一年目 四月 サン☆イチ始動。
外は静かに風が吹いており、春を感じさせる爽やかな気温だ。
先日高校の入学式を終え、今日から本格的な登校日の俺にとってはこの静かな風さえも、なんとなく自分の背中を押してくれているような気がしていた。
自分の格好を上から眺めていると
ようやく俺も高校生か。
なんて自覚も湧いてくる。
「よし、今日から高校生活だ。がんばろ」
そう小さく呟き頬を軽く叩いて気合を入れた俺は自転車に跨り、これから三年間過ごす学校へ颯爽と向かった。
学校に着くまで、いろんな事が頭の中を巡った。
ちゃんと友達はできるのか。
問題なく卒業できるか。
もしかしたら可愛い子とかと仲良くできるんじゃないのか、とか。
いろんな思いを胸に秘め、ワクワクしていた。
そのワクワクが自分の脚にも伝わってか、普段に比べて自転車を進めるスピードも気持ち早い気がする。
まずは友達だ、中学の同級生がいない以上友達作らなきゃ楽しくやっていけない!
と、今日の第一目標を立てた。
「おはようございまーす」
「おはようございます!」
校門に立っていた先生に朝の挨拶をされた俺は、元気良く返した。
この調子でみんなにも積極的に話して行こう。
自転車を止める為に駐輪場に向かったらそこには、どちらかと言えば制服を着させられているという表現の方がしっくりくる人がたくさんいた。
多分同学年だな。
そう確信した俺は挨拶をしてまわった。
自転車を止めてる人にも
立ち話している人にも
眠たそうにしている人にも
「おはよう!」
男女問わず、誰彼構わず挨拶してまわった。
気分はさながらアニメの主人公のようだ。
慌てて返事をしてくれる人もいたけど「なんだ? こいつ」と言いたげな目をした末無視という人が大半だった。
だけどそれでもめげない、俺の高校生活のためだ。
どこにも説明が書いていないため、とりあえず適当に玄関の空いているロッカーに靴をしまった俺は自分のクラスがどこかを確認するため、廊下に張り出されている振り分け表を見に行った。
「ほー…….A組か」
「え、君もA組なん?」
そう聞こえた方へ目をやると
とても高校生とは言い難いようなやつがそこにいた。
だって手に板チョコ持ってるんだもん。
「そうだけど……君も?」
「マジか! 俺もA組やけんよろしくね!」
こちらに笑顔を向けながら聞き慣れない方言を使い板チョコの彼はそう言うと、小走りでどこかへ消えて行った。
変なやつがいたもんだなぁ。
とは思ったけど面白そうなやつもいて
この高校選んで良かったかも! とも思えた。
ちょっと嬉しくなった俺は早速、自分のクラスへ足を運んだ。
席順はあいうえお順で、自分の席は真ん中の列で割と後ろの席だった。
「今日からこの席かぁ、位置は中学とあんまり変わらないな」
中学の時とさほど変わらない机。
これからお世話になるであろうこの机が頬ずりしたくなるくらい凄く愛おしく感じられる。
とりあえず机をひたすら手で撫でることにしといた。
「よーしよしよしよし」
「お前なにやってんねん……」
「だってこの机がなんか可愛く思えちゃってさー……ん?」
身長は高く黒髪で爽やかな短髪の男が、奇妙な物を見るような目でこちらを見ながら俺の目の前に立っていた。
「べ、別に何もしてないよ。懐かしいなーって思ってただけで」
「なんか机撫でるやつもおるし、板チョコ持ちながら歩き回るやつもおるし、この学校どうなってんのや……」
関西なまりの彼は呆れたような声でそう言うと、俺の後ろの席に座った。
こいつの席ここなのか。
「板チョコの人知ってるの? 俺もさっき会ったよ。すげえニコニコしてて変なやつがいたもんだなーって思ったけど」
「お前も大概やで、机撫で回してるやつ初めてみたわ」
「撫で回してないから!」
否定することで精一杯だった。
変に言い訳すれば入学早々変な性癖を持ったやつに思われ兼ねないからだ。
「君、関西出身なの?」
「あんま話しかけてくんな、俺まで変態に思われてまうやろ」
どうやら彼への第一印象は最悪な物となってしまったようだ。
しかし誤解を解かないと今後に響く。
「だ、だからあれは……」
「あー! さっきの!」
なんだなんだ随分忙しいじゃないか。
まだ授業は始まってないはずだ!
