなネズミだ。俺がこのスイッチを押すわけないじゃないか。せっかくクルの為に特別なステージを用意してやったっていうのに、ここで爆発させたら全ての演出が台無しだ。クルが冷気に勝つか負けるか、見物だと思わないかい?」

スウェートはカーサを突き放した。仰向けに倒れる。左足にはナイフが刺さっていて、血がドクドクと流れていた。カーサは歯を食いしばって起き上がろうと必死でもがく。しかし、足に力が入らないためにそうすることができなかった。スウェートはその様子を笑いながら見ていた。

「調べさせてもらったけど、君は銃の腕も良くかなりの秀才だ。俺の暗号もあっという間に解いてしまう。それに、その暗号に隠された俺の居場所にもちゃんと気づいてここにやってきた。ただ君には冷静さが欠けている。だから俺がスイッチを押すと思ったら焦って発砲してきた。狙いもちゃんと定めずにね」

スウェートはカーサの隣にしゃがみ込んだ。

「それじゃあせっかくの銃の腕が台無しだよ。もったいない。それに冷静に考える力が無かったらせっかくの君の頭脳も死んじゃうよ」

彼はニヤリと笑う。

「でも、全て俺の計画通りだ」

「んだと……」

カーサは喉の奥から言葉を搾り出した。スウェートは不気味に微笑む。

「俺は、クルが問題を解くのに君が協力すると予想していた。だから俺は君を利用するために第二の問題に俺の居場所を隠したんだ。案の定、君は一人でノコノコとやってきたけどね」

「利用……だと」

「そう。すばらしい演出だよ」

スウェートの笑みは氷のように冷たかった。そしてその笑みを保ったまま言った。

「イーラム・レンダー」

その名が出た瞬間、カーサの顔色が変わった。スウェートはくすくす笑う。

「んで……お前が知ってんだ……」

「調べさせてもらったって言っただろう?もちろん、君の両親を殺したその男の息子が君のルームメイトだってこともね」

「……っ」

「憎くないか?イーラム・レンダーが。君の両親を殺したのは彼。そしてその息子がシャル・レンダーだ。親があれなら子も似たようなものさ。きっと同じような過ちを犯す。今のうちに消しておく方がいいんじゃないのか?」

カーサは出来る限りの声で怒鳴る。

「誰が!」

そしてニヤリと口の端を上げた。

「過ちを犯してるお前が人のこと言える義理か」

スウェートは立ち上がって声を上げて笑う。

「そうだね。確かにそうだよ」

そしてカーサを見下ろす。

「それじゃあ、憎き奴の息子と仲良く、紅蓮の炎に呑まれてみる?」

悪魔は、冷たく笑う。




「くっそ……。手が動かねぇ」

クルは悪態をつきながら両手を握った。寒さで体中の感覚がなくなり唇は紫色に変色していた。時は刻一刻と迫っていた。クルは舌打ちをして再び作業に取り掛かる。

この爆弾は簡単な構造の物だった。普段ならすぐに解体できる。しかし場所が場所であるためにかなり時間がかかっている。そこがまたイライラするところであった。寒さのあまり集中力も大分途切れている。また、感覚のなくなった指先では作業に自信が持てなかった。

「……大した野郎だぜ」

吐き捨てるようにそう呟いた。

『残リ時間、3分。カウントダウン開始シマス』

爆弾から機械的な声がする。そしてその直ぐ後に残り時間を数え始めた。固い機械の声に気が散る。

「どこまでも俺の集中力の邪魔をしようってか?」

クルは一旦作業を止めると再び手を握った。目を閉じて大きく深呼吸をする。心を無にして、スッと目を開く。両手を開くと作業を再開した。耳には何も入ってこない。体の震えもピタリと止んだ。指先の感覚は戻ってはいないがそれさえ気にならなかった。ただ、爆弾を処理することに一心になった。今までの遅さとは裏腹に、着々と作業は進んでいく。




