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Peace Maker  作者: 那津
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-Every cloud has a silver lining-



十七章 -Every cloud has a silver lining-





「ラベル警察署一美人のキール・エナちゃん、只今パトロールから無事帰還しましたぁ」

大きく右手を上げてキールが帰ってきた。その後ろには無表情のヴァウェルがいる。

「前半の報告は無意味やな」

ラウナルの言葉にキールは目を細めた。

「あらら?何言っちゃってるのかな?ラベル警察署一運転の荒いラウナル・イオンさん?」

彼は誇らしげに言った。

「俺のハンドルテクニックはラベル警察署一やで」

「あらあら、でも新人君なんてもう二度とラウナルの運転する車には乗りたくないって言ってるよ?」

「なんやと?」

ラウナルがシャルを睨んだ。シャルは慌てて両手を横に振る。

「そんなこと言ってませんよ!」

そしてキールを見やる。

「キール先輩!嘘言わないでくださいよ!」

しかしキールは聞く耳持たず、ふとディーズへと顔を向けた。

「それはそうと班長サン」

「んー?」

彼は顔を上げもしないでノートにペンを走らせている。キールは気にせず続けた。

「お呼び出しだよ」

「誰から?」

「総監サマから」

「総監の誰だ?」

「さぁ?あたし総監サマに興味ないし名前なんていちいち覚えてないけど、でも『鬼才の人鬼の部屋へ来い』だってさ」

彼女がそう言った瞬間、ディーズの手がピタリと止まった。そして顔も上げずに、じっとしていた。

「あらら?班長サン?」

キールが横へ来て彼の顔を覗き込む。

「おーい」

目の前で手をひらひらさせてみても、何の反応もない。キールは右手を上げた。

「副班長サン、班長サンが故障しました」

「放っておけ」

サラリと言い放ったその言葉にキールはヴァウェルを睨んだ。

「何それ、サイテー。それでも友達?同期じゃないの?」

だがヴァウェルはそれ以上何も言わなかった。キールは頬を膨らませながらラウナルに言う。

「ねぇちょっとこれどういうこと?班長サンにも副班長サンにも無視された」

「あんたの日頃の行いのせいとちゃうか?」

「うっわ。ラウナルまでそんなこと言うの!?なにここ。交通課の男どもってサイテーだね」

するとディーズが突然立ち上がった。

「行ってくる」

それだけ言い残して、睨むように前を見据えて部屋を後にした。シャルは首を傾げる。

「何か、様子がおかしくありませんでした?」

モカもそっと隣で頷いた。

「ディーズ先輩には珍しい表情でしたね……」

シャルはモカに目を向ける。

「あの、『鬼才の人鬼の部屋』ってなんですか?そんな部屋あるんですか?」

「私も初耳です」

すると長年ここで働いているラウナルが言った。

「総監個人の部屋や」

「総監個人の?」

「そうや。ここのラベル警察署はトップに3人の総監がおるやろ?その総監には一人一人、署の中に個人の部屋が設けられてるんや。そんでその部屋の名前は、総監の異名と同じ名前になっとる。つまり、ディーズが今向かった部屋は『鬼才の人鬼』と呼ばれとる総監の部屋っちゅうわけや」

「『人鬼』って鬼のように残酷な行いをする人や、そういうような心の持ち主って意味ですよね。そんな怖い異名の総監がいらっしゃるんですか?」

「俺も直接会うたことはないけど、めちゃめちゃ常識から外れたことやる総監やいう噂やで」

「常識から外れたって例えばどんなことですか?」

「例えば、取調室に無理やり乱入して取調べ官でもないくせに総監直々に話聞くとか、立てこもり事件が発生したら人質おるっちゅうのに特殊部隊課を突入させたりとかやな」

「取調べの件は良しとしても、立てこもり事件はひどくないですか?」

「そうですよ。それでは人質の命に関わります」

「せやけど、その人鬼は『鬼才』なんや」

「え?」

「めちゃめちゃ頭いいらしくてなぁ。その人鬼の考えた作戦で突入させたら誰も怪我せずに事件解決するんや。たとえそれがどんだけこっちが不利な状況にあってもな。取調べかてその人鬼がやったら皆吐きよる。鬼才を十分に使た話術らしいで」

