-History repeats itself-
十八章 -History repeats itself-
その日、ラベル警察署は朝から騒々しかった。
「知ってるか?あいつが脱獄したらしいぜ」
「あいつ?」
「なんだよ、聞いてねぇのか?ほら、2年前に高層ビルに爆弾仕掛けて捕まったあのスウェート・ラビアだよ」
「え?あいつ脱獄したのかよ」
「まだ世間には知られてねぇらしいけど」
「何もなけりゃいいけどな……」
シャルはそんな会話を交通課の部屋へ行く途中、耳にした。聞き覚えの無い名と、意味深な会話の内容に首を傾げながらも部屋のドアを開ける。
「おはようございます」
「おう」
「おはよー」
「おはようございます」
皆はすでに揃っていた。シャルが席につくとディーズはゆっくりと立ち上る。
「今日はパトロールの説明の前に一つ言っておくことがある」
そしてホワイトボードに一枚の写真を貼る。それは若い男の写真だった。こちらをまっすぐ睨みつけるような鋭い目。スッキリとした輪郭にボサボサの赤い髪。その顔を見るなりラウナルが眉を潜めた。
「スウェート・ラビアやな」
シャルはラウナルを見る。
「その名前さっき廊下で聞きましたよ。確か脱獄したとか……」
ディーズが頷く。
「そうだ。こいつの名前はスウェート・ラビア。2年前、あるビルに爆弾を仕掛けたんだ」
するとキールがケラケラと笑いながら言った。
「でも結局、爆発する前にあの銀髪色黒くんに処理されちゃったんだよね」
シャルは今度はキールを見る。
「クル先輩に?」
ディーズは頷いて話を続ける。
「ああ。それで、奴は捕まって今まで刑務所にいたんだが、今朝脱獄したらしい。まだ捕まっていないし、どこにいるか検討もつかないそうだ」
「そんな……」
「何仕出かすかわからねぇ。今日のパトロールはいつもより厳重にやってくれ」
そうしてディーズはパトロールのグループ分けを発表した。シャルは午前中、ヴァウェルと一緒になった。
時間が来てパトカーに乗り込む。そこでシャルは尋ねた。
「先輩は、スウェート・ラビアのことを知っているんですか?」
「ああ。あの時実際現場近くにいたからな」
「そうなんですか?」
「ビル付近の人の非難の為に道路で誘導していた」
「へぇ……。でもスウェート・ラビアってそんなに危ない人なんですか?脱獄したらどこかにひっそりと身を隠して大人しくしていそうなものですけど」
「あいつは、捕まった時、クルに叫んでいた」
ヴァウェルは前方を睨むように見た。
「いつか絶対にお前に復讐してやる、とな」
「それって……」
「だから今日のパトロールは厳重にしなければならない」
シャルは窓の外に目をやった。何も見落とすまいと必死に視線を巡らす。それから、二人は一切会話をしなくなった。
何もないまま、一週間が過ぎた。
シャルは無事にパトロールを終え、部屋へ戻る。ドアを開けるなりディーズがシャルに向かって言った。
「パトロールご苦労さん。ちょっと爆発物処理課の部屋に行ってきてくれねぇか?」
「何か用事でもあるんですか?」
「クルが情報を知りたがってる。パトロールの結果を報告してきてやれ」
「わかりました」
シャルは爆発物処理課の部屋へ走った。ドアをノックする。
「交通課所属のシャル・レンダーです。失礼します」
開けるとそこにはクルしかいなかった。
「クル先輩、1人ですか?」
彼は険しい顔をして椅子に座っていたがシャルが来て立ち上がった。
「ああ。皆今回のことでいろいろ走り回っててな」
「そうなんですか……。あ、パトロールの報告に来ました。今日も、異常ありませんでした」
シャルがそう言っても、クルは気を抜かない。安堵のため息一つ漏らさなかった。
