3
兄ターンです
朝起きたら異世界だった。なんだその漫画の様な話は!?
だが場所が変わろうと世界が変わろうと、俺がすべき事に違いはない。家族を護る!うちの可愛い妹に何かあったら大変だ。
大きな瞳と愛らしい唇、肩に掛かるふわりとした茶色い髪は、最近、上の妹と一緒に行った美容院で整えてもらったらしい。過保護と言われるかもしれないが、10歳下のこの妹を小さい頃からあやし、面倒をみてきたのは自分なのだ、過保護で何が悪い!!食事もおむつも風呂も添い寝も全部俺がしてきた。異世界だか何だか知らんが、妹はお兄ちゃんが護るぞ!
妹が玄関の雪囲いの中に避難したのを確認し、手に持った石をオーバースローで投げつけた。鈍い音と共に緑の小鬼の額に命中する。良かった、まだ感は衰えていない。結構な威力があったと思うのだが、ふら付きながらも未だ威嚇してくる緑の小鬼に向かって、2球目を投球―――僅かにそれたが、耳元を掠めたらしい。
ガラス張りの雪囲いの中から様子を伺っている妹に、家の中に入るように言い付け、玄関の傘立てから、先端が金属製のピンク色の傘を抜き取った。確か上の妹、静の物だ。
ブランド品らしいので、この場にいたら発狂するように怒るかもしれない。
小鬼がいる草むらの方へ、傘で威嚇しながらゆっくりと歩を進めると、小鬼が持った木の棒を傘の先端で弾いて落とした。最初の一撃が脳を揺さぶったていたのだろう、ちょっと痙攣しているようで、緑の小鬼は簡単に棍棒らしきモノを取り落とした。野球の硬球でも死亡するケースがあるくらいだ。拳大の石が直撃したのだから、まあ無事では済まないと思うが…
既に戦意をなくし脅えた表情の小鬼は100センチあるかないかの身長なので、185センチの自分を見上げるようにしている。
ああ、駄目だ。そんな脅えた表情をしても、余計に甚振りたくなるだけだから。
しかし、この小鬼…どう処分すればいいのだろう?
「忍兄ぃ!!」
妹の声に振り返れば、どこに潜んでいたのか?別の小鬼が、ガラス張りの雪囲いの方へ向かって走っているのが見えた。
ちっ!!だから、家に入ってろと言ったんだ。
慌てて駆け戻るが、以外に俊敏な緑の小鬼はすでに玄関口に到達し、雪囲いの中でへたり込んで座っている妹に向かって棍棒を振り上げた。
―――キィィィィィィィン
金属音の様な響きと共に、あたかもまるで其処に透明な壁があるかのように、そしてハッキリとした拒絶を示して小鬼が跳ね返された。
一体、我が家の風徐室はいつから雪風以外も防げるようになったのか?
後ろに転がった緑の肉塊を上から見下ろすと、その腹目がけて遠慮することなく蹴りあげた。ぐぇぇっと何かを吐きだしながら蹴り飛ばされる小さな生き物。爪先から嫌な感触が伝わり、肋骨にひびが入ったのだろうと分かった。人相手じゃないし、遠慮しなくて良いだろうと、再度蹴りあげると、大きく後ろに身体が飛ばされ、ぴくりとも動かなくなった。
「お……お…にぃ……」
流石にこれは刺激が強かったか?妹が半泣きで……いや泣いてないな。なんだかとても楽しそうだ。
「きゃぁぁん♪す、凄いね!凄いね!!ホントにモンスターとかいるんだね?ファンタジーだね?ってか忍兄ぃ、チートな能力にとか目覚めてないよね?でもあのゴブリン、地元のヤンキーより弱いって何!うけるぅー。ああでもオークとかじゃなくって良かったぁ。あっドラゴンとかもいるのかな?」
妹よ…お前は兄をドラゴンと戦わせるつもりか?
「…ゴブ?……ああ、あれがゴブリンってやつか。あれよりも孝弘との方が苦戦した」
「それ、モンスターじゃなくて、静姉の彼氏だから。そんでもって、自分の親友でしょうが!」
「…雫?…ところであのゴブリンってやつは食えるのか?」
「……さあ、私はあんまり食べたくない。でも、わさびの餌になるかなぁ?ほら緑色だし、わさびっぽい?」
「――焼くか?」
「うん、おなか壊したら大変だしね♪」
とりあえず倒した2匹のゴブリンを回収しようとしたところで、蹄音に交じって、ガチャガチャという金属音が聞こえてきた。東の方角から朝日を背に、馬に乗ってこちらへ向かって来る人影が見える。どうやら、こちらの世界の人間たちの様だ。
ゴブリンはそのまま放置し、不思議と安全な風除室の中に妹を押しこむ。自分よりも30センチは小さい小柄な妹が、自分の背中越しに外の様子を伺っている。
そこへやってきたのは、物語に登場しそうな、まさしく騎士という男達が6名と、長いローブの様な服を着た男だった。