「へぇ……」

「ま、せやから総監になれて今もそれを維持し続けてられるんやろうけどな」

そこでキールがポツリと呟いた。

「そう言えばあたし、一回だけその人鬼さん見たことあるよ」

「どんな顔でした?」

「さぁ?興味ないからあんまり覚えてないけど。……でも、なんかすっごい誰かに似てた気がするんだよね」

「誰にですか?」

キールは首を傾げる。

「誰だったっけ?」

だが、やがて首を傾げるのを止めるとちょっと肩を竦めた。

「ま、どうでもいいや」

そしてモカに向かって手を上げる。

「後輩ちゃん、コーヒーちょーだい。いつものね」

「私はウエイトレスじゃありません」

モカは口を尖らせたが、湯沸し室へ向かった。




ディーズは『鬼才の人鬼』の部屋の前に立った。ドアをノックすると中から声が聞こえる。

「入れ」

「失礼します」

この部屋へは何度か入ったことがある。相変わらずキレイに整頓された部屋だった。本は山のようにあるのに全て本棚に収まっているし、机の上には必要最低限の物しか置かれていない。床はピカピカで、壁には一つの染みも見当たらない。

そして、この部屋にはいつもピリピリとした緊張感が漂っていた。その元凶は、部屋の主だ。椅子に座って姿勢を正している。この、一切の文句のつけようのないほど整頓された部屋の中に見事に同化していた。

人鬼は、低い声でディーズに言った。

「交通課はどうだ」

ディーズは堂々と答える。

「何も問題はありません」

「そうか」

「総監、御用とはなんでしょうか」

ディーズの問いに、総監は口の端を上げて笑う。

「次期総監候補者に、お前の名が上った」

ディーズは僅かに眉を潜める。

「それは、総監が上げたのですか」

「ああ。他の者も皆賛同した。お前の過去の業績は目を見張るものばかりだ。的確な指示と行動により我が警察署の交通課に対する評価も上ってきている。今日はその報告をするために呼んだのだ」

「わかりました」

「来年の春に引退する総監がいる。このままいけばその者が総監の座を降り次第、お前がその後を継ぐこととなる。いいな」

「はい」

「何か、聞きたいことはあるか」

「いいえ」

「では、仕事に戻れ」

踵を返して部屋を出て行こうとしたディーズに、総監は意味ありげに笑った。

「約束の期限まであと一年だ。あと一年だけ、頑張ってくれたまえ」

ディーズは頷いた。

「わかっています」

そして静かに部屋を出る。しばらく無言で歩いていて、ふと角を曲がったところでディーズは右の拳を壁に叩きつけた。

「何が、あと一年だ」

ディーズは前を睨んでいたが、やがて深呼吸を一つすると交通課の部屋へ戻った。




その日、シャルのパトロールのパートナーはディーズだった。一緒に車に乗り込むと、ディーズはエンジンをかけた。

「お前も大分ここに慣れたようだな」

「はい。お陰さまで」

車がゆっくりと走り出す。

「パトロールでも何度か現行犯逮捕できてるしな。がんばってんじゃん」

「ありがとうございます」

信号が赤になって、ディーズはブレーキを踏んだ。やがて青になり、発車しようとした時だった。エンジン音が突然しなくなった。エンストである。ディーズは軽く舌打ちしながら再びエンジンをかけた。

