私のもやしさま。
私には彼氏がいる。お世辞にも格好良いとは言えない。
彼は出不精だから肌の色が白い。病人みたいに白い。そして必要最低限の筋肉しか無いから、細くてひょろひょろしてる。もやしみたい。でも、もやしはもやしでも優しいもやし。………知ってる? もやしって、萌やしって書くの。彼は可愛いところがあって、凄く萌える。どこに萌えるのかは、秘密。ライバル出来たら嫌だから。
彼の趣味はアニメを見たり、ゲームをすること。所謂、オタクってやつ。趣味に没頭すると構ってくれなくなるから彼の趣味は嫌い。でも彼が楽しそうだから、毎回、まあいいかって思っちゃう。彼に甘いのです。
最近では、アニメを一緒に見ることもある。見てる間はくっついてても怒ったりしないんだ。普段だと、怒る。恥ずかしいから、って。………付き合ってるんだから、別に良いじゃんか。
「俺、浮気するから」
つい先程、大好きな彼がびっくりすることを言い出した。
「………え? 何て?」
「俺、浮気、する」
聞き間違えかと思って聞き返すと、まさかの答え。
浮気する、だなんて、彼女に宣言する人がいる? ………ここにいるのか。嘘だよね? でも、断言されちゃったし………。もしかして、私が嫌いになった? いや、でも、ほら。“浮気”って言ってるし。一番は私ってことだよね? 私が一番好きってことだよね? ん? そういう問題じゃない気がする! あ、そうだ! 浮気ってことは他の女の人とも付き合うってことで………。
「えっと………。どうして?」
「え? 飽きたからって理由以外、なんかある?」
飽きた! 私に? でもでも、浮気って言ったって、相手が必要だよ? そう! そうだよ! 彼にそんな相手がいるとは思えない。イケメンではないし、頭も良くないし、性格………は優しいけど天の邪鬼なところがあるし………。いや、そんなところも可愛いんだけどね。って、ああ! そうじゃなくて。えっと………、ひょろひょろだし、彼女より新作ゲームを優先するし………。再来月も何か買うって言ってたっけ。むー、また嫉妬に狂う日がくるのか………。三日に一回は相手してくれないと死んじゃう………。
「んじゃ、ちょっと行って来るわ」
的外れなことを考えていると、彼が行ってしまった。パタン、と閉まったドアの音………。
本当に行っちゃった………? 相手は誰なの? 飽きたって、どうして? 私だけじゃ駄目なの? 女の子と恋愛するゲームとか、えっちなゲーム禁止って言ったから? ………だって、あれする位なら私とすれば良いじゃんか。コスプレだって言われたらしてあげるし………。彼のマンションに一緒に住むようになってから、彼としたことはキスだけ。………奥手なんだから。そんなところも可愛いけど!
………手を出す程の魅力がないってことなのかな? 私、可愛い方だと思ってたんだけどな。結構モテるし。頭も悪くないし。………はっ! 性格? 性格の問題? もしかして、私、重い? 私といてもつまらないとか?
なんか涙出てきた。
「………追いかけなきゃ」
やっと追いかけるという選択肢が頭に浮かび、ふらふらしながらドアを開ける。ドアを開けても、彼はもうそこにいなかった。周りを見渡してもいないというのであれば、近くにはいないということだろう。考えている間に時間が経ったのか、彼が急いで行ったのかはわからない。
普段彼が行動するときの速度は驚く程に遅いのだか、新作ゲームを買うときの彼の歩く速度は異常だ。普段の様子から考えると、あり得ない位に速い。早送りで見てるみたいだ。そんな彼が、私から離れるために、浮気相手に会うために、ゲームを買うとき並の速度で急いだのかも知れない。
そこまで考えたら、涙が出てきた。
「………うぇぇぇん」
泣きながら弱々しくドアを閉めた。
今追いかけるとすれば、部屋に鍵をかけないまま行くことになる。そんなことは出来ない。泥棒が入ってくるかもしれないし、何より、彼に怒られる。前にやって二日口を利いてくれなかった。浮気すると宣言された今、そんなことをしては捨てられる。そう思っての行動だった。
これからどうしよう? このマンションから追い出されるのかな。浮気相手と住むから出ていけって言われるのかな。追い出されないにしても、私は彼の浮気に耐えることが出来るのかな。………きっと無理。
彼が帰ってきたら、縋りついて泣き叫んでみようかな。行かないで、ここにいて、って。
ああ、どうしよう。何をするか、何をするべきかがわからない。かと言って、こんなところで座ってただ泣いてるだけというのも私らしくない。私は元々、迷ったら行動する派なんだ。
そうだ。連絡しよう。携帯、携帯………。あれ? 彼のスマホがテーブルの上にある。忘れていったな、あのもやしめ。自分は私にいつも持ち歩けってうるさい癖に。もやしが持ってなくてどうする。なんか腹が立ってきた。あほもやし。どじもやし。
………帰ってきてよ。
「ただいまー。うおっ!? なんでそんなところに座ってんの? ………え、泣いてんの? 誰に泣かされた? 肉体的には無理でも精神的にはやり返せなくもないかも知れないから話してみ?」
ぽかん。
あれ? もやし?
