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Peace Maker  作者: 那津
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-Spare the rod and spoil the child-


一章 -Spare the rod and spoil the child-




一人の少年が門の前に立った。

「ここか」

遠くに見える、巨大な建物。それを真っ直ぐ見据えた少年は決意のこもった声で呟いた。

「ラベル警察署」

少年はゆっくりと両側へ開かれた鉄格子の門を抜ける。大きな道の真ん中には噴水があり、周囲も青々と芝生が茂っていてまるで金持ちの家みたいだ。

階段を数段上って大きな扉の前に立つ。だが、普通ならこの扉の両脇に警官が立っているはずなのだが、今日は誰もいない。

「……入っていいのかな」

一瞬戸惑ったが、少年は意を決して扉を開けて中へ入った。

不思議なことに、中は静まり返っていた。

誰もいない。

廊下を歩く人もいないため、何をどうすればいいのか全く分からなかった。

「……」

キョロキョロと辺りを見回していると、カツカツと足音が聞こえてきた。

振り向くと長身の男が立っている。金髪の髪の毛を一つに結った、若い男だった。制服を着ていることからして、どうやら警察官のようだ。彼は少年の姿をその青い瞳に捕えると、声を掛けた。

「お?何、新人?」

少年は敬礼をした。

「はい!8月26日に合格通知書をいただいたシャル・レンダーです」

「そうか。俺はディーズ・レイト。よろしくな」

「はい!よろしくお願いします」

ディーズはニコニコ笑いながらシャルの肩にポンと手を乗せた。

「なぁ、シャル。どうしてこの警察署に今全く人がいないかわかるか?」

「いいえ」

シャルは正直に答えた。

ディーズの笑みは崩れない。

「奴らは全員出払ってるからさ」

「どこに出払ってるんです?」

「武道場だ」

「……武道場?」

「そ。侵入者が武道場に現れたんだ。なかなか手強いから全員そっちに向かってる。……でだ、シャル。今はとりあえず人数が必要なんだ。署の施設がどうとか、規則とか説明は全部後回し。出来るだけ早急に奴らの応援に行ってくれ」

そしてディーズは武道場の場所を早口で教えた。

シャルは頷く。

「わかりました。とりあえず応援に行けばいいんですね」

「ああ」

「相手は誰なんですか?何人いるんですか?」

ディーズはシャルの両肩に手を乗せると、彼をクルリと方向転換させた。

「その説明もしてる暇はねぇ。さっさと行ってこい」

そしてその背をドン、と押した。

「わ、わかりました」

シャルは全速力で走った。

遠のいて行く彼を、手を振って見送ったディーズは肩を竦めた。

「あーあ。減点だ。……まぁ、まだまだこれからか」

そしてニヤリと笑う。

「さて、今回はどんな新人なんだろうな」


「……ここかな」

ディーズの指示通り走り、シャルは1つの部屋の前に着いた。

ドアが少しだけ開いている。

そっと中をのぞくと、そこにはライフルや銃を持った男が十人はいる。

「……けど」

シャルはスッと周囲を見回した。

おかしい。ここにも、誰もいない。

シャルは眉を潜めた。ディーズの話では、警官がここに集まっているはずだ。しかし、自分と武道場の中にいる男たち以外には誰もいない。

視線を男たちに戻す。

「一人で何とかする自信はないけど、やるしかないかな……」

先ほどディーズは武道場の場所を説明した時、近くに武器庫があると言っていた。しかしそれがどこにあるのかは教えてくれなかった。恐らく武道場の中にあるのだろうが……。

やることを一度頭の中で整理したシャルは、深呼吸をしてからドアを開けた。

「誰だ!」

男たちは一斉に銃を向けてくる。

シャルはスッと視線を巡らせた。円形のこの武道場に、自分が入ってきた所を除けばドアは六つある。

「……一つずつ当たってくしかないか」

男たちは真っ直ぐシャルを睨んでいる。怪しい動きをすればすぐに発砲してくるだろう。

銃弾と自分の足と、どちらが早いか。

シャルはニヤリと笑う。足だけは自信がある。

意を決して右に走り出した。予想通り、男たちは発砲してくる。だがそれを難なく交わして一つ目のドアを開ける。丁度ドアが盾の役割をしてくれたために立ち止まっても当たらなくて済んだ。ドアの奥には長い廊下が続いている。

