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Peace Maker  作者: 那津
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-God helps those who help themselves-



十章 -God helps those who help themselves-



ディーズはホワイトボードに地図を広げた。

「んじゃあ、今日のパトロールは午前に俺とモカ、キールとヴァウェル。午後は俺とヴァウェル。あとラウナルは今日も一人でやってくれ」

「わかりました」

モカは大きな声で返事をして、キールは右手を上げて「はぁい」と返した。

やがて時間になると、ヴァウェルが立ち上がりキールを見る。

「行くぞ」

「はいはーい。キールちゃんパトロールに行ってまいりまぁっす」

ケラケラと笑いながら彼女は、先に出たヴァウェルを追いかけようともせずにマイペースに歩き出した。

そんなキールを見送ったシャルは隣にいたラウナルに疑問に思っていたことを訊いてみる。

「あの……今日ってやっぱりヴァウェル先輩が運転するんですよね?」

ラウナルは書類に何か書き込みながら言った。

「そうちゃうか?そんなん知らんけど」

そしてふとシャルを見る。

「なんでそんなん訊くんや?」

シャルは急に声を落とした。

「この前、自分とパトロールした時に、キール先輩17歳なのに運転していたんです」

ラウナルは目を丸くしている。シャルは続けた。

「それで、その日からずっとそれが気になってて……。やっぱり、誰かに言った方がいいでしょうか?」

真剣なシャルの表情を見たラウナルは、突然腹を抱えて笑い出した。

「はっはっは!!」

シャルは呆然と、涙を流しながら笑っている彼を見上げる。

「あの……先輩?」

ラウナルはひぃひぃ言いながら片手を上げた。

「悪い……。せやけどあんた、ほんっま……おもろいやっちゃなぁ……くくっ」

彼は笑いを堪えるのに必死なようだ。もっとも、堪えきれていないが。

「あの、何がおもしろいんですか?」

ラウナルはまだ笑っている。そして涙目で言った。

「キールは21やで」

「ええ!?」

シャルは口をパクパクさせている。

「だって……自分で17だって」

「せやから、騙されたっちゅうこっちゃ」

ケラケラ笑ってラウナルはシャルの頭を豪快に叩いた。

「まだまだガキやなぁ。あいつの顔よお見てみぃや。17にしちゃちょっと老けとるで」

ポカンと口を開けたままのシャルを見てラウナルはくすくす笑う。

「せやけど、うちんとこの新人は皆それに騙さよるなぁ」

「え?」

「私も騙されました」

後ろから声がして、振り返るとモカが立っていた。

「モカ先輩も!?」

「はい」

「せやけど、モカの場合はもっとおもろいで。モカは真面目やから、総監に言いつけに行ったんや」

「ええ!?」

「先輩!その話は」

モカの制止も意味なく、ラウナルはその時のことをペラペラと喋りだした。

「そんで、総監が慌ててキールの入署時の書類を調べたんや」

ラウナルは思い出したのか、ゲラゲラ笑いだした。

「キールが21やって知った総監はめちゃめちゃ怒ってモカを怒鳴りつけたんや」

シャルは、だんだんモカが気の毒に思えてきた。

「その後モカはキールに怒ったんやけど、さすがあいつやな」


『え?あたし21って言わなかったぁ?もぅやだなぁ、新人ちゃん。ちゃんとお耳を働かせてくださいねぇー』


「って言ってどっか行きよった」

「うわぁ……」

あまりの気の毒さにシャルは言葉が続かない。後ろでモカはため息をついていた。

そんなモカにディーズからパトロールに行くから用意しろ、との命令がかかったので、彼女は小走りで彼の方へ向かった。

「……最悪ですね」

シャルは小さく呟く。ラウナルは再び仕事を再開しながら言った。

「せやから、真剣にキールの相手なんかしてたら頭おかしなってしまうから気ぃつけや」

「……そうですね」

ディーズとモカがパトロールに出て行って、残されたのはラウナルとシャルだけになった。

