第3話
あいつが、フィフィテスタルアルクが引きこもったと聞いた時はやっぱりかと思った。
なにより大切にしていた番を失ったあいつは目に見えて弱っていた。
それこそ我が生まれたばかりの頃から変わらなかったあいつが今まで調子を崩したのは番を見つけた時ぐらいだ。うかれたフィフィを見て腰を抜かす輩が多くでて、医務室が満員になった程だ。それほどあいつは変わらなかった。
だから恐ろしかった。あいつが番を失った時が、我は恐ろしかった。
馬鹿なことをしてでもあいつの気をそらしたかった。少しでも、いいから。
部下を連れてあいつの住み処に強襲をかけた。
我が知る中で、あいつと互角に殺り合えたのは我の親父殿くらいだったと記憶している。もちろん勝てるはずはないのだ。
叩きのめされる部下達を見て、我は疑問を感じた。手加減をしている。いつもなら殺さない程度のそれが、更に抑えられている。
問い詰めに問い詰めると、あいつはありえないくらい嫌そうに答えた。
卵だと。
番が、卵を残してくれていたのだと。
我は喜んだ。あいつの目には生きる意志がある。卵の、我が子のために、あいつは絶対に生きる。
嬉しくて、はしゃいで調子に乗ってぶっ飛ばされた。
子供の頃の服はすべて女官長の手で保管されている。フィフィの子に持っていくと伝えたら嬉々として用意してくれた。
先日のような同タイプのワンピースばかりではつまらない。
あいつはこういったことに疎いからな。
まさか幼竜がヒューマンの姿で生まれるとは思わなかったが、あれは確かに竜の子だ。
ある程度成長して生まれてくる幼竜だからか、ヒューマンの姿をしたふたりの子は10歳くらいの姿をしていた。
あいつの娘の方。あれは興味深い。
我の目はヒトの本質を、魂を視る。
幼い竜族の魂とヒューマンに近い魂が寄り添うようにあり、竜族の魂にヒューマンに近い魂が僅かに繋がっていた。
本体は竜族の方で、ヒューマンに近い方は切り離し途中といった感じだった。切り離された先から微かに消滅しかけていたようだが、本格的に消滅が始まる前に止められてしまったのだろう。しかしほとんど切り離しが済んでしまっていたため、本体に戻ることもできず、魂の記憶が蘇ってきてしまった、といったところか。
幼竜を見守る目は優しく、我が子か孫でも見ているようだった。記憶にある姿をとったのだろう彼女は、あまり見かけないのっぺりとした顔立ちに黒い髪、薄い茶色の目をしていた。肌は黄色っぽく、もっちりと柔らかそうだった。
我の知るどの女よりも目立たなく、良く言えば慎まし彼女は、同じであるはずの幼竜にはない何かを、確かに持っていた。
「キーリトシリュクス」
“二面の影に立つ”と言う名の女神がいる。元々は一人の女神だが、いつの間にか表と裏に分かれ、二面を持つ女神として2つの名を持ち奉られるようになった。ぴったりではないか。
我の目を見て噛みついてきた幼竜の瞳は、淡い青ではなく琥珀色をしていた。
あの琥珀は彼女の色。なんとも言えない魅力に満ちた目。
あの時はフィフィに邪魔をされたが、次は逃がさない。あの幼竜と共にいるなら幼竜ごと手に入れよう。
幼竜は幼竜で将来が楽しみなことだし。息子の方は注意が必要だな。
娘程ではないが、切り離されかけたものが無理矢理ひとつにまとめらたような色をしていた。どうしたらああなるのかはわからないが、注意するに越したことはない。
オスの竜族は例外を除いて性格は苛烈、戦闘や荒事を好む。あいつの息子であるからこそ、不安が募る。
怪我の治療と溜まった仕事を片付けるのに思ったより時間がかかってしまった。
5日ほど空いたが、落ち着いただろうか。
女官長に用意させた服とついでに簡単な料理を数人の部下に持たせてあいつの住み処にむかった。
「…いったい何があった」
何やら争う音に慌てて奥に進むと、明らかにキレている息子をダバダバと涙をこぼして追いかけるあいつ。砕けた卵の殻と穴の開いた卵がぽつんとあり、部屋中に生き物の死骸が落ちている。
「タウルエ、ヒュジ、オトトキス、マヨガ…水系の竜族が好んで食べるやつですね」
部下のひとりが落ちている死骸を見て呟いた。
ハッとこちらを見たあいつが、手に持っていたタウルエの足を握り潰して泣き崩れた。
「食べてくれないんだっ。トルフェロもツァレクもっ」
「いや、こいつら微弱ですが毒持ってて、成体ならともかく幼体に食べさせるなら火を通すなり調理しないと…」
「っ!?」
幼体には危ないですよ…と続ける前に部下は言葉を切って一歩後ろに下がった。
血走ったフィフィの目から逃れるように顔を反らす。
まともに直視できないと評判の美貌に鬼気迫る目で見られたら我でも逃げる。なんとかその場に留まっている部下に後で褒美をあげよう。
しばらく部下を見ていたフィフィは、自分の手にある潰したタウルエを見て、自分から距離をとって目を吊り上げ威嚇している息子と穴の開いた卵を見て、力なく項垂れた。
「ぼくは、何もできないダメな父親だね…」
「おい、まさか卵の中にいるのはツァレクか!」
「そうだよ!ぼくのかわいいかわいい娘が引きこもっちゃったんだっ。ああぼくの愛しい我が子ら…」
「引きこもったって、いつからっ」
思わずビクッと体が震えた。
卵に開いた穴から、こちらを見るどんよりとした目。 卵から孵った幼体は卵の時のように親の力をもらうことはせず、自力で何かを食べて成長する。自力で食べると言っても親が用意した食べ物を食べるのだ。
通常ならば。
「…持ってきた料理を出せ!ツァレク?我がわかるな?食事をしよう、腹を空かせてるんだろう?トルフェロ!もう大丈夫だから威嚇するな」
部下に指示を飛ばして卵に近づく。
目線を合わせるように膝を折るとツァレクの瞳は琥珀色だった。
「キーリ」
手を伸ばすと、間髪いれず拳が我の眉間を打ち抜いた。
眉間を押さえ膝を着くと、部下が我を卵から遠ざけ、別の部下が料理を卵の穴に放り込んだ。
トルフェロは持ってきて料理に飛びつき、部下が口の周りを拭いてやっている。
残りの部下は必死にフィフィを慰めている。子持ちの部下が自分の子育て日記を渡した。
ちょっと待て、まさか持ち歩いてるのか!?