「外れ!」

再び走る。それを男たちの銃弾が追いかけてきた。

スピードを上げて二つ目のドア。

「ここも!」

同じくそこは通路だった。以後、三つ目四つ目も外れ。

男たちもバカではない。彼の動きが分かってきたようで、シャルの行くところに発砲してくる。

「うわ!」

地面にめり込んだ弾を飛び越え、着地と同時にドアを開ける。

廊下。

そろそろこの武道場には武器庫はないのではないかと思ってくる。

「なめやがって!ふざけるなよ!」

男たちが怒鳴って引鉄を引く。

間一髪で避ける。

最後の望みを駆けて六つ目のドアへ。剣や小銃、更には鎖や縄など、武器がザッと並んでいる。

そこは走り出した所から左に行けばすぐの所だった。

シャルは傍にあった剣をひったくるように取ると男たちを振り向いた。

「どうしてこうも運がないんだ!!」

泣きたい思いで叫ぶと男たちへ向かって走った。

「うりゃぁぁぁ!」

男たちが動きを止める。

剣を振り切った。

続いて二人目。

相手に銃を向けさせる間もなく、次々とでたらめに剣を振るう。

そして最後の一人に切りかかった。しかし、相手はスッとそれを交わすとニヤリと笑う。

気づけばシャルの脇に立っていた。

冷や汗が流れる。

男は持っていた剣を払う。それは確かにシャルの首を両断したかと思った。

だが、それと同時にシャルも剣を突き出していた。

男はバタリと倒れる。

「はぁ……はぁ……」

静寂の流れる武道場で、シャルの荒い息だけが聞こえる。

足の力が一気に抜けた。

死んだかと、本気で思った。だが、首が繋がっていることからして、とりあえずは生きているようだ。

ヨロヨロと立ち上がる。

すると拍手の音が聞こえた。

「お疲れさん」

振り向くと、ディーズが手を叩きながらこちらへゆっくり歩いてきていた。

「……ディーズ……先輩?」

彼はニコニコ笑っている。

「いやぁ、ホントお疲れ」

「どういうことですか?」

「まぁまぁ、話は後で。俺が忘れる前に結果報告」

「結果報告……?」

ディーズは脇に挟んでいたバインダーを持つと、紙にペンを走らせる。

そしてシャルに聞こえるように言った。

「体力、普通」

シャルは小首を傾げる。

「……え?」

だがディーズはそれを無視して一人ブツブツと続けた。

「足の速さ、異常」

「……あの」

「剣術、初心者」

「……先輩?」

「判断力、中の下」

「……これは一体」

「行動力、良し」

「……どういう」

「落ち着き、なし」

「……ことですか?」

「知能」

ディーズは一度チラリとシャルを見る。

そしてハッキリと言った。

「バカ」

「なっ……」

ディーズはニコニコ笑った。

「決定」

そしてシャルを指差した。

「俊足無鉄砲バカ」

「はぁ!?」

目を見開いたシャルは噛み付くように言った。

「どういうことですか!何で俺が俊足無鉄砲バカなんですか!」

だがディーズは全く気にしない。あごに手を当てると目を閉じて何やら考え出した。

「んー……」

そしてシャルに向かって肩をすくめる。

「残念だが、君の希望していた捜査課には入れないな」

「え?」

シャルは訳が分からなく、目を丸くして口をパクパクさせている。

すると、呆れたような声が聞こえた。

「ディーズ先輩、ちゃんと説明してあげてくださいよ。困ってるじゃないですか」

ディーズはゆっくり振り返った。

ベージュ色のショートヘアに、赤縁の眼鏡をかけた女が立っている。

彼女を見るなりディーズは首を横に振る。

「面倒だ。任せる」

「また!たまにはこういう仕事もちゃんとしてくださいよ」

口を尖らせて言う女の方へ向かって行ったディーズは、彼女の肩に手を乗せる。

「警察官の本来の仕事は市民の安全を守ること。こういう仕事はやる気でねぇ」

「……でもディーズ先輩に任せられたことですよ」

「どーせ上だって俺がこんな仕事しねぇって知ってるさ」

そしてシャルを振り向くとウインクをした。

「じゃぁな、俊足無鉄砲バカ。また後で会おうぜ」

「なっ……」

シャルに文句も言わせず、ディーズはドアを閉めて去って行った。

「なんで自分が……」

ディーズに向かって発せられるはずだった悪態の言葉達を、口の中でブツブツと呟く。

すると先ほどの女が近づいてきた。

「ええと、シャル・レンダー君ね?」

「あ、はい」

彼女は微笑んだ。

「私はアカーシア・ターナー。ここ、ラベル警察署、密偵課の班長よ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