「またか……」

シャルは思わずくすくす笑う。

「先輩よくやりますね」

「運転は苦手なんだよ」

シャルは首を傾げた。

「練習しないんですか?」

「そんなことしてる暇ねぇよ」

「班長は忙しいんですね」

「いや……班長だから忙しいわけじゃねぇけど」

「え?じゃあどうして暇がないんですか?」

ディーズは真っ直ぐ前を見たまま静かに言った。

「俺は、20歳までに総監にならなきゃならねぇからな」

「え?」

「あ、駐車違反」

そう言ってディーズが車を路肩に止めて降りたため、シャルは彼の言葉の意味がわからないままであった。

署へ帰ってから、シャルは先ほどのディーズの言葉が気になって仕方がなかった。直接本人に訊いてみようと思ったがディーズが先に仕事を終えて上ってしまい、そうすることができなかった。そこでシャルは無謀ではあったが彼と仲の良いヴァウェルに尋ねてみた。

「あの、ヴァウェル先輩」

「なんだ」

ヴァウェルは相変わらずこちらを見ようともしない。目の前の仕事をする手を止めずに返事をした。

「ディーズ先輩のことについて訊きたいんですが……」

「だからなんだ」

ヴァウェルは少しイラついているようで、シャルはできるだけ手短に済ますよう努めた。

「どうしてディーズ先輩は20歳までに総監にならなきゃだめなんですか?」

ヴァウェルはそのまま仕事を続ける。

「俺が言えることでもない。そんなことは本人に訊け。それより」

その時初めてヴァウェルがシャルを見た。まるで猛獣のように睨んでくる。

「そんなことを訊く暇があるならさっさと仕事しろ」

「すみません」

シャルは慌てて席に戻った。

「あーあ。新人君怒られてる」

ひやかすようにキールが笑う。シャルはノートを広げながら首を傾げる。

「キール先輩はご存知ですか?ディーズ先輩がどうして20歳までに総監にならなきゃならないのか」

「ぜーんぜん。興味もないね」

あっさりと返された言葉にシャルは肩を落とす。

「そうですか……」

シャルは隣でコーヒーを飲んでいるラウナルを見上げる。

「先輩はご存知ですか?」

彼はマグカップを置いた。

「ああ。知ってるで」

「え?本当ですか?」

ラウナルはニヤリと笑う。

「そこの菓子取ってくれたら教えたるわ」

ラウナルは自分のすぐ後ろの棚の中にあるチョコレートの包みを指差した。ラウナルとシャル、どちらがそのチョコレートに近いのかは一目瞭然である。普段なら口を尖らせてラウナルの方が近いと指摘するのだが、今日は素直にそれを取りに行った。

