-There's no place like home-
十六章 -There's no place like home-
あれから一週間ほど経った。
レイマンの告白により、今までわからなかった魔法と世の道理の関係性が少しではあるが見えてきた。彼が悪魔を見たと言ったことから、寿命を減らしているのは悪魔の仕業だと確定できたのだ。
「ということはやっぱり、悪魔は誰か『世の道理を守ろうとしている崇高な存在』に命令されて、その人に罰を下すために魔法を使った人の命を食べてるんでしょうか?」
朝、食事の席でシャルが首を傾げながらカーサに訊いた。カーサは口を動かしながら唸る。
「うーん……。そう考えた方が悪魔のイメージとしては普通だよな」
「悪魔と話ができればいいんですが……」
「けど、ネアンが買ってきてくれた本によると他の人には悪魔は見えねぇらしいじゃねぇか。それなのにどうやって会話するんだよ」
「レイマンさんに通訳してもらったら?」
突如二人の前から声がした。二人は揃って顔を上げると、ネアンが身を乗り出すようにして顔を近づけている。
「ネアン」
彼女は空いていた前の席に座る。
「レイマンさんにしか見えないなら、私たちが質問することをレイマンさんに話してもらったらいいじゃない」
「けどあいつがするか?」
カーサは眉を潜める。その隣でシャルも腕を組んだ。
「確かに、レイマン先輩は命を削られるという罰には逆らっていない様子ですから、会話をしてくださいって頼んでもやらなさそうですね」
カーサが肩をすくめた。
「どうせ、『そんなに一生懸命にならなくてもいいよ』なんて言って断られるだろうな」
「それに、悪魔を呼び出すとしたらレイマン先輩に魔法を使ってもらわなきゃなりませんよね」
「そうだな……」
「魔法を使わずに悪魔を呼び出せることってできないかしら……?」
3人はしばらく黙って考えていたが、ネアンはハッと気づいて顔を上げた。
「あっ!私皿洗いしなきゃ!」
そして立ち上がると慌てて2人に手を振った。
「ごめん、行かなきゃ」
「大丈夫だよ。行ってらっしゃい」
「後は任せとけ」
「うん。ごめんね」
ネアンは小走りに厨房の方へ消えていった。その姿が小さくなるのを見ていたシャルはポツリと漏らす。
「レイマン先輩……どうなるんでしょうか」
一週間前の衝撃的な告白を改めて思い返して、考えてみるとぞっとする。しかしカーサはシャルの頭を軽く叩いた。
「いたっ。何するんですかいきなり」
シャルは叩かれた所をさすりながらカーサを見る。カーサは口を尖らせた。
「お前さ、矛盾止めろよ」
「え?」
「この前、研究が前に進まなくて俺がへこんでた時、お前急に元気になって『ふてくされて寝てる時間がもったいない』って言っただろ。それなのになんだよ」
「すみません。……でも、本当にレイマン先輩の命が後わずかなんだって思うと……」
「だからこそ、俺らが尚更頑張らなきゃなんないんだろ」
カーサはトレーを持って立ち上がった。
「お前も早く行けよ。遅刻するぞ」
シャルは腕時計を見るなり慌てて皿に残っていたパンを食べ始めた。カーサは片手を上げる。
「じゃ、お先」
「はひ、ひっへはっひゃい」
口にパンを含みながらシャルはモゴモゴと言う。やがて完食すると急いで交通課の部屋へ向かった。
「なぁんか……物足らんな」
ラウナルが背もたれに身を預けながら空に呟く。
「そーだねぇ……」
そう返したのはキールだった。
だが2人のその様子に何か声をかける者は誰一人としていなかった。ディーズとヴァウェルはそれぞれ黙々と仕事をしているし、モカは入れてきたコーヒーをシャルに渡していた。
「なんやろ、何が物足らんねんろ」
姿勢を元に戻してラウナルがキールを見る。キールはマグカップを両手で持ちながら首を傾げた。
「なんだろ?わかんないけど確かに何か最近物足りないよね」
2人は首を傾げて考えた。そこでやっとヴァウェルから突っ込みが入る。
「くだらないことを考えている暇があったら仕事しろ」
「くだらないって何さ。大事なことかもしれないんだよ」
キールが口を尖らせた瞬間、モカが顔を上げた。
「そういえば……」