今まで仕事をしていたシャルはふとラウナルを見た。彼は仕事をさぼってボーっとしている。

「そう言えば、ラウナル先輩はキール先輩と仲が良いですよね」

ラウナルは頷いた。

「まあな。最初はなんちゅう生意気な奴やって思ったけど、一緒に仕事してみるとめっちゃおもろい奴やわ」

「騙されたことはないんですか?」

「そんなことしてきよったらこっちも負けてへんで」

シャルは思わず笑った。

「そうですね」

そんな話を続けていると、やがてキールとヴァウェルが帰ってきた。

「キールちゃん無事帰還。今日も街は平和でした。めでたしめでたし」

シャルは怒ったようにキールを呼んだ。

「先輩、嘘つかないでくださいよ。騙されたじゃないですか」

キールは帽子を机の横のフックに掛けると小首を傾げる。

「何が?あたし何か言ったっけ?」

「この前、自分とパトロールした時に17歳って言ったじゃないですか」

キールはキョトンとした。

「あれぇ?あたし21って言ったよぉ?新人君、もうお耳が遠くなっちゃったの?」

「それ、モカ先輩にも言ったそうですね」

キールはラウナルを見た。

「ねぇ、しゃべっちゃったの?」

「ああ。シャルがめっちゃおもろかったから思わずな」

「あーあ。ラウナルずるいよ。新人君が事実を知った時の顔独り占めするなんてさぁー。あたしも見たかったなぁ」

「ほんまおもろかったで」

シャルは目を細めた。

「まさか、最初から自分の驚いた顔見たさにそんな嘘ついたんですか?」

キールはケラケラ笑う。

「そーだよ」

「そんなのあんまりです」

怒るシャルの言葉をキールはするりとかわした。

「まぁまぁ、男がそんな細かいことにいちいちこだわってたら嫌われちゃうぞ」

「……もういいです」

「あ、すねた。まだまだ子供だなぁ」

「すねてません!」

「あ、怒った。カルシウム不足かな?」

思わずため息が漏れる。ラウナルは笑いながらシャルの肩を叩いた。

「ほら、やからまともにキールの相手すんな言うたんや」

「本当、その通りですね」

「まともに相手しとったらそのうち自分がアホみたいに思えてくるで」

「あー、ラウナルひどーい。キールちゃん泣くよ?」

「勝手にしとき」

キールは下手な演技でワンワン泣く振りをした。しかし、そこでヴァウェルの怒声が飛んで演技は強制的に終了させられた。

再び仕事をしているとそのうちディーズとモカも戻ってきた。

ラウナルは自転車でパトロールをしなければいけない為、12時前にパトロールへ出た。昼食はパトロールの途中で取るらしい。

やがて、シャル達は食堂へ向かう。カーサとレイマンは既に席に着いていた。

「おう、シャル。一緒にどうだ?」

「はい。ありがとうございます」

レイマンは微笑んでシャルの後ろに立っていたディーズとヴァウェルに言った。

「久しぶりだな」

ディーズはニッと笑う。

「レイマンも元気そうだな」

彼はレイマンの隣に腰掛けた。

「じゃ、久しぶりに旧友と世間話でもするか。おい、ヴァウェルも座れよ」

「ああ」

3人を見たシャルはカーサに尋ねた。

「そういえば、ディーズ先輩とレイマン先輩とヴァウェル先輩って友達でしたっけ?」

「ああ。歳は全然違うけど、皆入署した年が同じなんだ」

「へぇ……」

そして首を傾げる。

「あれ?でも確か、今ディーズ先輩が19歳で、レイマン先輩が32歳、ヴァウェル先輩は28歳ですよね?」

「ああ」

「レイマン先輩が入署したのって21の時じゃなかったですか?」

「そうだ」

「そうなると11年前ってことだから、皆さんが入署したのはレイマン先輩が21、ヴァウェル先輩は17、それで、ディーズ先輩は……」

頭の中で計算したシャルは驚きを隠せなかった。目を丸くしたままカーサを見る。彼はなんともないという風に頷いた。

「8歳だ」

「そんなまさか……」

「俺も最初は驚いたぜ。でもなんか、特別な理由があるらしい。俺は知らねぇけどな」

「へぇ……」

シャルは向かいの席のディーズを見た。ヴァウェルやレイマンと楽しそうに話をしている。随分と年の離れた3人だが、とてもそうには見えない。まるで同い年かと間違うほど仲が良く見える。