敬礼して答えたシャルに、アカーシアは苦笑した。

「ごめんなさいね。これはあなたをどの課に配属するか決めるテストだったの」

「テスト……ですか?」

「そう」

「でも、テストなら一ヶ月前に……」

「あれはあくまでも筆記試験。警察官に本気でなるなら受かって当然の試験よ。それよりも大事なのは今回行った実践のテスト。いくら知識を持っていても、行動に移せなければ意味がない。だから今回は、あなたの体力や行動力、判断力などを知るために試させてもらったの」

「じゃあ、全部嘘だったんですか?」

「ごめんなさい。あの男たちはバーチャル映像よ」

「バ、バーチャル映像!?」

シャルは慌てて周囲を見回した。倒れている男など一人もいない。自分の握っている剣にも、血は一切ついていなかった。

アカーシアは苦笑する。

「やっぱり夢中で気づいてなかったのね。剣で相手を斬った感覚がなかったでしょ?」

「そういえば……」

一気に体中の力が抜けたような気がした。

「じゃあ、先輩達は皆どこにいたんですか?」

「皆、寮にいたりいつも通り仕事をしたりしているわ。一階には誰もいないようにしてもらったけれどね。それで、ディーズ先輩があなたをここへ来させる役目を負っていたのよ。……でもあなたはあの時点で減点だったわ」

「どうしてですか?」

「だってあなた、不思議に思わなかったんだもの」

「え?」

「ディーズ先輩がどうしてあそこにいたのかってこと」

「……?」

首を傾げるシャルに、アカーシアは困ったように笑う。

「だって、設定では侵入者は手強くて、とりあえず人数が必要ってことになっていたでしょ?それなのに、ディーズ先輩は笑みを浮かべてあの場にいたわ。あなたはそれを不思議に思うことなく、彼にどうしてあそこにいるのか尋ねることもなくここへ来た。もしもその侵入者がディーズ先輩だったらどうするの?」

「あ……」

「警察官の格好をしているからって、誰でも信じてしまう。これは大きな減点よ」

「……」

「他にもあなたはいろいろ減点されてたわ。武器庫があると睨んだのはいいけれど、ドアの上にある『武器庫』って書いてあるプレートを見ずに無作為に武器庫を探し始めたこととか」

シャルは慌てて武器庫のドアの上を見た。確かに、白いプレートに黒い文字で『武器庫』と書かれている。

アカーシアは続けた。

「銃を持つ人を相手にするなら銃で急所を狙うのがいいのに、あなたは剣を手にとったこととか。あと、ここに警察官が誰もいないと気づいた時点でこれは何かおかしいと思うこととか。この部屋中にある監視カメラの存在に気づかなかったことも、推理力と観察力に欠けるっていうことになってしまう」

「でも、慌てていたらそんな細かいことまで気づきませんよ」

「それでは警察官は勤まらないわ」

「……」

「そもそも慌てていることからして大きな欠点よ。常に落ち着いていなきゃ」

「……すみません」

アカーシアはニコリと笑う。

「それじゃ、まず寮に行きましょう。あなたがどこの課に入るのかはこれから決まることだから、それまでは寮や署の中を見て回ってね」

「はい」

武道場を出て、更に警察署の裏へ行くと、数十の人たちがこちらへ向かってきていた。恐らく、寮で待機していた先輩達だ。皆、警官の制服を着ている。

彼らはシャルをチラチラと見ながら何やら話しをしている。中には声を掛けてくる者もいた。

「よう、新人。テストはどうだった?」

「……全然ダメです」

苦笑するシャルに先輩は皆笑った。

「気にすんな。俺も減点されまくったんだ」

皆はケラケラ笑いながら署へ向かう。

あんなものなのかな……?