「そうか。悪いな。手間取らせて」
それだけ短く言った。
「いいえ」
シャルは微笑んだ。
すると突然電話が鳴った。クルは驚いたように振り向く。そしてしばらくそれを睨みつけていた。
「……取らないんですか?」
シャルが首を傾げると、クルは静かに受話器に近づいた。何か警戒しているようだった。受話器を取る直前、クルはシャルを振り向く。
「まだ帰るなよ」
「え?」
「いいから、そこにいろ」
それだけ言って受話器を取った。
「こちらラベル警察署爆発物処理課です」
そう言い終えるが早いか、受話器の向こうから若い男の声がした。
「やあ、クル。久しぶりだね。元気そうでなにより。ところでどうしてなかなか電話に出てくれなかったんだ?」
クルは眉を潜めた。そしてこの会話がシャルにも聞こえるようにとスピーカーのボタンを押す。クルは低い声で唸るように彼の名を呼んだ。
「スウェート・ラビア」
その名にシャルはハッとする。
スウェートは驚いたような声で返す。
「何を怒ってるんだ?2年ぶりの再会じゃないか。……と言っても、電話だけどね」
シャルは思わずクルを見る。しかし彼はシャルに横顔を見せたまま、低い声で続ける。
「ふざけるな。今どこにいる」
「そんなこと言うわけないじゃないか。言ったら君たち警察官がマヌケながらも捕まえに来てしまうだろう」
「なんだと」
スウェートは鼻で笑った。
「ああ、マヌケって言ったことが気に障った?でも、それは事実じゃないかな。刑務所を脱走してみて驚いたよ。2年前から警官の信頼は低かったけど、今はそこから更にガタ落ちじゃないか。市民の安全を守るべき警官も大したことないね」
「……」
「あれ?言い返す言葉がない?クルは素直だなぁ。ハッタリでもいいから何か言えばいいのに」
「……何の用だ」
「え?」
「わざわざここに電話してきて、何の用だ」
スウェートは楽しそうに笑う。
「そうそう。2年前の約束を果たしに来たんだよ」
「約束?」
「忘れたのかい?2年前、俺がクルに向かって言ったじゃないか」
スウェートは低い声で、笑うように言った。
「いつかお前ら全員に復讐してやる……ってね」
「まさか……」
「そう。俺は復讐するために刑務所を脱走してきたんだよ。クル、俺は君が憎くてね。君さえいなければあの時爆弾は解除されずに済んだんだ」
「なら俺んとこに直接来たらどうだチキン野郎」
「それじゃあ面白くないだろう。やっぱりここはゲームで楽しまなきゃ」
「ゲームだと?」
「俺がこれから出す問題を解くんだよ。そしてその問題に示された場所へ行けばいい物がある」
スウェートの不気味な、笑いを含んだ声が聞こえた。
「君が処理するのが大好きな物だよ」
クルは眉間に皺を寄せる。
「そう。爆弾だ」
「貴様!」
「爆弾は3つの場所に仕掛けてある。つまり、問題も3つあるってこと。さて、ここでルール説明。例え場所が分かったとしても、人を避難させてはいけない。問題は誰が解いてもいいけど、爆弾を解除するのは君だよ。そして見事3つの場所の爆弾が解除できれば君の勝ち。でも、人が1人でも死んだら君の負けだ」
「てめぇ人の命を何だと思ってやがる!俺は絶対そんなゲーム受けねぇぞ!」
「あれ?俺とゲームしないの?」
スウェートは気味の悪い低い声を出した。
「そっか。それなら、こうなっちゃうよ」
彼がそう言い終えた瞬間、外で爆発音がした。驚いたクルとシャルは窓を開けて外を見回す。少し遠くにあるビルの屋上に、空へ立ち上る黒い煙が見えた。
「何をした!」
クルが声を荒げるが、スウェートは平然と、むしろ笑って言った。
「安心しなよ。今のはほんの小さい爆弾だからさ。誰も死んじゃいないよ。でも注意してよね。さっきみたいに俺とのゲームを放棄するような言動をした場合、もっと大きな爆弾が爆発するんだから」