その時ふと思い当たった。

「あ……11年いるんだったら知ってるかな」

シャルの独り言を聞いたカーサは首を傾げる。

「何をだ?」

シャルは照れたように笑った。

「父のことです」

「お前の親父さん?」

「はい。ここに勤めていたらしいんです」

「らしいって……」

「自分が7歳の時に亡くなりました。だから父との思い出はあんまりなくって……。それでも、家にたくさん賞状とかあって、署の英雄だったって母から聞いています。自分の理想の人です」

「それで、その理想の人物である父に憧れて警官になったってわけか」

シャルは苦笑する。

「はい。それもあります」

「それも?」

「父が早くに亡くなったので、母は自分を1人でずっと育ててくれたんです。だから今度は親孝行ってことで母を楽させてあげればいいなぁ……と。ほら、警官って給料いいじゃないですか。それに丁度父の職業だったんで」

カーサは優しく笑った。

「お袋さんも、喜んでんじゃねぇか?」

「ええ。父親みたいな立派な警官になってきなさいって言われました」

シャルは小さくため息をつく。

「でも父は捜査課だったらしいので自分も捜査課希望だったんですけど……」

カーサはケラケラ笑う。

「ま、警官になれただけでもいいじゃねぇか」

「そうですね」

穏やかに笑うと、カーサの横からネアンが顔を出した。

「ねぇ」

驚いたカーサは軽くネアンを睨む。

「いきなり出てくんなよ」

「なにそれ。普通に出てきたじゃない」

ネアンは小さく頬を膨らませた。なにやら険悪な雰囲気になりそうだと思ったシャルは慌ててネアンに話しかけた。

「何?何か言いたいことがあったんじゃないの?」

「あ、うん。あのさ、私のネックレス知らない?」

「ネックレス?」

「どんなんだよ」

「三日月の形してるの。お気に入りでいつもつけてたんだけど今日ないことに気づいて……」

「見てないなぁ……」

「そっか」

「見つけたらまた渡してやるよ」

ネアンは微笑んで礼を言うと去って行った。

やがて昼食を終えたシャル達はそれぞれ仕事に戻った。部屋へ戻る途中で、シャルは前を歩いていたディーズとヴァウェルに尋ねる。

「あの、先輩って11年前からここに勤めているんですよね?」

「ああ」

「それじゃあ、イーラム・レンダーという人をご存知ないですか?」

「イーラム・レンダー?……知らねぇなぁ」

ヴァウェルも首を横に振った。

「俺も知らないな」

「けど、その人がどうかしたのか?」

「自分の父なんです。自分が7歳の時に亡くなったんですけど、ここに勤めていて英雄だったって聞いたんです。自分は父のことをあまり覚えていないので、話だけでも聞けたらと思いまして」

「へぇ……。まぁ、もっと長く勤めてる奴なら知ってるかもな」

「もっと長く勤めている人って、他に誰か知っていますか?」

「総監だ」

「総監……」

「総監なら3人とも10年以上ここに勤めているからな。まぁ、いつも自室にこもっているから俺らみたいな下で働いてる奴らのことなんて全く知らないだろうが、英雄だったってんなら知ってるんじゃねぇのか?」