「はい、どうぞ」

手渡すとラウナルはニッと笑う。

「おおきに」

そして包みを広げてキールとモカにそれぞれ手渡してやり、自分も一つほお張った。

「……」

シャルはじっと待っている。するといたずら気に笑ったラウナルはゆっくりとシャルに視線を向ける。

「なんや?シャルも欲しいんか?」

その時すでにシャルは嫌な予感がしていた。

「教えてくださいよ」

「何をや?」

「……どうしてディーズ先輩が20歳までに総監にならなきゃならないのか」

「そんなん知らんなぁ」

「さっきお菓子取ったら教えてくれるって言ったじゃないですか!」

ラウナルは耳の穴に小指を突っ込んだ。

「すまんなぁ。歳なせいか最近耳が聞こえへんのや。それに口も勝手に動きよるさかい、俺の意思とは全く相反したことを喋ってまうんや」

「もういいです」

シャルはため息をつくと後半のラウナルの言葉を無視して席に座った。ラウナルはキールに向かって眉を潜める。

「うっわ。先輩無視するなんてなんちゅう生意気な後輩や」

キールはくすくす笑う。

「そうだねぇ。でもそれあたしに言っても意味なくなーい?」

ラウナルも豪快に笑った。

「せやな。あんた程生意気な後輩も他におらんわ」

その横でモカがキールをたしなめる。

「自覚していらっしゃるなら直したらいかがですか」

「本来の自分のまんま生きるのが一番楽なんだよ後輩ちゃん、ご存知?」

「でもそうしていらっしゃるといつか皆に嫌われますよ」

キールはケラケラ笑う。

「大歓迎だね」

その言葉にモカは不思議そうに首を傾げ、何か言おうとしたがラウナルの言葉に制された。

「お、雨や」

ヴァウェル以外は一斉に顔を窓へ向けた。しとしとと、静かに雨が地上へ降り注いでいた。ラウナルはだるそうに背もたれに身を預ける。

「ほんま、秋の雨は嫌やなぁ。けったいでかなわんわ」

その隣で、仕事を終えたシャルがノートをパタリと閉じた。そして寮へ持ち帰る本などを手にすると皆に微笑んだ。

「それじゃあ、お先に失礼します」

「お疲れぇー」

「お疲れ様です」

「おう」

皆の挨拶を背にシャルは部屋を出た。雨の中、シャルは小走りで寮へ戻る。入り口の所で水滴を払っていると、そこへ駆け込むようにしてネアンが入ってきた。

「あ、シャル君。お疲れ」

シャルはネアンの頭から足先まで視線を移して驚きの声を上げた。

「ネアン、ずぶ濡れだね。買い物行ってたの?」

「うん。買い忘れた物があったから皆には先に帰ってもらって、私が一人で戻ったの」

ネアンは苦笑する。

「途中から雨降ってきたから困ったわ。どうしようもないから走ってきちゃった」

「風邪引くよ。すぐ乾かさないと」

「そんな暇ないよ。すぐに夕食の準備しなきゃ」

「でも……」

ネアンはにっこりと微笑んだ。

「大丈夫。こんなことよくあるから。でも私バカだからあんまり風邪引かないの」

そして手を振ると小走りで厨房へと走った。シャルは心配そうに、雨に濡れてボリュームのなくなった彼女の髪を見ていた。




翌日、ディーズは非番の日だった。寮の屋上でボーっと晴れ渡った空を眺めている。

「……」

頭の中を、人鬼の昨日の言葉がよみがえる。

『約束の期限まであと一年だ。あと一年だけ、頑張ってくれたまえ』

その言葉を思い出すたび、怒りが芽生える。

「何が……あと一年だ」

ディーズは知らず拳を握り締めていた。眉間に皺が寄り、睨むように空を見る。

「人の夢を踏みにじった奴が……。何が……」

低く呟いていると、ふと背後でドアの開く音がする。ディーズは後ろを振り向くこともしないで黙った。誰だろうと思っていると、穏やかな声が聞こえる。

「やぁ、ディーズじゃないか」

その声にディーズはほっと息をついた。レイマンである。

彼はディーズの横までくると、持っていた洗濯籠を置いて物干し竿に丁寧に干していく。その手を休めることなく、レイマンは微笑んだ。

「めずらしいな。ディーズがここにいるなんて」

「いいだろ、別に」

ディーズはレイマンに視線を合わせようとしない。レイマンの口調は相変わらず穏やかだ。

「何か、あったんだね」

ディーズはしばらく黙っていた。だが、この事情を知っているのはレイマンかヴァウェルくらいである。彼は小さく口を開いた。

「認めたくない……」

レイマンは手を止めてふとディーズに顔を向けた。ディーズは真っ直ぐ前を見ている。

「認めたくない。あんな奴の言うことなんか聞きたくない。でも、結局警官は辞められないから、あいつの言うことをきかなきゃならなくなってしまう。それが、嫌なんだ。……だけど」