びっくりして、涙が引っ込んだ。
「え、何その間抜け面。初めて見た。泣いてたんじゃなかったの?」
「あほー――――!!!」
間抜け面ってなんだ、間抜け面って。私が色々考えてたのに、何でもないような顔してけろっと帰ってきやがってこのもやしめ。
「え、ちょ、ま、痛い! 痛いから殴んなっておま、なんで泣いてんの、痛い痛い痛い痛い」
「ふんだ。この、もやし。もやし。もやし。もやし! 浮気相手と会わせなさいよー! いっぱい考えたけど、やっぱり浮気なんて認めないんだから! もやしの彼女は私なんだからー!」
「ちょっと待って、タイム、タイム! 勘違いしてるって!」
そう言いながらはもやしは私の動きを止める。
くそう、もやしの癖に。ひょろひょろの癖に。どこにそんな力あるんだよ。………指、綺麗だなあ。爪の形も綺麗だなあ。きりっとしながらも困り顔のもやしってば、格好良いなあ。普段は可愛いもやしなのにギャップ萌えだよ、もやし。流石私の萌やしだね。きゃっ。
「………おい、咲。落ち着いたか?」
「はっ! 怒ってたのに萌えさせるとは、流石私のもやし!」
「うん、暴走中だな。もういいのか?」
いいって、何が? ………あっ!
「浮気相手! 勘違いって何!」
「ちょ、殴んなって。ほら、これこれ」
これと言われた先には、袋に入った彼の大好きなもの。
「………ゲーム?」
「そう! 俺、決めた会社以外のを買うのは浮気だと思ってる」
………え? ってことは、だよ?
「まさか、浮気って、浮気相手って、これ?」
「そう!」
………。……………………………………………………………………………………………………………………………。
「あほー―――――――!!!!!!! マンション出ていかなきゃかもな、とか! 捨てられちゃうかもな、とか! 考えたのに! 何、それ! 無駄にいい顔で言わないでよ! 萌えるでしょ!ああ、もう! 考えて損した! あほもやし!」
止まったと思った涙がぼろぼろ出てくる。
よかった。浮気相手、いなくてよかった。
「………はあ。ごめん、ごめん。でも、ちょっと考えれば分かることだろ? 俺に浮気とか出来ると思う?」
「無理。もやしモテないもん。浮気する相手がいないもん。私の友達とか知り合いに聞いてみても、もやしは精々いい人止まりって言ってたもん。寧ろ付き合える私が凄いって言ってたもん。友達ならいいけど恋愛感情は持てないって言ってたもん」
「え、俺、そんなにボロクソ言われてんの? いや、いいけどね………。まあ、でも、そんな認識なら疑わずにどーんと構えてれば良かったんじゃ………」
「無理。宣言されたし。もやし、私に全然手を出してくれないし。キスしてくれたのだって、数える位だし。それに、もしかしたら、私以外にももやしに萌える人、出てくるかも知れないじゃんか。」
「いや、あの、えっと………。俺相手にそんなこと言う人、そうそういないってか、咲位なもんだから」
手を出すってところはスルーしたよ、このもやし。………それにしても、もやしに萌えないなんて、他の人は人生損してるね。可愛いのに。可愛いのに。今なんかも、ちょっとたじたじな感じがもうなんか最強に萌えるっていうかなんて言うか。まあ、もやしに萌える人増えたら困るから損しててもらいたいね! 私の萌やしだから!
ん? そう言えば今って結構いい感じじゃない? 泣いてる私プラス泣かした自覚有りのたじたじなもやしイコール我が儘きいてもらえる!?
「………もやし!」
「はい!?」
声裏返った。可愛いな、流石萌やし。私のツボを押さえまくってる。
「ぎゅーってして」
私は手を広げてもやしに近付いた。
「え、あ、お!?」
狼狽えるもやし。
「ぎゅーして。抱き締めて」
顔を赤くしながらも、恐る恐る背中に手を回すもやし。気が小さいのに、普段は気が強い感じに振る舞ってるもやしは、こういうことするとなると途端にたどたどしくなる。可愛いなあ。
「ねえ、もや………健人くん」
「な、なに」
「これは私のだよーって分かるように、豆もやしって紙に書いて背中に貼ってもいい?」
「嫌だよ! 意味わかんないし、なんの苛めだよそれ!」
「もやしはもやしでも、豆付いてるもやしって、私、好きじゃないんだよね。豆つきって何となく彼女いるって気がしない? ナムルのもやしって豆つきじゃんか。彼女付きだよね」
「しないし、意味わかんないよ………。ごめん、本当に俺が悪かった。謝るから許してください」
「………今日、一緒に寝てくれる? 抱き枕になってくれたら言うことなしかなあ?」
にこにこしながら言うと、小さい声でわかったよ、と言ってくれた。言わずもがな、顔が真っ赤だった。萌えた。燃えた。萌えた。
その日の夜。愛しの萌やし様は大層我慢してらした。手を出してもいいんだよー、と言うと、大学卒業してちゃんと働いて責任取れるようになるまで出さない、とおっしゃった。早口言葉みたいに言うものだから、三回は聞き返した。萌えた。
………ただのヘタレでも奥手でもなかったのか。流石私のもやし様だなあ。
お疲れ様でした