「そうですか」

シャルの頭に、ビルバードの顔が浮かんだ。彼なら話しやすい。今度見かけたら聞いてみよう、とシャルは心の中で決めた。



その夜、夕食を終えて寮の部屋へ戻った。

カーサと魔法の勉強をして一息入れている時、ふとカーサは尋ねた。

「そういえば、先輩お前の親父さんのこと知ってたか?」

シャルは苦笑しながら首を振る。

「だめでした。でも総監なら知っているかもって言われたんです。総監は皆10年以上勤めているらしくって」

「へぇ……」

「レイマン先輩にも帰ってきたら聞くつもりです」

「そっか。……けど賞状もらうって相当すげぇ人だったんだな」

「はい。何度も手柄を上げていたことがあったらしいですよ。迷宮入りかと思われた事件も解決したとか、自ら犯人のアジトに乗り込んで逮捕したとか」

「へぇー。俺もそんなすげぇ人なら一緒に仕事してみたかったな」

カーサは笑いながら言った。

すると、部屋のドアが開いてレイマンが入ってきた。

「あ、お帰りなさい」

彼は微笑んだ。

「ただいま」

カーサはレイマンを真っ直ぐ見た。

「残業って言ってたけど、何やってたんだ?」

「ああ、ただの書類整理だよ」

「ほんとか?」

レイマンは笑いながら杖を置いた。

「カーサは疑い深いな」

「レイマンが嘘つきだからな」

彼は苦笑する。

「すまない……。君たちを心配させないようにと思ったらつい……」

「ったく……」

カーサは肩をすくめてベッドに仰向けに倒れこんだ。

シャルはそこでレイマンに尋ねた。

「あ、先輩、聞きたいことがあるんですけど」

「なんだい?」

「ここの捜査課に昔、自分の父親が勤めていたんです。父は自分が幼い頃に亡くなったので思い出が全然ないんです。ですから、話だけでも聞けたらいいなぁと思っていて、いろんな人に聞いてるんですが……」

シャルは首を傾げた。

「イーラム・レンダーという人をご存知ないですか?」

その瞬間、カーサがバッと身を起こした。

「なんだと!?」

シャルは驚いて彼を見た。目をカッと見開いている。

「お前の親父さんの名前、イーラム・レンダーっていうのか!?」

シャルはゆっくりと頷いた。

「は、はい」

その時、カーサの瞳に怒りの色が見えた。様子のおかしい彼にシャルは首を傾げる。

「どうしたんですか?」

カーサの体は小さく震えていた。

「そいつが……そいつが俺の両親を殺したんだ!!」

「なっ……」

シャルも怒りのあまり体が震える。

「父を侮辱しないでください!父はそんなことをするような人じゃありません!第一、父は警官だったんですよ!!」

カーサは怒鳴った。

「警官は皆犯罪をしないってのか!?」

「確かに、警官でも犯罪をするような人はいますけど……でも父は絶対そんなことをしない!」

「お前何も知らねぇくせにそんなこと何で分かるんだよ」

「わかりますよ!父は英雄だったんですよ!英雄がどうして人を殺すんですか」

カーサはグッと拳を握った。

そこでレイマンが立ち上る。

「落ち着け、2人とも」

カーサは吐き捨てるように言った。

「俺の両親を殺した奴の息子を前に、落ち着いていられるか」

そしてカーサは部屋を出て行った。

「……」

レイマンは悲しそうな顔をしてきつく閉められたドアを見た。

シャルは不機嫌に眉を潜めている。

「父がそんなことするはずない」

ブツブツとそう呟いていた。

レイマンはゆっくりと振り向いた。

「シャル、君はカーサの子供の頃の話を聞いたことがあるかい?」

シャルは首を振った。

「いいえ。全然ないです」

レイマンはベッドに座った。

「私の口から言うつもりはなかったが、話しておこう」

シャルも椅子に座った。

「カーサがまだ幼い頃、家族で遊園地に行ったんだ。そしてその帰り、事故に遭った。軽症で済んだカーサは重症の父親と母親を助ける為に救急車を呼びに行った。まもなくして救急車が到着しようという時に、駐車禁止の所に一台のパトカーが止まっていたんだ。生憎その道は狭かった。その為に救急車は回り道をしなければならなかった。大急ぎで病院まで運んだんだが、両親は亡くなってしまったんだよ。もしもその道にパトカーが止まっていなければ、両親は助かったそうだ。カーサはそのパトカーを止めた人物が誰なのかを何年もかかって調べ上げ、そして銃の腕を上げるとここへ乗り込んで来たんだ。あそこにパトカーを止めた警官に復讐をしようと、1人でね。その時偶然、私は門の所で彼に出会った。その時彼はこう言ったんだ」