シャルは目を丸くしながら遠のいていく先輩達を見ていた。

そのうち、大小二つの建物が見えてきた。

「あれが寮よ。大きい方が男子寮。小さい方が女子寮。私は男子寮には入れないから……」

アカーシアはキョロキョロと辺りを見回し、丁度男子寮から出てきた一人の少年に声を掛けた。

「ねぇ、クル。いいかしら?」

クルと呼ばれた少年は、眠そうな顔でこちらへ向かってきた。

ボサボサの銀髪に、褐色の肌。年はシャルと同じくらいだろうか。

アカーシアは彼に微笑む。

「この子、新入りなの。あなた今日仕事ないんでしょう?男子寮を案内してくれないかしら。部屋は631よ」

クルはその眠そうな目でシャルを見る。

「ふーん」

シャルは敬礼をした。

「シャル・レンダーです。よろしくお願いします!」

「俺、クル」

短く名前だけ名乗ると彼は男子寮へ向かって踵を返す。

「ついて来な」

アカーシアは小さく手を振った。

「ありがとう。じゃあ、頼んだわよ」

シャルはアカーシアに礼を言うと、クルの後に続く。

男子寮の中は広かった。様々な人が長い廊下を行き交っている。

「一階は食堂と風呂場があって、二階から部屋がある。一部屋二人から三人だ」

「はい」

シャルはクルの後ろで頷きながら答えた。

「先にお前の部屋に案内する」

そう言うと階段を上り、6階に着くとクルは右に曲がった。そして一つの部屋の前で止まる。

見るとプレートに『631』と書かれていた。その数字の下に名前が三つ書かれている。うち一つが自分の名前だった。

「三人部屋だから」

そう言ってクルはドアをノックした。

「はーい」

中から声が聞こえて、ドアが開く。

「なんだ、クル先輩か」

現れたのは、若い男だった。オレンジの髪をワックスで見事に逆立てている。右にある泣きボクロの上の、ワイン色の瞳が興味津々にシャルを捉えた。

「あれ?そいつですか?今日来る新人って」

「ああ」

「シャル・レンダーです。よろしくお願いします」

敬礼しながら言うシャルに、彼は軽く敬礼を返す。

「カーサ・レブン。ま、よろしく」

「はい!」

カーサはくすくす笑う。

「元気いいな」

するとクルがカーサに向かって手を上げた。

「じゃ、俺報告書提出してくるから。寮の規則とか全部説明してやって」

カーサは肩を竦めた。

「どーせ、ディーズ先輩、アカーシア先輩、クル先輩って回ってきたんじゃないんですか?」

クルは口の端を上げた。

「さすが捜査課」

そして彼は足早に去った。

「どーも」

彼の背にそれだけ言うと、カーサは脇に避けてシャルに道をあけてやる。

「ようこそ631号室へ」

「ありがとうございます」

中は大分汚かった。脱ぎ捨てられた服がそこら中に放ってあって、お菓子の袋もあちこちに散らばっていた。

「ちょっと散らかってるけどな」

カーサはドアを閉めると、物置状態になっていた二段ベッドの上を片付け始めた。

と言っても、置いてあった物をどけただけにすぎないが。

「シャルのベッドそこな」

「はい。ありがとうございます」

「ま、座れよ」

床に座ると、二段ベッドの向かいにあるシングルベッドにカーサは座った。

「さてと、なんかいろんな先輩に出会ったりテストのことがあったりできっと今頭ん中こんがらがってるだろうな」

「ええ……まぁ」

「じゃ、説明するか。まずは先輩の説明だな。今日は誰に会った?」

「ええと……ディーズ・レイト先輩と、アカーシア・ターナー先輩と、クル先輩と、カーサ先輩です」

「じゃまずディーズ先輩からだな。ディーズ先輩はこのラベル中央警察署の交通課班長だ。年は19って若いけど大分前からここにいるからほとんどの奴らから先輩って呼ばれてる。ちなみにここの上下関係はあくまで入った順番だからな。相手の年が下だからって敬語使わずに喋ると痛い目見るぞ」