「なんしようと? 俺も混ぜて!」
先ほどの板チョコの彼がこちらに気づいたようで、笑顔を向けながら向かってきた。
もちろん板チョコも一緒に。
「おー、なんかこいつ机撫で回しててな。やめた方がええでって言い聞かせてたとこや」
「え……それはちょっときもいよ」
「違うから! たまたまそう見えただけだから!大体君だって板チョコ持ってるじゃないか!」
話をそらさないと終わりが見えない。
入学早々変なやつ認定されてしまった……。
「これ?板チョコのフィギュアやけど……持ってきたらダメやったとかいな?」
こいつも独特な喋り方だなー。
そもそもチョコのフィギュアって……。
売ってるのか?
いや、俺が今気にするべきはそこか?
「甘いもの好きやけん本当は本物のチョコ食べたいけど、学校にいる間はこれで我慢しなさいってお母さんに渡されたっちゃんね」
「ちょっとまてや、お前んちどうなってんねん?」
ますます収集つかなくなってきた。
ただでさえ、こいつらが何喋ってるか分かりづらいのに……。
「ま、まって。まず自己紹介しない? 何も分からないまま盛り上がり過ぎて話についていけてない俺」
俺がそう提案すると板チョコの彼はニコニコしたまま頷き、関西なまりの彼は不貞腐れながらも了承してくれた。
「じゃあまず俺からね。俺は萩宮 優、よろしく」
「俺は服部 紫郎やで」
「俺は宇川 恵太!」
関西なまりの彼は服部 紫郎。
板チョコの彼は宇川 恵太というらしい。
「シロちゃんと、優って呼ぶけん! よろしく!」
「誰がシロちゃんやねん!」
「う、うんよろしく」
騒がしくなりそうだ。
けど、第一目標の友達作りは上手くいったかな?
……こいつら友達と言えるのか?
「で、服部は関西生まれだって分かるけど、宇川はどこ生まれなの?ちょくちょく方言出てるけど」
「福岡出身よ、福岡の割と都会の方におったけんそんな方言バリバリやないけどね!」
自慢げに胸を張り彼はそう言った。
まぁ確かに聞き取りづらくはあるものの、なんとなく言いたいことは分かる。
意味が分かるあたり、まだ救われてる方か俺は。
そんなこんなで雑談をしていると、チャイムがなった。
そのチャイムと同時に教室の扉が開き、おそらく一年間お世話になるであろう男性の先生が入ってきた。
「はい、じゃあみんな席について」
先生のその一言で宇川も自分の席に戻り
他のクラスメイト達もそれぞれ自分の席に着いた。
「みんな席に着いたね、よし。
じゃあまずは自己紹介からかな。私の名前は、担任乃 先生といいます。決してボケてはいません」
黒板に白のチョークでそのまま
『担任乃先生』と書きながら先生は名乗った。
嘘だろ……。
いくら先生とはいえその名前は……。
もちろん周りもガヤガヤし出したが、その声を無視したまま担任乃先生は話し続けた。
「えー、皆さんそれぞれ違う中学から新しい環境というこの学校にきて、まだ不慣れなところもたくさんあるかとは思いますが、しっかり友達を作り、しっかり勉強に励み、そして無事進級する事を目指して、この一年共に頑張って行きましょう。先生からは以上です。」
非常にさっぱりした挨拶ではあったが
教壇に立って表情を少し緩ませながらそう話した先生を見て、この先生良い人かもと思えた。
こうして、俺達の高校生活は幕を開ける。
服部、宇川、そして担任乃先生。
それぞれ個性が強すぎる気もするが、うまくやっていけそうで安心できた。
「先生!チョコって持ってきたらいかんと?」
クラス中の視線がその声の方に向いた。
もちろんその中の一人は俺。
宇川……。
ダメに決まってるだろそれは……。
「えー、宇川君に限り許します」
「なんっでやねん! おかしいやろ!」
「えーっと……服部くんかな? 静かにしなさい」
「やったー! チョコ食べれる!」
俺の希望は崩れ消えて去っていった。