『イーラム・レンダーっていう人を連れてきてほしい』


シャルは思わず目を見開いた。レイマンは話を続ける。

「だが、その時既に彼はここを辞めて病気で亡くなっていた」

シャルは小さく首を横に振る。

「間違いですよ……それ。絶対、何かの間違いですよ。だって父が、父がそんなことするはずありません。カーサ先輩の間違いですよ」

レイマンは悲しそうに言った。

「私も、そうであればいいと思うよ。だが、カーサはここへ来て何度も何度も確認したそうだ。絶対に間違いはないらしい。当時私も捜査課の人に聞いたんだが、確かにイーラム・レンダーという人はその日駐車禁止の所にパトカーを止めたと言っていたよ」

「……っ」

シャルは拳を握った。

「そんなはずない!だって父は英雄だったんだ!絶対そんなはずない!!」

シャルは部屋を飛び出した。無我夢中で走り、そして行き着いた先は、10階だった。

「……」

そこは、この前来た時と同じくシン、と静まり返っていた。シャルは階段に座り込む。

「……嘘だ」

「何が嘘なの?」

声がして顔を上げてみれば、心配そうネアンの顔が目の前にある。

「ネアン……?」

ネアンはシャルの横に腰を下ろした。

「大丈夫?なんかすごく辛そうだけど……」

シャルは小さく首を横に振った。

「大丈夫。何でもないよ」

「……そう。ならいいの」

シャルはネアンが置いたモップとバケツに気づいた。

「掃除しに来たの?」

「うん」

「いつもここに掃除しにきてるの?」

「ううん。2日に1回とか、3日に1回とか、暇な時だけ」

シャルは前を見た。部屋が一つ見える。しかしそこのプレートには誰の名前も書かれていなかった。それに、ここはまるで人の気配がない。

シャルは首を傾げた。

「でも、ここ誰もいないみたいだけど……」

「うん。誰もいないの」

「じゃあ、なんで掃除しにきたの?」

ネアンは優しく微笑んだ。

「あのね、ここは私がヘルパーをやり始めるもっとずっと前、ちゃんと人がいたんだって。11階まで部屋にはちゃんと決められた人数の人がいたんだって。でも、どんどん減ってきちゃったの」

「どうして?」

「警官の仕事が危険だからって言う人もいるけど、一番の理由は……」

悲しそうに正面を見る。

「警官の信頼度の低下なんだって」

「信頼度の低下……?」

彼女はゆっくりと頷いた。

「警官でも犯罪とか悪いことをする人が増えてきたの。だから、辞めていく人は多いけど、入ってくる人は全然いないの。人の平和を守る警官ですら悪いことをしているなんて、説得力ないって。人の平和を守りたくて警官になりたい人達もどんどん冷めていって別の道を歩くの」