ディーズは悔しそうな顔をした。

「レイマンとか、ヴァウェルとか、あいつらとまだまだ一緒にいたいんだ」

それを聞いたレイマンはくすくす笑う。ディーズは彼を睨んだ。

「何がおかしい」

レイマンは再び手を動かし始めた。

「いや、すまない。ただ、ヴァウェルの時と同じだな、と」

「ヴァウェル?」

「彼も以前そうやって悩んでそこに立っていたんだ」

「……」

「そしてやはり私とこうやって話したんだよ」

レイマンはディーズの方を見た。

「だが、ディーズはヴァウェルや私と違って正直者だな」

「え?」

レイマンは優しく微笑んでいる。

「そういう人は、自然と自分で答えが出ると思うけれど、もしも、どうしても答えが出ないなら……」

言葉が途切れたことを不思議に思い、ディーズは先を促すように言った。

「どうしても答えが出ないなら、なんだよ」

レイマンはシーツを洗濯籠から取り上げる。

「いや、何でもない」

「は?」

首を傾げるディーズの隣で、レイマンは着々と洗濯物を干していき、やがてそれを終えると籠を持った。

「そういえば、今日はネアンが熱を出して倒れているんだ」

「ああ、だからお人好しバカのレイマンが洗濯物干してたんだ」

レイマンはクスクス笑う。

「まあね」

そして今度は穏やかに微笑んだ。

「何も用事がないのなら、昼ご飯を持って行ってあげるといい」

「レイマンは行かないのか?」

「私は午後から、マシェンヌとカーサとシャルと外に食べに行くんだ」

「……なんか余計な奴が2匹いる気がするけど」

レイマンは声を上げて笑った。そしてそこから立ち去った。

一人になったディーズはちょっと考えて、やがて自分も屋上のドアを開ける。

「行くか」

そしてゆっくりと階段を下りて厨房からネアンの昼ご飯を預かると、彼女の部屋へ向かった。




静かにドアをノックをした。

「はぁい」

弱々しい声が返って来る。

「昼飯持ってきた」

そう言ってドアを開ける。ベッドに、半身を起こして目を見開いているネアンがいた。

「ディーズ……さん?」

ネアンの顔はみるみる赤くなる。ディーズは中へと入った。

「大丈夫か?顔大分赤いけど」

「いえ、これは……」

ネアンは自分の頬を両手で隠すように包む。

「昼飯、食えるか?」

「はい。すみません……」

ディーズはにこやかに笑った。

「いつもは俺らが世話してもらってるしな」

そう言ってトレーを彼女に渡す。ネアンは膝の上にそれを置くとスプーンを手に取った。ディーズはベッドのすぐ横に座る。ネアンはできるだけ彼と視線を合わせないようにして静かに尋ねた。

「ここに、いるんですか?」

「ああ。食べ終わったら下げるから。いちゃ悪いなら帰るけど」

慌てて否定する。

「すみません!いちゃ悪いなんて全然思ってません!」

その勢いにディーズはキョトンとした。ネアンははっとして顔を伏せる。

「すみません……」

ディーズは小さく笑う。ネアンはゆっくりと食事を始めた。だが、隣にディーズがいるために緊張して妙に力が入る。熱も徐々に上ってきた。

「大丈夫か?顔真っ赤だぜ」

ディーズが顔を覗き込んできた。

「平気です!大丈夫です!!」

ネアンは大きく首を横に振る。ディーズは苦笑いを浮かべた。

「風邪なのに元気だな」

「すみません……」

そして再び食事を始めた。だがやはりディーズの存在が気になって仕方がない。それにディーズはネアンの風邪を気にしてか全く話しかけてこようとしなかった。その沈黙が、逆に耐えられなかった。何か話題は無いかとネアンは必死に考えを巡らす。だがこんな時に限ってなかなか良い話題が見つからない。そのうち熱も手伝って頭が混乱してきた。そしてその頭のまま、ネアンは口を開いた。