「くそ……」
「そうそう、ルールがもう1つあった。君はなかなか腕がいいからね、爆弾処理に必要な身を守る道具の装着は不可だよ。こっちには遠隔操作が可能な爆発スイッチがある。君が対爆発物用の防護服等を装着した時点でこのボタンを押す。俺には君のことがよく見えているからね」
「なんだと?」
「今、君の隣に若い男がいるね。10代後半ってところだね。制服が新しそうなことからして新人かな?」
その言葉を聞くなり2人は目を見合す。そしてクルは窓を振り返った。
「どこだ!貴様どこにいる!」
「それは、ゲームを放棄するってこと?」
「……」
「そうそう。大人しく俺のゲームに付き合えばいいんだよ」
「くそ」
「あと、携帯電話を常に所持しててくれないかな。問題を出すのに便利でしょ?その携帯電話の番号も教えてよ」
クルは電話番号を伝えた。スウェートは明るく言う。
「わかった。じゃあ、そろそろ問題を出そう。問題を言い終えた瞬間にタイマーを作動させるからね」
間を空けて、スウェートは良く通る声で言った。
「4つの中で唯一、太陽に嫌われた場所は今日も多くの無知で無垢な妖精達でざわめいている。そこの2引く3を隅々まで探してみて」
スウェートは今度は低い声で、
「君たちマヌケな警官の推理が合っているなら、そこに君への素敵なプレゼントが、時を刻んで待ってるよ」
「……」
「さぁ、もうタイマーは作動している。時間は後59分38秒。じゃ、がんばって」
それだけ言うと電話はプツリと切れた。
「先輩……」
シャルは心配そうにクルを見た。しかしクルは腕時計に目をやって時間を確認するとシャルを振り向いた。そして早口で言う。
「シャル、今の会話ちゃんと聞いてたな?皆に伝えなきゃならねぇ。お前は今すぐこのことをディーズ先輩に知らせてこい。後の判断は先輩に任せる。それから、カーサを呼んで来い」
「分かりました」
シャルは走って部屋を出た。まず捜査課の部屋へ入る。
「交通課シャル・レンダーです!失礼します。カーサ・レブン先輩はいますか!?」
早口でそう言った。捜査課の者達は皆突然の訪問者に目を丸くした。
「どうしたんだ?いきなり」
カーサは首を傾げながら駆け寄ってきた。
「時間がありません。今すぐ爆発物処理課の部屋に行ってください。そこにクル先輩がいますので説明はそこで受けてください。それでは失礼します!」
続いてシャルは交通課の部屋へ走る。階段を下りて角を曲がり、駆け込むようにしてそこへ転がり込んだ。
「ディーズ先輩!」
「遅かったな」
ディーズはゆっくりとシャルを見たがすぐに首を傾げる。
「どうしたんだ?血相変えて」
「大変です!ついさっきクル先輩にスウェート・ラビアから電話がありました」
その場にいた全員が驚きの声を上げた。
「それで、どういう内容だったんだ?」
シャルは早口で簡潔に内容を伝えた。
「それで、今クルは?」
「多分カーサ先輩と謎解きをしています。クル先輩は、皆に伝えなきゃならないからその判断は先輩に任せるって言ってました」
「わかった」
ディーズは立ち上がる。
「俺は今すぐこのことを総監に伝えてくる。午後のパトロールは中止だ。指示があるまでここを動くなよ」
ディーズはシャルの方を見る。
「悪いがお前はまたクルの所へ戻ってくれ。総監の指示があるまで動かないよう知らせてきてほしい」
「分かりました」
シャルは再び廊下を駆けた。爆発物処理課の部屋のドアを開けると、クルとカーサが向かい合わせに椅子に座って一枚の紙を睨みつけるように見ていた。
「クル先輩、ディーズ先輩が総監からの指示があるまで動かないようにと言ってました」