「わかりました」

「次はアカーシア先輩。先輩は密偵課班長。年は知らない。聞いても教えてくれねぇな。クル先輩は十六歳で、爆発物処理課に所属している。手先がすっげぇ器用なんだ。で、俺は捜査課に所属してる。年は十八」

ペラペラと喋る彼の言うことを、シャルは必死に覚えようとした。

「まぁ、ここには200人以上の警官がいる。毎日いろんな奴に会って混乱するだろうけどそのうち慣れるだろ」

「はい」

「次はこの寮の規則だな。破ったら飯抜きとかいろんな罰が下されるから気をつけろ。まず、食事は食堂でする。この寮には俺達が仕事してる間に身の回りの世話をしてくれる、ヘルパーの女の子がいるから、料理はその子達が作ってくれるんだ。仕事とかで皆食べる時間はバラバラだけど、原則として朝夕とも6時から8時の間に済ませる。仕事で飯がいらない時とかはヘルパーの子に必ず言えよ。風呂はいつでも空いてる。掃除する午後2時から3時以外は使用可能だ。トイレは全部の階の廊下の両端にあるから後でチェックしとけ。原則として起床時間は6時で就寝時間は12時。まぁ、仕事でいろいろある奴はしかたねぇがな。……ここまでいいか?」

「あ、えーっと……はい。大丈夫です」

「まぁ、わかんねぇことあったら誰でもいいから聞けよ」

「あ、あの」

「なんだ?」

「ここって3人部屋ですよね」

「ああ」

「もう1人の先輩はどうしてるんですか?」

「仕事で昨日から出てる。今日の夕方には帰ってくるだろ。魔術課だ」

「魔法が使えるんですか?その先輩」

「ああ。……一応課についても説明しておくとだな、ここには捜査課、交通課、爆発物処理課、密偵課、似顔絵成作課、取調べ課、魔術課とかがあって細かくいろんな課に分かれている。それで、テストの結果や警察学校での成績など、いろいろな情報からから上司が判断し、それぞれ得意分野を生かした課に入ることになる。クル先輩はさっきも言った通り手先が器用だから爆発物処理課に入ったんだ」