キールとラウナルは揃ってモカを見る。彼女はトレーを抱えて何か考えている様子だった。
「私も最近何か物足りないような気がします。特に朝によくそう思うんですけど」
「あれ?後輩ちゃんも?」
「はい。なんかこう……以前までは元気に出勤してたんですけど最近はぱったりそれがなくなったような……」
キールはモカに同意した。
「そうそう。あたしもそれなんだよね」
そこでシャルも顔を上げる。
「元気といえば、最近ルル先輩を見ませんね」
その言葉に、ラウナルは大声で言った。
「それやぁ!」
「へ?」
キールとモカも納得したように頷いている。
「そうか。ルルを最近見ないからだ」
「確かに、毎朝ルルちゃんは元気よく女子寮の中を走り回ってますからね。私それで毎朝元気をもらってたんです」
「あれ?」
キールは首を傾げた。
「なんで見かけないんだろ?」
「そういえば……。女子寮でも見かけないなんておかしいですよね」
「暇でももろて家族でどっか旅行でもしとんのとちゃうか?」
「ああ、そっか。自由人はいいなぁ」
皆はラウナルの言葉に納得したようだったが、シャルは少し気になっていた。
「あの、ルル先輩を見なくなったのっていつ頃ですか?」
「ここ一週間は見ていません」
シャルは一週間前の出来事を思い出していた。ルルの母親が彼女を迎えに署まで来た時のことだった。似顔絵作成課の班長と話があるから、とだけ告げてその場を離れた。そしてルルと帰る間際のあの静かな言葉。
『今まで、あの子がお世話になりました』
カーサは、班長と話をしている間遊んでいただいてありがとうございます、という意味で取ったようだが、どうも気になる。まるで、永遠の別れでも告げるような口調だった。
シャルはハッと顔を上げる。そしてポツリと言った。
「まさか……辞めたってことはないですよね?」
「は?」
「なんでや?」
「実は、丁度一週間前にルル先輩のお母さんと会ったんです。それで、帰る時に『今まで、あの子がお世話になりました』って言ってて、まるでもうここを辞めますって言ってたみたいに思えて……」
「考えすぎでしょ」
「せやせや。第一ルルはここが大好きや言うとったからな。そんなんで何で辞めなあかんねん」
「それは、ルルの意思だろ?」
今まで会話に一切入ってこなかったディーズがふと呟くように言った。皆は一斉にディーズを見る。彼は書類に目を通しながら言った。
「ここが大好きだというのはあくまでルルの意思だ。それは親の意思とは違う」
「何が言いたいんや?」
「つまり、親がルルを辞めさせたいと思っていたら、話はまた違ってくるじゃねぇか」
「だけどなんで親が辞めさせたいとか思うわけ?ルルの家ではルルの稼ぎが一番の収入なんでしょ?」
「だが、最近では父親の仕事も見つかって大分暮らしがマシになってきたらしいじゃねぇか。母親も働いてるらしいしな。だったら、親としてはいつまでも小さな子供をこんな場所で働かせてその金で飯を食うより、自分が食わしてやりたいと思うんじゃねぇのか?」
シャルはカーサの言葉を思い出した。
『ルルの親の気持ちって複雑だよな』
「……確かに、そうですね」
シャルがポツリと呟く。
ディーズは更に言った。
「それに、ルルはまだ子供だ。学校に行かせてやりたいって思うだろ。親としては」
するとふとラウナルは首を傾げる。
「親としては親としてはって、さっきからなんでそこにこだわるんや?」
「別に。なんでもねぇよ」
そっけなくそう答えてディーズは再び黙々と作業に取り掛かった。
するとモカが頷く。
「ディーズ先輩の言う通りかもしれませんね」
シャルは一週間前のルルの様子を思い出しながら言った。
「でもそれだったら、ルル先輩は無理やり辞めさせられたことになるんじゃないでしょうか。ルル先輩、一週間前に『また明日』って帰る時に言ってましたから」
「でもそうでもしなきゃあの子絶対辞めそうにないもんね」
「……それでいいんでしょうか?」
腑に落ちない面持ちのシャルにラウナルはケラケラと笑った。
「どうせルルのことや。そのうちここに家出してくるんとちゃうか?」
彼のこの発言は、翌日に現実となった。