「わかった」
シャルは紙を覗き込んだ。そこには先ほどスウェートの言った問題が走り書きされている。
「わかりそうですか?」
クルは眉間に皺を寄せる。
「いまいちピンとこねぇ」
カーサも唸るように言った。
「この『太陽に嫌われた場所』っていうのは多分、東西南北で唯一太陽が通らない『北』を意味してると思うんだが……」
シャルは丁度机の上に置いてあった地図を広げてみた。
「……」
じっと全体を眺める。すると何かに気づいたのだろう、今まで紙を睨みつけていたカーサがハッと顔を上げた。
「無知で無垢な妖精って、子供のことじゃ」
「とすると……平日の今日でも子供でざわめくところは」
「小学校ですよ!」
シャルが地図を見たまま声を上げる。
「ラベル市内に小学校はそれぞれ東西南北に1つずつあります。つまり、全部で4つです。そのうち北にあるのは、キャロス小学校です」
カーサとクルは地図を覗き込んできた。
「くそ、小学校に爆弾置くなんてなんて奴だ」
「でも、その後の2引く3っていうのはどういう意味なんでしょうか?」
「小学校だから……算数か?」
「でも場所にはなりませんよね」
クルとシャルが唸っていると、カーサはペンを取り上げて紙に何かを書いた。そしてニヤリと笑う。
「2年3組って意味じゃねぇか」
「え?」
カーサは紙を2人に見せた。そこには『2-3』と書かれていた。
「2引く3」
シャルがそう呟くとクルはカバンに道具を詰め込みはじめた。
すると部屋のドアが開いて、ディーズとビルバードと見知らぬ男が入ってきた。彼の顔を見るなり、シャルは直感で思った。この男は、ディーズの父親である、と。
男は低い声で言った。
「クルというやつはどいつだ」
「俺です」
クルは静かに手を上げた。男はクルを見下ろす。
「俺はローエル・レイト。ラベル警察署総監だ。スウェート・ラビアから爆弾の予告があったというのは本当か」
「はい。そこの電話に録音してあります」
クルは早口で言った。
「スウェートからの謎が解けました。ラベル市北部のキャロス小学校の2年3組に爆弾が仕掛けてあります」
「そうか。では今すぐ爆弾を解除しにキャロス小学校へ向かえ。爆弾を発見し次第こちらへ連絡しろ」
「わかりました」
クルは早足で部屋を出た。
ローエルは電話の再生ボタンを押す。そこには先ほどのクルとスウェートの会話が記録されていた。聞き終えたローエルは皆を振り向く。
「ビルバード、爆発物処理課のメンバーを集めてこの事を説明しろ。ディーズは交通課全員で万が一の時の為に備えて市民を非難させるルートを考えて小学校へ行け」
ローエルはカーサとシャルに目をやる。
「お前らは」
2人は同時に敬礼をする。
「捜査課に所属しています、カーサ・レブンです」
「交通課に所属しています、シャル・レンダーです」
ローエルはカーサを指差す。
「お前もすぐに小学校へ行け。クルが爆弾を解除した後に出される問題に備えておけ」
「わかりました」
そしてシャルを指差した。
「お前はディーズと共に行け」
「はい!」
その部屋から誰もいなくなると、ローエルは前を睨むように見た。そして颯爽と部屋から出て行く。
その頃クルは、適当な人を捕まえてパトカーでキャロス小学校へ向かった。小学校へ着くとクルはすぐに門をくぐる。そこには男が1人立っていた。彼はクルの制服姿を見るなり血相を変えて言った。
「私はキャロス小学校の校長です。ラベル警察署の総監から事情は聞きました」
2人は歩きながら話をする。
「それで、2年3組の生徒は?」
「丁度体育の授業で外へ出ています」
「生徒には気づかれないようにしてください。犯人は人を非難させた時点で遠隔操作で爆弾を爆発させると言っています」