「そうなんですか」

「お前は何の課に入るのか知らねぇが、ま、楽しみにして待ってな」

「誰がそれを決めるんですか?」

「総監だ。ラベル警察署の仕組みは、トップに3人の総監がいて、その下に10人の副総監がいる。その下にはそれぞれの課の班長と副班長、そして俺達がいるんだ」

シャルは頷いた。

「ここには課の他にも事務があるんだ。署の受付とか、大量の書類管理とかの仕事を事務の人達が負っている」

カーサは苦笑する。

「まぁ、いっぺんに説明してもわかんねぇだろうし、またそのうち説明してやるよ」

そして間を空けると突然身を乗り出してきた。

「こっちばっか喋ってんのも疲れるし、今度はシャルのこと教えろよ」

「あ、はい。自己紹介すればいいですか?」

「ああ」

「えぇと……。シャル・レンダー。十七歳です」

「……それだけかよ」

「あ……すみません」

カーサは小さく笑った後、急に真剣な表情になった。

「ところで、何で警察官になろうと思った」

「少しでも、世の中を平和にしようとしている人達の力になろうと」

その台詞を聞いたカーサは一瞬顔を曇らせた。

「世の中を平和に……ねぇ」

「え?」

「いや、何でもない。希望する課はどこだ?」

「捜査課です」

「へぇ、じゃあ一緒に仕事できることを願ってるぜ」

シャルは困ったように笑う。

「ありがとうございます……。でも、さっきディーズ先輩に捜査課には入れないって言われたんです」

「ああ……テストの結果か」

「はい」

カーサはニッと明るく笑ってやった。

「ま、気にすんなよ。ここには腐るほど課があるんだから、自分に合う所も一つくらいあると思うぜ」

「ありがとうございます」

カーサはスクッと立ち上がる。

「じゃ、こんな狭い部屋にいても退屈だろうから、署を案内するぜ。広いから迷子にならないように今のうちにしっかり覚えておけよ」

シャルは元気よく返事をした。

「はい」




ディーズは署のロビーにいた。ソファに座ってくつろいでいる。

「ディーズ」

声がかかって顔を上げると、少女が立っている。

赤茶のセミロングの髪の毛に、クリクリの大きな瞳。スケッチブックを持っているまだ幼い少女だ。

ディーズは彼女がどうしてここへ来たのか悟って、微笑んだ。

「よう、ルル」

ルルは輝くような顔をしてディーズの向かいのソファに座る。

「今日、新しい人が入ったんだよね?」

「ああ」

「ディーズその人に会ったんでしょ?」

「会ったぜ」

ルルはキラキラと輝く目で彼を真っ直ぐ見た。

「どんな人?」

ディーズは足を組み替え、背もたれに体をゆっくり預けて、あごに手を当てる。

目の前のルルはいつの間にかスケッチブックを開いてペンを左手に握っていた。

「そうだなぁ……。確か髪は割とクセ気のある短い銀色だったな。目は大きくもなく細くもなく、でも確か一重だった。顔は細くて小顔。鼻も口も普通の大きさだったな。全体的に見てもパッとしない普通の奴だったぜ」