その日、シャルとラウナルは仕事が休みであった。その為シャルは図書館で魔法と世の道理の研究をしようと本を持ち、署の玄関まで来た時ラウナルと出会った。
「おう、シャル。何してんねや?」
「これから、図書館に行こうと思いまして。先輩は何をしてるんですか?」
「散歩や散歩」
「へぇ、ラウナル先輩が散歩って意外ですね」
「暇やからな。図書館付き合ったろか?探し物あったら手伝うで」
思わずシャルはポカンと口を開けた。
「何や、何黙ってんねん」
「いえ、なんかラウナル先輩がそこまで親切だと……何か騙されそうで」
「はぁ?なんて奴や。せっかく手伝ったろて言うたってるっちゅうのに」
「すみません」
すると突如明るい声が聞こえた。
「シャル!ラウナル!!」
2人は振り向いた。そこにはカバンを手に持ち笑顔でこちらに駆けてくるルルの姿があった。
「ルル先輩!?」
ルルは階段を一気に駆け上がってくると、その勢いでラウナルに飛びついた。
「どうしたんや?」
彼女は笑顔で答える。
「家出しに来た」
その答えにラウナルは大笑いした。そしてシャルの方を見ながら言う。
「な?言った通りやろ?」
「でも、家出ってどうしたんですか?」
ルルはラウナルに抱きかかえられたまま頬をふくらました。
「お母さんひどいんだよ!ルルを勝手に辞めさせたんだよ!」
「じゃあ、やっぱり一週間前に……」
ルルは頷いた。
「あの時そーかんにも話しに行ったんだって」
彼女の話によると、一週間前、家に帰ると母親に明日から学校に行きなさいと言われたらしい。お仕事は?と尋ねるともう辞めることになったからと告げられたのだ。ルルは猛反対したがもう辞職したからだめだと言われ、それから近くの小学校に行っていたそうだ。だが、ここが恋しくなって、今日登校すると見せかけて学校へ行く荷物を持ったままここへ来たそうだ。
「ま、ここで話してんのもなんやしロビーに行こか」
3人は署の中へ入った。ロビーのソファに座るとシャルは小首を傾げる。
「これからどうするんですか?」
「ずっとここにいるよ」
「それじゃあお母さんとお父さんが心配しますよ」
「知らない。またここでお仕事してもいいって言うまでルル帰らないから」
「でも……」
ラウナルはくすくす笑う。
「無駄や。ルルは頑固やからな」
すると、少し離れた所からキールの声が聞こえた。
「あ、ルルだ」
見るとキールがニヤニヤと笑いながらこちらへ歩いてきた。彼女は空いていた席に座るとルルに笑いかける。
「久しぶり、ルル」
「ひさしぶりー」
ルルは嬉しそうに笑う。キールはラウナルに目をやった。
「で?やっぱりこの子家出娘?」
「ああ。ここを辞めさせられたんやと」
「へぇ、それは災難」
「でしょー?だからルルずっとここにいるの。お仕事していいって言われるまで帰らないよ」
キールは楽しそうに笑った。
「いいんじゃない?」
「先輩」
シャルが軽くたしなめたが彼女は気にする様子を見せない。するとラウナルが首を傾げる。
「ところでキール、あんた今日仕事ちゃうんか?」
「そうだよ」
「こんな所で何してるんですか?」
シャルの問いかけにキールはあっさりと笑って返した。
「サボってるに決まってるじゃん。今頃後輩ちゃんが大慌てだよ」
「また……」
シャルは小さくため息をついた。キールは背もたれに身を預ける。
「だってぇ、パトロールとか面倒だし?後輩ちゃんが一緒だとうるさいんだもん」
「悪かったですね、うるさくて」
後ろに誰かが立った。キールが仰け反るようにして顔を上げれば、そこには口をへの字に曲げて眉を吊り上げたモカの顔があった。その後ろにはディーズも立っている。キールは悪びれた様子さえ見せず、むしろ楽しそうに笑った。右の人差し指でモカの顎を下からぐりぐりといじりだす。
「ほらほら、そんな怖ぁい顔してると女の価値が落ちちゃうよぉ」
「誰がそうさせてるんですか」
「愛しの誰かさんにこんな顔見られちゃったら嫌われちゃうぞ」
彼女の言葉にモカはキョトンと首を傾げた。
「何のことですか?」
その表情、その口調にキールは苦笑する。
「あらら、無自覚ちゃんですか」
そしていたずらっぽく笑った。