「……」

ネアンは視線を落とした。

「11階まで人でいっぱいだったこの寮も、どんどん減っていってシャル君たちの部屋がある6階まで空き部屋がある状態になってるの」

その時、自分たちの両側の部屋のプレートには名前がないことを思い出した。

ネアンはゆっくり立ち上がる。

「でもね、私は信じてるの。いつか絶対警官の信頼も元に戻って、この寮が人でいっぱいになるって。そうなることが、私の夢なんだよ」

「だから、掃除しに来てるの?」

「うん。いつ新人さんが来てもいいようにね」

「……」

階段をトントンと下りたネアンはふとシャルを振り向いた。

「ねぇ、シャル君」

「え?」

ネアンは必死な顔でシャルを見つめる。

「シャル君は、そんな警官にならないよね?」

シャルの頭の中に、カーサの言葉が響いた。

『そいつが俺の両親を殺したんだ!!』

シャルは立ち上がる。

「ねぇ、ここへ来る途中カーサ先輩見なかった?」

「え?ううん。見なかったよ」

「ありがとう。ごめん、行かなきゃ」

シャルは階段を駆け下りて部屋へ戻った。そこには誰もいなかった。レイマンもどこかへ行ってしまったらしい。

再び当てもなく廊下を走る。角を曲がった所で誰かとぶつかった。

「うわ!」

ぶつかった相手がシャルの腕を引っ張ってくれた。

「大丈夫かい?」

顔を上げると、それはレイマンだった。

「レイマン先輩!?すみません」

「気にしなくていいよ」

「あ、あの、カーサ先輩見ませんでした?」

「見ていないが、きっと屋上だろう」

「え?」

レイマンは微笑んだ。

「カーサは一人になりたい時は必ず屋上に行くんだ。それも必ず西の階段から」

「ありがとうございます。行ってみますね!」

シャルは西側の階段へ向かって駆け出した。

必死なシャルの様子を見たレイマンは穏やかに微笑んでいた。



「先輩!」

屋上のドアを勢いよく開けた。その瞬間シャルの目に、フェンスの向こう側に身を乗り出しているカーサの姿が映った。シャルは走り出してカーサの胴回りにしがみついた。

「待ってください!!ごめんなさい!だから早まらないで!!」

驚いたカーサはシャルの頭を掴んで放そうとする。

「バカ、放せ!誰が自殺するか」

「え?」

カーサを見上げると、彼は怒ったような顔でフェンスの向こう側を指差した。

「あれを取ろうとしただけだ」

フェンスの向こう側には、人一人立てるぐらいのスペースがあり、そこにキラリと光る何かが落ちていた。

三日月。

昼間のネアンの言葉が思い出された。

「ネアンのネックレス……?」

「洗濯物干してる時にでも落としたんだろ」

「なんだ……。びっくりさせないでくださいよ」

「お前の早とちりだ」

鼻を鳴らしてそう言いフェンスの向こう側へ行くとネックレスを取って戻ってきた。

さっきから目を合わせようとしない。シャルは頭を下げた。

「ごめんなさい」

やはりシャルを見ない。彼は闇を見つめていた。

「何で謝る」

「……」

カーサは鋭く言った。

「自分の中で理由もハッキリしてねぇのに謝るなんて卑怯だぞ」

「違います!!……父のことを何も知らずにカーサ先輩に喋ってて、すみませんでした。ただ、信じられなくて……」

カーサはバカにしたように鼻で笑う。

「そんだけお前の父親は絶対の正義を持っていたんだな」

「……」

「なのになんで……」

悔しそうな声が響いた。

「なんであんなことになったんだ……?」

「……」

「俺の両親は罪人か?悪人だったのか?絶対の正義を持つお前の父親に、生きる道を塞がれなきゃならないほどの悪だったのか!?」

「……っ」

カーサは拳を握り締めた。

「悪い……。お前のせいじゃないのにな」

「……」

黙り続けるシャルを見て、彼はため息をつく。

「まだまだガキだ」

「え?」

自嘲気味にカーサは笑う。

「捨て身で復讐をする気だった。けど、レイマンに止められた。レイマンは俺の命を救ってくれたんだ。そんで、レイマンが魔法を使う理由を知って、警官にもこんな奴がいるんだって分かった。それから、八つ当たりは止めようって決めたのに。お前があいつの子供だからって怒った。……何も成長してねぇよ」

その時、シャルは静かに口を開いた。

「……自分も、憎いです」

「え?」

「父がそんなことをしていたのなら、自分は父を憎いと思います。自分の中にあった絶対の正義を持つ父の理想の姿を、父が崩してしまった。そんな父が憎い。そして、それを知らずに自分の中の理想を過剰評価して負の部分を受け入れなかった自分も、憎いです」

「……」

「時と場合によるのかもしれないけれど、無知は罪って、本当ですね」

「かもな」

シャルはカーサを見た。相変わらずカーサは横顔しか見せていない。

「先輩、確かめてきていいですか?」

「なにを?」

「父が本当にそんなことをしていたのか、確かめてきていいですか?」

「何で俺に了承を求める」

「だって、先輩のこと信用してないみたいだから……」

その時カーサはやっとシャルを見た。軽くシャルの頭を叩く。

「バーカ。勝手にしろ」

「ありがとうございます」

シャルは空を見上げた。

「結果はどうであれ、自分は自分の力でそれを知らなきゃならない、そう思うんです」

「そっか」

カーサは踵を返した。

「俺寝るわ。もう就寝時間だし」

「はい。おやすみなさい」

カーサは手を上げて返事をする。

暗闇の中、秋風は冷たく2人の間を通り抜ける。

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