他にも細かく情報を聞いたルルはサラサラとペンを動かしている。そして数分も経たぬうちに左手の動きを止めた。

「できた!」

ワクワクした顔でスケッチブックを反転させてディーズに見せた。

「こんな人?」

ディーズは、感心した。そこに描かれているのは、シャルそのままの顔だった。

「たまには、自分で答え合わせしてみたらどうだ?」

「え?」

ディーズはルルの後ろを指差した。

「ほら、あいつ。カーサの隣にいるやつがそれだぜ」

ルルは振り向いた。カーサとその隣に見たことの無い人がいる。ソファから飛び降りると彼の下へ駆け出した。そしてシャルの前で立ち止まる。

「こんにちは!」

大きな声で挨拶をする少女に、シャルはキョトンとしながら頷いた。

「こ、こんにちは」

彼女は笑顔で続ける。

「ルル・バート。似顔絵成作課です」

「シャル・レンダーです。よろしくお願いします」

敬礼する彼に笑いかけると、ルルは自分の描いた絵とシャルの顔を見比べた。そして満足そうに頷く。

「95点!」

「え?」

ルルはシャルの似顔絵のページをスケッチブックから切り離すと彼に渡す。

「あげる!ルルが描いたんだよ」

それを見たシャルは呆然とした。

「……鏡を見てるみたいだ」

横からカーサもそれを覗き込んでくる。

「へぇ。さすがだな」

ルルは嬉しそうだ。

「ディーズに特徴を教えてもらったんだよ」

そう言っていると、彼女の後ろにディーズが立つ。

「俺の観察力もなかなかなもんだろ。ルルの描いたそれ、まさしく俊足無鉄砲バカだ」

「俊足無鉄砲バカ?」

カーサとルルは首を傾げる。

シャルは思い出したかのように声を上げた。

「だからどうして僕が俊足無鉄砲バカなんですか!」

ディーズはうすら笑っている。

「そのまま。足が速いところが俊足。銃を持った男達に一人で、しかも剣で挑んでいくのが無鉄砲。目の前の敵を倒すことだけに目がいって作戦も何も考えないところがバカ」

それを聞いたカーサは大笑いする。

「テストの内容か。お前そんなことしてたのか」

シャルは顔をしかめる。

「たしかに言ってることは当たってますけど、何もそんなあだ名つけなくていいじゃないですか!」

するとルルが大声を出した。

「けんかはだめぇ!」

3人は彼女を見る。頬を膨らませて眉を吊り上げていた。

「けんかはダメ!」

シャルは素直に謝った。

「すみません」

するとディーズがしゃがんでルルの頭に手を乗せる。

「ダメなことないぜ。ケンカするほど仲がいいって言うじゃねぇか」

ルルはキョトンとしている。

「……あれ?」

彼女は左右に小首を傾げる。

「あれ?そっか……」

そしてニコリと微笑んだ。

「じゃあ、けんかはいいこと?」

ディーズは大きく頷いた。

「ああ。全然悪いことじゃない」

「そうなんだ!そっか!そうなんだ!!」

ルルは嬉しそうに笑うとトコトコと走っていった。

「ルルもけんかしてくるー!」

走り去っていく彼女を見ながら、カーサがディーズを睨んだ。

「ルルで遊ばないでくださいよ。後で絶対面倒なことになるんだから」

シャルもまたディーズに向かって口を尖らせる。

「まだ純粋な子供じゃないですか」

彼は肩をすくめた。

「俺間違ったこと言ったっけ?」

そしてやることがあるから、と手を振って去って行った。

「ったくあの人は……」

疲れたような表情で、ディーズを見送った。

シャルはルルの去って行った方を見やる。

「ルル先輩、大丈夫でしょうか?」

「俺知らねぇー」

そう言ってカーサは歩き始めた。

「次行くぞ」

「あ、はい」




署の中を隅々まで歩き回って、西日が差してきた頃、カーサがシャルを見る。

「こんなもんで案内は終わりだ。覚えたか?」

「……大体は」

シャルの苦笑いを見て、カーサはにこやかに笑った。

「まぁ、そのうち慣れるだろ。寮に戻るぜ。飯だ」

「はい」

そして署を出た。長く伸びる影を前に、2人は並んで歩く。カーサは鼻を利かせて、寮から漂ってくる美味しそうな匂いに満足そうに頷いた。

「今日の飯はハンバーグか」

「みたいですね」

笑いながらシャルは頷いた。

「ブロッコリー入ってなきゃいいけどな」

「先輩嫌いなんですか?」

「あれだけはダメだ。あんなもん人間の食い物じゃねぇよ」

「そうですか?美味しいと思いますけど」

「お前人間じゃねぇだろ」

「何ですかそれ。ひどいですよ」

冗談を言いながら寮へ入ると、皆食堂へ集まっていた。白いテーブルクロスの敷かれた長テーブルの上に、美味しそうなハンバーグや野菜サラダが並んでいる。

窓際の席に腰掛けると、皆は一斉にシャルの周りに腰掛けた。

「お前だろ?新人」

「あ、はい」

シャルの周りに座った先輩達はニヤニヤ笑う。

「聞いたぜ。俊足無鉄砲バカなんだってな」

「誰に聞いたんですか!?」

「ルルだよ」

「ルル先輩が!?」

「あいつお喋りだから気をつけろ」

「なかなかの行動派だからな。顔も広いしあっちこっちでいろんなこと喋ってるんだ」

シャルはため息をついた。

皆は一斉に笑う。

そんな時、シャルの真後ろで女性の大きめの声が響いた。

「はいはーい。楽しそうにお喋りしてるそこの皆さん。喋ってもいいけど食べながらね。早くしてくれないと後片付けがのびちゃうんだから」

クルリと振り向くと、そこには赤い髪をツインテールにした若い女の子が立っていた。

先輩の一人がニコリと笑う。

「ネアン。いつもありがとよ」

「そう思うなら早く食べてね」

口を尖らせる彼女に、先輩達は皆元気よく返事して一斉にハンバーグを口に運び始めた。

ネアンは皆のコップに水を入れて、そそくさと別のテーブルへ去って行ってしまった。

シャルは隣でブロッコリーをのけているカーサに尋ねた。

「先輩、あの子誰ですか?」

「ヘルパーだ。毎日俺達の生活を助けてくれてんだぜ。だから皆ヘルパーの子達に会うと礼を言うんだ」

「へぇ……」

「お前もちゃんと礼くらい言えよ。あの子達がいなきゃ俺らは飯食えねぇんだから」

「はい」

シャルはハンバーグを一口食べた。熱々で、柔らかくとてもおいしい。思わずハッとしたように動きが止まった。

カーサはそんな彼の様子をニヤニヤしながら見ている。

「新人が始めてヘルパーの子の飯食ったら、皆大抵そんな反応すんだよな」

「おいしい……」

「だろ?」

周りの先輩たちも頷いた。

「やっぱあの子達の飯って最高だよな」

「何回でもおかわりできるぜ」

そして先輩たちに続き、シャルもあっという間に完食した。

カーサと共に部屋に戻ると、ベッドの上に倒れこんだ。

「あー……おいしかった」

「ブロッコリー以外はな」

「ちゃんと食べました?」

「そんなわけねぇだろ」

「あーあ。ヘルパーの人たちが困りますよ」

「だから他の奴らにやったよ」

「うわー。ずるいですね」

カーサは皮肉っぽく言った。

「世の中はずる賢く渡っていくもんなんだよ」

すると、部屋のドアが開いた。

カーサが顔を上げてニヤリと笑う。

「ほら、ルームメイトのお帰りだ」

「え?」

シャルも顔を上げると、そこには警官の制服ではなく、紺色のローブを羽織って右手に長いゴツゴツした杖を持っている男が立っていた。三十代くらいに見える、背の高い髭面の男だ。