「そんなんだったら愛しの誰かさん、どっかの物好きなメガネっ子に取られちゃうぞ」
「?」
モカは不思議そうな顔をしている。
そんな2人を放っておいて、ディーズはルルの横に立った。
「やっぱりここに来てたのか」
ため息交じりに言われたにも関わらず、ルルは嬉しそうだ。
「ディーズひさしぶりー!」
「お母さんから電話があったぞ」
「え?」
「学校の先生からお母さんの職場に連絡があったそうだ。『ルルさんが来ていません』って。それでお母さんがこっちに電話してきたんだよ。『ルルがそちらへお邪魔していませんか?もしもいないなら捜索願を出します』って。お母さんも職場から一旦家に戻るって言ってるぜ」
その言葉にシャルがルルを見る。
「ほら、やっぱりお母さん心配してるじゃないですか」
ルルはふい、とそっぽを向いた。
「知らない」
だがディーズはルルの手を掴んだ。
「さ、帰るぞ。送ってやるから」
「いや!帰らない!」
「お母さんが心配してるだろ?」
「知らないもん!ルルのことなんか考えてないお母さんなんて知らないもん!」
するとディーズは強い口調で言った。
「ルルのことを考えているから、ここを辞めさせたんじゃねぇのか?」
「え?」
ディーズはしゃがんでルルと視線を合わせる。
「ルル、将来の夢はなんだ?」
話の流れにそぐわない突然の質問に、ルルは首を傾げながらも素直に答えた。
「……ケーキ屋さん」
「お前は将来の夢をちゃんと持っている。だから学校に行ってしっかりといろいろなことを勉強しなきゃいけないんだ」
「……でも」
「ここにいても学べることは、法律や規律だけだ。ルルが将来なりたいケーキ屋のことなんて学べないんだぞ」
「……」
「しかも世の中は学歴社会だ。学歴を持たないルルが大人になっていきなりケーキ屋で働こうなんて思っても雇ってくれるところなんかほとんどない」
「……」
「お母さんは、親の都合で今まで同年代の友達も作ることができないような、こんな所で働かせていてルルに申し訳ないと思っていた。だから尚更将来の夢を叶えてほしいって思ってここを辞めさせたんだ」
ルルはうつむいてしまった。
「それに、お母さん後悔してたぜ。これならルルとちゃんと話し合えば良かったって」
「……」
しばらく沈黙が流れた後、ディーズが静かに手を差し出した。
「ほら、帰ろうぜ」
ルルは黙ったままその手を取った。椅子から立ち上がると、ディーズがキールとモカを見る。
「じゃ、俺ちょっとルルを送ってくるから、ちゃんと仕事しろよ。今日はシャルもラウナルも休みだからな。パトロールサボったらヴァウェルに怒られるぜ」
モカはすぐに返事を返す。
「はい!」
キールは口を尖らせた。
「まったく。こんな日に限って2人とも休みなんて、なんて間の悪い人たち」
「俺らのせいにすんなや」
2人の言い合いを背に、ディーズとルルは手を繋いだまま玄関へ向かった。
シャルは黙って2人を見送った。ルルの背中は、寂しそうにも見え、また反省しているようにも見えた。
2人が完全に見えなくなると、沈黙の流れていたそこにキールの拍子抜けした声が響く。
「よっこいしょっと」
ゆっくりと立ち上がった彼女は頭の後ろで両手を組む。
「じゃ、しょうがないから仕事に戻りますか。後で副班長サンに文句言われるのはごめんだからねぇ」
そしてゆっくりとパトカーの停めてある駐車場へと歩き出した。その後をモカが追いかける。
ラウナルも立ち上がった。
「ほな、行くで」
「え?どこへですか?」
キョトンとした顔でそう言ったシャルに、ラウナルはため息をついた。
「あのな、図書館行って調べ物するんとちゃうんか?せっかく俺が手伝ったろ言うてんねんからやる気無くさすような事言うなや」
「あ!そうでした。すみません」
シャルは慌てて立ち上がって、ラウナルと揃って図書館へ足を向けた。
夕方、調べ物を終えたシャルはラウナルに礼を言って寮へ戻る。
部屋へ帰るとカーサとレイマンは既にそこにいた。シャルはベッドに座って先ほどあったことを話し出した。
「へぇ、ルル辞めたんだ」
「あの様子だとルル先輩も納得したようでしたよ」
「なんか、寂しくなるな」
カーサがベッドの上で言う。