「わかりました」
教室へ案内されると、クルはさっそく部屋中を探し出した。そして、掃除用具の入ったロッカーの中にそれを見つけた。デジタルで示された残り時間は、28分51秒。
「半分切ったか……」
クルはカバンを脇に置くとドライバーを取り出して慎重に爆弾のカバーを外した。そこには様々な色のコードが大量に張り巡らされている。そこでクルの携帯電話が鳴った。
「はい」
「やあ、クル。爆弾を見つけられたみたいだね」
スウェートだ。
「ああ。うちの優秀な後輩のお陰でな」
「それはよかった。さて、その爆弾には見ての通り大量のコードがある。だけど爆弾を止める方法は簡単だ」
彼は楽しそうだ。
「コードを1本だけ切ればいい」
「1本……」
「そう。たった1本を切りさえすれば爆弾は止まる。でも、逆に言えばチャンスは1回だけ。違うコードを切っちゃうとその爆弾はすぐに爆発するよ。ちなみに、その爆弾の威力はなかなかのモノでね」
クルは口の端を上げる。
「この小学校1つは軽く吹き飛ばせるな」
スウェートは感心したような声を上げた。
「そう。すごいね。一目見ただけで威力までわかるんだ」
「伊達に爆弾処理してきてねぇよ」
「そう。じゃあ、もう言うことはないよ。がんばってね」
電話は切られた。クルはそのまま警察署に電話をかける。ローエルが出た。
「爆弾を発見しました。爆弾はコードを1本だけ切って解除する形です。時間は残り25分17秒。今すぐ処理します」
要件を短く伝えてすぐに電話を切った。ポケットにしまうと、カバンから小さなハサミを出す。静かに目を閉じた。ゆっくりと深呼吸を一つすると、キッと目の前の大量のコードを見据えた。
シャルは交通課の皆と一緒に小学校前に到着していた。パトカーを降りたディーズは直ぐに皆に指示をする。
「ラウナルとモカは西門、キールとシャルは東門、ヴァウェルは俺と正門側の道路に着け」
するとディーズの携帯電話が鳴った。
「はい、こちらディーズ・レイト」
「小学校には着いたか」
ローエルの声だ。
「はい。たった今到着しました」
「今すぐそこから離れろ」
「どういうことですか?」
「ついさっきクルから連絡があった。爆弾はコードを1本だけ切って解除する形だ。つまり、逆に言えば1本でも違うコードを切ると爆弾は爆発する。今すぐ小学校から離れろ」
「一般人を見捨てるのですか?」
「恐らく至近距離からスウェート・ラビアが見張っている。そんなところでどのようにして一般人を小学校から回避させるというのだ。そこから約1キロ離れた所から道路を通行止めにして小学校側へ近づけさせるな」
「小学生はどうするんですか?」
「クルに任せるしかあるまい」
「……」
「迷う暇などない。爆発の時間まであと24分42秒だ。さっさと行動に移せ」
そこで電話は切られた。
「くそ……」
ディーズは吐き捨てるように言った。するとパトカーにもたれながら小学校の門を見ていたキールが、『キャロス小学校』という門柱に刻まれた文字を見つけてポツリと呟いた。
「ねぇ、この学校。ひょっとしてルルの行ってる所じゃない?」
「え!?」
シャルが驚きの声を上げる隣で、ラウナルが看板を見て頷いた。
「ほんまや。あいつこの前遊びに来た時、キャロス小学校に通ってるて言うとったで」
ディーズは拳を握る。歯を食いしばり、そして皆に言った。
「変更だ。今すぐここから1キロ程離れるぞ」
「え?」
モカは目を丸くした。
「どうしてですか?」
「爆弾はコードを1本でも間違えば爆発する仕組みになっている。つまり、クルの状況がどうなっているか分からない以上、ここにいても人を避難させるどころか俺たちまで巻き込まれてしまう。それよりもここから1キロ程離れた場所で一般人をここへ近づけないよう道を回避させる方法がいいと上からの命令だ。近くにスウェートがいる可能性がある。くれぐれも俺たちが一般人を近づけないようにしていることを気づかれるな」