「あの、ディーズさんって彼女いるんですか?」

言った後ではっと我に返る。こんなことを聞いては怪しまれる。そう思ったネアンは慌てて否定しようとしたが、ディーズの返事の方が早かった。

「いねぇよ」

先ほどの言葉の取り消しの準備をしていたネアンは突然それを変更しなければならなくなり、反応が一瞬遅れる。

「あ……そうですか」

ボーっと適当な返事をしてしまう。するとディーズは首を傾げてきた。

「なんで?」

「え……あ……えっと」

ネアンは倒れそうだった。だがぐるぐる回る頭を必死に働かせる。

「ディーズさんって、ハッピー・ハロウィン・バレンタインでたくさんお菓子貰ってるのに、告白を全部断ってるって聞きますから……」

「ああ……」

「どうしてかなぁって、思って」

ディーズは肩をすくめた。

「俺は恋愛してる暇なんて無いからな」

「え?」

ネアンは首を傾げた。

「どういう意味ですか?」

問い詰められて、ディーズは思わずしまったと思う。自分の運命をペラペラと誰かに話す気などない。だが、思わず口が滑った。

「……」

ディーズはうつむいた。そして苦笑する。

「口滑らしたんだから、仕方ねぇよな」

その独り言にネアンは更に首を傾げる。ディーズは顔を上げた。そしてゆっくりと話し出した。

「俺の親父は、ラベル警察署の総監の一人なんだ」

「え!?初耳です」

「あんな奴親父だなんて思ってねぇから、今までレイマンとヴァウェル以外には言わなかったしな」

ディーズは続ける。

「親父は、『鬼才の人鬼』っていう異名がついている。親父がその名を貰って大分経った頃、親父が俺に『お前はこれから警察署で勉強しろ』って言ったんだ。その時俺はまだ8歳だった。行っていた小学校を辞めさせられて、警察署へ入った。そしていろいろな課の仕事や法律を学ばされた。けど俺は警察官になりたくはなかった。将来の夢は医者だったんだ。医学でいろんな人を助けたいって思ってた。だから、10歳の時に親父に『俺は警官にはなりたくない』って反抗した。そしたら、『条件を出そう』って親父が言ったんだ」

「条件……?」

「俺が20歳になるまでに、どこかの課の班長になり、それを維持し、そして総監になること」

「総監に……?」

「俺は素直にその条件をのんだ」

ディーズは皮肉っぽく笑う。

「だが、交通課の班長になった頃気づいたんだ。その条件をのんだ時点で、俺の将来は決まっていたってな」

「どうしてですか?」

「俺はガキの頃からずっとここにいて学校で勉強をしていない。知っているのは警察に関することばかり。その時点で他の奴らよりかなりの遅れを取っている。例え、総監になれて20歳で警官を辞めて独学で勉強して医者になっても、学歴社会のこの世の中じゃ学歴のない俺を雇ってくれる病院なんてどこにもねぇよ。それに昔から俺の家では20歳になったら自分で仕事をして食っていかなきゃならねぇっていう決まりがあった。子が成人したら、親は一切の援助をしない。つまり、20歳になって警官を辞めたら俺は食っていけねぇんだ。親父はそれら全てを計算した上でガキだった俺にその条件を出したんだ」

ネアンは何も言えなかった。ディーズは構わず続ける。

「この前、あいつに呼び出されて言われたよ。『お前は次期総監候補になってる』ってな。そんでその後、『あと一年だけ頑張ってくれたまえ』ってな」

ディーズは悔しそうな顔をした。

「あんな奴の言うことになんて従いたくない。だが俺は警官を辞められねぇ……。それに何より」

ディーズは悲しそうに笑う。

「レイマンとか、ヴァウェルとか、あいつらとまだ一緒に仕事してぇんだ」

「……」

「だから、どうしたらいいのか分かんねぇんだ……」

「……」

黙ってしまったネアンにディーズはハッと気づいて慌てて言った。

「悪い、風邪引いてしんどいのにこんなことしゃべっちまって」

「ディーズさん」

ネアンは顔を上げて真っ直ぐディーズを見る。

「ディーズさんのさっき言った『あいつら』っていう人達の中に、私は入っていますか?」

「え?」

「私は、入っていますか?」

ディーズは優しく笑った。

「入ってるぜ、ちゃんと」

その言葉でネアンは更に顔を赤くした。ボーっとした頭で意を決し、熱に任せて、口を開く。

「私、ディーズさんが好きです」

突然の告白にディーズは驚いたようだった。

しかし構わずネアンは続けた。

「ハッピー・ハロウィン・バレンタインの時、勇気がなくて『ハッピー・ハロウィン』って渡してしまいました……。でも、本当はちゃんと『トリック・オア・トリート』って言いたかったんです」