「仕方がないさ。ルルはちゃんと学校に行かなきゃならないから」
レイマンもそうは言っているが、どこか寂しそうだった。
「なんかいきなりすぎて実感わかねぇな」
「別れのあいさつもなかったからね……」
「けどまぁ、そのうちまた遊びに来るだろ」
「そうですね」
カーサは本が積んであるところから一冊取り上げてそれを開いた。そこからは何を訊いても無駄だった。真剣な眼差しでそこに連ねてある文字を追っていき、一人で何か呟いている。シャルも机の上でノートにメモを取り始める。
レイマンはふと窓に目をやった。黄昏色の夕日が遠くに見える。影になったビルとビルの隙間に、吸い込まれていくかのように沈むその夕日はどこか哀愁が漂っている。光は徐々に弱くなっていった。
翌日、昼過ぎにカーサが捜査課の部屋で仕事をしていると、ふと自分を呼ぶ声が聞こえた。横を見てみるが誰もいない。課の仲間は皆仕事で出払っているのだ。留守番をしている自分より他に、この部屋に誰かがいるわけがない。
カーサは再び仕事を再開した。すると、ふと横目に何か白い物が見えたかと思った時だった。
こめかみに何かが当たる。
カーサは右を向いた。だがやはりそこには誰もいなかった。しかし、足元に紙飛行機が落ちていた。
「……?」
カーサはそれを拾い上げて首を傾げていると、羽の部分に『カーサへ』と書かれていた。飛行機を広げてみて思わず目を丸くする。そこには自分の顔が描かれていたのだ。ここまで上手く似顔絵を描ける人物はただ一人。カーサは、彼女がつい先ほどまでそこにいたと思われるドアの方を見て小さく笑った。
「遊びにきたぁー!」
ドアが開くと同時に元気な声が聞こえたかと思うと、突如部屋中にいくつもの紙飛行機が飛び交った。交通課の皆は驚いて一斉にドアの方を見た。そこにはニコニコと満面の笑みでルルが立っていた。
「ルル先輩!?」
「どうしたの?」
ルルはにんまり笑う。
「遊びにきたぁ」
そしてその後すぐに付け加えた。
「今度は家出じゃないよー」
ラウナルは時計を見上げながら言った。
「この時間っちゅうことは学校帰りやな」
「うん」
そこでキールがニヤリと笑う。
「それじゃ、寄り道娘だね」
ヴァウェルはため息をつきながらあちこちに落ちた紙飛行機を拾い上げた。
「寄り道は大目に見たとしても、ゴミはばらまくな」
「ゴミじゃないもん!手紙だもん」
「手紙?」
「羽の所に宛て名があるでしょ?」
ディーズがヴァウェルの手中の飛行機を覗き込む。
「あ、ほんとだ」
そしてヴァウェルの手から取り上げると、名前を確認してそれぞれの方へ向かって器用に飛ばした。受け取った皆は紙飛行機を広げる。
「ほー、さすがルルやな」
「うん、腕は落ちてないね」
ラウナルとキールはルルの描いた似顔絵に感心したように言った。モカも嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「うん」
ルルは嬉しそうに大きく頷いた。そしてディーズの方へトコトコと走り寄る。
「ねぇ、ディーズ」
「ん?」
「ルルね、ちゃんと学校に行くことに決めたんだよ!」
「そっか」
「うん。ちゃんと学校に行って、ちゃんと勉強して、ちゃんと夢を叶えるの」
ディーズはしゃがんでルルの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「偉いじゃねぇか」
「うん!でもね、毎日ここに寄り道するんだ。お母さんもいいって言ってくれたんだよ」
キールはケラケラ笑った。
「さすがルルだね。その辺はしっかりしちゃってさ」
ルルは得意げに笑うと、手を振った。
「美術室行ってくる!」
そして元気に部屋から出て行った。
「美術室?」
シャルが首を傾げると、キールはくすくす笑う。
「大方、似顔絵作成課の部屋じゃない?」
ラウナルも頷いた。
「せやな。ルルはいつもあそこで絵描いとったしな」
「ああ、学校の美術室に例えてるんですね」
「あれだけ嫌がってた学校も、楽しいみたいじゃん」
モカは嬉しそうに頷いた。
「よかったですね」
その日から毎日、夕方になるとラベル署内には明るい声が響き渡った。