「……もうすぐ一時間ですよ」

腕時計に目をやったシャルは心配そうに呟いた。隣に立っていたラウナルは肩を竦める。

「こんなとこで心配したかてしゃぁないやんけ」

「先輩は心配じゃないんですか?」

「心配やけどそれ気にして自分の仕事忘れてたら意味ないわ」

「そうですけど……」

そしてふとシャルは首を傾げた。

「あれ?カーサ先輩がいませんね。さっきまで一緒にいたのに……」

「捜査課メンバーと一緒におるんとちゃうか?」

ラウナルがそう答えた時だった。

「そこの車!止まりなさい!!」

数名の警官が叫んだ。何事かと2人が振り返る。白いワゴン車が真っ直ぐこちらへ向かって猛進してきた。帽子を目深に被った運転手が乱暴にハンドルを右に切った。車はシャル達の目の前で曲がる。

「うわっ!」

慌てて後ろへ下がって避ける。急ブレーキをかけた車は横向きに止まった。すると中から運転手が飛び出してきた。彼はシャルを一瞥すると、その薄い唇で笑みを刻む。シャルが呆然としていると彼は突如走り出した。車を追ってきた警官はそれを追いかける。

「待ちなさい!」

ラウナルは目を丸くする。

「なんや、あれ?危ないやっちゃなぁ……」

「何がしたかったんでしょうか?」

シャルが不思議に思っていると、ゴツ、という鈍い音が聞こえた。音は車内からしているようだ。シャルは車に近づく。すると、後部座席で窓ガラスに頭を何度もぶつけている人がいた。

「カーサ先輩!?」

声を上げてドアを開けた。カーサの姿を見て目を丸くする。口にガムテープが貼られ、体はロープで縛られていた。寄ってきたラウナルも声を上げる。

「どないしてん」

「んー!!」

カーサは顔を真っ青にして何か言いたそうにしている。シャルはガムテープをはがしてやった。

「逃げろ!」

カーサは叫んだ。

「え?」

首を傾げるシャルとラウナルにカーサは怒鳴るように言った。

「この車の中に爆弾が仕掛けられてる!」

「ええ!」

その時、カーサの後ろで機械の声が聞こえた。

「5秒前……」

その声を聞くなりシャルとラウナルは急いでカーサを引っ張り出した。ラウナルがカーサを抱えたまま全速力で走り出す。5歩と走らないうちに爆発音が聞こえ、爆風に体が吹き飛ばされた。ラウナルはその大きな体でシャルとカーサをかばうように2人に覆いかぶさった。熱い風が体を呑み込む。

一瞬の静寂があり、ラウナルはゆっくりと起き上がった。爆弾は比較的小さい物だったらしく、車が炎上しているだけで他に被害はないようだ。

「大丈夫か?」

ラウナルは2人に問いかけた。

「何とか……」

小さくシャルが呟く。

ラウナルはカーサを起こしてロープを解いてやった。

「お前足怪我してるやんけ」

「俺のことはいいから、早くさっきの奴を追いかけてください!あいつがスウェートです!」

「なんやて!?」

ラウナルは目を丸くするとシャルにカーサを任せて走り出した。しかし、すぐに先ほどスウェートを追いかけていた警官と出くわした。

「さっきの男は?」

「バイクで逃げられました。ところでさっきの爆発音は何だったんですか?」

ラウナルは舌打ちをするとそれぞれ指示を出した。

「あんたは爆発物処理課と検察課んとこ言って車を調べさせろ。お前は俺と一緒に来て総監に詳しく説明するんや」

「はい」

ラウナルは振り返ってシャルに手を上げる。

「カーサのことは頼んだで」

「はい」

シャルは頷いた。




クルは最後のコードを切った。爆弾のカウントダウンはピタリと止まる。一息ついてすぐさま冷凍庫を出た。温かい場所へ出ると足から力が抜けた。その場に崩れこむ。やがて冷たくなった体がガタガタと震えだした。

