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我が家は古い木造住宅を、5年前に改築したばかりの5LDKだ。とはいっても、その翌年には家主である祖父が他界し、更に翌年には叔父が海外転勤となったため、以降は兄の忍、姉の静、私こと雫、そしてトイプードルのわさび、3人と1匹暮らしだ。
5年前の改築で、古いというよりボロかった日本家屋は、和モダンな内装、オール電化でバリアフリー、屋根にソーラパネルが付いた太陽光発電システムという、エコな生活空間に生まれ変わった。
因みに、うちの両親'Sは、私がまだ幼いころに離婚し、その後それぞれに再婚した。元から育児放棄気味だった両親に代わり、私たちを育ててくれた祖父と叔父が、我が子の様に私たち兄妹を可愛がってくれたのは本当に有難い話だ。
現在は、祖父の後を継ぎ整体士として開業した兄が、この家で整体院を営んでいる。元々は高校を卒業後、地元のホテルで勤務していた兄だが、とある事情で仕事を辞め、自宅で仕事をするようになった。
実は、兄が仕事を辞めたのは私の事が原因だ。高校生活で陰湿な虐めにあい、それ以来、私は家に引き籠っている。かれこれもう4年だろうか。
当時、部屋に引き籠り、家族さえと会話しない私を、決して責めようとはせず、ただ傷が癒える様にと傍で見守ってくれた。情緒不安定な私と老いた祖父を2人きりで留守番させる事を懸念した兄は、仕事を辞めて祖父について整体士の勉強をし、開業したという訳だ。
しかし、私は知っている。
兄が何故ホテルの仕事を辞めたのか?そのもうひとつの理由を…
私の兄は185センチの引き締まった身体に美しい容姿をしている。濃い茶の瞳は長い睫毛に縁取られ、涼やかな目元やキリリとした口元、妹の私が羨ましくなるほどのサラサラ☆キューティクルヘアは黒々と艶やかで、そこはかとなく漂う色気がある。そう兄の見た目は凄ぶる良い。そして兄は来る者を拒まない。一言でいえば節操がない。勤め先でもアプローチしてきた同僚に手を出した。同期の男の子も、フロントの可愛い女の子も、サブマネの色っぽい先輩も、新人の後輩君もだ。それ故「博愛主義者だ」「据え膳食わぬは男の恥だ」と男女問わず愛を語らった挙句、修羅場となって仕事を辞めた。ほんとうに節操がない。
だが、この事件が姉の何かに火を付けた。禁断の世界へ一歩足を踏み入れた姉の静は、以来、市役所に勤める傍ら、毎夜毎夜腐った本の制作に勤しんでいる。その制作作業に度々駆り出される私だが、一度、静姉の彼氏(※兄の同級生)と忍兄のカップリングで腐った本を描いていたのには驚いた。自分の彼氏や身内まで、糧にして腐を極めんとするとは。我が姉ながら恐ろしい子…
御蔭さまで私の脳内もすっかり腐ってしまった。ビバ☆腐妄想
我が家は1階にあった祖父の部屋を整体院として使用しいる。1階のもうひと部屋は海外へ行った叔父の荷物がそのまま残されている。2階の3部屋は私と兄姉それぞれの自室だ。1階のリビングダイニングには、天井すれすれまで高さのある大きな本棚が2つ並び、私達姉妹が収集した本やら漫画やらでぎっしり埋まり、兄の仕事用とは別にプライベート用のパソコンが鎮座している。遊びにきた姉の彼氏は「ここは漫喫かネカフェか!?」と呟いていた。
その日の晩は夜中に大きな雷が鳴っていた。愛犬のわさびがキャンキャン吠えていたので、私の自室で一緒にぐっすり熟睡。
早朝、携帯のアラームで目が覚めた。ディスプレには6時の文字。ベッドから起き上がり、部屋の明かりを付ける。あれ?付かないぞ、停電か?昨夜の雷かな?ブレイカー落ちたか?ま、後で兄に見てもらおう。寝巻き代わりのジャージ姿で階段を降りる、朝のわさびの散歩は私の日課だ。引き籠り生活リハビリ中の私が外出するのは、兄と行く近くのコンビニか、愛犬わさびのお散歩くらいだ。薄暗い中、わさびにリードを付けてマナーバック(うんち入れるやつね)を持つと、玄関の引き戸を開けた。
「…………は??」そのまま引き戸を閉めそうになった。
ぽけーっと早朝の空に薄っすらと残っている月を見上げ、最近はまって呼んでいた小説投稿サイトのお気に入り小説を思い出した。
「異…世界…トリップ?………」
空には大小2つの有明の月がぽっかりと浮かんでいた。