「けど俺は……」

「待ちます。ディーズさんが恋愛する暇が出来るまで、ずっと待ってます。今返事はいりません。暇ができた時でいいです。だから」

ネアンはしっかりとディーズを見ている。

「今はディーズさんの答えを見つけてください」

「……」

「こんなこと言って、すぐに見つかるなら苦労はしないって言いたいのはわかってます。でも私何も出来ないからこれしか言えなくて……。本当にごめんなさい。でも、ディーズさんを応援したいんです」

一気に話して、ネアンの息は少し上っていた。ディーズは彼女の頭に手を乗せた。そして小さく笑う。

「ありがとう。もういいから、休んでろ」

「すみません」

ネアンはゆっくりと横になった。ディーズは穏やかに笑っている。

「なんだ、そんなに必死に応援してくれる人がいたのか」

空になった食器を重ねてトレーに乗せるとそれを持って立ち上がった。そして再び優しく笑う。

「ありがとう」




「へぇ、ディーズ先輩にそんな過去があったんですね……」

レストランのカウンターに4人で並んで腰掛けて、シャルはレイマンからディーズの話を聞いていた。

「でもいいんですか?しゃべっちゃって。ヴァウェル先輩は教えてくれませんでしたけど」

レイマンは嬉しそうに笑っている。

「構わないさ。きっと今頃、あの子にも話しているだろうしね」

「あの子?」

カーサが首を傾げる。レイマンは笑って続けた。

「それに多分、答えも見つかるはずだよ」

シャルとカーサはお互い顔を見合わせて首を傾げた。レイマンの隣に座っていたマシェンヌが小さく笑う。

「先輩はいっつもそうやって自己満足で終わっちゃうんだから。教えてくれてもいいのに」

「そのうち分かるさ」

そう言ってレイマンはトイレに立った。彼が完全に見えなくなると、マシェンヌの左に座っていたカーサが首を傾げる。

「マシェンヌってさぁ、彼氏なのにレイマンのこと『先輩』って言うんだな」

「え?」

「それって変じゃねぇの?」

シャルも頷いた。

「そうですよ。そこは自分も気になってたんです。どうして名前で呼ばないんですか?」

「……だって、今更恥ずかしいじゃない」

「それじゃあ結婚しても『先輩』のままだぜ」

「なっ……」

マシェンヌは顔を赤らめた。カーサは楽しそうに笑っている。シャルも大きく頷く。

「それに、レイマン先輩もきっと名前の方がいいと思ってますよ。『先輩』なんて距離置いてるみたいじゃないですか」

「……」

マシェンヌはうつむいた。カーサはニッと笑って彼女を小突く。

「ほら、レイマン帰ってきたぜ」

「言うの……?」

「当たり前。それぐらいできねぇでどうすんだよ」

「でも何て言ったら……」

「何の話をしてるんだい?」

レイマンが腰掛けながら訊いてきた。何か答えねば、と思いマシェンヌは慌てて彼を見上げる。

「レイマン!」

「え……?」

レイマンは少し驚いているようだ。マシェンヌは名を呼んだはいいが、言うことを何も考えていなかったために言葉に詰まった。

「えと……あの……」

そして小さく首を傾げる。

「お水いる?」

レイマンはキョトンとしていたが、優しく微笑むとコップを差し出した。

「それじゃあもらおうか、マシェンヌ」

彼女は顔を真っ赤にして静かにレイマンのコップに水を注いだ。その隣でカーサとシャルは顔を見合わせて小さく笑っていた。

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