するとポケットの携帯電話が鳴った。クルは冷たくなったそれを取り出し通話ボタンを押す。

「やあ、クル。無事に処理できたみたいだね」

「……ああ」

「元気がないね。やっぱり寒いのは苦手か」

「……」

「じゃあそんな君をすぐに奮い立たせてあげよう。ついさっき、君の優秀な後輩を一人、爆弾を仕掛けた車と一緒に残してきたんだ。ネズミの名は、カーサ・レブン」

「んだと!?」

クルは叫び声を上げた。

「そんな大声出さないでよ。仲間の警官がちゃんと助けたみたいだからさ。じゃ、最後の爆弾の暗号はまた後で」

電話が切られるとすぐに立ち上がって走り出す。スーパーの表へ出てしばらく行くと警官の群れがあった。そこへ駆け込むとモカに呼び止められた。

「お疲れ様です。爆弾は無事処理できたんですね」

「ああ」

モカは用意していたタオルケットをクルに手渡そうとした。しかしクルはそれを受け取ることも忘れてモカに尋ねた。

「カーサはどうした」

「大丈夫ですよ。足を刺されてしまったみたいですけど……」

「なんでそうなったんだ」

「スウェート・ラビアの居場所を暗号から見つけたらしくて、一人で乗り込んでいったらしいんですけど見つかってしまったようで……」

その後もクルはモカに詳しく事情を聞いた。

「それで、あいつはどこにいる」

「あっちで治療を受けていらっしゃいます」

短く礼を言って早足でモカの指差す方へ向かった。カーサを見つけるなり彼の前に立ち、突如胸倉を掴んで顔を引き寄せた。

「てめぇ、何やってんだ!」

「先輩」

傍にいたシャルがクルを抑えようとしたが無意味だった。クルは睨むようにカーサを見た。

「お前、スウェートのいる所に忍び込んだんだってな」

「……はい」

カーサは小さく返事をする。クルは声を荒げた。

「あいつは何をしでかすかわからねぇ奴だ!スイッチを押してたかもしれねぇんだぞ!そうなればどれだけの人が死んだと思ってんだ!」

そして更に声を大きくした。

「勝手な行動は慎め!!」

「……すみません」

「大体、なんで一人で忍び込んだんだ」

「自分の推理に確信が持てなかったので……」

クルは舌打ちをしてカーサを突き放した。

その時、クルの携帯が鳴る。クルは電話に出た。

「仲間割れは良くないよ」

スウェートの声にクルは思わず怒鳴りそうになった。しかし、必死にそれを抑える。

「さっさと暗号を言え」

「良かった。元気になったみたいだね。でもまだ体は冷たいはずなのにもう次のことかい?」

「そのつもりで電話してきたんじゃねぇのか」

「君の体調に合わせる為に電話しただけだよ。まぁ、いいや。じゃあ暗号をそっちに送るね」

「送る?」

その瞬間電話が切れた。

「おい」

「どうしたんですか?」

「暗号を送るとか言って切りやがった」

「送るって……どうやって送るんでしょうか」

その時、今度はカーサの携帯が鳴る。開くと知らない人からメールが届いている。

「……誰だ?」

不思議に思いながら見てみると、カーサは目を丸くした。

「スウェート・ラビア!?」

その声にシャルとクルは振り向いた。

「先輩、俺の携帯に暗号が来ています」

「なんだと」

2人はそれを覗き込んだ。




『他人 を守るため 冷たい体を引きずって 動かぬ足が向かうべきは


矛盾 の


館 矛で突くのは正義の為か 盾で防ぐのは己の為か


錆びた 鉄矛を振り回し 脆い木盾で防ぐのは 愚かなる偽善者たちよ 果たしてその場所 貴様一人の墓場となるか 同胞たちの墓場となるか 守るべき者たちの墓場となるか 青き空の下 天に近いその場所で 共に眠るは誰なのか


勝利 は誰の手に


終焉 は誰の手に


安らかな死 を


IYKWIM


偽善者たちは最期に笑う』




読み終えた時、再びクルの携帯が鳴る。スウェートからの電話だ。

「やぁ、クル。ちゃんと暗号は届いたかい?」

「なんでカーサの携帯に」

「さっきアドレスを調べさせてもらったんだよ。さぁ、もうタイマーは作動しているよ。あ、そうそうクル」

「なんだ」

スウェートは笑いを含んだ声で言った。

「手荷物を忘れずに」

「お前に言われなくてもちゃんと持って行く」

「そう。じゃあがんばって」

そこで電話は切られた。

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