彼は一歩中へ入るとシャルに気づいたようで、不思議そうにカーサを見た。

するとシャルがベッドから降りて、敬礼しながらハキハキと言った。

「今日からお世話になります、シャル・レンダーです」

男はああ、と頷いた。

「そうか。俊足無鉄砲バカとは君のことか」

「……へ?」

彼は慌てて両手を横へ振った。

「いや、すまない。さっきルルに会ってね。突然ケンカしようと言われて驚いたよ」

「それ、ディーズ先輩のせいだぜ」

男はにこやかに笑う。

「ケンカは進んでするものではないと教えておいたよ」

カーサはニヤリと笑った。

「で、そん時にあのお喋りがシャルのことベラベラ喋ったってわけか」

カーサが言うと、彼は頷いた。

シャルは大きくため息をつく。

すると男は杖を左に持ち変えて右手を差し出した。

「私は『お人好しバカ』。魔術課だ」

「え?」

キョトンとしているシャルに彼は笑った。

「私もディーズにあだ名を付けられたんだ」

「お人好しなんですか?」

それにはカーサが答えた。

「すっげぇんだぜ。もうかなりのお人好し。いつか騙されて自滅しねぇか心配なくらいだ。お前も一緒に生活してりゃわかるよ」

「へぇ……」

そこで男は改めて自己紹介をし直した。

「レイマン・ダラーダだ。よろしく」

「よろしくお願いします」

レイマンの大きな右手を握ってシャルは微笑んだ。

「レイマン先輩、魔術課なんですよね?」

「そうだ」

「魔術課って、具体的にはどんなことをするんですか?」

「魔術課は、人の手に負えなくなった事態を魔法の力で沈めるために作られた課だ」

「人の手に負えなくなった事態……ですか?」

「ああ。例えば、どこかで山火事が起こって一刻も早く火を消さなければならない時とか、どこかでハイジャックが起こった時に飛行中の飛行機の中に侵入する時とかだよ」

「じゃあ、今回もそんな大変なことがあったんですか?」

レイマンは笑いながら首を横に振った。

「いや。今回はビルに大量の爆弾が仕掛けられたから、その被害を抑えるために私たち魔術課が用意されていたんだ」

「それで?」

カーサが先を促すと、レイマンは微笑んだ。

「その爆弾は偽物でね。私達が動くこともなく、犯人も捕まったよ」

そしてローブを脱ぐと、ニコリと笑う。

「今日はシャルの歓迎会をしなくてはならないな」

「いえ、そんな」

「賛成!」

カーサは大声で言うと、部屋の隅にあった棚と冷蔵庫からお菓子と酒を出してきた。

シャルは目を丸くする。

「お酒!?いいんですか?」

レイマンは右手で顔を覆った。

「違反だ」

そしてカーサの手から酒を取り上げる。

「あ」

「未成年が何をしている。だいたい酒は次の日が休みでない限り飲んではいけないだろう」

「大丈夫だって。アルコール度数低いから」

「そういう問題ではない」

そして酒を冷蔵庫に戻すと代わりにジュースの瓶を三本とって来た。

カーサはつまらなさそうに口を尖らす。

「先輩、お酒飲んだことあるんですか?」

シャルの問いに、カーサはニヤリと笑う。

「美味いぜ」

「……警察官ですよね?」

「仕事してる時だけな」

「屁理屈ですね」

「知らねぇ」

ニヤニヤ笑って言うカーサに、シャルも思わずつられてしまう。

レイマンは瓶のふたを次々と開けていき、二人の前に置いた。

3人はそれを手に取って高く掲げる。カーサが楽しそうに言った。

「新入り、シャル・レンダーの入署を祝って」

皆はそれぞれ瓶をぶつけ合った。

「乾杯!」

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