「でも先輩、ルルちゃんは……小学生はどうなるんですか?」
ディーズは悔しそうに言った。
「クルを信じろ」
「……」
「爆発の時間まで25分を切った。急げ!」
その声で皆はパトカーに乗り込んだ。そして東西南北、キャロス小学校を囲むようにして一般人を小学校から回避させるよう誘導した。
「クル先輩、大丈夫でしょうか……」
シャルは不安そうに隣にいたキールに尋ねた。しかし彼女はいつもの調子で返してくる。
「こんな1キロも離れた所でどうしようもないじゃん」
「そうですけど……」
「それよりも、今は万が一の時の為に備えて、できる限り被害を抑えるようがんばるしかないんじゃなーい?」
「……」
キールはニッと笑った。
「こっちはこっちでさ」
そしてシャルの頭をポンと叩く。
「あの子だってがんばってんだから、弱音吐く暇あるんなら仕事しろ」
シャルは大きく頷いた。
「はい!」
クルは2本のコードで迷っていた。
赤と黄色。
このどちらかのコードが爆発を解除するコードだということは長年の経験と知識を頼りに判断した。だが、どちらなのかが分からない。
爆発までの時間は刻一刻と迫っていた。クルは2本のコードを掴んでいる手を離さずに、目だけを動かしてタイマーをチェックした。残り時間は、6分57秒。
「……」
迷っている暇はない。すぐにこのクラスの子供が授業を終えて帰ってくるだろう。爆発してしまえばこの学校にいる限り結局巻き込まれるのだが、それでも爆弾付近にいるのといないのとでは被害が違う。
クルは再びコードに目をやる。自分の手中にある、2本のコード。
爆弾を解除するコードと、爆弾を爆発させるコード。
深く息を吸い込んだ。そしてゆっくりと吐き出す。右手に握られた小型のハサミを持ち上げた。
その時、学校中にチャイムが響き渡った。隣の教室から子供達が椅子から立ち上がる音が聞こえる。パタパタという複数の足音が廊下の向こう側から聞こえて来た。
クルは意を決した。己の経験と推測を信じて。
黄色いコードを。
切った。
「あれ?クル!どうしたの?」
呼ばれて振り向いたクルの目に、不思議そうな顔をしているルルの顔が映る。クルは上着を脱いで、停止した爆弾に被せた。それを持って立ち上がる。ルルはこちらへ駆けてきた。
「何してたの?」
「別に……。お前こそここで何してんだ」
「ここはルルが通ってる学校だよ?」
「そうか……」
「今ね、体育してたの。ルルがんばったんだよ」
クルはルルの頭に手を乗せる。
「その話は今度だ」
そう言って教室を出て行く。すれ違った数々の子供達は見慣れない顔に皆目を丸くした。
クルは携帯電話を取り出した。ローエルに電話をかける。
「クルです。無事解除しました」
「そうか。ご苦労。今すぐ外へ出て来い」
「わかりました」
学校を出ると、そこには爆発物処理課、魔術課などが揃っていた。
「クル先輩」
爆弾解除の知らせを受けてシャルとカーサが駆けつけた。
「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「ああ。なんとかな」
「よかった」
シャルはホッと胸を撫で下ろした。しかしクルは安堵の表情を見せない。
「安心するのはまだ早い。爆弾は後2つある」
クルは爆弾を爆発物処理課のメンバーの1人に渡して上着を羽織った。その時、クルの携帯が鳴る。クルはポケットからそれを取り出すと、睨むように画面を見た。
「あいつだ……」
唸るように言って、通話ボタンを押した。